積乱雲の中に隠された天空城。それだけでも昔のアニメ映画を彷彿とさせる。貧困層であった鈴木悟にとって、幼少期の娯楽は著作権の切れたそういうものを何かの機会に視聴することであった。そしてその機会で見るものの殆どが、あの映画のような名作だった。だからよく覚えている。
昔の記憶に浸るように感慨深く城を見つめていると、アインズの優れた聴覚が何かの飛来音を捕らえた。ほぼ同時にそれを聞いたのはアウラだろうか。アインズ様、と小さく声を上げた彼女に、アインズは過去の記憶から音の正体の予想を付けつつ片手を上げて彼女を制した。
「大丈夫だ」
果たしてその言葉を証明するかのように城の方から彼らの元にやってきたのは二体の空を飛ぶゴーレムだった。恐らくアイテムで呼び出されたもので、かつかなりの年月が経っているのだろう。体のあちこちに様々な苔が生え、まるで庭園を飾る庭石が動いてきたかのような印象を見る者に抱かせるそれは、顔にあるランプのようなものをぴこぴこ光らせて、どこかにあるスピーカーからひび割れた音声をもって問うてきた。
「ここは偉大なる御方おわす天空城」
「何用あって汝此処に至るか」
「私はアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターだ。ギルドマスター同士の話し合いの場を持ちたくてきた」
答えたアインズに、ゴーレムの顔がぴかりと光る。
「斯様な用事は聞いていない」
「予約無き者通さない」
「予約はないな。だが、緊急事態だ。思い当たる節はあるだろう?取り次いでは頂けないだろうか」
後ろで「ゴーレム風情が」と呟く守護者に無い胃がキリキリと痛むような幻覚を覚えつつアインズが骨の顔に精一杯の笑みを浮かべてそう言うと、ゴーレムはまたぴかりとランプを光らせて答えた。
「広場に案内する」
「守護者に取り次ぐ」
「そこで待たれよ」
「こちらにこられよ」
ゴーレムはそう言うとくるりと振り返って来た道(道なぞないのだが)を戻りはじめた。その背中にはジェット機のエンジンを彷彿とさせる円筒形のパーツがそれぞれの背に二個ずつついて青白い炎を放っている。魔法と科学のあいのこのようなゴーレムの形にアインズは「これはこれでいいな…」と呟いた。魔法だけでも科学だけでもない、ありえたかもしれない文明の産物っぽいデザイン。それは確かなんと言ったか。
「ええと、なんだったか…」
「いかがなされましたか」
「いやな、デミウルゴス。科学と魔法を上手い具合に組み合わせた造形物のデザインの総称があったはずなんだが思い出せなくてな…」
なんだったかなー、と呟きつつアインズは指定された場に降り立つ。それは山のような形になっている天空城の最下層にある、どう考えても一度も使われたことが無さそうな古びた門の前にある、朽ち果てた待機場跡のような場所だった。あちらに一かけこちらに一かけと黒ずんだ木の板が転がっており、整地された地面には隙間から雑草が伸びた石が敷き詰められている。もしもこの城が地上に在ったことがあるならば、ここは正しく道と城を繋ぐ部分だろう。
「なんだったかな」
「もしやそれは『スチームパンク』というものではないでしょうか」
頭をかかえつつ喉の端まででかかった言葉を引き出そうと四苦八苦しているアインズと、そんなアインズの力になろうと一生懸命頭を動かすナザリックの守護者達。そんな彼らに声をかけたのは、大きな門の横の小さな扉を開いて出てきたバードマンだった。アインズよりも長身で、コキュートスよりも僅かに小さいくらいだろうか。バードマンとしては明らかに大柄である。ベースになったと思われる鳥類がちょっとよくわからないが、全体的な印象としては金色をベースにした猛禽類と言えばいいだろうか。猛禽類系バードマンといえばアインズにとってはペロロンチーノが真っ先に思い浮かぶが、彼のような装飾はなく、顔にも兜の類はない。丸い瞳孔は知性の光をはっきり宿してアインズを見つめていた。
「スチームパンク!それだ!ああ、すっきりした」
「お力になれたようで幸いでございます。私、このマチュピチュ天空城の守護者をしておりますチョウ・シンと申します。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター。あなたを歓迎致します」
ふわり、と優雅な動きでチョウが一礼する。他のユグドラシルプレイヤーの存在を感じてかアインズではなくモモンガとしての意識が強くなっていたアインズは「これはどうも」と癖で頭を少し下げてしまった。そんな彼の後ろで、慌てて守護者が傅く音がする。
「そちらの方はあなたのギルドの守護者の方々で…?」
「そうだ。こちらからデミウルゴス、アウラ、マーレという」
「同業者というわけですね。どうぞよろしく。あなた方も歓迎致します」
ぺこりと頭を下げるチョウに、三人のナザリック守護者はそつのない挨拶をした。そして三人の挨拶が終わった頃に、デミウルゴスが代表して言葉を発する。
「あなたは我々のことを知っているのですか?随分と落ち着いておられる」
「あなた方のことを知っているわけではなく、ユグドラシルプレイヤーとプレイヤーとともに転移されるギルドの在り方について知っているだけです。気配から察するに、あなた方はここ最近…そう、一年以内にこの地にやってきた方々でしょう」
「あなたは違うのか」
「違います。その説明をマスターがすると仰っていますので、ともに来て頂きたく。ああ、念のため申し上げておきますと、あなた方がこの地と我等のマスターに敵対行動を取った瞬間、この地の守護機構が発動し迎撃されるのでどうかおやめ下さいますようお願い致します」
「それは『観察者の目』の効果かな」
「左様でございます」
答えた後、チョウはくるりと振り返って横の小さな門を開いた。それに蛙頭から人頭に顔を戻したデミウルゴスが顔をしかめる。
「そのような粗末な門にアインズ様を通すなど…」
「ご不快承知。しかしこの大門を久方ぶりに動かすとなると大がかりな掃除が必要となりまして、あなた方をいつまでも待たせてしまうことになるのです。どうかお許しを」
くす、と。まるで駄々をこねる子どもを懐かしむような顔をして、チョウは笑った。だが、その言葉を微笑ましいで流せない者もいる。アインズだ。
「待ってくれ」
「はい」
「久方ぶりに動かす、と言ったな。この門を」
アインズが見上げた先にある門は、高さが十メートルを超える巨大な門だ。城門というか、もはや都市門と言う方が相応しい気がしてくる代物だ。それを覆うようにして草木が生い茂っている。絡んでいる。樹齢何百年、といえそうな木が、大きく張り出して門を覆っている。
アインズの視線を追うようにして門を見上げたチョウは「はい」と懐かしむような声色で答えた。
「六百年ほど前までは稼働しておりましたから。ギルドマスター以外の最後の方がお亡くなりになるその日までは、確かに動かしておりました」
「六百年…?」
オウム返しに聞いたアインズの下顎がぱかっと落ちそうになる。アンデッドとして先に広がる時間が無限であることは自覚しているし、それ故一年の長さが人間の時と違って短く感じられる。つまりはあまり価値のない意味のない年数に感じられる。それでも、六百年という時間は、どう考えたって大きすぎる。
「はい」
「一体いつから君達はここにいるのかね」
「千年ほど前でございます」
さらりと答えられた言葉に、アインズと守護者達は思わず言葉を失った。