自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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第12話

 数日に一人、至高の御方が帰ってくる。かつての状況からは考えられないとんでもない幸福に、ナザリックの中は幸福な混乱の極みにあった。例えるならそれは甘美な麻薬を耐えず打ち込まれている感覚、といえばいいのだろうか。メイド達でさえ、彼女らが集まって仕事の段取りの確認をしている最中そのど真ん中にク・ドゥ・グラースが突如として落ちてきて、しかも頭から一般メイドの一人リュミエールの谷間に顔面からダイブしたことでメイドのテンションもおかしくなってしまった。ナザリックはもはやヤクをキメたハイ状態となってしまった。自分の創造主が戻ってきた者は涙と鼻水とその他体液的なものを垂れ流して喜びに身を震わせ、帰ってきていない者はいつ帰ってくるのだろうか、それとも帰ってこないのだろうか、と毎日を期待と不安の中で過ごしていた。

 具体例を簡単に挙げよう。まず、第一階層から第三階層の守護者シャルティア・ブラッドフォールン。彼女は創造主たるペロロンチーノに会える日を今日か明日かと夢に見て、ここ最近吸血鬼の花嫁との淫らな時を自重し、毎日ぴかぴかに自室を磨き上げている。以前のように部屋の床に使いかけの大人の玩具が落ちているなどということは無い。甘く腐ったような発情した雌の匂いの代わりに無垢な花の香りを控えめに焚き、ベッドのシーツは皺一つないように保っている彼女の姿はなんというか「初恋の相手を初めて部屋に招く少女」であった。

 次に第四を超えて第五階層のコキュートス。彼は己の創造主たる武人建御雷との戦いを何より望んでいる。そのため第五階層の雪の住居でフシューフシューと冷たい息を吐きながら与えられた剣の整備を毎日やっていた。もちろん戦いのための場所の整備も怠っていない。彼は一応アウラとマーレに頼んで第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)を使えるよう交渉してあったが、第五階層にも戦える場所を整備しておいた。後者はコキュートスの好みで作れるため剣道の道場のような形になっている。百年前の人間が見たら「札幌雪祭りの大雪像かな?」と言いそうな巨大な氷の建造物は第五階層の吹雪の中に上手く紛れていた。

 第六階層のアウラとマーレは住居である巨大樹の部屋の一つ、よく至高の御方のうちたった三人の女性達がお茶をしていた部屋を毎日その手で掃除していた。もちろんお茶とお茶菓子の用意も欠かさない。毎朝新鮮なものを用意し、毎晩僅かに水分の抜けたものを口にして処理しながら、二人は何度も脳裏に浮かぶ愛しい創造主の顔…はないので全体像を思い浮かべた。きっと会える。きっと来てくれる。彼らは油断するとじわじわ歩み寄る恐怖を信心で毎日ねじ伏せた。

 第七階層のデミウルゴスは『牧場』をプルチネッラに任せてナザリックに帰ってきている。一応の理由として「至高の御方のまとめ役が敵ギルドに捕らわれ対抗手段がないという非常時であるのでNPC指揮官としての役割を優先しナザリックに帰還した」という文言を掲げているが、それを信じる者は誰もいない。理由は二つある。信じる信じないにかかわらずデミウルゴスは自分の創造主が帰ってくるか帰ってこないか確定するかアインズが帰ってくるまでナザリック外に出るつもりがないからというのと、そもそも彼の掲げた言い訳にツッコミをいれる者が誰も居ないからである。

 帰ってきたデミウルゴスは何をしているかと言うと第七階層の己の住居である炎の神殿の清掃と整備である。毎日のように「これはこっちがよいでしょうか」「あれはあちらがよいでしょうか」「いや戻したほうが…」などとぶつぶつ呟きながら住居内を延々うろうろしている姿は亡霊じみていて少し怖い。さらに創造主ウルベルトがこだわったというアーマーに覆われた尻尾は毎晩毎晩丁寧に磨き上げ一片の曇りもないように維持していた。

 第九階層に勤めるセバスはというと、ツアレの相手をおざなりにしてまでも毎日たっち・みーの部屋を掃除している。彼にとって確かにツアレは自らの意思で保護した人間であり保護対象だが、その優先度はどうしても創造主たるたっち・みーより劣る。だから帰ってくるかもしれない創造主のために、今日も彼は一片の埃もない部屋を掃除しているのである。

 ちなみに彼らがアインズを捕らえているリュウズやバードマン兄弟への攻撃ではなく創造主のお迎えに意識を注いでいるのは、ナザリックの可能な限りの戦力をもっての攻撃ですら彼らの体にも居城にも一片の傷も負わせることができず、また彼らの言うとおり創造主が戻ってきはじめたためである。その際彼らは「これは他の至高の御方に会うことを望むアインズ様の選択でありご意思だ、ならば彼らのことを攻撃することはアインズ様のご意思に刃向かう行為である」と考えた…いや、タブラに諭された。タブラ氏グッジョブである。ちなみにタブラ氏は同時にギルドメンバーへの殺意を時折滲ませるアルベドの手綱もしっかり握って制御している。もう一度言うがタブラ氏グッジョブである。

 

 

 

 

 いつもならひんやり冷たいナザリックの空気に、ここ数日はちろちろと熱気が絡みつき、漂い、墳墓内の温度を上げている。この異世界で生まれ、かつ現在ナザリック内で生活する者は、熱の上がった大気を感じて彼らの興奮っぷりに多かれ少なかれ皆驚いていた。

「皆さんすごい浮き足立っているでござるなぁ」

「仕方ないよ。皆大事な人が帰ってくるかも、って思ってるんだもの」

 のんびり会話しているのは森の賢王ことハムスケと、ドライアードのピスニンだ。エ・ランテルのモモンの屋敷の厩にいるべきハムスケが第六階層にいるのはこの混乱事態を見てパンドラズ・アクターがナザリックの防衛戦力が低下する可能性を考え緊急措置として戦力を置いたためである。対外的にはモモンは魔導王の要請で探索に出ているということになっているのでむしろハムスケが外部に見つかるとまずかったりもする。それ故の第六階層だ。

 穀物系を好んで食べるが実は雑食のハムスケは、ピスニンが持ってきたおやつ用の林檎をまるで大豆でも摘まむようにぽいっと口に放り込んだ。それを見ながらピスニンは「でもさぁ」と言葉をつなげる。

「でも、なんでござるか」

「こんな浮き足立ってて大丈夫なのかねぇ。ワーカーの一件以来ここに来る人はもういないって話だけど、万が一ってのもあるし…」

「ピスニン殿は心配性でござるなぁ。大丈夫でござるよ」

 ハムスケはピスニンの不安そうな顔を見てははと笑った。そんな可能性は微塵も考えておりませんという顔だ。

「え、なんで」

「確かに殿はいないし皆さん浮き足だっていらっしゃるが…代わりに他の至高の御方殿達が来ていらっしゃるではござらぬか」

 ハムスケの黒い目がぐるりと回って遠くを見る。その目の先にあるのは小さな一つのログハウスだ。帰ってきた「至高の御方」がよくそこでのんびりと会話しているのを、ハムスケは知っていた。

「ああ、あの人達か。アインズ様みたいに強いのかな?」

「たぶん強いのではござらぬか?拙者は以前殿に殿のご友人について伺ってみたが、せいさんしょく?の方以外は皆殿より強いと殿が胸を張って仰っていたでござるよ」

「まじかー…」

 ピスニンの顔が、ひく、と引きつる。当然だろう。彼女はアインズの強さの片鱗を、そう、片鱗だけを知っている。その片鱗を見ただけでも絶対に敵わないと確信した相手。それがアインズなのだ。

 そのアインズよりも強い存在?それが複数?悪夢だってもうちょっと現実味がある。

「それとでござるな」

「まだあるの!?」

「むしろこっちのが本命でござる。皆様ナザリックを綺麗に保ち至高の御方殿をお迎えすることに心血注いでおられるでござる。もし、もしでござるよ?皆様がそんな一生懸命綺麗にしている空間を、ちょっとでも汚す者が現れたら……どうなると思うでござるか」

 考えるまでもない。怒り狂ったナザリックの者に殲滅されるに決まっている。至高の御方が戻らぬ者は膨れあがった不安を怒りに変えて襲いかかり、至高の御方が戻られた者はその実力を敬愛し信望し崇拝する尊き方に見せるために己の全てを用いて奮闘するだろう。

「ああー…」

 想像して、ピスニンは遠い目をして呟いた。

「死ぬより酷い目に遭わされるね、それ」

「そうでござるよ」

「そんな状況になってんだね、ここ」

「そうで……ん?お主は誰でござるか」

 不意に聞こえてきた声に、ハムスケはピスニンとともにくるりと振り返った。気配がしない状態で至近距離に接近されたという点を考えると命の危険を感じるが、ナザリック内で真摯に穏やかに生活していれば害されることはないと学習したハムスケとピスニンは心配する必要などないと確信している。故にのそりと、穏やかに、無防備に二人は振り返ったのだ。

 振り返った先にいたのは、一言で言うと人型の要素をかろうじて感じさせる植物の塊だった。人型の要素とは植物の塊が服を着ているというただ一点である。

 間違いなく、見たことのない存在だ。ハムスケとピスニンは「新入りでござるか?」「新入りさん?」とほぼ同時に尋ねた。

「はは、違うよ。どっちかっていうと古参かな」

 植物は肩らしき場所をすくめ、触手じみた形をしている右の腕を上げた。その途中に、きらり、金属色を光らせるものがある。

「私の名前はぷにっと萌え。君達が『至高の四十一人』とか呼ぶ存在の一人と言えばわかりやすいかな」

 彼がそう答えた瞬間ハムスケとピスニンが音速で五体投地で平身低頭したことは言うまでもない。




モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗

ぷにっと萌え 友情補正で+30 01 クリティカル

成功9、失敗5

ダイスの女神が荒ぶっておられますなぁ…
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