ばさり、と翼を翻し、リュウズは艶然と微笑んだ。
「それでは皆様、改めまして自己紹介をさせていただきましょう」
陽の光差し込む昼間の墓地の中で、緑の女神の微笑みが深くなる。パンドラズ・アクターを思わせる大仰な礼を一つした後、彼女は身を持ち上げて、浪々と宣言した。
「私はマチュピチュ天空城の主にして賭博の神。戴く
私は私の世界に来る者と賭博での戦いをします。相応の
さあ、私と戦いたい方、いるのならばいらっしゃい。
腕を伸ばし、リュウズ愉しそうに言った。戦いを挑む者がいるならばともに逝こう、果てるまで遊び尽くそうと誘うように。
しかしそんな手を誰が取るだろうか。彼女の言葉に返ってきたのは容赦のない守護者とギルドメンバー達からの攻撃だった。
轟音とともに地面がえぐれる。大地が吹き飛ぶ。たっちなどモモンガをぶくぶく茶釜に預けて次元断切をぶちかました。しかしその攻撃のどれもが、優美なナザリックの地表部を吹き飛ばすばかりで、彼女には傷一つ与えることができなかった。
「あらまぁ」
翼を羽ばたかせ、えぐれた地面から浮きながら、リュウズは一瞬で荒れ地と化したその場所を見て、呆れた声を出した。
「無駄なことを」
「とっとと城に帰れ!あなたには確かに感謝している、しかし!これ以上悪魔の甘言に乗るわけにはいかない……!」
ワールドチャンピオンの武器を装備したたっちが叫ぶと、そうだそうだと皆が同調の声を上げた。それに唯一目を白黒させているのはモモンガだけだ。もっとも、それはあくまで比喩なのだが。
リュウズは一瞬で針のむしろと化した己の周りをもう一度見渡し、そうして、こてりと首を傾げた。
「つまり、私に挑戦する人は、少なくとも、今の所はいないわけですね?」
「今所か永遠にいない。自分の城に引きこもっていてくれ!」
そう言ったのはウルベルトだった。彼の言い方がたっちよりも比較的マイルドなのは相当な便宜を図ってもらった自覚があるからだろうか。
リュウズはウルベルトをじいっと見つめた後、「そんなこと言ってはいけませんよ」と微笑んだ。
その微笑みはあまりに含むものがありすぎた。
「何故だ」
リュウズの言葉をさらに否定しようとしたギルドメンバーを制し、違和感を感じたぷにっと萌えが尋ねる。その彼に、リュウズは逆に尋ね返した。
「あら、あなたたち、ウルベルトさんとたっちさんのことは聞いていないのですか?」
「聞いている。相当な便宜を図ってもらったと。そのせいで、モモンガさんがあなたのものになったと。
だから私達はあなたにもう彼に近寄ってほしくないし、彼をあなたに近寄らせたくないんだ」
「え、ちょっと!?」
「モモンガさんは黙ってて。──だから、どうか、もう、我我と金輪際関わらないでもらえないだろうか」
敵対の色が懇願の色になる。守護者の何人かは、そう言ったぷにっと萌えに「恐れながら!」と反論の声を上げた。
「恐れながら、ぷにっと萌え様!あの者はアインズ様に不敬をはたらいた身!死を救済と思うほどの苦痛を与える道理はあれど、生かして返す理由など毛ほどもないかと!」
「下手に関わっちゃいけない存在ってあるんだよ。人間にとってのナザリックみたいなものだ」
デミウルゴスの言葉にぷにっと萌えはもどかしい現実を突きつけた。そりゃあ、ぷにっと萌えとしても倒せるものなら倒したいのだ。幸せな世界に来るきっかけをくれたとはいえ、目の前の異形種は確かにモモンガの命を危うくした存在なのだ。自分たちをこうも愛してくれた存在に、返しきれぬ恩を返すために、まずはせめて強大な危機からその身を守ってやりたくなるのは道理ではないか。
ぷにっと萌えの言葉は皆の総意だ。示し合わせて放った総攻撃の全てが全くダメージを与えられなかった時点で、彼らにはその選択肢しかないのだ、目の前の異形から逃れる術は。
「──ふ、うふ」
だが、それは彼らの思い込みだ。
もう遅い。遅すぎる。彼らの最も大切なものは、もうリュウズの手中にある。
彼らには、挑まないという選択肢は、残されていない。
「──うふふ、ふふふふふ!あははははは!それですそれ!ああ、美しい!素晴らしいわ!」
超越していた微笑みが、壊れた。かろうじて被っていた彼らと接するための顔が、ぱきんと壊れて大地に落ちる。額の輝きはその光度を増し、彼女の笑みは深いものになった。赤い唇からは、全ての生命をぞっとさせる、深い深い笑い声が飛び出した。
ぞっとさせる理由はただ一つ。彼女の声に、深すぎる愛情があったからだ。
モモンガはそんな声を一度だけ聞いたことがあった。賭けを始める直前の声だ。仲間を愚弄するなと叫んだ自分の答えに、彼女はこんな笑い声を上げた。好きで好きでたまらないという、明るい声を上げた。
「ええ、ええ、ええ!素晴らしい!そうこなくては!アインズくん、いいえ、モモンガくん!今ここにあなたの賭け事は終了しました!あなたは真にあなたを思う仲間を手に入れた!取り戻した!」
「アッハイ」
「その上であなたに要請するわ──モモンガくん、魔法を一つ使ってみて」
「え?」
「なんでもいいわ。
さあはやく、とリュウズが急かす。奇妙なことに今この場で一番リュウズに対するヘイト値が低いモモンガは、己の体の半分を飲み込んでいたぶくぶく茶釜から這い出すと、手を上げてみた。使うのは第三位階魔法
けれど、その手からは何も出てこなかった。
「──え?」
モモンガの口から間抜けな音が漏れる。彼はすこし手に力を込め、今度は
しかし、何も出てこなかった。魔力が動く気配すら感じられなかった。
そんなモモンガに、周りのギルドメンバーが、守護者達が気付いていく。その中で一番最初に理由に思い至ったのは彼がそうなった現場に心当たりのあるウルベルトだった。
「ま──さ、か」
山羊顔で器用に青ざめてみせた彼の首が、ぎ、ぎ、ぎ、と音を立ててリュウズを見る。嘘だろう、そんな、という視線を向けた彼に、リュウズは大きく楽しげに頷いてみせた。
「彼は私のもの。つまりは『観察者の目』の効果範囲の者ということになるわ。
これを装着している間、装着者と効果範囲の者は一切の魔法・特殊技能を使用できない。
そして、非公式的とはいえ、ワールドエネミーとしての格を持つと宣言した私は、その格の維持のために、これを外すことはしない」
それが示すことは。
「さあ、アインズ・ウール・ゴウン!あなたたちはどうする!あなたたちを命を賭して助けたギルドマスターはその力の全てを失った!ユグドラシルで培ったものの大半を失った!
それを持つのはこの私。友のために取り返したいのなら、もしもあなた方が彼の優しさの上に胡座をかく存在ではないというのなら、どうぞ『相応の
両手を大きく広げ、楽しそうに、愛おしそうに、彼女は叫ぶ。
背中から伸びる大きな翼を広げ、彼女は無慈悲に歌い上げる。
そんな彼女に、皆が声を呑んだ。彼女の領域で彼女と戦うことはそれ即ち絶望的な賭けに乗るということだ。モモンガが仲間を助けた以上に難しい賭けに挑むということだ。なんせ、戦う相手は
「どう──し、て」
誰かが掠れた声で問うた。どうして、そんなに、酷いことをするのか、と。
どうして、このまま、皆で楽しく在らせてくれないのか、と。
その問いに、彼女は笑みを浮かべたまま答えた。
「そりゃあもう──私は、愛に溢れた優しい子が好きだからですよ」
その愛を証明するためならば、機会をいくつも差し出そう。
リュウズは言った。それはもう、幸せそうな顔をして。
「私は君達が輝く所が見たい。モモンガくんが君達を助けたように、モモンガくんを助ける君達が見たい。そうやって、団結していく君達を見たい。
アインズ・ウール・ゴウンは元々対PKギルドでしたね。その、愛に溢れた在り方を、友人のためにその命すら捨てるという在り方を、私はたくさん見たいのです。あなた方がたくさんたくさんたくさんたくさんがんばるところを見たいのです」
だから、だから、だから。
「アインズ・ウール・ゴウンの皆さん。友を愛する善き人々。さあ、どうか、私に牙を剥きなさい。勝てぬ神に挑みなさい。
かつてあなた方がそれをしてまとまったように。繰り返すようですが、私はあなたが、あなた方を愛したモモンガくんが──」
──好きで好きで、愛おしくって、たまらないのですから!
卓の終わりは新しい卓の始まりってな。
ここまで読んで戴きありがとうございました。ここでこの話はおしまいです。後日談とか付けるかもしれませんが、その辺は未定です。
新しい戦いにアインズ・ウール・ゴウンはどう挑むのか?人間に構ってる場合じゃねー彼らは、ピーチ姫と化したギルド長のために何をできるのか?ていうか魔導国はどうするのか?
そんなものはリュウズさんには関係ありません。彼女はただ、挑んでくる者を迎えるだけです。そのためにいつまでも天空城でモモンガくんや彼を愛おしむ人々を待っています。明日、十日後、一年後、十年後。あるいはもっと先。いつか、友愛を極めたギルドの人達が、友のために戦うという選択肢をとって自分の所に来て自分を楽しませてくれる日を待っているのです。
……あ、ちなみにこのオチは当初から計画していたものじゃないですからね!ウルベルトさんのクリティカル処理とぷにっと萌えさんたちが『認識』という名の推理作業をしまくったのが原因ですからね!リュウズさんはただそれにのっかっただけですからね!
何が言いたいかっていうと、彼女は悪魔でもなんでもなくて、ただ自分の持ってるカードで最大限かわいい子を愛でたがる、愛に溢れた人なだけなのです。うふ-。