自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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前回のあらすじ

たっちさんバッドエンドルートでダイスの女神が高笑い


第10話

 死獣天朱雀が目覚めたのはナザリック地下大墳墓第十階にある最古図書館(アッシュールバニパル)の閲覧室の机の上だった。まるで本を読んでいるうちに眠気に勝てずに机に突っ伏してしまったような体勢で、彼はこの世界に現れた。

「んん…?」

 突っ伏した状態で彼は目を開く。ぼんやりする視界。眠気に似た気怠さがまといつく身を起こしながら、僅かに目眩の残る頭を押さえる。

(私は、一体)

 混乱する思考。混線する意識。それらが落ち着くのを待って辺りを見渡した彼は、そこが数年前に名残惜しく去って行ったはずのゲームの中の拠点であることに気づいた。けれど存在感が全然違う。ゲームの中では結局は電子情報である故に現実に比べどうしても薄っぺらさが抜けなかった図書館が、天井に届く本棚が、そこに納められた数多の情報が、彼に自分が現実に存在しているものだと身を起こした死獣天朱雀に告げている。

 受け入れがたいものから、彼は思わず目をそらした。反射的な行動だ。仕方ない。けれど彼の周囲は三百六十度図書館である。故に彼が目を向けた先は下、即ち自分の体だった。

 見下ろした体は赤と金で彩られた派手な中華風の服を纏う人間の体だった。だが覚えている体とは全く違う。現実の体は老いて萎びて細く薄くなっていた。対してこちらは筋肉のある肉体だ。思わずぺたりと触れてみれば、確かな感触が手のひらにかえってきた。

 

 ―――ユグドラシルでの姿で、異世界に行きます。

 

 眠る直前に聞いた、優しくて、どこか悲しみの残る友の声が頭蓋の中にふわりと蘇る。もはや生命活動を維持できぬ肉体が、今際の際に見た死に神の夢が、彼の脳裏に蘇る。

 なんと滑稽な夢だ。滑稽で、愛しい夢だ。彼は死の匂いが染みついたベッドの上でそう思った。そんな夢に連れて行かれるなら本望だ。そう思って、彼の言葉に頷いた。

 夢だと、思っていた。

 思っていたのだけれども。

「……ゆめじゃない?」

 思わずぽつりと呟けば、口が、嘴が動く感触があった。手を上げて顔に触れる。ぺたりぺたりと形を確かめるように触れていけば、自分の頭が人間の頭ではなく鳥の頭になっていることを確認できた。

 

 間違いない。DMMO-RPG『ユグドラシル』での己のアバターの姿だ。

 

「え、うわ…」

 歓喜と困惑が全く同じ量混じった表現に困る声が、自分の口からぽたりと滴った。

 ゲームは辞めた。辞めざるを得なかった。ニューロンナノインターフェイスによるバーチャルダイブに体が耐えられなくなったから。

 医者は言っていた。これ以上バーチャルダイブをすればナノマシンの負荷で脳細胞が破壊されてしまいます、だからやめてください、と。

 ユグドラシルは好きだ。けれど死ぬと言われてしまえば辞めざるを得ない。惜しまれながら引退したことは、よく覚えている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と知って心の一部でほっとしてしまった程度には好きなゲームだ。体の不具合無くそこで遊べる友たちに年甲斐もなく嫉妬感情を覚えていた。老いた身を内側から焦がす嫉妬の炎がこれで消えると、病床で安堵したのは記憶に新しい。安堵した直後に自分の中にあまりに未熟な嫉妬心があることに気づいて愕然とした記憶も、新しい。

 

(ギルド最年長が聞いて呆れる嫉妬心だったな……)

 

 ふふ、と鳥の頭で笑う。上がる口角は無いけれど、今自分は笑顔を浮かべていることはよくわかる。

 ひとしきり自分の浅ましさを笑った後、死獣天朱雀は小さく「よし」と呟いて自分に活を入れた。図書館は大好きだがいつまでもここにいるわけにもいかない。外に出て、世界を見てみようじゃないか。

 精密な装飾が施された椅子を引き、立ち上がる。そこで初めて自分が枕にしていた本に気がついた。ユグドラシルプレイヤーがプレイを始めると同時に一人一冊もらう百科事典(エンサイクロペディア)だった。開いてあるページには、勇ましい鳥とも人ともつかぬものの絵が描かれている。付いているタイトルは『鳥人』。アインズ・ウール・ゴウンでいえば大体においてペロロンチーノを指す言葉だけれど、この死獣天朱雀も鳥人である。それを主張するように開かれたページに死獣天朱雀は小さくくすりと笑ってページを閉じた。

 

 

 

 図書館を出る時に図書館の守人たる司書達とばったり出会い盛大に喜ばれた。彼らの創造主は死獣天朱雀だったから当然だ。その喜びは死獣天朱雀がモモンガから聞いていて想定していたレベルを遙かに超えるもので、人生の大半を「先生」と呼ばれ頭を下げられることの多かった死獣天朱雀をして戸惑わざるをえないものだった。

「つ、つかれた…まさかここまでとは…」

 至高の御方、我等の主、いと尊き御魂、眩き玉体、エトセトラ。他人を褒めるその語彙力はどこで養ってきたんだと首を傾げたくなるほどの賛辞を受け、あまりに身に合わない賛辞を重ねられすぎて逃げるように図書館から出てきた死獣天朱雀がナザリック内を歩いていると、出くわす者皆に「また至高の御方が戻られた!」と胴上げされる勢いで喜ばれた。

 そんな彼を助けてくれたのは先にこちらに来ていた仲間だった。名をぬーぼーと言う。彼は群がられて困っていた死獣天朱雀をそのスキルを使用してさらりと攫い、第六階層の巨大樹まで連れてきた。何故そんな所に連れていったかと言うと、そこにブルー・プラネットがいるからである。屋外を見てからずっと屋外で生活したがる彼と彼が屋外で生活することを選べばたぶんそのままどこかに行って消えてしまうと焦ったナザリックシモベ勢の妥協点がそこにはあった。

「お久しぶりです、朱雀さん」

 四大精霊が一つ風の精霊(シルフ)がログハウスの前で嬉しそうに飛び跳ねる。彼が一つ跳ねる事に青々とした草の香りが鼻先をくすぐって消えていくのを感じながら死獣天朱雀はふわりと優雅に一礼した。

「お久しぶりです、ブルー・プラネットさん」

「あなたもこちらに来たんですね。うれしいなぁ。外見ました?すごいんですよ!俺が見たかった自然がいっぱい!」

「行く前にこちらに連行されました」

「表に行くってなったら皆泣き出すからなぁ。暫くは我慢した方がいいぞ」

 ぬーぼーが困ったように肩をすくめる。実際少しばかり困っているのだろう、彼はログハウスの中の木の椅子にどかりと座りこみながら「窮屈でならん」と呟いた。

「お二人ともこの状況のことをよくわかっているので?」

 視線で勧められて同じように椅子に座った死獣天朱雀が問うと、二人は曖昧に頷いた。

「ある程度はってところですかね。ユグドラシルのアバター姿で異世界に来た、ゲームの力をそのまま使える、こっちにはこっちの社会があって、自然があって、自然がある、くらいかな」

「おい重なってるのあるぞ。俺が知ってるのはモモンガさんが俺達がこっちの世界に来てたら見つけやすくなるからって理由で『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』なんてもんを建国したってことか」

「モモンガさんってたまに思い切ったことやりますよね」

 ブルー・プラネットが楽しげに笑う。モモンガ本人は自分のことをしょうもない没個性人と思っているようだが、そんなことは当人しか思っていない。ギルドメンバーはモモンガの状況対応能力に一目置いていた。その状況に必要な手であれば躊躇無くその手を取れるという決断力の高さも素晴らしいと思っている。というか、じゃないとギルドマスターに全員一致で推されたりなどしないだろう。

「ああ。けど建国よりもこの異世界転移ってやつのがすごいわ。なんだこれ。あの人マジで死の支配者になってるよな、あれ」

「名は体を表すというか、体が名に身を合わせたというか。とにかくすごいことですね!」

「すごいと言えば、あの蛇と鳥の異形さんは誰だったんだろう?」

 鳥の首を傾げ、死獣天朱雀が呟く。病床から動けなかった故あまり見えなかったがモモンガの後ろに確かにいた女人だ。少なくともナザリック内で見たことは無い。

 死獣天朱雀の疑問に答えたのはぬーぼーだった。あちらの世界で死ぬ前に少しだけ会話したらしい。

「ギルド『翼持つ人々』のギルドマスターだった人だとさ。こっちの世界に千年前に転移してきた人らしい。人っていうか、神羽蛇種(ケツァルコアトル)なんだが」

「あの奇人変人集団の?」

「そう。額にアクセサリーあっただろ?あれ、世界級アイテムなんだってさ。あれであっちの世界とこっちの世界を行き来して、モモンガさんが仲間を呼ぶのを手伝ってるらしい」

「モモンガさんのことが好きなのかな」

「そういう雰囲気じゃなかったような気がするけど…」

 モモンガの話を聞いて二秒で頷いたブルー・プラネットは当たり前だが彼女とは会話していない。けれど、そういう雰囲気の二人とは思えなかったというのは確信を持って言える。

 うーん、と三人で唸る。男三人が頭を付き合わせて男女の仲を考えても明確な収穫を望める可能性など無きに等しいというのに唸り続ける。

 彼らの成果無き探求はその後、数時間後に「そ、そろそろ、夕飯の時間です…」とマーレが呼びに来るまで続けられたのだった。




モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗

ク・ドゥ・グラース 04 クリティカル
死獣天朱雀 56 失敗

ク・ドゥ・グラースのクリティカル報酬を使用し、再ロールします。

死獣天朱雀 29 成功

成功7、失敗3
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