「アインズ・ウール・ゴウンに下れとは…これまた大きく出てきましたね」
「すごく大きいですね」
「ついに余所様に膝を折るのですか?」
ぽややんとした一つ目の台詞はリュウズの、二つ目の感想にもなっていない感想はチョウの、三つ目のあっけからんとした言葉はタンのものである。アインズ・ウール・ゴウンは転移して建国した。だからそんな強者の元に下って膝を折って頭を垂れろという意味の言葉を言われたにしては長があまりにおっとりしているし、シモベもシモベで重要に捕らえている節はない。覚悟して口にした提案があまりにするーんと表面を滑っている様を見せつけられ、アインズは肩からローブがずり落ちるような気がした。ずっこけるというやつだ。
対してあまりに暢気な対応にふるふる震えているのは守護者である。ダン、と一番最初に床に手を突き立ち上がって叫んだのは、一番己を偽ることに長けているはずのデミウルゴスだった。どうやら異文化的なもてなしが肌に合わずついに堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「聞いていれば先程から…!世界の所有者たるアインズ様になんという不敬な!」
「やめろ、デミウルゴス!」
「っ…」
ですが、と言いたげなデミウルゴスの、その眼鏡の奥の目が見開かれ、宝石の眼球が露わになっている。慌ててアインズが残りの二人を見れば、アウラも同じように全身から怒気を立ち上らせていたし、マーレは相変わらずおどおどしていたものの黒い杖を握る手にはいささかの震えも生まれていなかった。
これはまずい。王国や帝都でならまだ問題ないが、ここではまずい。アインズがそう思ってこの地の主人を振り返れば、汗腺の無い骨の身で汗をかきそうなほど焦っているアインズに対しこの地の主人と従者はのほほんとしていた。
「モモンガさん、従者の手綱はしっかり握っていたほうがよいですよ。それで、下る件ですが、まっぴらごめんのおことわり~というやつです」
おっとりしながらも口調にははっきりとした拒絶の色が浮かんでいる。でしょうね、とアインズは頷きつつ、ならば、と言葉を重ねる。ギルドの性格から考えてはじめからこの条件を出しても食いつきはないと思っていたのだ。だからデミウルゴス達にはもうちょっと大人しくしていてほしい。切実に。
「では、かつてのように無干渉を貫いて頂けますか。他の国に肩入れせず、私達にも協力しないという姿勢を」
「基本的には応じましょう。ですが、この地の意味を知り、翼の羽ばたきを持ってここに至る者に関しては応じかねます。それは我等の同志です。あなたがこの地に至るより、ずっとずっと昔から。それは曲げません」
「この地で大罪を犯した者であってもですか」
「何を罪とするかは寄る辺によってかわるものでしょう?大体、国を超えたら法律って効かないものでしたよ」
にこりと微笑むリュウズの額で、ぎらりと額冠が輝きを増す。まるで抜き放たれた剣呑な日本刀の輝きのようだ。それがわからぬ守護者やプレイヤーではない。アインズは輝きが己に向けられる条件を心の底から理解しているが、守護者はどうだろうか。理解していても感情が追いつかないかもしれない。
前からも後ろからも追い立てられているような挟み撃ち状態にアインズの無い胃がキリキリ痛んで仕方ない。リュウズはそんなアインズを見ながら、アインズよりも人間に近しいのにアインズよりも人間に遠い視線を目に宿し、ゆるゆると言葉を紡ぐ。
「
水を流すように滑らかに紡がれる言葉がまた余計に守護者の神経を逆撫でする。アインズは「もしかしてわかってやってる?ねぇ、わかってやってる!?ていうか彼女怒ってる!?」と激しく混乱し、直後精神が強制的に平定された。アンデッドで良かった、と胸をなで下ろす暇があればよいのだが、そんなものを千年も生きた神の姿をした蛇が許すはずがない。……と言えればよいのだが、残念ながら彼女が更に言葉を継ぐ前に守護者達が立ち上がった。完全にげきおこ状態である。ざ、という立ち上がる音がして、アインズは「やめろ」と制するために状態を曲げて後ろを振り返った。
だが、ローブに皺を作りながら振り返った先に、守護者達はいなかった。
「……は?」
「あー!」
いたはずのひとがいなくなる。転移反応があったわけでもないのにいなくなる。その事象に一瞬思考が止まったのはアインズで、アインズが漏らした声にかぶせるように叫んだのはチョウだった。がば、と立ち上がった彼がその翼を大きく広げている。
「マスター!」
「デミウルゴスさんは悪魔だから羽くらい持っているでしょう。でも闇妖精の双子ちゃんはたぶん<飛行>を使っていたから、捕まえて地上に降ろしてあげて」
「了解!」
的確な指示に応えると同時に突風を残してチョウが消える。彼は石造りの窓の外から飛び出して行った。辺りにふわふわと木の葉や埃が舞い上がる。舞い上がったものがひらひら落ちる中で、リュウズは呆れたような溜息をついた。
「モモンガさん、部下の手綱は取って下さらないと困ります」
彼女の横ではタンがやれやれ、と肩をすくめて首を横に振っている。状況が把握できずに困惑する精神が平定され、アインズは冷静な視点を取り戻して問うた。
「一体何が起こったのですか。あなたのことだから、攻撃ではないと思うのですけど」
「攻撃ではありません。むしろ、彼らが敵対行動を取ったために『観察者の目』で弾かれたのですよ。この領域で全ての魔法と特殊技能が使えないことはご存じですね?」
「ええ」
「弾かれると、弾かれた者は天空城の外に追いやられます。ぽいっと。そして、これはユグドラシルの時からあるバグなんですけど、この世界級アイテムの領域に入った者は出た後も暫く魔法と特殊技能が使えない状態が続くんです。具体的に言うと、空から地面に着くまでの間」
「それって」
「翼の無いものは地面にまっさかさま。防御魔法も特殊技能も使えずに、熟れて落ちたトマトになります」
だから翼を持っているのがこのギルドの条件なんですよ。拠点から出た後にトマトにならない地力がないと困りますからね。彼女はけろっとした顔でアインズにそう答えた。
アインズの中で何かの感情がわき上がる。けど、それが何かわかる前に精神の平定がまた起こる。すん、と空気が抜けるような感覚の後、アインズは先程おそらくデミウルゴス達がそうしたように立ち上がった。しかし、彼が外に行く前にリュウズは「だから」と言葉を続けた。
「チョウが捕まえに行きました。今頃はゆっくり地面に下ろしている頃でしょう。最初に警告致しましたね?敵対行動を取ると守備機構にひっかかかると。
注意はちゃんと聞いて下さらないと困ります。それでは、モモンガさん、また会う日までご機嫌よう。タン、送って差し上げて」
「かしこまりました」
すい、とタンが立ち上がる。そうしてアインズは柔らかくも有無を言わせぬタンの腕に抱えられ、地上に降ろされていった。