狭苦しい部屋の中、そこをさらに狭苦しくさせる大蛇の下半身をうねらせて、人ならざる者がおぞましい笑みを浮かべている。人の幸福も不幸も等価のものとして捕らえ楽しむ常人では決してあり得ぬ視点を持った人の笑みだ。感情のプラスマイナスを判断せず、その絶対値の大きさだけみて喜ぶ者の笑みだ。その笑みを真正面から見つめることになったウルベルトは、まるで自分が踏みつぶされる直前の虫になったような錯覚を覚えた。相手の見るものが異質であること、相手が異質であることを、本能で理解してしまったせいだ。
体を崩れさせたり頭を垂れることこそ気合いで耐えたが、つうと頬を一筋の汗が伝った。気づかぬうちに距離を取ろうと身を引きかける。腕が僅かに動いた所で、彼の体がすぐ側にあったモモンガの体にぶつかった。
「あ、すみませ」
「―――わがまま、か」
すみません、と言いかけたが、それを言い切る前にぞっとするほど冷ややかな声がモモンガから発せられ、ウルベルトは今度こそ目を見開いて硬直した。
今の声は誰の声だ。明るくて、優しくて、やわらかな声はどこに消えた。今発せられた、冷徹で、静かで、冷たくも燃え上がる炎の様な強い感情の宿った声は、誰の声だ。
問うまでもない。モモンガの声だ。かつてナザリックに攻め込んできた1500人の討伐隊を迎え撃った時、彼は侵入者を迎え、蹂躙した。その時に彼が絶望のオーラを背負いながら侵入者に嗤いかけた時の声だった。もっとも、あの時よりもよほど恐ろしい声色になっているのだが。
ふふ、と彼は笑った。さらにもう一度「わがままとはな」と呟き、ウルベルトの肩に硬い手をのせ、ぐいと引っ張って下がらせる。代わりに身を起こした彼は、笑みを引っ込め油断なき目でじいと彼らを見るリュウズに向かい合った。
「何かおかしいことでも言ったかしら?」
「いや、何も。ウルベルトさんの言ってることは確かに我が儘だ」
「モモンガさん!」
反射的に出た声。けれどモモンガはウルベルトの顔を一瞥しただけだった。
一瞬向けられた赤い炎は言っていた。「黙っていてください」と。そしてそのまま骸骨は蛇に向き直った。絵だけ見るとここが人界であることを忘れてしまいそうな景色だ。
その光景の中でモモンガはにやりと笑った。骸骨の顔は微動だにしない。だが、彼は確かに笑った。
「だが、私はもっとわがままだ。あなたの提示するものが、欲しくて欲しくてたまらない。
己の過ちを、恩人への最悪の所業を、拭い去りたくてたまらない」
モモンガは思い出す。一番最初、たっち・みーに助けられた時のことを。
モモンガは愛おしむ。たっち・みーに手を取られ導かれた先にあった幸せな日々を。
モモンガは希求する。幸せな日々の切っ掛けをくれた人に、今度こそ幸せをお返しすることを。
モモンガは渇望する。ここまで来たなら、道が先に見えるなら、可能性があるのなら、今度こそ恩人を素晴らしき世界に連れていくことを。
「あなたは言ったな、あなた自身を動かせるものも持たずに、わがままを言い過ぎだと。ならば―――」
ならば、と彼はもう一度言葉を置き、はっきりと宝石色の目を見て言いきった。
「あなた個人を動かすための対価。それを払おう。私の命は今賭けに使われているから払えない。なら、それ以外の私のものから払おう。
教えてくれ。あなたはいくらで買えるんだ」