バレンタインスルーしちゃったし···。
今回は陽乃とのお話です。
あ、それから短編から連載に変更しました。
「おーい!こっちこっち!遅いぞ~」
「あ、いた!ごめんごめん。でも、急に呼び出したの陽乃だよね?」
「細かいことは気にしなーい。とりあえず注文しなよ。ここはお姉さんの奢りだぞ♪」
「ふむ、では遠慮なく。すいませーん、コーヒーとチーズケーキ一つで」
今日は休日。ここは私のお気に入りの店で、大学で交流のある子達も知らない秘密の場所。つまり、ここに呼んだことがあるのは今目の前に座っている穂乃花だけだ。
「はぁ~疲れた。全く、緊急時はいいけどこういう時はもっと時間に余裕を持たせてよね」
「ごめんごめん。それにしても穂乃花は時間に律儀だよねぇ。まるで社会人みたいじゃん」
「ん?あーまぁそうかもね。何て言うか性分?なんだよ」
たははと笑う彼女は同性の私から見ても可愛いらしい。うっすらと汗をかいた肌にくっつく髪をかきあげるしぐさもなんかエロい。男なら生唾を飲み込むような光景だ。え、わざとじゃないよね?
現にこの場にいる男性客のほとんどがこちらをチラチラ見ている。例外なのはこの店のカウンターで今も豆を挽いているマスターくらいのものだ。
私が一人の時もそうだったけど、この子が来てからもっと視線が増えた。いつもはこんなに不躾な視線を向けるような客は居なかったはずなのだが、今日は間が悪かったようだ。
「で?何か用事でもあった?···まぁ何となく予想はつくけど」
「いや?これといって用事があった訳でもないんだけどねぇ。ただほら、私大学生だし。暇なのだよ」
「だよね。用事があるときはもっとちゃんとした呼び出し方するし。まぁ別にいいけどさ」
とまあ、このように、彼女はなんというか付き合いがいい。寛容、というのだろうか。普通こんなに急に呼びだされるようなことが繰り返しあれば、誰であれ多少はうんざりするものだ。
現に隼人もたまにこうして連れ回したりするが、大体ため息を吐いている。
それでも斟酌しないあたりが、私が私たる所以だろうか。
だけど、誰にでもこのような対応をしていたら身が持たないだろう。そこのところは大丈夫なのだろうか。ぶっちゃけ私が言えるようなことじゃないが。私や穂乃花のようなポジションにいる人間は付き合う人の数も必然的に多くなる。だから誰かから誘われる度に付き合っていたらきりがない。私は躱したり角が立たないように断るのには慣れているが、穂乃花は基本的に他人に甘い節があるので、そこのところはちょっとばかり心配だ。
「ねぇ、誰にでもこんな対応してんの?ちょっと人が良すぎない?」
「え?誰にでもこんなことするわけないじゃん。そんなことしてたら身が持たないし。少なくとも陽乃だけだよ」
「ふ、ふーん。そっか。なら別にいいんだけど」
あ、危ない危ない。くそっ不意打ちだとッ···!顔赤くなったりしてないよね?大丈夫だよね?ゲンドウポーズで誤魔化しながら、ジト目で穂乃花を睨むが、奴はきょとんと首を傾げている。相変わらずの無自覚め!
これだ。ちょっとからかおうとしてもド直球でストレートをぶちこんでくる。あれ、意味被ってるかな。しかもよくパーティーで聞くような建前や社交辞令なんかじゃなくて、そのまま本心というのがまた厄介なのだ。寄ってくる男どもの下心混じりのものとも違う。
しかも男子ではなく女子ということで無意識にガードが下がっているのか、こういうことを平気で言ってきたりするから質が悪い。
私がまだ高校生だったときも、これにやられて暴走しかかってた下級生を止めるのが大変だった。文化祭の時とかね。リアルでお姉さまとか、私ですら言われたことないよ。
そういえば、とふと思う。今はこんな風にしているけど、昔はずいぶんと違ってたな。
× × ×
彼女との初めて会ったときの印象は、なんか気に入らない、だった。
当時私は中学二年生で、穂乃花のことも、私の取り巻きから聞いたのが最初だった。
なんでも、今年の一年生のなかにずば抜けてかわいらしい子がいたらしく、去年いろいろやらかした私にちなんで、雪ノ下陽乃の再来だ、なんて言う声も聞こえた。
私はその噂をなんでもないような顔をして聞き流しながら、少しだけ苛立っていた。
いくら雪ノ下家の長女で、厳しい躾を受け、たくさんのパーティーや社交の場にも出席していたとはいえ、当時の私はまだまだ世間知らずの小娘だった。つまりは勝手な嫉妬だ。
確かに私は一番だけど、二番手は私の妹である雪乃ちゃんであって、お前じゃない。なのにどうしてお前が私の二番手なんて言われているんだ、という。
今思うと身悶えしたくなるほどアホみたいな理論だ。しかもまだ雪乃ちゃんは入学すらしていない小学生だったのだから、穂乃花からしたら知ったことじゃないし、いい迷惑なんてもんじゃない。
ただ、言い訳させてもらうと、当時の私に学校内で思うとおりにいかないことなんてなかった。
男子は言うまでもないし、女子もクラスでトップカーストに位置する子達を取り込めばわざわざ私に敵対しようとするような物好きはいなかった。
だからそれはほんの思いつきだった。みんなが私に従う。ならその例の子だって例外じゃないだろう。
入学してから二週間、そろそろ慣れてきた頃だろうし、少し警告の意味も込めてちょっかい出してみよう、と。そして、気に入らなければ叩き潰せばいいと。
行動や発想なんかはそのまんまチンピラなのだが、当時の私にはこれ以上ない名案に思えていた。増長してたともいう。
そして、その日の昼休み、いつもの取り巻きを連れずに私は一人で一年の教室へと向かった。それはなんとなく、下級生一人を上級生が何人も伴って囲むのがカッコ悪いと思ったからなのだが、その点はよかったと思う。実際にやっていたらカッコ悪い何てもんじゃないんだけどね。そんなの三下のすることだよ。
その時は直接教室へ突撃するのも気が引けたのだが、彼女にとって運がいいのか悪いのか、ちょうど教室を出ていくところに鉢合わせることができた。
そして私は彼女に軽い調子で声を掛けて────────────。
正直、その時の会話の内容はあまり覚えていない。普段の私ならそんなことはあり得ないのだけれど、彼女に言われた言葉が衝撃的過ぎて、頭から吹っ飛んでいる。
ただ、これだけは言える事だが、彼女は、最初から当時の私の拙い仮面をただ一人見抜いていた、ということだ。
私はこの時、頭に来るよりも先に興味の方が勝った。どうして見抜かれたんだろう、と。今とは比べ物にならないとはいえ、当時の私の中では完璧にしていたつもりだった。人の目がないところだって、基本的に手を抜いたりなんかしていなかった。よく、クラスの人や友達の前ではいい子ぶっていて、誰もいないところで本性を現すみたいな事をするキャラはいるが、私からすればそんなのは三流もいいところだ。
なのにどうして彼女は私の事をいともたやすく見抜いたのか。どうしてもそれが知りたくなった。
そして、何だかんだと理由をつけて構っていたら、そのままずるずると今まで関係が続いていた。私の仮面は昔と違ってずいぶんと発達したと思うが、変わらずに穂乃花だけは目敏く見抜いてくる。
けど、私にだってわかった事ぐらいある。彼女が実は結構隙が多かったり、うっかりしていたり、あとブラコンでありシスコンでもあること。というか、別段隠してるわけでもないので、普通に付き合っていればわかることなのだが。あと言うほど書類仕事が早くない事とか。覚えれば凄まじく早いが、覚えるまでに結構ミスしたりね。
ある時はどっちの妹が可愛いかというような下らないことで言い争った事もあった。私はそういうのをバカらしいと思っていたが、案外やってみると、誰かと本気で自分の意見を戦わせるというのは悪くないものだった。
私はどっちかというと必ず勝てるっていう確信や状況に追い込んでいくタイプだしね。まぁ、内容がアレだったのは否めないけれど。だが、私の雪乃ちゃんの方が可愛い。異論は認めん!とか恥も外聞もなく言ってしまったことは私のなかではすでに黒歴史認定を受けている。あの時他に人がいなくてよかったよかった。
「おーい?何故に勝手に一人でトリップしてやがるんですかーい?」
はっと、その一言で現実に帰還する。見ると私の紅茶はすっかり冷めてしまっていて、来ていなかったはずの穂乃花の注文のケーキも届いていて、すでに半分が消失していた。
「あはは、ゴメン。つい昔のことをおもいだしてたら、ね」
「昔のことー?何故に今。急に呼び出しといてその次は放置ですか、ほーん?」
「わかった!参りました。もう一個ケーキ買ったげるから許しておくれよ」
「ほう!よかろう、今の私は寛大だ、許す!」
ちょろ。いそいそとメニューを開き、どれにしようかと悩んでいる穂乃花の顔を眺めながら、すっかり冷めた紅茶を口に運ぶ。
こういう気が置けない関係というのは、どういうわけか悪くない。多分、今後もこのままの関係が続くのだろう。少なくとも、今のこの関係を進んで壊したいとは思わない。
冷めてしまっていて美味しくないはずの紅茶は、何故かそのときの私には、少しだけ美味しいように感じられた。
「たださぁ、やっぱりそのコーヒーの飲み方だけはやめようよ、体壊すよ?将来糖尿病になっても知らないんだからね」
「ええー、美味しいしいいじゃん。まだ若いんだからへーきへーき。陽乃も一回試してみなよ、食わず嫌いはいかんぞぅ!それそれぇ!」
「わあああああああああ!!ちょ、やめ、ヤメロォー!」
みるみるうちに私のカップに形成されていく白い砂糖の山を見ながら、私は思わず絶叫していた。
やっぱ前言撤回。穂乃花、許すまじ!
喫茶店のマスター「はぁ、あの娘が来るといつもそのテーブルの砂糖ほぼまるごと補充しなきゃいけないのう···。もうちっとコーヒーそのものを味わって飲んでほしいんじゃがなぁ」
「············ま、可愛いからいっか。うん」