もしもリュウズが悪魔なら、きっとモモンガの提案に舌なめずりして喜んだだろう。
もしもリュウズの所にアルベドがいれば「対価などいりません!ですが、ですが、できることなら(以下省略)」と金の瞳を欲に輝かせ言っただろう。想像に難くない。ちなみにアルベドは現在タブラにつきまとわれて自分の堪忍袋の緒と戦っている。
だがリュウズはそのどちらでもない。彼女は悪魔でもアルベドでもない。だから彼女は彼女だけの反応を返した。即ち。
「……うーん、予想外のリアクションだわ」
困った顔で頬に手を当てて首を傾げたのだ。
「……は?え?」
「えっ…?」
これに拍子抜けしたのはモモンガとウルベルトだ。だって今完璧に「そういう」流れだった。だが彼女にとってはそうではないらしい。リュウズは困惑する二人にはっきりと「困ったわ」と言って首を振った。
「モモンガくん、あなた、自分が何を言っているのかわかってる?」
「えっ何をって…」
「今のはディーラーに『お金払うから自分の都合のいいように卓を回せ』って言ってるようなものよ。八百長を持ちかけたのよ。詐欺をもちかけたのよ。そんなこと、面と向かって言われるとは思わなかったわ。それと女に向かって『あなたを買う』とか失礼すぎるわ。私は娼婦じゃなくてよ」
あまりに失礼すぎて怒る気にもなれない。彼女はそう呟き、溜息をついた。天井を仰ぎ見た彼女の口から「見込み違いだったのかしら」などという非常に恐ろしい言葉が聞こえてくる。モモンガとウルベルトは総身に寒気が走るのを感じた。やばい、というやつだ。
「い、いや、そうじゃないと思いますけど!?」
モモンガは慌てて否定する。だって彼にそんなつもりは毛頭なかったのだ。彼女がディーラーであることを忘れかけては確かにいたが、彼としては提示された道に従って答えを出しただけなのだ。それで幻滅されるいわれなどない。
「そうじゃないって、じゃあどうなの。なんなの。面白くない」
「面白くないとか恐ろしいこと言わないでください!それに、だって、あなたさっき『私個人を動かせるものも持たずに』って言ったじゃないですか!ならそれを払えばいいんじゃないかなって思うのは普通では!?」
「そんなものものの例えでしょうが。あなたに私を動かせるだけのものがもう払えるとは思えないわ」
「『もう』?」
『もう払えない』。それは『依然払ったことがある』という事実を指しはしないか。
モモンガは発言に引っかかるものを覚えた。だって彼は何かを彼女に払ったことなどない。少なくとも彼の自覚している間では。
わからないなら聞いてみるしかない。
「リュウズさん。俺は以前何を払ったんですか」
「最初に言わなかったかしら。仲間を求めて建国なんてたいそれたことをやっちゃったその姿よ。あなたを中心に置いた喜劇を見せてもらったわ。面白かった。あなたというひとは私にとってとても好ましいひとだった。だから私はあなたにこの賭けを持ちかけたのよ」
―――私はね、愛に溢れ、優しい子が好きなんです。
確かに彼女は言った。最初に言った。今もそれを繰り返す。
「その面白い生き様、命の燃える様、精神の動く様、体の奔る様、そういうものを見せてもらった。それがあなたが私に支払ったもの。というか、正確に言うと私が勝手に買い取ったものね、うん」
生き様を見せてもらう様が支払いになった。だから、それを払いきってしまった今、モモンガに払えるものはない。だから彼女に頼めない。だからたっち・みーを救えない。彼女はそう言いたいのである。モモンガはそれを正しく理解し、理解した瞬間思った。
あ、この人馬鹿だ、と。
だってこの人は忘れているのだ。そのロジックを使うなら、モモンガにはまだ払えるものがあることを。
だってこの人は気づいていないのだ。彼女が寄って立つロジックに、モモンガがつけいる隙があることに。
それに気づかずヤレヤレなんて言ってる人を馬鹿と言わずして何と言えばいいのだろうか。モモンガは内心少し笑ってしまった。
(ああ、でも…)
だが、『これ』を払うことには一つ問題がある。モモンガが払うことは仲間の誰もが反対し、認めないだろうということだ。特にぷにっと萌えとかその辺の非常に頭がいい理知的な人間が「ちょっと待ってモモンガさん、他に方法があるはずだ。考えよう」とモモンガを止めるのが明白である。黙っていればバレないと考えることもできるが、今ここにウルベルトがいるから無理だろう。そして彼もまたきっと止めるだろう。
けど、止めて、止められて、考える時間は残されていない。今も尚彼女はこの賭け事を辞めようとしている。ディーラーとしての彼女にケチをつけられ不快だからとプレイヤーを追い出そうとしている。
それを止められる時間はもう数秒もない。モモンガは自分の横で拳を握り、どうすれば、と狼狽えるウルベルトに小さい声で囁いた。
「ウルベルトさん」
「は、はい」
「先に言っておきます。すみません。許してください」
「は?」
ウルベルトが聞き返す。それに答える暇は無い。リュウズが目を伏せ、肩を落とし、額の飾りに手を伸ばしている。
その手が触れるその寸前、モモンガは身を乗り出し、リュウズの手首を掴んで止めた。
「ん?」
「リュウズさん。残念ながらまだ払えるものがあります。俺はそれであなたを買う…いや、あなたの
「は…?」
リュウズは掴まれた手首を引っ張って取り戻そうとする。だが、できない。物理的に不可能なのではなく、モモンガの気迫がそうさせているのだ。彼女は一瞬顔を本気で引きつらせ、けれどすぐにその表情を塗り替えた。伊達に千年生きてはいない。
「面白い。あなたは何を払うのかしら」
「受け取る覚悟はできたか?」
「私を満足させてくれるものならね」
―――乗った。乗ってきた。もう逃がさない。
モモンガは笑う。自分の目的のため、仲間のために手段を選ばないが故に先に進める喜びで。ずっと上から目線で見てきたディーラーに、初めて自分の希望を叩きつけ、思う道に進ませることができる喜びで。
それの対価に何を失おうとも、身を傷付けようとも、彼は喜ぶ。目的を達成できるが故に。
モモンガは骨の顔の眼窩の奥にある炎を燃え上がらせ、地獄の悪鬼も震え上がるほどの壮絶な笑みを身に纏わせ、答えた。
「―――全てだ」
「えっ?」
「俺の全て、俺の身の全てをやる。ナザリックのものは無理だ。この腹の世界級アイテムもギルドのものだから…取り外して他人が使うことはできないから、『あなたには使わない』という約束をする。もしも俺が賭けに勝って、命を永らえたら、それもあなたのものだ」
リュウズは目を大きく見開いた。宝石色の目が、モモンガの目の前で七色の光を見せる。
そんな彼女の顔が、刹那の後一変する。彼女は美しい顔を歪めた。恐ろしい顔になった。獄卒が裸足で逃げ出し、天使が頭を抱えてうずくまり、いかな亡者の悲鳴もいかな管弦の音も皆丸まって震え上がるほどの壮絶な表情が、彼女の顔に浮かんだ。
「おまえ……!」
リュウズには独自のルールがある。それは彼女が「自由」であるための対価として己に課したルールである。変人がもつ、他人から見ればよくわからないルールの山は、変人が自我確立のために何よりも大切にするものだ。モモンガはそれを知っていた。るし★ふぁーという
変人のマイルールはその人物が世界から自由であることの対価として受け入れる枷である。彼らは枷を枷として認識しないことで「自分は自由である」と認識している。
今回においての当該ルールとは何か。それは「リュウズはディーラーであること」「ディーラーはまっとうなゲームプレイをプレイヤーに提供すること」「ディーラーの判断は絶対であること」だ。
先程
リュウズとしてはモモンガを諦めさせたかったのだろう。一度決まった結果を覆したくはなかったのだろう。自分の身を危険に晒し、己にとっての「過去」を変え、己の存在を危うくなどしたくないのだろう。
だがそれはもう無理だ。モモンガが正規の手段で選択を取ってしまったから。彼女は「モモンガの生き様が対価になる」と示した。「ならばモモンガの全て」が対価にならないということはあり得ない。それを断ることは、彼女が自分で自分を否定することになるのだから。モモンガの人生に価値を認めた彼女は、彼の人生を価値なきもの、対価として相応しくないものと認めることはできないのだ。
悔しげなリュウズの顔を見て、モモンガは心の中に愉悦の感情が生まれるのを感じた。
「逃げ道の無い選択肢の提示……あなたが最初にしたことだ。俺がやっても何も問題ないでしょう」
だめ押しの一言を紡ぐ。リュウズはそれで己が詰んでいることを認めた。鬼気迫る表情をすぱりと消して、重い溜息を吐いたのだ。逆立ちかけた緑青色の髪はへたりと力を失い、リュウズもまた肩を落とした。
モモンガが手を離すとリュウズの手首には赤い骨の手の跡がついていた。よほど強く握っていたらしい。その跡をさすりつつ、リュウズは心底悔しげに小さく呟いた。
「自分の身を切ってまでやることではないでしょうに…」
「たっちさんにはそれだけの恩がある。だからやった。それだけだ」
「あなたの底を見誤ったわ。面白いけど、面白くない。あーもー」
「諦めてください」
「諦めるわよ。もう。運が絡まないと弱いのよね、私」
はあ、と肩をすくめ、彼女は一つかぶりを振った。その後目を閉じ、ぱんと音を立てて両手で自分の頬を叩く。
次に目を開けば、もうそこにあるのは覚悟を決めたものの顔だった。
「わかりました。私は私の権能の全てを使ってあなたとウルベルトさんを過去に送ります。私も消えたくないからタイムパラドックスが起こらない方に賭けて動きます。対価に頂くのはモモンガくんの全て。行った先でウルベルトさんはたっち・みーさんの魂を救ってもいいし、いっそもう一度説得してもオッケーです。これはウルベルトさんの命との賭けとします。ウルベルトさんが勝ったらウルベルトさんは生きてるし、たっちさんも幸せになれる。ウィンウィン。たっちさんが救われなかったら、ウルベルトさんの魂は私達の世界に意識を持ったまま行くことは叶いません。
それでよろしいかしら」
「俺の全ての下りはいい。けど、ウルベルトさんの命の部分を俺の命に代えることは?」
「お人形の首のすげ替えじゃないんですよできるわけないでしょうが。それにもうチップとしてあなたの命はテーブルに載っている。別のテーブルに移すことは不可能です」
「うっそうですか…ウルベルトさん、ちょっと作戦会議を…ウルベルトさん?」
モモンガがウルベルトの方を向くと、ウルベルトは頭を抱えていた。頭を抱えて「なんでこんなことに…」と呻いていた。
「う、ウルベルトさん!?一体どうしたんですか!」
慌ててモモンガがその体に手を当てて起こさせようとする。だが、そうさせる前にウルベルトは跳ね起き、モモンガにくってかかった。
「なんてことを約束してんだアンタ!」
「えったっちさんを助けるための約束ですけど。それより、ウルベルトさん、反対した身で悪いんですけど、説得、お願いできますか」
「もう後戻りできねぇんだろ!?」
ウルベルトの確認にリュウズは首を縦に振った。ええそうよ、と。声に出さなかったのは万一声に出すとウルベルトの意識が飛び火してくると思ったからかもしれない。
「お、落ち着いて下さい、ウルベルトさん」
「これが落ち着いていられるか!なんだってあんたはたっちのために命なんて張ろうとした!?」
「同じ言葉をそっくりそのまま返させてもらいます」
「俺はあいつを倒すのが俺じゃないと気にくわないからだ。でもモモンガさんは違うだろう!?」
「違いません。いや、違うかもしれないけど、似たようなものだと思いますよ」
モモンガのローブの襟元を握っていたウルベルトの手をモモンガはやんわりほどき、その手を下ろさせる。そして確固たる意思と表情を持って言いきった。
「俺はたっちさんにしてしまったことを後悔しています。その後悔を背負って生きるくらいなら、後に何があろうとも、払拭できる機会を掴みます。
俺は後悔したくないんです。諦めたくないんです。泥沼上等ですよ。何をしてでも渡りきってみせます」
モモンガの意思は変わらない。何があろうと、絶対に。それでもウルベルトは足掻くことを辞められなかった。幾度も言葉を重ね、身振り手振りを加え、なんとかモモンガを翻意させようとした。たっちは自分の敵だからやっぱりそのまま消させるわとも言ってみた。けど、それについてモモンガは小さく笑いながら首を横に振ってきた。
「ウルベルトさんはそんなことしません。たっちさんを叩きつぶす時は、堂々と、真正面から。そうでしょう?俺の知ってるウルベルトさんってそういう人です」
そう言って、そんな「悪」のあなたが俺は結構好きですよ、なんて続けられてしまえば。
ウルベルトにはもうそれ以上否やの言葉を紡ぐことはできなかった。
モモンガのリアル説得ロール成功により、たっち・みーの再ロールを認めます。
第一賭「ウルベルトによるたっち・みーの救済」
第二賭「リュウズによるタイムパラドックスの回避」
第一賭はウルベルトとたっち・みーの友情補正-30にモモンガの補正+30を加え、1d100で50以下で成功、51以上で失敗とします。
モモンガくんによるリアル説得ロールが火を噴きました。
オバロの2巻のリィジーとアインズ様との会話のとこ読んでから読むとちょっとギミックきいてて面白い、かも?稚拙とか言わないでネ♥(目つぶしの構え)
ところで私るし★ふぁーさんが結構好きです。ああいうやらかすタイプのある意味アダムスファミリー的な人って遠くから見ていたくなりますよね。そういうわけでこの小説は地味にるし★ふぁーを推していくつもりです。
誰だ親近感湧いてるんでしょとか言った人。その通りです。