「モモンガさんが行っていることは、私達にとっては感謝してもしきれないことだ。なんせ、くそったれな世界から解放してくれたんだ。しかも、彼は友愛の心だけでそれを為した。最後の時を一緒に過ごせぬどころか、ナザリックを、ユグドラシルを捨てた私達に、彼は一方的な愛情で『チャンス』をくれたんだ。
だというのに、どうだ。私達は、ここで彼の帰りを待つことしかできない……」
ぷにっと萌えの声には悔しさが滲んでいた。実際悔しいのだろう。だって彼はモモンガの言葉に「YES」と返す程度にはユグドラシルを、ナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを好いた人なのだ。その「好き」の受け皿を魂を千切ってでも与えようとしてくれたモモンガの心に感謝を抱き、その魂を危機にさらす者に怒りを覚えるのも無理はない。
「でもそれをうだうだ言ってる場合じゃないでしょう。それが今日の会議の本題だ」
そう言うのはふわふわ浮かぶ
「そう、そうだね」
同じようにしてぷにっと萌えも己の意識を落ち着ける。深呼吸、なのだろう。数度蔦まみれの体を膨らませたりしぼませたりさせた後、彼はしゃきりと背筋を伸ばした。
「モモンガさんを助け出す。彼をこの世界に連れ戻す。或いは、彼が帰ってきた後に私達が彼を守る。そのための作戦をここで立てたいと思う。
まずは考え得る状況の洗い出しだ。考え得るものは三パターンある。一、モモンガさんが自力で戻ってきて、かつあのリュウズというギルドマスターと自力で縁切りしてくるというもの。ただしこれは望み薄だ。二、モモンガさんは自力で戻ってくるが、リュウズというマスターに存在を握られた状態であるというもの。私はこれが一番可能性が高いと思う。三、最悪のパターンだけど、モモンガさんが戻ってこないという状況だ」
「三に関してはさらに色々考えられる。監禁されるか殺されるか、あるいは『あちら』の世界に、あの不安定状態で取り残されるかとかね」
「そうなると、今この時点で作戦を考えるには情報が少なすぎる。この場では、このパターンになった時に『モモンガさんを連れ戻す』という行動にナザリック全体が舵を切る、という総意の確認で済ませておきたい」
「異議無し」
「そこで見捨てちゃ男が廃らァ」
皆が頷く。それをぐるりと見渡して確認した後、ぷにっと萌えは「では次」と続けた。
「一の可能性が極小な理由をウルベルトから説明してくれ」
「わかった。事の発端はたっちなんだが、俺のわがままも関わっている。というのも……」
立ち上がり、ウルベルトは片眼鏡を一度持ち上げてから説明した。たっちが元々一度『失敗』した存在であること。それ故にモモンガはやり直せるものならやり直したいと願っており、その願いに自分が乗ったこと。しかしその対価として、モモンガは魂どころか『全て』を彼女に差し出してしまったこと。それを彼女は受け取り、
「だから」
あったことの説明を終え、喜ばしい結果を喜ばしくない手段で得た報告を、ウルベルトはこう結んだ。
「仮にモモンガさんが『ここ』に戻ってきたとしても、あの人の全てはあっちのギルドマスターのものだ。ギルドのものである腹のワールドアイテムがあるから実際どうなるかはわからんが、『契約』上は、モモンガさんがこのギルドから引き抜かれることになっても俺たちに抵抗する術はない」
「なんということを……」
ウルベルトの説明に、建御雷が絶句した。トラブルメーカーで問題上等もるし★ふぁーすら口を閉ざしていることから、これがいかに拙い状況かおわかりいただけるだろう。
「悪魔に魂を売ったようなものか」
「端的に言うと、そうだ。俺がそれを肯定するなんてな」
悪魔が悪魔と言う相手なんて、それは悪魔を通り越したもっと性質の悪い何かだ。例えばそう、邪神とか。
「邪神か……」
ホワイトブリムの呟きに死獣天朱雀が頷いた。
「そうだ。私は、というか、私とタブラさんとぷにっと萌えさんはあの人を『邪神』相応の存在だと思っている」
「あー、前にぷにっと萌えが言ってた『プレイヤーじゃない』ってやつか」
暫く前に第六階層で聞いたことを思いだしたぬーぼーが手を打った。どういうことだ?と首を傾げたのはたっち・みーとウルベルト以下新しく来た者達である。そんな彼らに、先にこの地に辿り着いていた者は当時のぷにっと萌えの発言を教えた。曰く、あの時点でぷにっと萌えはリュウズを相当危険視していたのだと。
「だけど、その時はまだ時期じゃないって言われてたんだ。でも、そろそろいいだろ、ぷにっと萌え。あの言葉を説明してくれ。あいつは一体何なんだ」
ぬーぼーは円卓の上に身を乗り出すようにしてぷにっと萌えに迫った。他のメンバーも各の方法でぷにっと萌えに意識を向けた。
十五の意識が己に収束するのを感じ、ぷにっと萌えは一拍置いてから重々しい声で答えた。
「結論から言うとエネミーだ」
その答えで円卓の間が沈黙する。誰が何を言ってもおかしいとしか認識できないからだ。しかし、すぐに意識を取り戻したメンバーが声を出した。
「はあ?」
呆れた、という色を隠さない声を出したのはペロロンチーノである。鳥人の顔にわかりにくいながらも呆れの表情を浮かべた彼は、何を言っているんだ、と目線でぷにっと萌えに言った。しかしぷにっと萌えはその視線を正面から受けた上で「嘘でも冗談でもない」と首を振った。
「おそらく、彼女単体の力は弱い。六百年寝てたらしいしね。たぶん、守護者一体、それも非変身状態のデミウルゴスで勝てるだろう。
だが攻略難易度は非常に高いと思われる。その結果、私は彼女を『エネミー』と評したわけだ。これは解釈の結果であって、ユグドラシルのシステム的なものじゃあない。それを今から説明する」
矛盾した発言にぷにっと萌えとタブラと死獣天朱雀以外の十三人があっけに取られた顔をした。弱いのに攻略できないとか、よくわからなさすぎるからだ。しかし、ぷにっと萌えは仲間の反応を無視し、体の蔦の隙間から羊皮紙を一枚取り出した。そこにメモが書いてあるらしく、乱雑な文字──しかも日本語だ──が書き記してあった。
「まず、ユグドラシルの設定の確認だ。ワールドアイテムは世界の葉っぱの一枚一枚が形になったものであり、世界の「可能性」である。次に、これは時にワールドエネミーを倒すことで手に入ることがある。
ということは、だ。リュウズというプレイヤーを倒せばワールドアイテム『観察者の目』が手に入るから、彼女はワールドエネミーと解釈できる」
「待ってください。それは乱暴すぎやしませんか」
ぷにっと萌えの言葉に、ホワイトブリムが待ったをかけた。
「説明が途中なんですが……理由をどうぞ、ホワイトブリムさん」
「ぷにっと萌えさんの言い方だと『砂糖は甘いから甘い物は砂糖となる』って言っているようなものです。そんなの事実でもなんでもない」
「そう、それ単体ならそうです。でも、ここにあのギルドマスターの言動を組み合わせるとそれだけじゃなくなる。
あの人は言っていました。モモンガさんのような人が好きで、自分のエリアで戦ってほしい、と。かつてプレイヤーとして自分が戦った所で、今度はモモンガさんがその位置に来て戦ってほしい、と。そのためにこの遊戯を持ちかけたのだと。
その視点はプレイヤーの視点というよりも運営の視点です。『倒した時の益を目の前にぶら下げて、それを奪取させるためにプレイヤーを戦うように仕向ける』……それは、プレイヤーの視点じゃない。ダンジョンを作り侵入者を『迎え撃つ』ギルドの態度でもない。
それとね」
「まだあるのか!」
「ある。似たような事例で、ワールドアイテムを保有したワールドチャンピオン・ムスペルヘイムが呪いでボス化したイベントがあっただろう。あれでプレイヤーのエネミー化が可能だという前例があった以上、リュウズさんがボス化している可能性は十分考えられる。そしてそれはただのボスではなく、文字通り『世界』をまたにかけた九曜の世界喰いのような存在だろう」
「股無いけどなあの人」
「黙れ馬鹿弟。マジで黙ってろ」
「ごめんねぇちゃん」
流石にこの空気でギャグに走るのはダメだったらしい。
ぷにっと萌えの話を総合すると、ユグドラシルのシステムではなく『設定』の解釈の結果、リュウズはボスエネミーと化している、ということになるだろうか。運営から「そうあれ」と言われてそうなったのではなく、「ワールドエネミーはこういう要素で構成されます」という要素全てを斜め上から満たしたことによりそうなってしまったということである。
ワールドエネミーというのは真正面からぶつかっていってもまず勝てない存在だ。だが、同時に何かしらの攻略方法があり、そこを突くと倒せたり、倒せなくても生還できたりする。
「この会議の内容を総合すると、あのリュウズって人はワールドエネミーの亜種的存在である可能性が濃厚だが、今はあくまでその能力の片鱗で『遊んでいる』だけなのか。だったらモモンガさんも取り返しのつかない所まで行く可能性はない……のかな」
ウルベルトは自身が聞いた「自分はモモンガと『勝負』しない」という発言を思い出しながら呟いた。それにぷにっと萌えがこくりと頷く。
「単騎でワールドエネミーと『戦って』いないだけ、よしとしておくしかないです。そしてその間に、私達は彼女の攻略法を見つけなければいけません。でも、見つけるまでもないといえばないんですよね」
「そうですね」
ぷにっと萌えの言葉にヘロヘロが頷く。彼は黒いどろっとした体をうねらせて、深く身を曲げ、その声に自嘲の色を乗せて答えた。
「真正面から挑めばいい。『あなたと賭けをしたい』って。ちょっとしか見てないですけど、あの人、相応の
「特定フィールドで馬鹿みたいに強いボスエネミーってことか。どっちかっていうとガチ戦闘系のボスっていうより謎解き系のボスって考えた方がいいのかな」
「相手のフィールドで真正面からリアルラックでたたきのめすのか」
「それ、たぶん、一番やったらまずいやつだぞ。勝ち目無し的な意味で」
「そうなんですよね。でも、当人がそれをやってあの城の主となって構えている以上、こちらも同じことをしてあの人以上の『運』と『覚悟』を示す必要があるんですよね。もしも『観察者の目』を持っていなかったら裏から武力攻撃で制圧とかもできたんだけど……」
「単品で見たらそうでもないけど凶悪な組み合わせだから『攻略難易度が非常に高い』ってことになるのね」
ぶくぶく茶釜の言葉に、ペロロンチーノは頭を掻きむしった。
「ああもう!真正面から戦っちゃいけないのがボスエネミーなのに、攻略法が真正面から戦うことなんてボスエネミー普通いないぞ!?」
「それが特徴のエネミーってことなんでしょうよ。全く、とんでもない」
「賭博のボスエネミーか」
「そもそも『挑もう』と思わない限り彼女は全く脅威じゃないってのがおっそろしいわ……」
リュウズをエネミーとみた場合、もし仮に彼女にモモンガの『所有権』がなかった場合、彼女に挑むメリットは一切存在しない。勝算がまるきり見通せず、さらに戦いに使うのは鍛えられたプレイヤースキルでもアイテムでもなく、ただ当人の機転と運ばかり。せっせと積み上げたスキルやアイテムはただのチップと成り下がり、価値を貶められてしまう。ナザリック地下大墳墓に挑む時にあった初見攻略の楽しさと高揚感とて、ただただ延々と賭けを続けるだけの戦いには存在しない。つまり、楽しくないのだ。彼女との戦いは。
そんな彼女との関係の正解は『関わらない』だ。倒すメリットも関わるメリットもないのであれば、放置して無視が一番なのだ。なんせ向こうからも手出しはしてこないのだから。
それでも戦いを挑む奴はきっとただの狂人だ。例えば、額冠を得ていなかった頃のリュウズのような。彼女のような、仲間の命を『賭ける』ことそれ自体に楽しさを見いだせるような狂人だけだ。そんな人でなければ、彼女との
しかし、そんな彼女に、ナザリックはマスターの存在を握られた。挑む価値がないからこそ許された『チート』を持つ相手に、人質が自分から行ってしまった。
出来の悪い悪夢のような詰みの状況に、皆が深いため息を吐いた。モモンガの行動を『愚か』と罵るには、彼らはその行動の益を受けすぎていたために、ため息くらいしか口からはき出せないのだ。
そのため息が円卓の間に質量を持つほど降り積もり、また空気を陰鬱なものに変化させた頃。誰かがぽつりと呟いた。
「なんつーか、アレだね。ダイスの女神みたいだ」
「そう……そう、言われれば、確かにそうだね」
「天使も悪魔も殺してきたけど、神話の神様の名前を持つエネミーだって殺してきたけどさぁ……」
「正直、勝てる気がしない……」
誰かが頭を抱えて呟いた言葉を否定してくれる人は、いなかった。
「へぷちっ」
「あれ、どうしたんですか。風邪ですか」
「くしっ、ぷしっ……ん、違うわ。気にしないで」
「気になりますよ。ていうか、なんですかそれ。くしゃみなんですか」
「えくしっ!……くしゃみよぅ。誰か私のことを噂してるわね……」
「俺の仲間じゃないですかね。今頃あなたを倒すための作戦を練ってるんじゃないかな」
「あらまぁ。ついに『私に』挑む人が来るのかしら。それはそれはとても楽しみだわ」
「俺が頑張って止めないと」
「ああんいけずぅ。私の六百年ぶりの楽しみを取りあげないでくださいませ」
「あなたに関わるとロクなことがない。犠牲者は俺一人で十分です。下半身の蛇といい、言動といい、誘い方といい、あなた聖書の蛇並みに性質悪いです」
「褒められると照れてしまいますね。っぷし」
「褒めてないです」
「褒めてるって言っておいた方がお得ですよ。それに、あんまり不用意なことは言わない方がよろしくてよ」
「何故」
「あら、ちょっと前に私、言いましたよね」
──言葉の力は思っているよりも強い、って。
神っていうのは「あれが神だ」って言う人間がいるからこそ生まれる存在なんですよねアッハッハ