第六階層の森の中を巨大樹を背にして暫く歩いた先に、小さなログハウスが建っていた。入り口の横にゆらりゆらりと黒い影が揺れている。ぬーぼーだ。彼は近づく二人を見るとぱっと背筋を伸ばし、ログハウスの戸を開けた。
「入れ」
「なんか秘密の集会みたいで―――おう、久しぶり」
ペロロンチーノが中に入ると、向けられた目にびくりと思わず身をすくませた。マジックアイテムらしい家の中は外観からは想像できないほど広々としており、見慣れた異形をその中にしまいこんでいた。
「あなたたちもこちらに?」
「おう。お前等合わせてこれで十一人だな」
「十一…足りないみたいですが」
ログハウスの中にいるのは来たばかりのペロロンチーノとぶくぶく茶釜を除けば誘ってきたぬーぼーとブルー・プラネットとぷにっと萌えだけだ。十一人にはあまりにも少ない。
ぶくぶく茶釜の指摘に肩をすくめたのはぷにっと萌えだった。
「皆こっちに来て忙しいからね。色々と私達の身の安全のために情報をすりあわせた上で立ち回らないといけないこともあるし」
「身の安全?」
「行き過ぎた忠誠心がもたらす弊害…簡単に言うとヤンデレに愛されて夜も眠れなくなるってこと」
「なるほどわかった」
流石はエロゲイズマイライフなペロロンチーノである。適切な四文字の単語を問題なくシャルティアの表情と態度を結びつけた彼は頷きながらぷにっと萌えが指で指し示すソファーに腰を下ろした。その隣に、ちょこんとぶくぶく茶釜も(腰は無いけど)腰掛ける。
二人が話す用意はできたと視線で言うと、ぷにっと萌えがわさりと己の体に生える草を揺らして頷き返した。
「まずは二人とも、何よりも、お疲れ様。君達もきっと死んだ身なんだろう?」
「ああ。俺と姉ちゃんは車の中で焼け死んだ」
「それは大変だったね」
「君達『も』ってことはぷにっと萌えさんたちも…?」
ぶくぶく茶釜の言葉に、三人はこくりと頷いた。
「私は人工心肺が詰まって呼吸困難で」
そう答えたのはブルー・プラネット。
「俺は多臓器不全。若かったのによ~」
でもここに来られるならよかったのかもな、と呟いたのはぬーぼー。
「私は殺された。逆恨みって怖いね」
「やばいじゃん」
「ぷにっと萌えさん何があったの!?」
さらっと言われたぷにっと萌えの死因に姉弟は飛び上がった。当然だ。知り合いが殺されたと言われて驚かない方がおかしい。それに対し、ぷにっと萌えは「あっはっは」と快活に笑いながらぱしぱしと右手で自分の頭を叩いた。
「だから、逆恨みだって。えっとね、あんまりにも勤務態度が良くない部下がいて、ついに横領までやらかしたから切ったんだ。そしたら高架下に突き落とされた」
どーん、って。とコミカルな動きで示すのは、おそらくぷにっと萌えなりの気遣いなんだろう。しかし。しかしである。死に方としては車の中で焼け死んだ姉弟とどっこいどっこいな凄惨レベルの死因ではなかろうか。
「うわっそれはひどい…」
「モモンガくんも同じリアクションしてたよ。ぐしゃって潰れた私の体を見て。それと、モモンガくんの隣にいた人も」
ぷにっと萌えの雰囲気が、がらりと変わる。隣にいた人、という言葉にはこの場の他の四人にも思い当たるものがある。
「あれ誰だったんだろう…」
「『翼持つ人々』のギルドマスターって聞いたけど」
「嘘吐いてる雰囲気は無かったからそうだろうけど、でもなんでこんなことできるんだ?」
「それについて話す…じゃなくて、考察するには、まずここがどこで、僕たちがおそらくどういう状態なのか、さらにはこの地とユグドラシルの関係についても話さなきゃいけない」
さて、少しだけ長くなるよ。そう前置きしてぷにっと萌えはペロロンチーノとぶくぶく茶釜にこの世界のことを簡潔に語った。ユグドラシルとは別の世界であること、モモンガはサービス終了と同時に『こちら』に来たこと、どうやら昔プレイヤーが来ていたらしいこと、世界級アイテムはえらい効果をもつこと、魔法はユグドラシルと同じ形で使えること、そして何よりモモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗り国を作ってしまったこと。大半がモモンガから聞いた話であったため二人はスムーズに話を聞けた。
「なるほど、大体状況把握した。にしても、そうか、やっぱりNPCって捨てられたと思ってたっぽいのか…」
「間違いなくそう思ってるのはアルベドだってタブラさんが言っていたよ。だから今彼がつきっきりで監視してる。監視というか、彼のうんちく語りにアルベドが付き合わされてるって言ったほうが正しいのかもだけど」
「国の運営の方はどうなってるんですか?」
「そっちはモモンガさんが作ったパンドラズ・アクターが回してる。私達には今のところ仕事無し。一度こっちに戻ってきた時に聞いてみたけど、とりあえず私達にはゆっくりしていてほしいんだってさ。モモンガくんが戻ってきたら、戻ってこれたら、改めて考えましょうって言われた」
「待って、戻ってこれたら、ってどういうことですか」
ぴ、とぶくぶく茶釜がぷにっと萌えの言葉を止める。剣呑な気配を感じ取ってかペロロンチーノもかちりと嘴を鳴らしてぷにっと萌えを見つめた。
といってもぷにっと萌えには顔にあたる部分に表情筋というものがないので表情から何かを読み取ることはできない。だから彼は暫く存分に沈黙した後、感情を押し殺した声で告げた。自分達がこちらの世界に来られたのは、死後こちらに来られたのは、モモンガが自分の命をチップにして賭けに挑んでいるからだと。仲間に異世界への転移を呼びかけ、誘いを受けた人をこちらの世界に導ける。しかし、誘いを受けた人数が誘いを断った人数を下回った瞬間、彼は消滅するのだと。彼がそれを受けて立ったのは、断る者なんていない、仲間の絆はそこまでヤワじゃないと啖呵を切ったからなのだと。
説明を聞いた時、姉弟はがたりと立ち上がり「馬鹿な!」と叫んだ。
「そんな―――そんな、馬鹿なこと、認めちゃ」
「言うな、ペロロンチーノ」
ばさり、と翼を羽ばたかせたペロロンチーノの肩を押さえて呟いたのはぬーぼーだ。彼は首を横に振っていた。
「俺達にそれを言う権利はない。この色も匂いも味もある夢みたいな世界は、俺達が最後の時にあの人と一緒にいれば、あの人が何も支払うことなく得られたものなんだ。俺達が本来手に入れられなかったものなんだ。それを、あの人は、俺達への思いだけで俺達にまた与えてくれている。
一度ナザリックを離れた俺達に、何も返せていない俺達に、あの人の行動にとやかく言う権利はない」
「でも!」
でも、とペロロンチーノはだだをこねる子どものように接続詞を続ける。それじゃだめだ、でも理屈で理論でだめを説明できない。なんとかできない。だからこそ接続詞を力なく続ける彼に、ブルー・プラネットがゆらりと首を横に振る。
「気持ちはわかるよ。だから、私たちは彼に恩返しをしなくちゃいけない」
「そのための情報を集めたい」
「情報?ネットとか?」
「そんなものはここにはない。時代としては中世くらいなんだよ、ここ」
ぷにっと萌えの否定の言葉に「じゃあ」と続けたのはぶくぶく茶釜だった。
「じゃあどうすればいいの?聞き込み?」
「近いな」
「少なくとも私は無理だよ、それ…」
「聞き込みする相手はまずはナザリックのメンバーだ。NPCが持っている情報を皆で集めてくれ。その上で、可能なら先程言った『翼持つ人々』のギルド拠点に行ってみてほしい。特にペロロンチーノ」
「俺?」
ぷにっと萌えのご指名にペロロンチーノが首を傾げる。きょとんとした鳥頭に、植物頭は深く深く頷いた。
「拠点が天空城なんだ。ここ最近はナザリックの上にあるらしい」
「じゃあ速攻行って見てくればいいじゃん」
「それがそうも行かないんだ。まずナザリックの外に護衛無しで出るのが難しい。これは先程言ったNPCの忠誠心からくる妨害のせいだね。それと、それより厄介なのが天空城に入れる条件が『ギルドマスターに敵意を持たぬこと』らしいんだ」
「じゃあここに居る奴全員だめじゃね?」
「そういうことだ。だから、可能なら、と言ったんだよ。足…じゃなくて翼があるのは君だけだから、できれば心を騙してなんとか侵入してきてほしい。デミウルゴスがモモンガさんから聞いた話によるとあそこには図書室があって、こっちの世界に来たプレイヤーの備忘録やら日記やらがあるらしいんだ」
ぷにっと萌えは情報を得ることは不得手だ。諜報スキルがない故に。しかし、得た情報を使い組み立て作戦を立てることは誰よりも得意だ。故に彼はここに宣言する。
「万が一、モモンガさんがこちらに帰ってこられない事態になった場合、私達が彼を連れ戻す。それを第一の恩返しとするんだ」
モモンガは、言ってしまえば「たかがゲーム仲間」の自分達に、惜しみのない愛情を向けている。愛情を向けて、その身の全てで崩れ落ちた自分達をこの世界に連れてきてくれた。自分達が愛したユグドラシルに似たこの世界に。
対して自分達は置いていった。あの優しいギルドマスターを、ただ一人ナザリックにおいて、くそったれなリアルを取った。それが間違いだったとは思わない。けれど、正しかったとも思えない。胸にわき上がり身を締め付けるこの苦しみは、間違いなく罪悪感という感情だからだ。
この感情を晴らすには、無垢な優しい彼の愛に、彼の想いに答えるためには、行動するしかない。そうして彼らは決意を胸に行動を開始した。悪魔的な誘いを愛情深いギルドマスターに向けた者に対する、対抗手段を探すという行動を。
だが、彼らはこの行動をすぐに後悔することになる。何故なら得られた情報を元にぷにっと萌えが組み立てた構図とそれが導く暫定的な回答が、彼らの手に負える範囲を超えていたからだ。
スレイン法国に散在する伝承、王国の迷信、帝国の伝説、諸国の逸話を集め、ぷにっと萌えがタブラ・スマラグディナと死獣天朱雀という知識の倉庫達と情報を組み立てた結果得られた答えとは。
「なんてこった…あのひと…ギルドマスターリュウズは…」
―――プレイヤーでは、ない。
まあたぶんこれだけ情報ばらまけば読んでる方にはバレバレなんでしょうが…。
次回からまたモモンガロールにもどりまーす。出目を工夫しろとか言いつつドカッと更新分で一度もダイス振ってないっていう。あーダイス振りたい!女神様期待してますよ!