「これが魂の状態ってやつか…」
死刑執行の後、ウルベルトはぷらぷら揺れる自分の肉体を見上げ、己の手をしげしげと眺め、呟いた。一般的常識に基づく幽霊像がそうであるようにうっすらと透けている。己の手を何度もひっくり返す彼に、リュウズは汗の浮いていない額をわざとらしく手の甲で拭いながら「そうよ」と答えた。
「これであなたが一ゲーム終わるまでは持ちます。言い換えればそれ以上は持ちません」
「はあ」
道理と常識を軽やかに踏みつぶして舞い踊るような超常の所業に、ウルベルトの口からはもうまともな返答すら出てこない。はあ、ともう一度気の抜けた相づちを打つ彼を見て、まだ超常に耐性のあるモモンガが呆れた口調で呟いた。
「すごいことですね。あなた一体なんなんですか」
当然の問いだ。モモンガの問いに、リュウズは艶やかに笑った。
「あら私はディーラーよ。欲するままに動くあなたたちが喜びや苦しみで見覚えする様を見たくてたまらないだけの、それだけの存在よ」
言いきられた言葉に、ウルベルトとモモンガは顔を見合わせ、そしてウルベルトの方だけが大きく表情を歪ませた。モモンガの方は表情が変わっていないが、正確な表現をするならば変わりようがないが、おそらく同じような表情を浮かべているのだろう。それを証明するように、彼らは二人同時に呟いた。
「趣味悪いですね」
「趣味悪ィぞそれ」
「なんとでもおっしゃいなさいな。さてそれでは賭けに参りましょ…ああそうだ。ウルベルトさんはその格好でよろしくて?」
「格好?」
ウルベルトが自分の体を見下ろす。見やった先にあったのは、くたびれかけた囚人服だった。
「たっちさんは警察官でしたよね?いくら幽霊とはいえ流石にその姿じゃいかがかなと」
「それもそうか…でも、着替えなんてどうやったらできる?」
ウルベルトは自分の服を摘まんで引っ張ってみた。着替える、という行為は可能な感触だ。けれど着替える対象がない。
首を傾げながらリュウズを見ると、彼女は「簡単です」と言って両手を広げた。
「ただ思い浮かべればよろしい。物理的制約の全ては、もう今のあなたには意味無いのだから」
リュウズはそう言うと手本を示すように広げた両手にそこそこの勢いを付けて自分の腰の辺りに振り下ろし、下半身をぽんと叩いた。すると、大蛇の身は一瞬で消滅し、代わりにそこに蛇の鱗柄のロングスカートを履いた二本の足が現れた。
「……は!?」
男二人の目が点になる。彼らの目に見せつけるように彼女は笑いながらスレンダーというよりは肉感のある足を持ち上げて見せた。まぶしい程に白い足がスカートの裾から見える。内股の際どい所が見えそうになってモモンガとウルベルトが咄嗟に目をそらすと、彼女はにんまり笑ってまた手で腰の辺りを叩いた。途端、また下半身が蛇に戻った。
「ご覧の通り、このように。さあ、やってみて」
微笑む彼女が腰から手を離し、ウルベルトの手を取る。言われるがままに挑戦してみたのだろう、次の瞬間ウルベルトの囚人服はさらりと風のようなものに吹かれて揺れたと思ったらごく平凡なシャツとジーパンになった。
「おっ」
「うわっ」
「そうそう、上手い感じ上手い感じ。それでは参りましょう」
言うと同時に彼女の手がモモンガとウルベルトに伸びる。そのまま白い指が彼らの服の端を掴んだと思ったら、彼らは次の瞬間死体揺れる処刑場ではなく凝り固まった死の香り満ちる無機質で威圧的な建物の中に居た。
彼らが立っていたのは白を中心とした四角い廊下の真ん中であった。両側の壁の腰辺りに手すりが設置されている。等間隔で開けっ放しの引き戸があり、その横には消毒用アルコールが入ったプラスチックポンプがある。
「ここは…」
「病院…でしょうか」
「そうね。時刻はたっちさんが亡くなったテロが起こる数十分前。彼は職場たるあの会議場に行く前に娘さんの姿を見に来たようだわ」
言うと同時にリュウズは向かいからやってくる一人の男性に目をやった。端正な顔立ち。すらりと高い背。スーツ越しにもわかる、引き締まった体。すれ違う女人に恋慕の溜息を吐かせ、すれ違う男に無駄な対抗心を抱かせる彼の、その表情は沈み強ばっている。
彼の手には、彼に似合わぬファンシーな柄の袋がある。どうやら見舞いの品らしい。かつ、かつ、と音を立てて廊下を歩く彼は彼を凝視するウルベルトに真正面からぶつかり、なんの抵抗もなく通り過ぎていった。
ウルベルトは油を差し忘れてこりかたまったブリキ細工のような動きで振り返り、皺のないスーツの背を見つめる。その額から噴き出す汗を見た気がして、モモンガは不安そうに体を揺らし、リュウズはにんまりと笑った。
「さぁ、ウルベルトさん。はじめましょう。あなたの賭けですよ」
白い手がウルベルトの手首を掴む。だが、その手が力を込めてウルベルトを引っ張る前にモモンガがはたと気づいて慌ててリュウズの手を掴んだ。
「え、ちょっと待って下さい」
まるで三人で手を繋いだような構図である。見る者が当人達しかいないからまだいいようなものの、そうでなければ滑稽すぎて噴き出してしまいそうな光景だ。それに気づいたリュウズは不快感を微塵も隠さずにモモンガを睨んだ。
「なんですか」
声に剣呑な色があった。下手なことを言えば恐ろしい何かが返ってくるだろうと用意に想像させる色だ。いっそ威圧すら感じるそれを、けれどモモンガは全く気にせずはじき飛ばし、リュウズに詰め寄った。
「なんですか、じゃないですよ。タイムパラドックスはどうなってるんですか!?今ここでたっちさんを助けたらこの後の展開がどうのこうのって…!」
「それはもう解決しましたからお気になさらず」
「はっ!?どうやって!?」
モモンガが骨の顔の奥の炎をカッと燃え上がらせる。おそらく、驚愕で目を見開いたということなのだろう。ウルベルトもはたとそれに思い至り、こくこくと激しく首を縦に振った。
そんな二人の行動に対しリュウズは逆に目を見開いた。
「さっき言いましたけど…」
「いつ!?」
「ほんとあなた人の話聞いてないのね…さっき言ったでしょう、『私も消えたくないからタイムパラドックスが起こらない方に賭けて動きます』って」
だからおしまいです、解決です、と繰り返すリュウズに、モモンガは数秒完全に動きを停止した。その後、己の世界ががらがらと崩れかねない事象に彼ははたと気づいた。その気づきは彼の正気を削るものであったが、それが真実だと理解したならば彼の精神に多大な負荷をかけるものであったが、モモンガは問わずには居られなかった。
それはきっと、彼が賽の目を振られる側の存在であるが故なのだろう。
「えっと……もしかして、あなたはその賭けに、勝ったと」
「はい」
「その口ぶりからすると、勝つ前提で賭けていた…?」
「正確なことを言うのであれば、
リュウズは答えながらモモンガとウルベルトから手を離した。そのままゆるりと腰に当て、子どもにお使いの注意事項を言い含めるような顔をして、モモンガに向き直る。ウルベルトを意識の外に追いやった彼女は、ただ一人、始まりの賭け事に身を投じたモモンガに、それはそれは優しい目を向けて言った。
「よくお考え下さいな。
私はあの城の主であり、主であるということは、挑戦者を受ける者という位置におります。けれど私はあなたを挑戦者にはしなかった。私の膝元で遊ぶ者にした。私は今までずっとディーラーディーラーと言っている。
白い指先が、きらきらぎらぎら輝く『観察者の目』に伸びる。その輝きをつるりと撫で、彼女はその輝きを指先に灯し、はっきり言いきった。
「それは賭け事には私は必ず勝つからです。私はそういう存在になりはてた身の上なのです。そんな身で賭けをしても面白くないでしょう。だからやらなかったのです」
答えから逆算すればわかりきったことだろう。けれど、そんな答えを逆算で導ける者などいるのだろうか。モモンガは自身の内心に浮かび上がった疑問に心から首を振った。そんなの、視点が狂っている奴にしか導けない。
骨の身が、得体の知れないものを前にして小刻みに震えかける。それを手をぎゅっと握ることで耐えたモモンガに、リュウズはぴたりと人差し指を当てて締めくくった。
「そういうわけで、あなたたちのタイムパラドックスも『起こらないかもしれない』という『可能性』に賭けて当ててきました。そんなわけでウルベルトさんは安心して己の賭けを為せるのですよ。
おわかり頂けたかしら?だいたい、そもそもこれほどの力が無ければご友人を異世界から呼び寄せるなんて奇跡起こせるわけないでしょうが」
まったく、これだから発想力の無い人は、などとぶつぶつ言いながら彼女は首を振る。そんな彼女に、ウルベルトとモモンガはまた顔を見合わせて心の声を揃えた。
これだから頭の中が狂っている奴は、と。
モモンガくんの願いを叶えるために必要なシステムがでかすぎるから話がでかくなる(逆ギレ)
オリ主の正体を考察しながら読んでもらえると楽しいかな…うん…あっ次回はダイス振ります。やっとファンブルとクリティカルの傷が癒えてきたので!とか言うとまたとんでもない出目を出されそうな気がする!と口に出すことでフラグクラッシュ完了じゃー!!