「よーしそうと決まればウルベルトさんとっとと死んできましょうか」
「は?」
「は?じゃなくて。それどころじゃなかったからかお忘れのようだけど、あなた死刑囚なのよね」
「あ」
「つまり刑の執行を待つ身なのね。今は私達がお話しするために時間を止めているから来ていないだけなのね。というわけで戻します」
この会話の五分後、リュウズが時間停止の結界を解いたためにやってきた重苦しい顔をした刑務官達に囲まれ、ウルベルトは処刑場に向かった。
刑務官達はウルベルトと同じ、どちらかといえば貧困層に属する人間である。職務内容を考えれば富裕層の人間がするものではないというのは明白だ、仕方なかろう。彼らは貧困層であるからこそウルベルトとその仲間が富裕層の象徴たるアーコロジーに牙剥いた理由をよく理解し、さらに心情的にはそれを応援する気持ちすらあった。しかしそれを示すことは許されない。故に彼らは皆一様に沈黙し、黙ってウルベルトを処刑場に連れて行った。寄る辺を同じくする者かつ立ち上がった勇者とも言える人物の、その首に縄をかけることをせねばならぬ己の身を責め立てる言葉とともに。
そんなわけで刑務官達はものすごく深刻な顔をし、黙っていた。となると当然四方を黙り込んだ人間に囲まれたウルベルトも会話などできない。当たり前だ。
だが、彼が会話できないだけであって彼には人ならざる者達との会話が聞こえていた。言うまでも無くリュウズとモモンガである。彼らはまるでウルベルトの死に神のように刑務官に囲まれた彼の後ろを歩きながら周囲を見渡しぺらぺらとおしゃべりに興じていた。そういうわけで彼は処刑場に行くまで死と緊張の気配の中で繰り広げられる暢気なおしゃべりを聞き続けることになった。後に彼は語る。この空気の差の中で黙って進まなければいけなかった時間こそ、自分にとっては何よりの拷問であったと。主に表情筋の運動とツッコミ衝動を耐えねばならなかった的な意味で。
「なんでウルベルトさんは俺達が来てから死ぬまでにこんなに時間があるんですか?」
「最初に説明しましたよ。『アクセスするタイミングは彼らが死んだか死ぬときにしましょう』って言ったじゃないですか。ウルベルトさんの場合は『死ぬとき』に該当するのです。私達は彼がもう死という定めから逃げ出せなくなった瞬間にこの時代にアクセスしてるってことです」
「なるほど。え、てことは逆に言うとあの独房に入れられた状態でもウルベルトさんが逃げ出すか何かして生き残る可能性があった、ってことですか。刑務官が来る前なら」
「そういうことになるわね?彼の仲間が助けに来るとか、そういう可能性が無いわけじゃないですからねぇ」
「なるほど。でもたっちさんの時は彼が亡くなった後に俺達は彼に会いましたよね。あれはどういうことなんですか。死んだか死ぬときっていうよりは、死んだ後って感じでしたけど」
「死んだ後は『死んだ』の方に入れてもいいでしょう。あんまり細かいこと言わないで下さいな」
「いや人の生き死に関わってるんですよ結構大きくないですか!?」
「私にとっては誰が死のうが誰が生きようがあまり関係ないわよ。彼は私の仲間ではないし」
「仲間以外はどうでもいいと」
「あなただってそうでしょ?」
「それは否定しませんが…」
「そういうところに親近感わくのよねぇ。あなたの作戦にまんまとハマッちゃったせいとはいえ、モモンガくんを手に入れたんだから何か…こう…面白いことしたいわね?」
「お、面白いこと…ですか…ってそれよりも俺確かにあなたに全部やるとは言いましたけど、何か契約とかあるんですか?」
「契約?書類とか交わすってこと?」
「はい」
「そんなものいらないわ。あなたはリィジー・バレアレを『受け取る』時に何かそのようなものをかわして?」
「いえ。でもエ・ランテルからカルネ村に移住させて軟禁状態にはしています」
「同じ事しようかしら」
「……」
「冗談よ、冗談。でも契約書面などが何もいらないというのは本当よ。私があなたをもらうと言う。あなたが自分をあげると言う。それだけで契約は為されるわ」
「形がない分抜け道も無い…よく考えられている…」
「そんなに難しいことじゃないわよ。言葉の力は思っているよりも強い、ということです」
「言葉の力?」
「昔蓬餅さん…あ、うちのギルメンの一人ね、彼から教えてもらったことがあります。言葉の力で、人は人に天の月をくれてやることもできるのだと」
「蓬餅さんって、あの、最後まであなたと一緒に居たという人ですか」
「そうです。もっとも、彼はヒトじゃなく熾天使だったけれど」
熾天使。確かるし★ふぁーがそれだったな、とウルベルトが思い出すと同時に懺悔室についた。ここで神父だか牧師だか坊さんだかの話を聞くのが死刑囚の決まりなのだ。ウルベルトが刑務官の開けたドアの先に入ると、そこには坊さんがいて、ありがたい言葉をつらつらとしてくれた。だがそんな言葉はウルベルトの耳には一言も入ってこなかった。それよりも後ろの人外の会話が気になって仕方ないからだ。
「へぇ。でも、そんなことどうやってやるんですか」
「月を指さし、月をあげたい人にこう言うのです。『君にあの月をあげよう』と。それに月を捧げられた人が『はい』と頷けば、月はその人のものになります」
「なんだそれ」
なんだそれ。
ウルベルトの心の声とモモンガの言葉がハモッた。まだ坊さんの説法は続いている。
「うふふ。これが言葉の力というものです。魔法モノとかでよくある『呪文』とか『呪術』とか『呪い』に纏わるものは、これらが跳梁跋扈していた千数百年前には『
言ってしまえば、私とモモンガくんは古の呪術で所有の縁を結ぶということですね。これは結ぶこと容易ならざるものですが、その分解くことも容易ならざるものです。ほらご覧なさい。なんと強固な契約でしょう。紙切れなどあるだけ邪魔というものです」
「そう…なんで、しょうか」
そうなんだろうか。
「そうですよ。もしもあなたの側が破棄すれば、いえ、破棄しようなどと考えようものならばその途端『
にこ、と深い笑みが刻まれる気配がウルベルトの背後でした。ぞわりと総身に鳥肌が立つ。ぶるりと震えたウルベルトを見て僧侶は死の恐怖を感じたのかウルベルトを哀れむ目で見た。
二三の指示の後、ウルベルトの前に酒が並べられる。最後の晩餐というか、最後の食事と言った所だろうか。慣れ親しんだ、半分ドラッグのような安酒の匂いがぷんと辺りに漂う。それにゆっくりと手をつける。
「ああっウルベルトさん!そんな薬品みたいなもの飲まなくても!ナザリックに行けば美味しいお酒がいっぱい飲めるんですよ!」
「行けるかどうかわからないじゃない。たっちさんの説得に失敗したら彼もまたあちらの世界には行けないのよ?」
「ウルベルトさんなら絶対にできます。できるから、ああーっだからそんなものを飲まなくても!ウワッなんか負けた気がする…!」
やかましい。ウルベルトは自身の身を尊ぶ故のモモンガの発言に顔の端を引きつらせつつただ脳みそを鈍くするためだけの酒を飲みほした。
飲み干したのを確認し、刑務官がウルベルトを別室に連れて行く。そこで彼は首に縄をかけられ、顔に白い布をかぶせられた。
「後でいいじゃないのね」
「なんかムカついてきました。こいつら人間のくせにウルベルトさんを殺すなんて…」
「あのねモモンガくん、まだウルベルトさんも人間なの。ていうかたくさん人を殺した…殺したのかしら?まあいいや、とにかくテロリストなわけなのよ。その罪を死んで償うことで綺麗な魂になるわけなのよ。
あなた
「よ、読んでません…」
「……読んだ方がいいわよ……あっ」
「そんな真顔で言わなくても……あ」
彼らの言葉が途切れた瞬間、がこん、という音がした。