自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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第28話

 モモンガが天空城の主とともに命を賭したゲームに赴いた後、彼が創造した唯一のNPCであるパンドラズ・アクターはエ・ランテルにおいて魔導王アインズ・ウール・ゴウンの影武者としてその執務室で執務に励むことになった。誰に言われたわけでもなくその任を彼が受け持ったのは彼以外にそれを為せる者がいなかったからだ。能力的な意味でも、精神的な意味でも。彼以外のナザリックのシモベ達は一人どころか一匹残さずその唯一の主であるモモンガの不在に動揺し仕事ができなくなっていた。

 そんな皆の動揺を見て、彼は逆に己の心を落ち着けた。己の為すべき事を為さねばならぬと、彼はその魂に感じたのだ。それは彼がモモンガという「大切なものを守るために己を抑えて在り続けた者」の性質をシモベらしく色濃く受け継いだためである。故に彼は変身した。大切な主に。愛おしい父親に。敬愛する王に。その王の、この居場所を守るために。

 アルベドやデミウルゴスは天空城からの使者への意味なき抵抗を暫く続けてから諦めた後、パンドラズ・アクターの行動を見て驚いた。それはそうだろう。彼にとってこの状況は親であるその存在が奪われたといっても過言では無い状況で、けれど彼はナザリック一理性的な行動を取ったのだから。デミウルゴスが彼にその理由を尋ねると、彼は少しだけ胸を張って答えた。

「アインズ様の御心を守るのがこのパンドラズ・アクターの勤め。であれば一体どうして主の行動の間、かの方が愛すナザリックを放っておけましょうか」

 ナザリックのシモベだから愛されているという絶対の自信と、ナザリックのシモベだから持つ誇りを、パンドラズ・アクターは彼らしく解釈した。その結果がこの行動なのだと彼は語ってみせた。平素であればデミウルゴスはそれを絶賛したし、彼だって同じような行動を撮っただろう。聖王国でスクロールの材料製作に励んだだろう。けれど、至高の御方の話題はナザリックの面々にとってそれこそ禁断の箱(パンドラズ・ボックス)だ。それを開け放たれてしまった彼に平素と同じ対応を取る余裕は存在しなかった。

 それをパンドラズ・アクターは気にしない。デミウルゴスがどれほど自分の仕事を疎かにしようとも、シャルティアがナザリックに引きこもろうとも、アウラとマーレがそわそわしようとも、コキュートスが第五階層に新しい建造物を建築しようとも、アルベドが殺意を滴らせてその拳を震わせようとも、気にしない。その分自分が働けばいいのだと彼は考えている故に。

 彼は他人が働かないなら自分が働けばよいと考えるタイプの存在だった。他人にあれこれ難癖を付けるなんて無駄なことだと割り切っているのである。けれどその無駄が自分に積極的に関わってくれば話は変わってくる。今この瞬間エ・ランテルの執務室で執務机を挟んで自分に相対しているアルベドとかその好例だった。

「は…?」

 彼女の美しい顔が、とんでもない怒りで染まっている。ぶるぶる震える体はどうやら真の姿を解放しそうなのを抑えているようだ。金色の瞳をカッと見開き黒い瞳孔を極限まで細めた彼女は、地を這うような低音を口にした。

「なんですって…?」

「二度も三度も言わせないで下さい、お嬢さん」

 周囲に生命反応も不死者の反応もない。皆下がらせているからだ。だからパンドラズ・アクターは遠慮無く変化を解き、創造主から与えられた卵頭と軍服の姿に戻った。

 これから口にする言葉をアインズの姿形を借りて言いたくは無い。ただそれだけがナザリック外で己の姿をさらした理由だ。

 椅子を引き、机を回り込んでアルベドと何もない状態で相対する。かつかつと軍靴を鳴らしかかとを揃えた彼は、かつり、という終いの音を大きく立てて、先程言った言葉をもう一度口にした。

「私はあなたの計画に参加しました。けれど、賛同は致しておりません。私があなたの至高の御方を『隠す』計画に乗ったのはその計画を水際で阻止するためです。それがもう必要ないのなら、あなたの計画にこれ以上乗る意味はない。

 残念ながら、あなたにとって私は最初から協力者などではなく裏切り者だったのですよ」

 暫く前、アルベドはモモンガに進言した。至高の御方がこの世界に来ているかもしれないから捜索隊を結成して探したいと。けれど彼女の真の目的は違う。それは至高の四十一人がモモンガに接触する前に殺し、モモンガを自分達ナザリックのシモベだけのものにするという計画であった。

 アルベドはその計画を己一人で進めるつもりだったが、そこにパンドラズ・アクターが接触してきた。彼はその時アルベドに言った。あなたの気持ちはよくわかる、と。宝物庫で仲間の虚像としての性格を与えられ、「代替品」でしかない自分には、向けられる気持ちを受け取るべき者達に対する怒りがあるのだ、と。あなたと私は同志だ、と。その言葉をアルベドは信じ、彼を計画に加えた。

 だがそれはパンドラズ・アクターの計画であったのだ。あの言葉は真実本心などではなく、アルベドを欺くための嘘だったのだ。突きつけられた三行半が冗談や皮肉では無いとパンドラズ・アクターの態度で悟ったアルベドは、怒りのあまり轟くような咆哮を上げてパンドラズ・アクターに殴りかかった。

「きっ…さまぁああ!!」

「おっと!」

 幸い、今のアルベドは至高の御方タブラ・スマラグディナの指示で世界級アイテム『真なる無』を所持していない。もちろんバルディッシュなど取り出されてしまえばインドア派なパンドラズ・アクターには勝機はカスほども見えないが、そうなる前に状況を好転させればよい。

 飛んできた拳がただの木のデスクを木っ端に変える。轟音轟く執務室にエ・ランテルの住民は驚いたかもしれない。けれど流石に彼らのことを考える余裕はない。なので意図的にその思考を廃しつつ、彼は後ろに飛び退き、薄っぺらい窓ガラスを割りながら外に飛び出した。怒り狂ったアルベドの頭が迫ってくるのを百レベルNPCらしい軽やかな身のこなしで避けていく。先日のアインズへの嘆願叶って与えられた自己満足(じい)用のマジックアイテム達が身体能力を上げてくれているから可能な動きだ。

 風を切ってはためく軍服をばさりと広げつつ、空中でポーズをきめながらパンドラズ・アクターは叫んだ。

「諦めなさい、お嬢さん。あなたの思考はシモベにあるまじき思考だった。ただそれだけのことです!」

「だまれぇえええ!!!」

「黙りませんよ、私だってあなたに言いたいことはたくさんあるのですから!」

 屋敷の敷地内であれば外界に対する認識阻害の魔法が働いている。轟音は流石にどうしようもないが言葉の内容はまるで霧で城を隠すように隠すことができる。だからパンドラズ・アクターは誰もない屋敷の庭を跳ね回りつつ、アルベドの攻撃を避け続ける。

「モモンガ様の愛しいものを破壊しようとする!その思考!行動!それはナザリックのシモベとして許される行為ではありません!」

「煩い!私はあの御方に愛するようにもとめられた!その求めに歓喜し答えることの何がおかしい!他の者を排することの何がおかしいと言うの!」

「ほほう。シャルティアとはそれなりに仲良くやっておられるようですが!?」

「あの子と『あの者達』は違う!『あの者達』は私達を、ナザリックを捨てた奴らだ!そんな奴らを、モモンガ様の御心に置いておく―――それだけでも、怒りで腸が煮えくりかえる!!」

 アルベドの右手にバルディッシュが現れる。それがくるりと円を描き、音の速度を超えた速さで振り抜かれる。いくらマジックアイテムでもって己の力を底上げしていても戦闘能力にリソースを割いていないパンドラにとってはその一撃は避けきれない。運が良くても腕一本、運が悪ければ頭をかち割られ即死するだろう。

「憎い、憎い、憎い!モモンガ様!愛するモモンガ様に私を捨てたあいつ等がいることが!ナザリックから去った者が居ることが!どうしてモモンガ様は私を愛しては下さらない!抱いて下さらない!?」

 アルベドの黒髪がざわりと粟立つ。めりめりと、その顔の真ん中に線が入っていく。完全に振り抜かれたバルディッシュはパンドラズ・アクターの左腕を切り飛ばしていった。切り口からドッペルゲンガーの体液がぶしゃりと派手に飛沫を上げる。

「っ…」

 痛みは、あるのだろう。パンドラズ・アクターは僅かに身を硬直させた。その一瞬の隙にアルベドがくるりと持ち替えたバルディッシュを振り抜く。だがそれはひらひら翻る軍服の裾を斬って終わった。パンドラズ・アクターが足をもつれさせて転んだからである。

「それはあいつらがいるからよ!邪魔なのよ!邪魔なら殺す!絶対に殺す!!!」

 めりり、と堅いものが裂ける音とともにアルベドの姿が変わっていく。美しい女の姿から顔面を縦に裂くような口のある醜悪な化け物の姿に。口の位置が変わることでか声の質も変わり、まるでギガントバジリスクの咆哮のような耳障りな音を立て、彼女は吠えた。口角から唾液を滴らせ、美女の面影を全て消し去った彼女の……いや、怪物の四つの手がおぞましいバルディッシュを構え直し、天高く掲げた。眼下にあるのは地面に腰を付けたパンドラズ・アクターの姿。体勢を崩し、逃げ場の無い彼に、もはやアルベド渾身の一撃を受けきる力はない。

「まずはお前からだ。モモンガ様の被造物。羨ましい。羨ましくてたまらないのよ。ねぇ、パンドラズ・アクターあなたの特別も私は大嫌いよそこだって私の場所なのよだから」

 

 死ね。

 

 にぃいいと笑みのような表情を浮かべ、彼女はバルデイッュを振り下ろした。逃げ場無き男の脳天に。

 

 けれどそれは男の頭をかち割るには至らなかった。何故か。それは彼の前に一瞬で広がった転移門の暗闇から、かの攻撃を受け止める銀の剣が現れたからである。アルベドのバルディッシュの刃に浮かぶ病んだ緑の光を受け止めた銀の剣が、ずるり、転移門からその持ち手とともにその全貌を現す。

 一秒後、そこに現れたのは純白の鎧を身に纏った一人の男だった。胸に輝く青いサファイアの光が、不正や悪を見逃しはしないと輝いている。遅れて響いたギギィンという金属と金属の擦れる不快な音が大気中に消えて後、現れた彼はその甲冑の下で小さく安堵の溜息を吐いた。


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