後日談1
モモンガが天空城から生還した後、魔導国はその政治体制を変更すると大々的に宣言した。
その内容は独裁的な専制君主から合議制に変更するというものであり、理由は魔導王の体調不良による退位である。
後の歴史家のうち、愚かな者が「一年も在位していなかった愚かな異形種」と呼び、賢しい者が「自身の権能の全てを使い自身と同じ神々を二十柱も召喚した最も素晴らしい
うららかな陽光差し込むナザリック地下大墳墓。の、表層部分。二百メートル四方の広さを持つ混沌とした墓地の形をしたそこに、空から一つの影が降り立った。
長い尻尾に大きな翼。長い青髪は海の底から見上げた青空のような揺らめきと輝きを有しており、きらきらと美しい。宝石色の目をゆっくりと瞬かせたその存在は、降り立ってすぐ、ずりずりと蛇の下半身を引きずって中央の大霊廟に近寄った。
彼女の姿がナザリックに現れた途端、ナザリックを包む高い壁の向こうから人がやってきた。転移で。恐るべき速度で移動したその人の体はシックなメイド服に包まれており、彼女がメイドであることを教えてくれる。夜会巻きの形にひっつめられた黒髪を艶めかせ、かけた伊達眼鏡を光らせる彼女の名前は、ユリ・アルファ。本日のナザリック外ログハウスシフトの
「お待ちください」
険のある声を発しつつ、ユリは流れるような動きで自身の体をこの地に降り立った存在と大霊廟の間に滑り込ませた。同時にガントレットの中で両手を握り込み、いつでも攻撃できる態勢になる。もちろん、彼女は目の前の存在にはいかなる攻撃も効かないということを知っている。だが、それは彼女がアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーを守るための盾として戦闘態勢に移行しない理由にはならない。
死地に赴く兵士もかくや、という表情を浮かべたユリに対し、彼女に立ちはだかれた存在──天空城の主リュウズはこてりと首を傾げた。
「こんにちは。遊びに来ただけよ、私」
「お帰りください。あなたはナザリックにおいて第一級敵性存在と認定されています」
「あらあら。そんなに熱烈に警戒しなくても宜しいでしょうに」
からころとリュウズが笑う。青っぽい玉虫色の輝きを有する唇に指先を当て、淑女のような笑みを見せる彼女に、ユリの眉間に皺が寄った。
「帰って、ください。あなたをアインズ様と会わせるわけにはゆきません」
「それを決める権限はあなたには無くてよ。モモンガくーん、遊びましょうー」
ユリの手が触れぬ程度に身を乗り出し、リュウズは大霊廟の外からその中に向かって声をかけた。
もちろん、普通はそんなことをしても第九階層でごろごろしているモモンガに声なんて届かない。第九階層どころかこの大霊廟の奥にだって届くかどうか怪しいものだ。
しかし、彼女は、リュウズは、普通の存在ではない。「かもしれない」や「普通なら起こらない」という可能性を引き当てることに関しては天下一品どころではない才能を持つ存在である。そのため、数十秒後、ユリの真後ろにモモンガが現れた。
「何か呼ばれた気が……ああ、リュウズさんでしたか」
「モモンガ様!お下がりください!」
ユリの後ろからリュウズを見たモモンガが「なんだ、お前か」という顔をしてリュウズを見る。そんな彼に、リュウズはにこりと笑った。
「遊びにきました」
「いつも言ってますけど、せめて先触れで自分とこのNPC出してくださいよ。うちじゃあなたは今敵性存在なんですよ」
「あらあら。私は別にナザリックを侵略しに来たわけじゃあないですよ。ただちょっとモモンガくんとオセロをしに来ただけです」
「本当ですか」
「オセロ以外でもいいですけどね」
「なるほど」
淡泊なやりとりの後、モモンガは盾となれずに震えているユリの肩にぽんと手を置いた。
「というわけだ。一人だとまた仲間にあれこれ言われてしまうから、誰か呼んできてくれないか」
「っ……かし、こまり、ました……ですが護衛のシモベは付けさせて戴きます」
「いらないんだけどなぁ」
ユリが呼ぶと、転移門からぞろりと
「こんにちは」
「帰れ!」
「まあド直球」
「リュウズさんってこういうリアクションを楽しんでいる節がありますよね」
「だって六百年も寝ていたんですもの。リアクションどころかやりとりそのものに飢えていても仕方ないことですよ」
「そう言われるとそういう気が……ああ、今日はペロロンチーノさんでしたか」
会話の途中で転移門が開き、そこから
「またあなたですか」
「そうですよ。今日はオセロをしに来ました」
「なんで敵陣にオセロしに来るんですか」
「それは私が君達のことを敵とは思っていないからですよ。例えるなら、そうですね、今の私達の関係は人間国家群と魔導国のような関係ですかね。私は少なくともそう思っていますよ」
くすくすと笑いながらリュウズが言った例えは至極正確である。全ての種族が分け隔て無く過ごせる国を、という建国理念で国富計画を進めている魔導国は、今現在の敵対存在を天空城のみと大々的に宣言している。そんな魔導国に、人間国家群は何故か気付いたら対魔導国大連合を築き、脆弱な武器を振りかざして威嚇していた。
魔導国にしてみれば人間国家群の態度は「あっそう」で終わらせられるものである。リュウズはそのリアクションが自分の君達に対する感想だ、と言ったのだ。敵と認識する価値すらお前達にはないのだ、と言ったのだ。
当然、アインズ・ウール・ゴウンに席を戻したペロロンチーノには看過し難い発言である。しかし、彼は元々そこまで真面目だったり熱血だったりギルドに重すぎる忠誠を誓っているわけでもない。故に彼は握っていた拳をゆっくりと開き、苦い顔をして「それ、他の人に言っちゃダメですからね」と言うに留めた。
「はいはい。ところで、ペロロンチーノさんもオセロをするので?」
「なんで俺までやらにゃならんのですか。大体、オセロって二人でやるゲームでしょうが」
「あら、別にオセロじゃなくても宜しいんですよ。ほら、この前やったクトゥルフ神話TRPG。あれでもいいです。それだったらぶくぶくさんを呼んできた方がよろしいかしら」
「ぶくぶく茶釜さんは一昨日からエルフの国に行ってますよ。アウラとマーレを連れて」
どうやら本場のエルフを見ておきたいのと双子を労るためらしい。気分は慰安旅行だと笑っていたぶくぶく茶釜を思いだしながら優しい顔をしたモモンガに、リュウズは残念そうに眉をハの字にした。
「あら、残念。彼女は他の方と違ってむやみやたらと攻撃してこない分私的にはちょっと好感度高めなのに」
「じゃあ数合わせにパンドラでも呼びます?」
モモンガが手を上げて提案すると、リュウズはにこりと笑って頷いた。
「いいですね。パンドラくんも私好きです」
「俺にとっちゃ黒歴史ですけどね……ハハハ……」
「でも国家運営を実質一人でやってたんだから、そのご褒美で構ってあげるのは大事なことよ」
め、とリュウズが人差し指を立てて言うと、モモンガは毛など生えようのない頭蓋を尖った指先でかりかりかいた。
「わかってますよ。それに、逃げちゃあダメですもんね」
「そーゆーこと。というわけで、さあさあペロロンチーノさんパンドラくんを呼んでくださいな」
「ナザリックの宝物殿守護者をゲームのために呼び出すのってアリなの?」
「ナザリックの長がゲームのためにプチ家出したんだからアリでは?」
ツッコミを入れたペロロンチーノの横で流れ弾に被弾したモモンガの柔らかな雰囲気が引き攣った。そのまま何かを言おうと口を開きかけるが、何か言える言葉を見つける前に<伝言>を受信したパンドラが転移門からひょっこりと顔を出してきた。
「お呼びでしょうか、ペロロンチーノ様。おや、我が創造主に、リュウズ殿まで」
埴輪顔をぐるりと回しつつ体全体を転移門からぬるりと出す。かつん、と軍靴の踵をならして敬礼をした彼にリュウズは腰の横についている金色の鎧のようなパーツを指先ですくって持ち上げ、ちょこんと上体を下げた。カテーシーである。もっとも、下半身が蛇の女人に「跪く」動作の代わりの仕草など、やって意味があるのか甚だ疑問だが。
「おや」
「うふふ」
誰にも話したことはないし、誰かに話すつもりもないことだが、リュウズは
そんなパンドラに、リュウズはつうっと目を細めた。まるで、愛おしくて仕方が無いとでも言うように。
そんな彼女にペロロンチーノとモモンガは気付かない。彼らはナザリックのNPCと外のギルドの者が微笑ましいやりとりをしていると表面のみを見て判断し、そのまま「じゃあ何をしようか」という話に移行した。
「ナザリックの中でやるのは流石にダメだから、また
「そろそろリュウズさん用にもう一軒ログハウスを建てた方がいい勢いですよね」
「それな。じゃー適当にタブラさんにゲーム見繕って持ってきてもらうかー」
頭の横に手を当てて、ペロロンチーノは早速<伝言>を使った。
ペロロンチーノの言葉を聞きつつ待っていると、不意にモモンガがパンドラからつつかれた。四本指の一本でつんつんとローブの外から肘辺りをつつかれたのだ。
「ん?」
「我が偉大なる創造主よ。女性がこうして待っているのですから、エスコートするべきかと」
こう、こうするのです、と言いつつ、パンドラがオーバーアクションを控えて手を差し出すポーズをする。それをつい真似したモモンガの手に、リュウズはさっと手を乗せた。
「うわっ」
「あらあら。女性の手をとってそんなことを言うものじゃあありませんよ。魔導王様ムーブはまだ時々必要なんですから、これも練習と思って」
あんよが上手、と口の端でいいながら、リュウズはころころと笑ってみせた。
彼女はいつも笑っている。
ある時は理不尽な嵐のように。
ある時は理知的な女性のように。
ある時は狂気に笑う女神のように。
ある時は異形の先輩のように。
様々に仮面を付け替えて、それでもその全てに微笑みを浮かべる彼女に、モモンガは「はい」と頷いた。
「あら素直」
「最近学習したんですよ。あなたには下手に逆らわない方がいい、って」
「それは正しいわね。私、自分のイエスマンは興味無いですから」
「そのうち俺に飽きて放りだしてくれたらいいなとか思います」
「さてさて、何百年後になることやら。ああ、でも──」
ふ、とリュウズが後ろを向く。モモンガがエスコートした状態で歩き出していたので、後ろを向くとなったら、その視線の先にいるのはパンドラとペロロンチーノがいることになる。
二人のうち、パンドラに視線を向けて、リュウズは宝石色の目を露わにした。つまり、彼をじいっと見つめた。
「もし君に飽きたのなら。次はパンドラくんで遊ぼうかしらねぇ」
この言葉、もしも以前の余裕のないモモンガが聞いていたらぞっとするか「ならば」と策略を練っただろう。
しかし、繰り返すが彼は学習したのだ。その学習の結果が告げていた。こういう発言に下手に真面目に付き合ったらろくな目にあわないぞ、と。
だから彼はリュウズの発言を「はいはい」と軽く流した。
「とりあえず、今ゲームするんでそれでパンドラと遊んでくださいね」
「よーしパンドラくん私と遊んでくださいな」
「アインズ様、どうか私の分のキャラシートは五枚ほど予備をください」
「わかった」
「今日はどんな邪神と戦うのかしらねー。楽しみだわ。がんばりましょう!」
楽しみだわぁ、といいながら、リュウズは尻尾の先を振った。それが機嫌がいい時の仕草らしいと知ったのは、こうやってナザリックに不定期に
ふりふり揺れる尻尾の先をじっと見たのはモモンガとパンドラだ。同じものを見つめていたからだろうか、二人はなんとはなしに視線を合わせ、そして、同時に呟いた。
「邪神が何を言っているんだろう……」
「ほんまそれな」
<伝言>を終えたペロロンチーノが心の底から頷いたのは言うまでもないことである。
ちなみに、この後タブラと一緒にTRPGセットを持ってきたアルベドがエスコートしているモモンガとされているリュウズをみてキィイイ!!!となって思わず攻撃をしかけ、