モモンガは自分の体がやけに重いと気付いた。不死者になってから感じたことのなかった、けれど人間の頃には覚えのある重さである。これを人間は疲労感と呼んでいる。まさかそれかと思ったが、意識が戻ると同時に解放された視界が、彼の予想を否定した。
単純に、彼の体が包まれていたのだ。緑を帯びた玉虫色の蛇鱗に。その長い蛇体と女の肢体、それから同じく緑の大きな翼すら覆う、細い蔦達に。
「──……あ、ぁ」
道理で体が重いわけだ。二重の枷が働いているようなものなのだから。モモンガは寝起きと例えるのが正確なふわふわした思考力の中でそう判断した。
頭を回すと、頭の両側にある、角のような肩のような装飾パーツにもたれかかる重さに気がついた。十中八九モモンガからは全容を確認出来ないリュウズの上半身だろう。それを避けようと体を動かし、けれど特に動けなかったため、モモンガは仕方なく声を出した。
「起きてください、リュウズさん。リュウズさん」
返事はない。その代わり、すうすうという寝息が聞こえてくるだけだ。
(俺は抱き枕か何かか)
仮にそうだとしたらリュウズは余程の物好きだ。なんせ、モモンガの体は骨。たっぷりとしたローブを被っていようとも、奥にあるのは硬質な体であり、抱いた所で心地よさは何も感じないはずなのだから。
起きる様子がないので、モモンガは暇つぶしもかねて辺りを見渡してみた。自分の体を包む蔦はどこから来たのか。どれくらいの時間が経ったのか。それらを把握するためである。
蔦はこの部屋を覆うタイル状の模様の隙間から伸びてきていた。もうずっと昔に見たような気がする天空城のあちこちに生えていたものと同じように見える。しかし、その蔦はあまりに細く、葉は若い。おそらく、そう時間は経っていないだろうと思われる。あたりに積もった埃もうっすらと積もっているだけだから、長くても数週間というところだろう。
そこまで理解して、モモンガはもう一度声を出した。今度は体も揺さぶった。
「リュウズさん、起きてください。俺は抱き枕じゃないですってば」
「スピー……ス、、ふが」
女性の寝起きというものを見たことは無いが、あまりロマンのない起床音だった。モモンガは頭のすぐ近くで発されたその音を聞かなかったことにした。誰だってあの美女から鼻息と豚みたいな音がしたらロマンぶちこわしと思ってしまうではないか。
「あーよく寝た。あら、モモンガくん、先に起きていたの」
「ええ。離していただけますか」
「あらまぁごめんなさい」
答えが返ってくると同時に、体に巻き付いていた蔦たちがぶちぶちとちぎれる音とともにリュウズの体が離れていく。
解放と同時に、彼女はモモンガの前に立ってモモンガをしげしげと眺めてきた。体の調子に問題はないか。魂……というか、意識がちゃんと肉体におさまっているか。問題なく活動できる状態か。
ぐるぐると見て回った後、彼女はうん、と頷いた。
「問題ないわね。君は命をチップに
彼女がそれを執拗に確認しようとするのは、それが彼女のディーラーとしての責務であり、誇り、でもあるからだろう。彼女は賭博の卓を適切に保たねば何もかもが成立しないことをよくわかっているのだ。
モモンガは己の両手を見下ろして、いくつかのマジックアイテムの起動してみた。この領域では魔法も
それらは問題なく起動した。だったら、不死者にとってはおかしな表現だが、こう言っていいだろう。
「はい。体調は万全です」
「よし。では次にあなたがちゃんと報酬を得ていることを確認しに行きましょう。それをしなくては卓は終わらせられないわ」
「仲間に会えるんですね!」
モモンガの声が喜色で満ちる。愛しくて大好きな仲間に、この世界で会える。その喜びに、モモンガは骨の顔であるにもかかわらず万人がそれとわかるほどの笑顔をその顔に浮かべた。
「ええ。だって、あなたの目的はそれでしょう。じゃ、行きましょ」
頷いたリュウズが手を伸ばす。それはまるで姫をエスコートする騎士のように、掌を上に向けた手だった。
応えたモモンガが手を伸ばす。それはまるで騎士にエスコートされる姫のようであった。掌を下に向けた手が、皿の形で伸ばされた手の上に重ねられたのだ。
両者が互いの手を握る。そうして彼らは賭博の間から出た。
出た所で、扉の両脇で立っていた自動人形の鳥人が彼らを見て目を丸くし、直後、嬉しそうに笑った。
「マスター、お疲れ様でした。モモンガ様、勝ったのですね」
「あ、ああ」
「マスター、お疲れ様でした。モモンガ様、おめでとうございます」
ふわりと笑ったのは大きい方。きりりとした雰囲気で笑みを浮かべたのは小さい方。そのどちらも、モモンガの勝利を心から喜んでいた。それが違和感といえば違和感である。モモンガは思わず首を傾げた。
「どうして君達は私の成功を祝う?」
「え、祝っちゃダメなんですか」
「そういうわけではないが……」
モモンガの勝利はギルドマスターの敗北を示すのではないか。そう言いかけて、モモンガは違うのだ、と思い出した。リュウズはモモンガとは戦っていないのだ。リュウズはただ見ていただけなのだ。それだから、彼らは損得勘定抜きにモモンガが成功したことそのものを祝っているのだ。
おそらくこの兄弟のカルマ値は善に大きく傾いているのだろう。モモンガはそう考え、改めて頷いた。
「ありがとう。これで漸く仲間に会えるよ」
「というわけで、ナザリックに行こうと思うの。チョウ、タン、私達がいない間、城を頼むわね」
「畏まりました」
ぺこりと兄弟は頭を下げ、そのまま入り口付近まで二人とともに移動した後、リュウズがモモンガを抱えて飛び立つのを城の端に立って手を振って見送った。
(……なんだ、この違和感は……)
そんな双子とリュウズを見て、モモンガはふと首を傾げた。何か、違和感を感じたのだ。けどそれについて彼は深く考えることができなかった。何故なら、考えている間に雲を割って下界を見やった所で、彼はナザリックを取り囲むようにして点在するいくつもの陣営の姿を視認してしまったからだ。
「──なんだ、あれは」
思わず、口から硬質な声が漏れ出た。それに滲むのはナザリックという己の領地を犯さんと欲する不届き者達への憤怒だ。
それにのんびりと答えたのはリュウズだった。
「きっと君がいないのをチャンスと見た諸外国がこれを機に魔導国を潰そうとしてきたのね。気持ちはわかるし、どうせできっこないんだから、あんまり怒っちゃだめよ、モモンガくん」
「これが怒らずにいられるか!」
「いいじゃない、侵入はしていないのだから。とか言ってる間にお出迎えね」
ばさり、ばさり、と翼をはためかせて降りていく途中で、カルネ村から高速接近してくる影があった。赤い髪に尖った帽子。黒と白を基調としたドレス姿に、金色の目。
「アインズ様ァ!!」
それはルプスレギナだった。彼女の目からは抑えきれぬ涙が流れ落ちている<飛行>の魔法を使って接近してきた彼女に、モモンガは両脇に手を差し込まれて持たれるというなんとも情けない姿のまま鷹揚に手を振った。
「久しいな、ルプスレギナ。ナザリックの皆は息災か? ──いや、違うな。私の友は、素晴らしい仲間達は、戻っているか?」
アインズの問いかけに、ルプスレギナは大きく頷いた。右手を頭に当てていることから察するに彼女は<伝言>を使いながら話しているのだろう。そんな彼女は、この地に辿り着くことのできた至高の存在の名を二十上げた。
そして、上げた所ではたと気がついた。二十までしか上げられない所で、モモンガが帰ってきた。それが示す残酷な真実は。
「アインズ様。まさか、まさか──」
「そうだ……力及ばず、すまない。私は半数の友を、彼の地から呼び戻すことができなかった」
「ま、それについてはちゃんと降り立ってからしましょう。二度も三度も同じことを話すのは手間よ」
アインズの言葉を、彼を持っているリュウズはあっさりと切って捨てた。それはナザリックに属するシモベ達にとっては万死に値する行為である。当然ルプスレギナは瞬時に憤怒の感情を抱き、背負っていた武器を振り上げた。
「おのれ!」
「やめよ!」
「ですが!」
瞬時にかかったモモンガの制止の声に、ルプスレギナは手を止め、しかし悔しそうに顔を歪めた。そんな彼女を見て、リュウズは呆れ顔を作って彼女を見つめた後、顔を下に向けてモモンガに問うた。
「ねえ、モモンガく……いえ、もう外ですから、アインズと呼びましょうか。アインズ君。まさか、彼女は、君を支えて飛んでいるこの私を攻撃しようとしたの?確かに当たるはずがないのだけど、それでも?」
「ああ。ルプスレギナ。やめよ。落ち着け。彼女を攻撃してもなんの益にもならん」
「くっ……」
モモンガの言葉にルプスレギナは唇を噛みしめ破き血を流しながら武器を仕舞った。だがそれでも側から離れるという選択肢だけはないらしく、彼女はリュウズがナザリックの入り口に降りるまで、しっかりとモモンガの側にくっついていた。
ナザリックの入り口に降りると、既に話を聞いていたらしい仲間達が守護者やシモベの反対を押し切って外に出てきていた。わあ、と上がるのは歓声だ。それと同時に、ナザリックの周辺から、絶望の絶叫が聞こえてきた。
後者の方は気にしない。やろうと思えば瞬時に屠れるものだから。だからモモンガは地面に足を付けてすぐ駆けだし、墓地の入り口から溢れ出した仲間達の中に飛び込んだ。
「おかえりなさい、みなさん!」
喜びの感情が爆発する。抑えきれない感情は声に乗り、その場にいる皆に届いた。ペロロンチーノがそんなモモンガを抱き上げて、ぎゅうと抱き締めてくる。
「ただいまです、モモンガさん……!」
「心配したよー!」
「無事でよかった!」
「本当に……!」
様々な異形が、モモンガを取り囲んで抱き締める。もはや異形の団子状態だ。彼らは自身を新天地に導いてくれたギルドマスターに最大の感謝と、彼が見せた親愛への返答を親愛で返した。即ち、何故か胴上げに走った。
ばんざーい!ばんざーい!という喜びの声とともにモモンガの体が宙を舞う。それは滑稽な光景であり、こうやって目立つことはちょっぴり苦手だったモモンガにとっては恥ずかしい行為だ。けれど、今は、今だけは、恥ずかしいという感情よりも嬉しいという感情が勝っていた。
だって仲間が側にいるのだ。
自分の家族とも言える存在が側にいるのだ。
それらを自分は助けられたのだ。
また、彼らとともに居られるのだ。
それをどうして喜べないことがあろうか。
それがどうして胸の中で
感情が爆発する。幸せで思考が塗りつぶされる。それは結局彼らが祝い疲れて周囲から人間達が撤退するまで続いた。続いてしまった。
そして、一時間ほどの時間が経った頃。彼らの再会を微笑ましいものを見る目で見ていたリュウズがまだそこにいてにこにこと彼らを見ているのを見て、幾人かのギルドメンバーがはっと正気に戻った。そのまま、皆が後ろに飛んで彼女から距離を取る。たっちは咄嗟にモモンガを片腕で抱きかかえ、そのまま後ろに大きく飛んだ。もしも腕の中身が骨でなく美女だったらおとぎ話の一ページになりそうな光景だ。
動きとともに空気が変わる。がらりと変わったそれに、リュウズは笑顔のままじいっと彼らを見た。彼らの手に現れた凶悪な性能を持つ武器達を見た。
その唇が、笑みをたたえたまま、動いた。
「あら、これは一体どういうことですか」
「それはあなたがワールドエネミー格の存在だからだ」
リュウズの問いかけに答えたのは、全身植物の異形種であるぷにっと萌えだ。前衛職ではない彼が前に出てきたのは、リュウズには火力ではなく知略で勝つしかないというのがナザリックに来た者達の答えだったからだ。もっとも、万が一武力が通じた場合に備えて、守護者を始めとしたシモベ達も外に出てきている。ナザリックは最低限の階層維持力以外を外に出したのだ。
リュウズが首を傾げながらナザリック地表部をぐるりと見ると、彼女は見え隠れする影や姿の中に己が以前会った闇妖精の双子やオレンジスーツの悪魔がいるのに気がついた。それが全て憎悪の視線で己を見て居るのに気付き、彼女は笑みを深くした。
「あら。あなたはそう言うのね」
頬に手を当て、困ったような、嬉しそうな、どちらでもない顔をして、彼女は言う。その視線は間違いなくぷにっと萌えに向けられているのだが、意識の何割かはその後ろにいるウルベルトに向けられてもいた。
「そうだ。事実だろう?」
頷くぷにっと萌えにも、その後ろのナザリックメンバーにも「どうだ参ったか」という色がある。お前の正体暴いてやったぞ、という色が。
それを見て、じいと見定めて、リュウズはゆっくりと頷いた。
「困ったわ。でも、そうね、
その笑みが深くなる。額の輝きが深くなる。
蛇の鱗が妖しく輝く。
緑の翼が強く煌めく。
彼女は彼らに多くのヒントを出してきた。それでも彼らは気付かなかった。
「それでは、改めて自己紹介をしましょうか。嗚呼、言葉の力は思っているよりも強いのに」
彼女を視認する。彼女と相対する。彼女と敵対する。彼女を無視しない。
それこそが、最大の禁忌であることに。
次かその次くらいで終わらせたいですね。
ここまで匂わせたらオチくらいわかりますよね。ぬはは。
でも書かせてくださいね。
だってそうしないとナザリックが幸せになれる機会が一個減るんですから。
私はモモンガさんが大好きなのです。彼が幸せになるために、どんな艱難辛苦も与えたくなる程度には。その先の幸せにガッツポーズする彼を見たい程度には。
その点これは深い愛情の物語と言っていいのでは?(名案)(迷案)