世界征服という言葉を聞いた時、一番最初に頭に思い浮かべる印象は何だろう。世迷い言だろうか。中二病だろうか。壮大な野望だろうか。精神疾患だろうか。子どもの冗談だろうか。
かつて存在した夢幻の世界において、とある男にとってそれは『現実的な目標』だった。少なくとも彼はそう思っていたし、彼の友人もそう思っていた。
その世界の名は、ユグドラシル。男のような社会的下層に位置する人間をなだめすかして騙すために社会が率先して用意した現実からの逃避先であり、生まれを無価値とする対等な強さが約束された世界である。そんな世界でしか夢を見られぬ男は、だからこそそこで夢を見た。多くの仲間とともに世界をかけた。そして、ある時、彼は仲間に向かってこう言った。
ユグドラシルの世界の一つでも征服してみようぜ、と。
だがそんな世界はもう消え去った。オンラインゲームの宿命、サービス終了という無慈悲なギロチンを受けて。その際ちょっとしたトラブルが発生し、ユグドラシルに最後まで貼り付いていた多くの人間が謎の死を遂げた。それは最下層の人間から富裕層の中でもトップの人間まで多岐にわたった。皮肉なことに、終わりを迎えたことで、ユグドラシルは人々の関心領域に返り咲いたのだ。
しかしその徒花も散り果てた。今はもう覚えていない所か知らない人がいるくらいだ。そんな中で、男は今でも黄金期の写真達を見返すことがあった。ともに笑ったフレンド達。現実ではありえない大自然。そこを跳梁跋扈する異形の存在達。そして、そんな者達だけが集まった、白銀の円卓を囲んだ写真。
それをなぞる男の手には人間が持ってはいけない色が浮かんでいる。刻まれた深い皺がある。歳ではなく病でそうなた男の手は、もはやなぞることしかできず、持ち上げることは叶わない。
男の手から、ふっ、と、力が抜けた。受け止めてくれる手もないそれが、薄汚れたベッドの上に落下する。撫でていたモニターはもはや手を伸ばすことさえできぬ高みにあって、もう彼に過去を郷愁させる時さえも与えてくれない。
だから、もう、彼はユグドラシルの面影にすら戻れない。最終日の夜、漸く五年かかったプロジェクトを終わらせて家に駆け込みヘッドギアに手を伸ばした瞬間に日付けが替わって失われたあの世界に、もう彼は戻れない。
戻れない、はずだった。
「……?」
男の手を、何かが掴んだ。
それは白さと硬質さを併せ持つ何かだった。少なくとも人の手ではない。人の手であれば、流石にそれとわかるから。
では何なのか。男は視力を減退させて久しい両眼を凝らし、己の手の先を見た。
そして、そこにあるものを見て、目を見開いた。
だって、そこにあったのは、いや、いたのは──
「お久しぶり、です。ばりあぶる・たりすまんさん」
撫でていた写真の中どころかリアルにすらもういないはずの、ギルドマスターだったのだから。
自分と同じようにナザリックを思っていた人間がいたことを、モモンガはこの奇跡の遊戯で知ることが出来た。それと同時にユグドラシルを、ナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを己ほど愛していなかった者もいたという現実も知ることができた。それらは彼に幸せと落胆を等価もたらし、彼の精神に波風を荒々しく立てた。
そんな中、彼は成功と失敗の数を同数抱えるという状態に至った。次の人間の説得に失敗すれば夢幻の彼方どころか理と意識の狭間の向こうに流れ果てることが決定されたのである。それにリュウズは多いに笑った。モモンガの、表情など浮かべようのない顔に確かに浮かんだ焦りの色を、まるで性交の果てに得る絶頂を楽しむが如き顔で喜んだ。
「あなたの勝ちは次では決まらないけれど、あなたの負けは次で決まるかもしれないですねぇ」
愉悦の色を滲ませて、消えて逝った魂の名残を見ながらそう言った彼女に、モモンガは首を横に振った。そうじゃない、そうじゃあないんだ、と。
「俺の仲間はみんな呼びます。これ以上、誰だって欠けさせない」
「そういう気合い、好きよ。さてではゆきましょう」
骨の手に女の手が重ねられ、向かった先。それは何度もみた荒廃した世界の光景であり、その中の、モモンガにとってはかなり覚えのある貧困層の一つだった。その瞬間、彼は自分がどこに来たのかを悟り、迷いない手で目の前の窓を通り抜け、今まさに亡くなろうとしている男の手を取った。
男はモモンガの言葉を聞き、一も二もなく頷いた。それはもう、あっさりと。そこにはモモンガが己の命を失う瀬戸際を焦るようなシーンも無ければ、モモンガの姿を見て死に神だとわめき立てる人間の姿もなかった。彼らは驚くほどすんなりとその再会を喜び、言祝ぎ、そしてばりあぶる・たりすまんは異世界への旅立ちを希望し、旅立っていった。
「面白くないわ」
「面白さなんて求めてませんから」
「でもモモンガさんドヤ顔してますよねぇ」
「そりゃあね!残り全員呼び戻しますよ!」
ふふん、と笑ったモモンガは、ばりあぶる・たりすまんを見送った後、意気揚々と次のメンバーに会いに行った。しかしそこであったのは強固なまでのつれない答えであり、結局彼はその人物を説得できなかった。
「振り出しね。と言っても、泣いても笑ってもあと二人なのだけど」
嫌な消え方をしていった魂の残光が消えた後に呟かれたリュウズの声に、愉しそうな色が滲んでいたのは、言うまでもない。
モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗
ばりあぶる・たりすまん 01 クリティカル成功
名無しの誰か 52 失敗
名簿を見た所、あと一人名前が出ている方がいらっしゃるので、クリティカル報酬はそちらに使うことにします。
成功19、失敗19