自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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閑話

 これはモモンガが仲間との再会を願った日から千年と数日前の、とある不思議なギルドのお話。

 

 

 

 

 ユグドラシル最終日当日。誰より早くユグドラシルにログインしていたリュウズが拠点内でぼうっとしていると、ギルドメンバーのログインを知らせるログイン音が鳴った。それと同時に自分の前にギルドメンバーが現れる。

 アバターが表示される前にぴこんと立ち上がったバーに示されていた名は、蓬餅。リュウズが統べるギルド『翼持つ人々』の副ギルドマスターだ。六対の翼を持つ美しい熾天使の彼は、ログインと同時に目の前にいるギルドマスターに片手を上げた。

「おはよ。今日も早いねぇ」

「蓬餅さんこそ。今日はお仕事では?」

「んーお休みってかんじかな。それよりもさ、ちょっと手伝って欲しいことあるんだけど」

 肩をすくめて答えた蓬餅にリュウズは不思議に思いつつもこくりと頷いた。

「暇ですから大丈夫ですよ。でも、最終日にやることって何ですか?パーティーでもするの?」

「いんやーうちそんなのやるっつったって誰が集まるかわかんないっしょ」

 からからと笑う彼は、笑いながらアイテムボックスから次々とアイテムを取り出しはじめた。イベント用の花火や爆薬やら魔法薬やら色々だ。戦闘には使えないがパーティーグッズであることは明らかなそれをあらかた床に出した彼は、こんもりと山を作るそれを半分ほどリュウズの方に押し出した。

「これをさ、売ってきてユグドラシル金貨に変えてほしいんだ。最終日だから高く売れると思う。で、売ったら本を買うから」

「本、ですか…」

 リュウズはあからさまに「意味がわかりません」という雰囲気を滲ませた声を出す。だってそんなもの、今晩終わる世界に用意したって意味ないじゃないか。

 ギルドメンバーは皆大なり小なり自由人だ。自分の好きなことを好き勝手やることを楽しむ者達の集まりだ。それでも、そんな遊び場が終わる日に態々遊び場にものを持ち込むことは不思議で不審すぎる。

 リュウズの声を聞いて、蓬餅は白い手をトンと胸に置いた。

「そ。本。ここ、本とかめっちゃ少ないでしょ」

「要りませんからね」

「でもね、俺ね、必要だって朝起きたら思ったんだよ」

「どうしたんですか、一体」

 聞き返しつつ、リュウズは並べられたアイテムをもぞもぞと自分のアイテムパックの中に入れていく。ついでに魔法を使う必要があると判断し、頭に被る世界級アイテム『観察者の目』も外してアイテムパックの中に放り込む。途端起動する天空城の防衛機構の数々の駆動音が彼ら二人のいる広間の向こうで響きだした。

「あー…なんつーのかな…」

 問われ、蓬餅はかゆくないはずの頭をぽりぽり掻いた。

「一言で言うとな、夢を見たんだ」

「夢、ですか」

「ああ。あ、あーっとな、た、たぶん昨日ログアウトした後読みあさった小説のせいだと思うんだけどさ!うん」

「はあ。で、その内容は一体…」

「えっとな、一言で言うと異世界転移モノ」

 すぱりと返ってきた言葉にリュウズはしばし硬直し、その後、ぷふ、と堪えきれぬ笑いを漏らした。

「ふ、ふふっ…い、異世界転移ですか…」

「あんだよー!このゲームだって似たようなもんじゃんか!で、だな。急にユグドラシルに愛着湧いちゃってさ。だったらここが異世界転移しちゃった時に備えて色々と備蓄しておこうかなって」

「昔からカッ飛んだ発想の人だとは思っていましたが、最終日でまたカッ飛んだところを見せてきましたね…」

「いいじゃんかよ!でさ、まあそういうわけでだったらまず本が欲しいわけだよ。おけ?」

「オッケーです。もしかするともしかするかもしれませんしね。面白そうだし」

「んんー俺あんたのそういうノッてくれるとこ大好き!」

「うふふ。それでは売り切ったら<伝言>を使って連絡しますね」

「あいよっ」

 蓬餅が立ち上がると同時にリュウズが羽ばたき、窓の外にぽんと身を投げ出す。暫く自由落下していったのち、彼女は背中の玉虫色に輝く翼をばさりと羽ばたかせ、異形種の集う街に向かって飛んでいった。

 彼女の後ろ姿を見ながら蓬餅は思う。今日はユグドラシル最終日である。それ故、彼女に託したパーティーグッズは需要があり高値で売れる。金貨など取っておいても意味がない故に、おそらくとんでもない高値でもひょいひょい売れるだろう。蓬餅はその売った金で、たたき売りされている本や、家具や、住みやすくするものを集めていくつもりなのだ。

 残された時間は十数時間。蓬餅は昨夜見た夢を正夢と信じ、仕事を辞めて時間を捻出してきた。辞めてきたからには腹をくくるしかない。現実(リアル)は無職が生きながらえられるほど甘くないのだ。ついでに言うと美味しくもない。固執してしがみつく理由なんて全くない。

 

 ここではないどこかに行ける可能性があるのなら、それに賭けてみるのはきっと良い案だ。

 

「モモンガさんとコンタクト取ればよかったなー…でもヘルヘイムに今から行くなんてことできないし。せめてたっちさん系の話ができるように変身ヒーローのデータ入りの本集めとくか…無ければ作ってもいいしな。片手間でできるだろ。

 あとは…そうだ、飯の類。あれなんとかせんと。NPCで料理出来る奴は…いねぇか。うーん、誰かの設定欄弄って書き換えとくか…ギルマス権限で後でやってもらお。あとはスクロールか。買い溜めできる分がっつり買っときたいなー。俺達に研究技能はないし。

 タイミングが問題なんだよな…できれば向こうが転移した後に現れたいような、そうでもないような…うーん、迷ってもしゃーねーか!よし、いこっと」

 蓬餅はぶつぶつと考えをまとめようと呟いた後、うん、と頷いて立ち上がった。ばさりと翼を広げ、リュウズが出て行った窓と同じ窓から外に出て、彼女が向かったのとは違う街に向かう。

 その後彼はちらほらとログインしてきたギルドメンバー皆に同じような話をし、おもしろがったギルドメンバーは皆で「このギルド拠点が異世界に飛んだ時のための準備をする」という遊びを満喫した。ある者は投げ売りされていた神器級アイテムと溜め込んでいたクラッカーの山を交換し、ある者は突貫工事で天空城の内部に簡単な厨房を作ったりもしてみた。たった一人の男の妄言の元に彼らは一致団結し、最後の時を彼らなりに有意義に遊び尽くした。

 そして日付が変わる時。もしもこのまま異世界に行けるのであれば行ってみたい、と口を揃えた者達のみが残り、天空城の一番てっぺんに上って輝く月を見上げた。

 彼らの真ん中で、月光に翼と髪と鱗を煌めかせるリュウズに、その隣で月を見上げる蓬餅は呟いた。

「綺麗だな」

「ええ、全く」

「ギルマスも綺麗だよー」

「俺達ってこういうしんみりした空気になれたんだな」

「ちょ、台無し台無し」

「お菓子たべたーい」

「一応酒も用意したのに飲めないって辛いな…」

「バフ用のやつは置いといたじゃん。バーも作ったし」

「使えないだろ…」

「くしゃみ出そう」

「ギア外さないように気をつけてやれよ」

「外れてアバター止まったら『おおゆうしゃよしんでしまうとはなさけない』ごっこやろうぜ!」

「てめぇはどっちかっつーと魔王だろ」

「シューベルト?古いねぇ」

「シュークリームたべたーい」

「飴でも舐めてろ」

 一人の声がきっかけでしんみりした空気はがらがらと崩れ去り、途端皆が好き勝手しゃべり出した。だが、全盛期千人以上いたのに対し、今ここには数十人しかない。時によって選りすぐられた自由人達の中で、波長が合う者達しかいない。だから好き勝手な喧噪でさえ心地よい。

 そんな喧噪を聞きながら、リュウズはふふっと笑った。仲間の声を愛おしむように、仲間の心を慈しむように。

 そんなリュウズのかすかな笑い声を聞きながら、喧噪の中、残り一分を切った世界の中で、蓬餅は隣を見た。月光にきらきらと『観察者の目』の宝石が輝くのが見えている。不思議なことにいつもよりも強く輝いているようにそれを無視し、その下の、乳白色と虹色を混ぜたようなリュウズの目を見て、蓬餅は問うた。

「なぁ、ギルマス…いや、リュウズさん」

「はい、なんでしょうか」

「もしも俺の言ったように、マジで他の世界に行けるなら、リュウズさんは行きたいと思う?」

 アバターの表情は仕様の問題で変えられない。だが、声だけで真剣なことがわかる蓬餅の声を聞き、周りで好き勝手喋っていたメンバーは皆潮が引くように口を閉ざし、皆が蓬餅を見つめ、リュウズを見つめた。

 緩んだ空気に、言語化の難しい類の緊張と例えるべき何かが満ちる。言語化が難しいと言ったのは、それが人の生において前に体験したことがないもの、つまり、例えるべき類似事象が見当たらぬ希有な雰囲気だからである。緊張という二文字を当てはめたのは、それが一番近いからに過ぎない。そのものずばりというわけではない。

「そう…ですね」

 問われた言葉に、リュウズは額の飾りにそっと手を当て、月を見上げた。

「万に一つ。億に一つ。兆に一つ京に一つ……星の数を分母とし一を分子とした、それだけの確率でも、真にその可能性があるのなら……」

 彼女を見つめる者全てが、動くはずのないアバターの、その目がぎらりと光ったように感じた。答えている唇は動いていないから、目だって絶対に動いていないはずなのに、動いたように幻視した。額で輝く額冠の宝石が、まるで生き物の目のようにギラリと光ったように見えた。

 その幻視に沿うように、彼女はこくりと頷き、答えた。

 

「ええ。私は別の世界に行きたいと思います。いえ、行きたいです。動かぬ体を捨てて、動ける身で。私だけではなく、皆が。私だけでは無く、この世界を愛し、友を愛した、その全ての人々が。慈しんできたこの世界のもの、全てとともに。

 

 可能性があるのなら、私はそれを掴みたい」

 

 白い手が輝く満月に伸ばされる。地上にあるよりもずっと近いそれに、彼女は手のひらをかけ、ぐ、と握り込んだ。神の宝珠と例えられそうな白銀色の天体を、彼女は握り込む真似をした。掴み取る真似をした。

 奇しくもそれは時刻午前零時になった瞬間だった。リュウズと蓬餅以外の皆が雰囲気に飲まれ黙っていたが、終了時刻を過ぎても終わらぬ世界に一人二人と異変を感じ、騒ぎはじめた。これは一体どういうことだ、お前顔動いてるぞ、ぎゃあ足踏んだの誰だ、痛いってことはフレンドリーファイア解禁か!?などなどエトセトラ。

 騒ぎはじめた仲間の異変を感じ慌てたリュウズが体を起こし仲間の調子を確かめはじめたのを見ながら、蓬餅はふうと息を吐いて自分の翼の羽を一枚引っこ抜いてみた。痛い。痛いことも大切だが、()()()()()()ことも大切だ。

 ユグドラシルでは翼はただの翼であり、骨と肉と羽の集まりではない。そうなった、ということが示すのはここが現実であるという事実だ。それをしみじみ感じつつ、蓬餅はふはっと笑った。

 

 

 

 

 

 『翼持つ人々』副ギルドマスター、蓬餅。彼はその後四百年ギルドとともにこの世界を謳歌した。そんな彼は仲間のために多くの知恵を残した。いずれこの世界を席巻するであろう者への交渉材料として様々な知識を巧妙に己の居室やギルドの埃まみれの宝物庫に残していった。

 だがそんな彼が墓場まで持っていった言葉が一つだけある。天使の翼を全て失い、暁の輝きを耐えさせて、その身を愛しい人がかき抱き、宝石色した両目から滝の如く涙溢れて崩れ落ちる体を濡らす中、それでも口にしなかった、その言葉とは。

 

(……丸山くがね作『オーバーロード』。まさか、こんな形で楽しめるとはなぁ。あと何年後になるかはわからないけど、モモンガさんと仲良くね、リュウズさん)

 

 ―――彼が愛した、とある一つの物語。




実は蓬餅さんは転生者でしたという本編のストーリーにはあんまり関係ないお話でした。だって彼もう亡くなってるしネ。
昔から転生者の自覚があったわけではなく、ユグドラシル最終日一日前の夜に夢で「思い出し」たのでモモンガさんたちとの接触はしたことがありません。
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