自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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第20話

 ディーラーにはプレイヤーに快適な遊戯環境を提供する義務がある。プレイヤーが必要以上の混乱状態に陥った際、速やかにそれを排除する義務がある。

 ウルベルトの何気ない一言で独房の床の上に崩れ落ちたモモンガに、リュウズはディーラーとして対処が必要だと判断した。故に独房の中に体を入れてモモンガを抱き上げ隅に寝かし、ぺらぺらの布団を「無いよりはまし」と思いながらその体にかけて彼を休ませた。その後、リュウズはこれまで見てきたもろもろをウルベルトに説明した。

 今彼は命と魂をチップに仲間を自分の住む世界に呼ぶために『遊んで』いること。その中で出会った一人、たっち・みーは限界ギリギリの状態であったこと。残りたいと願う彼に、モモンガはともに行けぬのならば餞に少しばかりの幸福をと願い行動したこと。しかし彼の幸福たる娘に一目会わせようと向かった先で、彼の娘は既に息絶えていたこと。その衝撃が彼の魂にトドメを指す形になったこと。モモンガはそれをいたく後悔していること。

 あらかたの説明を終えた時、ウルベルトは思わず言ってしまった。「お前は悪魔か」と。友達思いなだけの優しいスケルトンに食らいつかざるをえない餌を示して、結果的にとはいえ友にとどめをさすという行為を行わせるなんて地獄の悪魔のようだ。彼はそう言って強い目をしてリュウズを責めたが、彼の言葉にリュウズは失笑した。

「悪魔がそれを仰るの?」

「生憎俺はまだ人間だ」

「体はね。それよりも、これで説明は済んだから、向こうに行くつもりがあるならさっさと行かせてあげたいのだけど」

 リュウズはもう目の前の死刑囚に関心が無い。何故か?彼女にとってもう目の前の存在は表か裏かはっきりしてしまったコインでしかないからだ。換金した後の当たり馬券と例えてもいいかもしれない。とにかく、もう結果がわかったものに彼女は興味を持たない。

 だが、ウルベルトは人間だ。彼はものを考える存在だ。コインでも馬券でもない。だから彼は震える拳を握りこみ叫んだ。

「巫山戯るな!」

 リュウズが時を止めていると知らなければこんな大声は出せない。この、大気がびりびりと震えるほどの声は。部屋の隅で唸っていたモモンガが自分の怒声ではたと気を戻し起き上がるのを視界の端に捕らえつつ、ウルベルトは自分をモノとしてしか見ていない宝石色の目を睨んだ。

「巫山戯るな、とは随分と大きく出ましたね?」

 それに対しリュウズはじいと目を細めた。その顔に、明確に不快感が浮かぶ。

「あなたはただのゲームの駒よ。プレイヤーやディーラーの行動にどうこう言う権利などない」

「俺は生きてんだぞ!?そんなの認められるか!」

「ふふ、人権でも主張するつもり?それを否定されたあなたが。喜劇だってもう少し手の込んだ笑いを仕掛けるわよ」

 リュウズの指先がついと指さすのは自分の後ろにある鉄製の扉だ。内側に錠はなく、内に入れられる者は根源的権利たる生存権を否定された者のみ。そんな扉を指さして、彼女は酷く嗜虐的な笑みをその顔に浮かべ、嗤った。そのままドアを指していた手を自分の額にするりと当てる。

「リュウズさんっ」

 その動きにただならぬものを感じたのはモモンガだ。彼は自分の上にかけられた布団をはね飛ばし、リュウズに手を伸ばす。だがその手はまるでネット回線が不安定になった時の動画のようなブレを起こした。

「!?」

 それが示すのは、彼がこの世界に関わる上で必要な全てが彼女の手の内にあるという事実である。彼女はやろうと思えばウルベルトの魂の救済を認めず、この場から去ることもできるんだという実力表示である。モモンガの表情でそれを悟ったのだろう、ウルベルトはさっと顔を青くして口を閉じ―――

 

 ―――る、わけがなかった。

 

 もしこの程度の脅しで身をすくませるなら、この男、テロリストなどになってはいない。悪魔ロールなど嬉々としてやったりしない。

 彼は伊達や酔狂で世界災厄(ワールド・ディザスター)の二つ名を背負っていたわけではないのだ。テロリストなどという犯罪者に身を落としたわけではないのだ。

 

 彼は電脳世界という絆が希薄になりがちな世界で友と呼べる者に出会い、仲間の意味を知り、日々を情熱的に生きることを知った。その後に何があったにしろ、当時抱いた情熱、当時学んだ感情、それら彼の奥底に蓄積された熱の塊は、彼の奥底に生まれ、消えずに残っている。おそらくは今この瞬間彼に力を与えるために、残っていた。

 「現実をみろ」という言葉で数年前にそれは封印した。封印された。けど今この瞬間、それは封印をぶち破って大きく膨らみ、彼の身から飛び出した。

 

「巫山戯んなよ…!」

 ウルベルトは己の腹の奥から湧いてくるふつふつとしたエネルギーを言葉の形にして口に出す。吐き出した言葉は、感情は、彼自身が驚くほど熱いものだった。

 それを真正面の女人が感じぬわけがない。彼女はぶつけられた溶岩のような灼熱の感情に「ほう」と一つ呟いた。

「どうするというのですか」

 つう、とその目が弓なりに細くなる。駒のままで駄々をこねるなら彼女はこんな反応などしない。喋るチップに用は無いと消すだけだ。だが、彼女はなおも刃向かうウルベルトにそうしなかった。その理由はただ一つ。彼が駒ではなくなりつつあるからだ。

 リュウズはディーラーだ。ディーラーであると己を定義する彼女は、挑まんと欲する者の声を聞く義務がある。

「さっきあんたは言ったな、モモンガさんが今賭をしてるって。俺達を餌にして、あの人の優しさにつけ込んで、あんたはモモンガさんの苦しむ様を見て笑ってるって」

「合ってるのは半分ね。モモンガくんを見て楽しんでいるのは確かだけど、私は彼が苦しもうが楽しようが同じだけ楽しんだわ。だってゲームを見るってそういうものでしょう」

 ディーラーの特権というのかしらね、と。彼女は唇に白い指を僅かに当てて小さく笑う。その笑みにウルベルトはそれ以上の笑みを、いっそ壮絶と言ってしまった方がよいほどの深い笑みを浮かべ、叩きつけ、声高に宣言した。

 

「なら、俺もあんたのゲームをプレイする。内容はたっちの救済。俺の命を賭けてあいつの魂を救えるかどうか、賭けをする!」

 

「だめだ!!」

 ウルベルトの宣言にかぶせるようにして叫んだのはこの展開を呆然とした表情で見ていたモモンガだ。彼の眼窩の赤い炎は見てしまったのだ。ウルベルトの言葉を予測したリュウズの顔を。それは自分を賭けに誘った時にリュウズが浮かべていた喜悦の顔と全く同じ顔だった。地獄に行くか天国に行くか、どちらに転ぶかわからぬ者の足掻く様を楽しみにする、寒気と吐き気がするようなおぞましいとしか例えようのない笑みだった。

 それが示すのは何か。彼女が見る先に、今の自分が苦しむような未来が、ウルベルトの前に現れるという事実だ。

 アンデッドのくせにショックで倒れている暇はない。目眩のする身を起こし、モモンガはウルベルトに掴みかかった。

「ウルベルトさん、ダメです。それは、ダメです。こんな苦しいの、あなたがやっちゃいけない」

「でもモモンガさんはやってるだろ」

「それは俺がギルド長で皆に会いたいからだ!あなたを、皆を、助けたいと思ったからだ!」

 冷める気配のない高ぶりに身を燃やし、モモンガは言葉を重ねる。ウルベルトを翻意させるために。けれど、どれほど言葉をかけようとも、彼は自分の発言を決して撤回しようとはしない。それどころか彼は「ハイリスクハイリターン。上等じゃないか」などと言い出しはじめた。その言葉にモモンガは白い骨の顔をますます白くさせ、逆にリュウズは「なるほど」と身を乗り出した。

「確かにモモンガくんの誘いにはいと言ったあなたは、モモンガくんのチップの駒()()()ものとして、新たにプレイヤーになれるわね」

「リュウズさん!」

 モモンガの声が、半分ほど怒りに染まった声が、部屋の中に響く。そんなことは許しはしないとばかりに眼窩の奥の赤い炎がゴウッと燃える。己の意にそぐわぬ言葉など認めぬと言わんばかりに。けれど、その熱は杞憂だ。なぜならば、彼女が「心底愉快だ」という笑みを浮かべて次に続けた言葉はモモンガの望むものだったのだから。

 

「でも残念。無理よ。その賭けは立てられない。彼は救えない」

 

 モモンガが望む答えだ。そのはずだ。けれど、その言葉を聞いた瞬間、モモンガの胸の奥、空っぽなはずの肋骨の奥がずきりと痛んだ。まるで幻肢痛のような、そんな痛みだった。

「『観察者の目』とて万能ではないのよ。見えるのは全て。干渉できるのは現実の変わらぬ霊体世界まで。そして二度目の霊体世界への干渉はできない。何故ならそれは観察者たる地位にいる『過去の私達』に干渉することになるから。過去の私達に未来の私達を見たという歴史はない。ならば、それが()()()()私達は矛盾の間に挟まれてしまう」

 そうなればどうなるか。自分達が消えるならまだいいだろう。けれど、たっち・みーを助けられなかった後に助けた者達はどうなる。過去の一点に干渉した、その先で何が起こるか。もしかすると過去の時点で矛盾の間に自分達が飲み込まれ存在を失うかもしれないのだ。そうなれば、その後に助けた者、具体的にはク・ドゥ・グラース、死獣天朱雀、ヘロヘロ、ぷにっと萌え、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、この六名がどうなるかわからない。

 

「私達が、モモンガくんが過去のあの時点で消えることで、助けたという歴史が消える可能性がある。大いにある。ああ、そうなったら今ナザリックにいるであろう彼らの被造物達はどうなるのかしらね?感動の再会の最中、笑い合ったその瞬間、煙のようにかき消える創造主―――被造物(NPC)がどれだけ創造主を愛しているかわかるモモンガくんには、想像付くわよね」

 

 ―――たった一人の友の魂の、その今際の安寧のために、全てを捨てる賭けなどするな。

 

 ―――今まで助けた者達の幸せを、得られた分だけを、得られなかった痛みごと慎ましく抱えて生きていけ。

 

 リュウズは笑う。どこまでも楽しげに。目の前で悲しみに暮れる者に「それはお前が賭けに失敗したから得てしまった悲しみだ」と事実を叩きつけならがら、失敗したその顔に浮かぶ絶望を笑いながら、彼女は現実を宣告する。

 

「それに、消えるとなれば同行するこの私だって消えるのよ。私はこんな所で消えたくはないわ。

 私個人を動かせるものも持たずに、私の温情だけで作られたこの賭博に、わがままを言いすぎよ、ウルベルトさん。あなたもそう思うでしょう、モモンガくん」




ヘロヘロのフラグ建設、ウルベルトの01クリティカル報酬、ウルベルトのリアル説得ロール、その他の事情によりたっち・みーの確定性を排除、ファンブルですが解除可能とします。
たっち・みーについて新たな賭けを設定可能とするにはリアル説得ロールを要求します。
成功した場合、再ロールを認めます。失敗した場合、再ロールを認めません。
また、結果の如何に関わらず、たっち・みーについて、これ以降の再ロールはいかなるクリティカル・いかなる説得ロールを重ねようとも認めません。


読者のヘイトをオリ主に集めていくスタイル。さてどうするモモンガくん。さてどうするダイスの女神。そしてどうなるこの私。
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