西暦2138年某日。日本勢アーコロジーの一つで貧民層によるテロが勃発。死傷者49名、重傷者194名を出す未曾有のテロ事件となった。
首謀者は依然逃亡中。富裕層との接触が推測されているが、詳細は掴めていない。
テロ事件実行犯のうち、生きたまま捕らえられた者は28名。現行犯であったこと、アーコロジーに牙を剥いたこと、その他諸々の理由により全員の死刑が二週間で決定された。その次の二週間で実行されることになった。訴訟手続きがまともに取られず急ぐように犯罪者の死が決定した最大の理由は、この世界には犯罪者を更正させる刑務所制度が確保できていなかったことだろうか。
その刑は、とある男にも手続きを踏んで実行されることになっている。
その男は殺風景な独房の中、己の行動に一切の恥や後悔も抱かずに狭苦しい空間に座し、その時を待っていた。彼の黒髪は短く刈り込まれ、身につける服は白の作業服。くたびれたその衣服は、一体これまで幾人の人間の死に装束なってきたのだろうか。
(―――む)
座した男の眉が微かに上がる。他人の気配を察知したためだ。ついに自分の番が来たか。そう彼が思った次の瞬間、彼はとんでもないものを見た。目の前の、厳重に施錠された扉をすぅっとすり抜けたて「なにか」が現れたのだ。
「!?」
思わず腰を浮かせ、警戒態勢を取る。だが、手近なところにある物を手にとって武装する前に、目の前に現れた者の記憶が頭の中の記憶の引き出しの一つに入っていることに思い当たり、彼の手は止まった。その黒い目が驚愕に見開かれる。呼吸が止まりかける。乱れた呼気の合間に、彼は押し出すようにして呟いた。
「も…も、もんが、さん…?」
ただし、それは人間の姿ではない。オフ会で会った気の弱そうな、優しそうな、頼りなさそうな、誰の話も受け入れて聞いてくれそうな男の姿ではない。見慣れた骸骨のアバターだ。もっとも、見慣れているのは電脳空間での話であって現実でではない。こんな所に動く骸骨があっていいわけがない。
彼は思った。死の間際の緊張感が天元突破して、ついに幻覚を見たのかと。覚悟して行った行為だし、後悔もしていないが、己の心には相当の負担があったのかと。
だがそれを現れた者は否定した。否定して、とうとうと語り出した。夢のような物語を。それが夢ではないと彼がわかったのは、きっと彼が今まで劣悪な環境で生き残るために己の生存本能を磨いてきたためだ。鋭敏な感覚が今自分の陥っている状況が現実のものであると告げていた。
「―――という、わけで。皆さんを誘っているんです」
骸骨は、モモンガは、もう二十回ほどこの説明を繰り返してきた。それ故に彼は慣れた口調で自分のことと世界のことを話し、いつもの一言で話を結んだ。
ぱたりと骸骨の手を膝の上に置いたことで話が終わったのを悟ったのだろう。いつの間にか真剣な顔をして聞いていた男は「ふむ」と一つ頷いた。
「わかった。そういうわけで俺のことも誘ってるんですね」
「はい。ウルベルトさんならきっとイエスって言うかなってちょっと期待してたりもします」
「はは。そりゃ言いたいさ。言いたいけど、これを見てくれよ、モモンガさん」
いつの間にか二人で座りこんだ狭苦しい空間。両手をめいっぱい広げれば横の壁に手が届くようなその狭い空間で、ウルベルトと言われた男は笑った。
「俺、犯罪者だよ?しかも死刑囚。そんな奴誘ってどうすんの」
「俺にとって殺人って特に珍しいことじゃなくなりました。俺も、アンデッドになってから人間に対する同族意識とか無くなったからどうでもいいです。それに…」
骸骨の顔をそろりと動かしてモモンガはじいとウルベルトの顔を見る。悪魔を演じ、悪に拘った男の顔を。世界への憎しみを遊びの環境で誤魔化して尚、言葉の端々に混じったこの世界への憎しみの感情が、その顔には表れていた。今この瞬間も。
それが泣き出す寸前の顔のようにも見えるのは、きっと見間違いなどではない。
「俺、知ってますよ。ウルベルトさんが、ゲームではともかく、現実世界では理由なく誰かを傷付ける人じゃないって」
きっと、何か、とんでもない理由があったんでしょう。いや、そうに違いない。そうモモンガは言い切った。
「この世界は終わってる。もう終焉に向かっている。そんなところで罪を犯した? 人を殺した? そんなの俺には関係ないです」
モモンガは正座している身をぐいと前のめりにしてウルベルトの手を取った。ウルベルトの手は肉のついた手だった。肉体労働をしていたのだろう、その手の皮膚は硬く、筋張っている。
「この世界はくそったれです。そこで何をしようが、俺はどうでもいいと思います。大体、これからあなた死ぬんですよ。死んで罪を償うんですよ。だったら、それでこの世界の精算を終わらせてもいいじゃないですか」
モモンガの脳裏に蘇る、
それはきっと人間の思考じゃない。ヒトの思考じゃない。けれどそれがどうした。もう自分は人間じゃない。
「だから、一緒に行きましょう、ウルベルトさん。死んで、あっちで生まれ変わって、悪魔になりましょう」
モモンガは気づいてるのだろうか。自分の発言の方がよほど人間を誑かす悪魔的なものであることに。己の見目が魔王然としている故に、彼は人間を堕落させる闇の存在にしか見えないということに。
(たぶん気づいてないだろうなぁ)
だって彼にその意識はない。ウルベルトの手を掴む骨の手は微かに震えており、恐ろしい骸骨の顔は表情がなくとも雰囲気だけで如実に彼の感情を伝えてきた。
―――断らないでください。お願いします。どうか、どうか。
―――もう置いていかないで。
そこまで必死になる理由。考えずともわかる。彼は自分達ギルドメンバーのことが大好きだからだ。まぶしいほどに、好いてくれるからだ。
正直なことを言えば、ウルベルトはそこまで自分が好かれるような奴ではないと思っている。こんな、血の繋がらない他人、ゲーム仲間のために正真正銘命を張って幸せらしい世界への手をさしのべてくれるような光の人に、自分のような存在は救われる価値なんてないと思う。同じような境遇にあったからこそ尚のことそう思う。腐らなかったこの人に、腐ってしまった自分は似合わない、側にいてはいけない、と。大体自分は彼を、あの世界を、捨てた身じゃないかと。
(けど…)
けれどこうも純粋に慕われては否と答えることが愚かしい。優しい心のこの男に、ここまでさせて断るなんて!そこまで堕ちては流石にいない。
だからウルベルトは骨の手を握り返した。
「俺、一度はユグドラシルから引退したけど」
「それを言ったら皆さん殆どそうです。最終日のユグドラシルが終わる瞬間にナザリックに居たのは俺だけでした」
「俺、死刑囚だけど」
「こんな終わった世界で犯罪者なんてどうでもいいです。あ、でも、向こうでは秘密にしておきますよ」
「そっか。でも、別にそれはいいや。俺、ちゃんとあいつに謝りたいし」
「あいつ?」
こて、とモモンガが首を傾げる。それにウルベルトは少し目を開き、答えた。
「たっちさんもそっちにいるだろ」
次の瞬間モモンガの体が独房の床に崩れ落ち、ウルベルトが焦った声を上げ、焦った声を聞いて部屋の外で待っていたリュウズが慌てて首をつっこみ、見たこと無い異形にウルベルトがマジの悲鳴を上げ、なんだかんだで十分ほどてんやわんやになったのであった。
モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗
ウルベルト・アレイン・オードル 友情補正で+30 01クリティカル
出目を工夫しろとは言ったがここまで工夫しろとは言ってないつってんだろうがァアアア!!!