自由人のための天空城【完結】   作:おへび

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第5話

 小さな門の向こう側は、一言で言うなら失われた文明の廃墟という表現がよく似合う世界だった。門の内側に入った途端、高高度故の冷たく強い風はまるで春のそよ風のように心地よいものになった。

 全体的に石造りを基礎にしていた建造物は堅牢なのかその形を殆ど完璧に残している。だが地面から生えた草が辺りを覆っていたりして、お世辞にも「管理されている」とは言いがたい。守護者としてそれを見逃せなかったのはデミウルゴスだった。

「チョウ殿」

「はい、なんでしょうかデミウルゴス殿」

 さく、さく、と草を踏み分ける音の中で、チョウが僅かに振り返る。優しい色をした目に見つめられながら、デミウルゴスは理解不能だと言わんばかりの表情で彼に問うた。

「どうしてここはこれほど荒れ果てているのですか。元からこういったデザインなのですか?」

「先程も申し上げましたように、六百年前に整備を辞めたために荒れ果てております。私どもも少しは美しく保とうと思ったのですが、訪れる者もいないこの地を美しく保つために音を立てるのは憚られまして」

「音を立てたらまずいのですか」

「はい。我等のマスターは、仲間がお亡くなりになった後、悲しみのままに眠りにつかれましたから。その眠りを邪魔することこそ守護者としてもっともやってはならないことでしょう。ああ、それにしても、あの方が起きていた時は楽しかった…」

 す、とチョウの足が止まる。止まった先で、彼が猛禽類らしい首の曲げ方をして見上げるのは、石造りの外廊下の壁に飾られた、一枚の大きな大きな写真だった。縦横三メートル五メートルほどはあるだろうか。アインズにはそれがすぐにスクリーンショットを飾ったものだとわかった。何故なら右下にユグドラシルの版権表示とロゴ表示が入っているからだ。

 映っているのは無数の人々だった。皆に共通しているのは、翼だろうか。劣化が激しいというよりは、蔦に絡まれ見えなくなっている部分が多くてわかりにくい。けれど、見上げた者にそれが写された時に写真の中にいる人々がどれだけ楽しかったかを伝えるのには十分だった。ユグドラシル時代は表情は固定されるものだから笑顔を浮かべている者なんて誰もいない。けれど、皆が笑顔を浮かべていることは、気安く肩に回された手からよくわかった。

「これは?」

 アインズの短い問いに、チョウが愛おしいものを愛でるような吐息を吐きながら答えた。

「この天空城を制圧した時に撮った写真と伺っております。中央におわすのが我等のマスターにしてギルドマスターのリュウズ様。その右にいらっしゃるのが最後まで時を共にした蓬餅様です。といっても、蔦で見えませんが…」

 これはちょっと、と言いつつ、彼はばさりと翼を羽ばたかせ、高い所にある蔦に手を伸ばそうとした。しかし彼の手が蔦に触れる前に、一行に鋭い声がかかり彼の掃除は為されなかった。

「チョウ!いつまで油を売っている!」

 まるで猛禽類の声のように鋭い声は廊下の向こうから響いてきた。数秒して、ものすごい速さで現れたのはチョウと似たようなカラーリングのバードマン。しかし身長はアインズよりも低い。バードマンにしては小型と言うべきだろう。

「う」

「マスターのご準備も刻一刻と済まされつつある。客人が久方ぶりで浮かれるなとは言わないが仕事はきちんとしてくれないと。

 お客様、チョウが失礼致しました」

 ぽんぽん言葉を放りてきぱきとチョウを引きずり下ろしその過程でさっと蔦を取るなどという器用なことをほぼ同時にやってのけたそのバードマンは、手をぱんぱんと払ってついているかどうかもわからない蔦くずを払う。十分払った後、彼は自身のふんわりとした胸に手を当てて優雅に一礼した。

「自己紹介が遅れました。私はマチュピチュ天空城の守護者をしておりますタン・ハリと申します。以後お見知りおきを。只今我等の主の支度を行っておりま―――いえ、訂正します。済んだようです。お連れ致します」

 言うが早いか彼はくるりと踵を返しセカセカと歩き始めた。同時に「その蔦を処分しておけ」「わかった」というやりとりが彼らの間で交わされる。口を挟む余地一切無しというか、挟む必要のないばかりかかなり雑なエスコートにアインズが呆然としていると、デミウルゴスが「アインズ様」とアインズをつついてその足を動かさせた。

「どうやらナザリックのシモベ程の練度はないようですね」

「そうだな」

「へぇ。ナザリックってすごそうなところですね。もっとも、今のここと比べたらどこだってすごいでしょうが…」

 受け取った蔦をぼろぼろこぼしながら、あははと笑いつつチョウがアインズ達の隣に並ぶ形で追従してくる。ナザリックでは絶対にあり得ないことだ。デミウルゴスはチョウとタンが同業者などとてもとても信じられませんという顔をしているし、アウラとマーレも「守護者?えっ?」と困惑の表情を浮かべている。だが、アインズだけは違う。アインズだけは、彼らの気安いやりとりや、ボロボロながらよく見ればあちらこちらに暖かみのある―――実際、陽光が入っていてとても暖かい―――周囲を見回し、思った。

「だが、ナザリックとは違う魅力があるんじゃないか。ここはここでいいところだと思うぞ」

 その魅力は、かつてのアインズ・ウール・ゴウン、ナザリック地下大墳墓にあったものと同じ、同列の者達が交流することによって生まれる暖かさ。そう言ったら適切だろうか。

「ありがとうございます。他のギルドの方に褒められるとやっぱり嬉しいものですね」

「他のギルドの者が来たことがあるのか?」

「六百年以上前のことですが、ええ、ありましたよ。っと、着きました」

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