事実は小説よりも奇なり、という言葉がある。人が考えた人の運命よりも神の手によって定められた運命の方が劇的であるという意味だ。それは人は結局人の枠の中でしか物事を考えられず、その発想は人の身を越えたものになり得ないからかもしれない。
しかし、万事が全て
「これでおしまい、ね」
さらさらと崩れていくのは命だったもの。春に気まぐれに降った雪、あるいは朝焼けの中の名残夜霧よりも儚く消えたそれを見送った蛇鱗艶めかしい美女は、もやの向こうでぱちぱちと手を叩いた。その顔には賞賛の色と興奮の名残の熱のようなものが絡みついているのが見える。
それを見て、モモンガはつけぬはずの息をついた。ため息を吐いた。といっても彼の息はそこまで重くない。いや、むしろ、彼の為した偉業を考えれば、呼気どころか足までも軽くなるべきだ。だって彼は助けたのだ。この世界ではなく、別の世界の仲間達を。
己が背負った死でさえも。
「そうですね」
だからモモンガは平坦な声で答える。結局、救えた命の数は二十。救えなかった命の数もまた、二十。彼らの意思がモモンガ程度の説得で変わらないのであれば、これはどちらの二十を先に集めるかというゲームでしかなかったわけだ。
あっけない。
なんともあっけない。
「三十九人目の成功で、あなたの勝ちは確定して、四十人目は消化試合。それで負けて終わっては、気分も晴れぬというやつでしょうか」
「消化、試合、とか、言わないでください」
口にするのもおぞましい、という雰囲気を纏いながら、モモンガがゆっくりと言葉を形にする。まるで血まみれの鈍器のように重さを感じる。彼の言葉を重くしているのは、仲間への愛情だろうか。であればその愛情は恐ろしいほどの重さを誇っている。
大体、『たかが』オンラインゲームの仲間、それも何年も前に辞めていった者達のために、どうして盤石の地位と鉄壁の防護壁の中から抜け出して世界征服などしようと思い立つだろうか。百歩譲ってそれが他者から上がってきた案であることを含めても、笑ってしまうほど重い愛情である。
だが、リュウズはその愛情をこそ気に入ったのだ。彼女は己の発言が真実まことのど真ん中失言であったことを悟り、宝石色の目を謝罪の形に細めた。
「ごめんなさい」
「別に、いいですけどね。あなたがそういう人だってのはわかっていますし」
ふ、とモモンガの肩から力が抜ける。そうして、説得に失敗して淡雪と消えた魂の残滓の影を追うことも諦めた彼は、くるりと振り返った。
為すのは宣言。放つのは終わりの鐘音。始まった物語は何れ終わりの時を迎える。であればその終わりの宣告は、プレイヤーたる自分が最初に口にするのが相応しい。
そんな思考の末、モモンガは遠くなっていく在りし日の『故郷』の姿を振り返ることもなく、厳格な声色で言った。
「俺の勝ちです、リュウズさん」
「はい。命を賭けた此度のゲーム『天秤』は、モモンガくんの勝ちです。報酬は仲間の命と、自身の帰還。
おめでとう。君は賭け事に勝ちました。──やっぱり、私の目は間違っていなかった。ああ、なんてこと。残念だわぁ」
リュウズの発言に載せられた前半と後半の感情は相反するものだった。前半は喜び。後半は嘆き。一体彼女は何に嘆いたというのか?それが明らかになるのは、もう少しだけ後のことである。
バハルス帝国の皇帝ジルクニフは、ここ数週間の間でその頭髪の輝きを取り戻しつつあった。輝きを失った原因である魔導国に陰りが見え始めたからだ。彼の頭髪の輝きと頭髪の幾ばくかは魔導国の輝きによって失われた。であれば、その魔導国が陰れば、必然的にジルクニフも元気になるのである。
簡単な言い方をすると「嫌いなやつが惨めなことになっていると気分がいい」だろうか。
陰り、というのはエ・ランテルを守っている不死者達の数の減少に、時折外を歩いていた魔導王がエ・ランテルの館に篭もりめっきり姿を見せなくなったこと。さらには、それと相反するようにしてモモンが全く姿を見せなくなったことだ。恐らく、魔導王がついにモモンの逆鱗に触れるようなことになり、相打ちとなったのだろう。これでジルクニフが見たことのある「階層守護者」なる格別の力を持つ者達が元気にうろうろしていれば「もしや何か良からぬ策を実行するために闇に潜ったのではないか」と考え、スキンヘッドもやむなしとなりそうなものなのだが、そんなことは全くない。代わりに、数週間前に確認されたという「彼ら」の姿は、疲弊仕切っていて、とてもではないが万全ではないとのことだった。そう考えるとエ・ランテルに篭もりきりの魔導王という存在は部下の誰かが成った影武者だろう。
あれだけ忠誠心が高そうな者達が疲弊する理由など、魔導国の長の不調に違いあるまい。
そう考えたジルクニフは、神の視点でいうならばなんとモモンガが『ゲーム』を始めて十日後には行動を開始した。ナザリック的に言えば四人目の帰還者であるブルー・プラネットが現れた頃である。簡単に言うと、まだ息のある帝国軍の一部に激を飛ばし、魔導国殲滅のための同盟を作るための戦力作りを再開させたのだ。同時に、闘技場での一件以降完全に連絡途絶していた法国に対し、『魔導国が健在の頃ならば』危険な方法で魔導国の異変を通達。国境を挟んだ隣接地であるからこそ正確な情報はその結びに「同じ人類として、生きる者として、轡を並べることを切に望む」という一文で締めくくってやった。普段のジルクニフからしてみれば演技の一貫でしか出してこなさそうな文句である。しかし、羽ペンを手に取り、指先をインクで滲ませ、羊皮紙に刻み込むようにして書いたその言葉は、今度ばかりは彼の本心からの言葉であった。
法国からの返事があったのは、それから暫く経ってから。しかし色良い返事だったのはいいことだった。彼らは彼らで独自の情報回線を使い魔導国が何か良からぬ事態──すなわち人類にとっての福音──に陥っているとわかったのだ。
ここに来て、魔導国の強者故のおごり高ぶった強硬路線が裏目に出た。強者が丹精込めて育てたものを、その強者が目を離した隙に、彼らは次次と奪い取っていったのである。例えば連絡網。例えば街道。例えば秘密裏に制圧していた村。例えば、例えば、例えば──上げれば切りが無い。
魔導国の状態は、一言で例えるなら、ピラニアの棲む水に落ちた象だろうか。その巨体は溺れている間にゆっくりと囓られていった。もしもエ・ランテルでパンドラズ・アクターが不死者共を操って内政を回していなかったら、モモンガは廃墟となった領地に戻ることになっただろう。もしもNPC達が戻ってきた至高の御方に順次仕事を回していればまた違った状態が導かれたのだろうが、生憎、涙を流して喜ぶNPCや己の幸せを心から願ってくれたギルドマスターの意に反した行動を取れるほど剛胆な者はおらず、魔導国はじりじりと周辺諸国に囓られていった。
真正面から戦う必要はないのだ。不死者とて、それ単体で存在するなら糧など要らなくとも、己の栄誉の証明のために生者を使うのならば、糧を必要とする。社会性維持のためには不死者だけではどうしても回らない所があるのだ。エ・ランテルからはひっそりこっそり住民を引き上げさせた。エ・ランテルの冒険者組合長アインザックは暫く前に語られた冒険者のあるべき姿の情報が夢幻と消え去るのを感じ、すっかり萎れて引きこもってしまったのでそのまま都市に置いてある。そうやって、人間達は大連合を作り上げ、糧という糧を奪い、盛り返した。
バハルス帝国ジルクニフを盟主とし、頭脳として王国のラナー王女を迎え。聖王国からは北部系派閥から不死者に対して有利を取れる聖職者達を集め、評議会からも同意を取り付けた。
正直、十年前であれば、こんな人類大連合を作ることはできなかっただろう。何故ならばその当時はこれほどまでの才と理解ある人間が世に現れていなかったからである。
今は確かに悪しき不死者の王が現れ人類存続のピンチに陥っている時代である。しかし闇が深ければ光もまた濃くなるように、人類側にも知恵者が生まれてくるものなのだ。それは世界のバランスと言ってもいい。
その、世界の力に押された生者達は、エ・ランテルとナザリックを取り囲むようにして諜報員達を配置させた。魔導国がいかなる手を打とうとも、必ずそれにすぐに対抗できるように。前は近寄れなかったその領域に、彼らは足を踏み入れ、死を覚悟して種族の生存のために戦うことにした。
だが、それは後から見れば間違いだった。だってそうだろう。そんなことをして仕舞えば、見てしまうではないか。賭けが終わって天空城から解放されたアインズ・ウール・ゴウンを。恐ろしい彼をまるで猫でも持つようにして降りてくる鳥の異形を。そして、アインズ・ウール・ゴウンと並び立つであろう、蛇と鳥と人の特徴を持つ、美しくも恐ろしい化け物の姿を。
そんなもの、ただの人間が見ていいものではない。
モモンガによる説得ロール、1d100で50以下で成功、51以上で失敗
音改 94 失敗
ばりあぶる・たりすまんのクリティカル報酬を使い、再ロール
音改 19 成功
名無しの誰か 54 失敗
先に成功20人を達成したので、モモンガの勝ちが確定しました。
これよりエンディングに移行します。