Fate/Grand Order -Overlap control-   作:外山紡司

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 かなり自由に書いているので、不快に思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、どうか、温かい目で読んでいただきたいです。


1話:空の先、境界の向こう

 ある日、世界が終わった。

 いとも簡単に。無邪気な子どもがオモチャのブロックを粉々に分解するみたいに。

 終末なんてそんなものだ。

 それは唐突に、理不尽に振るわれる暴力。誰も止めることはできない。

 

 しかし、その一方で世界は生き続ける。

 分岐に差し掛かった世界は、自分自身の本物を複製して先に進む。

 そこに意思などなく、それが摂理だった。

 

 きっとそうやって、歴史が作られてきたのだろう。そしてこれからも続いていくのだろう。

 あったかも知れない歴史と、あるかもしれない未来。

 

 わたしは偶然生きている。

 わたしの隣で、わたしはいつも死んでいる。

 世界の隣で、世界はいつも終わっている。

 

 

 

 

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 秋の快適な空気は何処へ行ったのか、雲の天井の下に僅かに閉じ込められた冬の寒気が、小さな風に乗って、昼時に屋外に出て来た人の肌をなでる。

 歩行する人々が漏らす白く染まった呼気は、機械的に見える都市の中で、少しだけ人の香りを残す。

 

 重そうな灰色の空を、窓ガラスに反射させながら、数多の高層ビルが立ち並んでいた。一本一本は無機質であるが、それが束になると、まるで幾何学的な夢の中にいるようだ。

 ビルの並びは雑多にも見えるが、何かの規則に従って配置されているようにも見えた。

 そのビルの間を、数え切れぬ程の人が行き交っている。

 それぞれが抱えたあまりにも多くの日常が、常に流動する都市を形成している。

 

 それが今まで積み上げて来た人類史の一つの先端が示す形だった。複雑な模様だった。

 少女はその人の営みに感嘆の声を漏らす。

 

「先輩、これが東京ですか! すごいですね」

「そうだね、マシュ」

 

 マシュと呼ばれたその少女はチェック柄のワンピース姿で眼鏡をかけた、ショートヘアの女の子だ。まるで初めて世界に触れたとでもいうようにはしゃぐその姿を、先輩と呼ばれた男、藤丸立香は和やかな表情で見守っている。

 

「今まではこれほど多くの人を見ることなんてありませんでした。だからなのか、少し興奮しているようです。申し訳ありません、先輩」

 

 これまで、多くの旅をしてきた。ある者の陰謀によって未来の消失が観測されたからだ。時間を超えて、あらゆる時代を、あらゆる土地を、巡って来た。そして、その歪みを正してきた。

 

 その先の見えない綱渡りのような旅の果てに、2017年の今がある。

 それ故に、彼等の眺める平和な世界には少なからず思うところがあった。

 

「いや、大丈夫だよ。過去にも新宿に行ったことはあるけど、あのときは治安が悪かったからね。大都市の生きている姿をこうして感じるのは初めてだし……」

「はい、新宿は確かにそうでした。だからなのか、活気がこんなにもすごいとは思ってもいなくて……。

 あ、前ばかりに気を囚われていましたが、後ろに広がっているこれが東京駅ですか! 駅なのに、すごく、趣き深いですね!」

「うん、本当だね」

 

 マシュは好奇心を隠しきれず、踊るような足取りで世界を見回した。その姿はどこにでもいる女の子のようだ。

 

 藤丸もそれにつられるように、伸びをして、口元を緩める。

 都市はそんな二人を気に留めることもせず、いつもどおり回っている。

 

『ちょっと君たち、観光しているワケじゃないんだよ』

 

 二人の耳だけにそんな声が響く。それは耳に取り付けられた通信機から発せられたものだ。

 声の主はレオナルド。レオナルド・ダ・ヴィンチ。余りにも名の知れたその人物は本物であり、何故か女性である。彼女は守護英霊召喚システム・フェイトによって召喚された英霊の一人だ。

 拠点であるカルデアで、彼等のサポートを務める人物である。

 

「すみません」

 

 都市に興奮していたマシュの雰囲気は一転して、張りつめたものになった。

 

『君たちの任務は特異点の探索にある。あまり小さい揺らぎだからといって、油断は禁物だよ?』

「分かっています」

 

 次は藤丸が答える。

 藤丸は片手に持った赤いパスポートを少し握りしめた。そのパスポートは、今回日本を訪れるために新しく更新したものだ。

 

『よろしい。では、頑張りたまえ』

「はい」

 

 マシュの感情の籠った声が、場違いに東京駅前に響く。

 小さな耳鳴りのような音と共に、通信機は沈黙した。

 

 

 

 

 現在の東京という都市において、「情報」は一つの生命線だ。

 人々は小型端末やパソコンで常に受信し、それを元に思考する、また行動を決定する。形のない情報が、物質と同等に、またはそれ以上に重要視される。これが情報社会。

 藤丸はそこに目を付けた。

 

 特異点では、何か異変が起こる。通常の歴史では起こり得なかった事象、それが人類史の歪みとなる。

 過去に作られた特異点を探索する際は、歴史的事実を元に間違い探しをすれば良かった。それどころか今までは、「何が異常か」なんてすぐに分かるものだった。

 

 しかし、今回の探索は“現在”である。これは初めての試みだった。今までの「レイシフト」、端的に言うなればタイムスリップ技術による過去の探索とは勝手が違う。彼等が生きる時間軸の探索であり、尚且つ、そこにあるのはいつも通りの日本の姿であった。

 しかし、特異点になるということは、それなりの異常が観測できるということ。そして異常があるならば人の目に留まり、人の目に留まれば情報となって拡散する。

 だから、彼等がすべきは溢れる情報を集めること。そして、通常の物理法則では起こり得ないような事件や事象を発見すること。

 しかし。

 

 

 

 自然の光が沈んでいき、少しずつ照明の灯りが街を包んでいく。街灯、ビルの一室から漏れる明かり、通り過ぎる車のヘッドライト。

 自然を人間の統制下に置くためのシステムである都市は、訪れる暗闇への反逆をするかのように、その暗闇を消そうと喚く。人工灯の狂乱だ。

 

 そんな中、帰路につく者、飲み屋に向かう者など、個々の目的の為に、都市を流れる血流と化した人々は闊歩する。コンクリートの大地を踏みしめて、行進を始める。

 そんな道路に形成された人の流れを、コンビニのガラス越しに見つめながら、マシュは溜息を漏らした。

 

「先輩。数時間、新聞の立ち読みを続けていますが、未だ成果はありません。あてが外れたのかもしれませんね」

 

 藤丸は情報を、新聞で収集しようと目論んだ。スマートフォンを持ち合わせていない彼等にとって、昔ながらの新聞というメディアが情報源として真っ先に考え付くものだった。

 

「そうだね。揺らぎが小さいから、特異点と言っても些細な異変で、人々が気付いていないのかもしれない」

「加えて、情報が隠蔽されている可能性もありますが、少なからずここでは有力な情報を得られそうにはないです。どうしましょう?」

 

 立ち読みを始めて四時間。一切の成果はなかった。

 文面からでは、それが異常なのか、そうでないか、区別しようがない。何か事件を見つけても、疑ってかかれば、それは異常事態のように見えるが、そうでなければただの事件である。

 藤丸は、折り目が付いて風格の出た新聞を申し訳なさそうに綴じて、元の場所に戻した。

 

「やっぱり協力者が必要かもしれないね」

 

 マシュもうなずくように、首を縦に振る。

 

「そうですね。今までの探索では時代に詳しい協力者がいました。今思い返してみると、時代を左右した偉人達ばかりで、すごく恵まれていた気がします」

「そうだね。でも、過去を振り返ってばかりでも仕方ないよ」

 

 いつも通りに藤丸は前向きな発言をする。それを聞いたマシュは、少しだけ口をほころばせる。

 二人は目を合わせると、長居をして怒っているのだろう、睨むような店員の視線を脇目に、外に出る。

 

「では、これからどうしましょう? かつて冬木で行われた聖杯戦争では、聖堂教会がその隠蔽工作をしていたと言います。もしも情報が隠されているならば、その手の機関によるものだと思いますが、聖堂協会ならば先に情報が来ているはずです。だから他の機関によるものでしょう。また、もし本当に異変が小さくて発見できないのならば、それを見つけるのは難しい」

 

 多くの人によって生み出される騒めきの中、藤丸とマシュあてもなく歩き始める。会話は多くの足音と、生活音の前に消えそうになる。

 

「そうだな。早く次の方針を打ち出さないといけないね」

「はい。どうしましょうか、先輩」

「考えるのもいいけど、その前に夕食にしない?」

 

 藤丸は少し声を張り上げて、そう告げた。

 

「そうですね。日本のことわざでも『腹が減っては戦ができぬ』という言葉があるようです。今のわたしたちがすべきことを、これだけ的確に表現した言葉もなかなかないと思います」

 

 そうして、足取りは僅かに早くなった。

 

 

 

 都市部では基本的に建物は高く設計される。これは当然、地価の影響に依るところが大きい。横に広げられないならば、縦に伸ばせばいいじゃない、ということである。だから上へ上へと、向上心の塊のような街が形成されるのだ。一つの建物に複数店舗という商売は当たり前であるし、例外を見つける方が難しい。

 

 しかし、例外は見つけてしまうと興味がそそられるのが人だろう。

カフェやレストランなど、西洋風の雰囲気を醸す通りの真ん中に、一つだけ仲間外れにされた、古びたラーメン屋があった。それは、アメリカに来た日本人のように、飛びぬけて背が小さい一階建ての店舗で、故にヘンテコな風格があった。

 

 名を、神麵軒という。

 明らかにおかしなネーミングであり、イチ押しのラーメンは“犬ラーメン”ときた。神麵軒と人面犬をかけているのだろうが、そのセンスに人々は眉をしかめるばかりである。

 ただ「神の麵」を名乗るだけあってその味の評判は高い。

 

「はいよぉ。これが、犬ラーメンだい」

 

 元気の良い店員はそう言って、藤丸とマシュの座るテーブルにラーメンを二つ置いていった。

 店内は満席で、それゆえ少し熱気が籠っている。藤丸は上着を脱いで、隣の椅子の上に置いた。

 

 外装とは大きく異なり、店の中は明るい照明で比較的清潔な雰囲気があった。ラーメンも同様で、透明な薄黄色のつゆに、海苔、チャーシュー、メンマ、ネギなどがバランスよく配置されており、おかしな名前とは裏腹にちゃんとした料理なのではないか、という視点が藤丸の中に生まれる。

 

「先輩! これが本場のラーメンですね」

 

 長時間新聞を睨んでいたとは思えない程、活気あふれる声でマシュは言う。

 

「いや、元を辿るとラーメンは日本のものじゃないよ」

「でも、日本でラーメンは盛んに消費されていますので、本格的な味ではあると思います」

「確かにそうだね」

 

 藤丸は頷く。確かに中国のものとは違う味なのだろうけれど、日本には日本独自の発達を見せたラーメンが存在している。人々は“おいしさ”を求めて、日進月歩、成長した。それが藤丸の見て来た、人類史の人の営みである。藤丸は身をもって体感してきた。

 ならば本場の“日本ラーメン”と言えるのかもしれない。

 

「それにしても、犬ラーメンというのは変な感じがするね」

「そうですね。本当に犬からダシを取っているのでしょうか? たいへん店長に問い合わせたい気持ちに駆られています」

「でもその前に、麵が伸びちゃうから、早く食べよう」

 

 マシュは「はい」と返事すると、二人は両手を合わせ、麵をすすり始める。

 存外に味がしっかりしているなと、藤丸は考える。マシュは「すごく、おいしいです」と一度口を開いたきり、夢中になって箸を動かしている。

 藤丸もまた、夢中になって麵を啜った。

 

 これから、また問題に衝突するだろう、と藤丸は直観している。ここは特異点なのだから、簡単にカルデアに帰ることなどできないだろう。だけど、今、この瞬間は尊いものだと感じていた。

 藤丸は、目の前でラーメンを食べるマシュを見る。真剣な顔つきで味わおうとする姿をみて、口元がやや綻ぶ。

 

 カラカラと店の扉が開いた。来店があったらしい。藤丸が目を向けると、高校生くらいの女の子が一人立っている。

 

 その少女は黒いロングヘアに、黒いスカート、黒いワイシャツを着ていた。しかし、その黒ずくめの中に浮かぶようにある、花のような白い顔が一層際立って見える。こんな古臭いラーメン屋には釣り合わないほど、穢れ一つすらない、うっすら空に浮かぶ月のような、少女だった。

 そこに店員が駆け付ける。あいにく店内は満席だった。

 

「ごめんねお嬢さん。いま満席でね、少し経てば席が空くと思うんだけど。すこしここで待ってくれるかな」

 

 店員はそう言うと、少女を入り口の横にある椅子に案内する。「わかりました」と少女は粛々とそれに従おうとするが、それを見て藤丸は口を開く。

 

「もし良かったら、俺たちの机で食べるといいよ。席が四つもあるのに、二人で占領しているのは申し訳ないから」

 

 言葉だけ訊けばナンパに聞こえるだろうが、発せられた声の中にあるのは善意だけだった。少女も、店員も、はっきりとそれを理解した。

 しかし、誰もなぜそう感じたのかは分からない。まだ大人になりきれない子どもだったからとか、無知な表情をしているからとか、そういうことではない。

 一つ言うなれば、それは藤丸が余りにも「普通だったから」。どこが突出することもなくただの人だったから。

 少女はその申し出に対し、首を縦に振った。

 

「なんて親切な方なのでしょう」

 

 

 

 

 少女は半犬ラーメン食べ終えると「おいしかったです」と感想を述べた。半犬ラーメンとは、単純に量が半分になった犬ラーメンである。

その後なにをするでもなく腰かけている藤丸達に声をかける。

 

「マシュさん達は、観光か何かで来られたのですか?」

「そうですね。日本文化には前から興味がありましたので、実物を見ようと思って来日したんです」

 

 真実を語るわけにもいかず、マシュは偽りを述べた。藤丸もそれに同意する形で話を進める。

 

「そうなんですか。日本人として誇らしいですわ。しかし、最近この辺りは物騒なので気を付けてくださいね」

「物騒?」

 

 なにか異変が生じているのだろうかと、訝しんだ藤丸はその一単語を聞き返す。特異点に繋がる情報が入手できるかもしれない、と。

 

「はい。でも、その情報が世に出回ることはほとんどありません」

「どういうこと?」

「過剰な異常は、日常に存在できない。ですから、日常に住まう限り、それを知覚することはできません。

 例えばそうですわ、この付近にブロードブリッジという橋がありますでしょう? 二十年ほど前、橋が壊れました。表向きは台風によって壊れたことになっていますし、皆さんそれを信じています。

 しかし、当時の写真を見ればそんなことはないとすぐに分かりますわ。それは万力で捻じ曲げられたみたいに、鉄骨が曲がっていたのですから。そこに不思議な力が働いていたことは言うまでもありませんね」

 

 少女は踊るように、話した。花のように、話した。

 少女の身振りは何かを楽しむかのようで、何かを探るかのようだった。

 

「君は一体、何者なんだ?」

 

 そんな藤丸の問いに、少女は上品な笑みを返す。周囲に賑やかなものとは違う、張りつめた空気が、彼等のテーブルを支配した。

 

「ところでマシュさん。あなたは、どちらの英霊なのですか?」

「えっ?」

 

 マシュはその問いに驚きを隠せなかった。

 マシュ・キリエライトはデミ・サーヴァントだ。カルデアに召喚されたある英霊と人間との融合体である。藤丸と契約したマシュは、彼の盾として旅を共にしてきた。

 

 そんな在り方を、少女は出会ってすぐに見抜いた。

それは少女が常人でないことを示すには事足りた。

 マシュと藤丸はこれからの事態を予想して、身構える。しかし、行動には移せない。ここには多くの人がいる。ここでマシュが英霊であると言い切ったということは、少女に勝算があるからだろう。

 

 しかし、その勝算はどこにあるのか誰も分からない。仲間がいるのかもしれないし、はたまた少女自身に何か能力があるのかもしれない。分からないことが、少女が底なしの闇であるようにも見えた。

 少女は二人に反応を示すこともなく、平然と座っている。

 

『その子はサーヴァントではない。それに、おそらくなんの能力もない。だから戦闘は避けるんだ。それに、民間人に魔術の存在を知られてもいけない』

 

 二人の耳の奥にダ・ヴィンチの声が響く。

 どちらも手出しをせず、ただ針状の空気を刺し合うかのような、無言のやり取りが続く。

 しかし突然「あっ」と、何かに気付いたように少女は声を出す。「もしかすると、いや、そうなのですか」と、藤丸たちが緊張している傍ら、なにやら一人で納得しはじめる。

 その間の抜けた可笑しさに、凍り付いた空気が溶けていく。藤丸の握りしめた拳が少し緩んだ。

 

「すみませんが、今のことは忘れてください。あなた方はD社の者ではないようですね」

 

 少女は机の上にあったコップの水を口に運ぶ。

 

「……君は、何者なんだい?」

 

 少女は改まったように背筋を伸ばすと、真っすぐ藤丸を見つめた。

 

「未那。両儀未那です。カルデアのマスターさん。

 わたくし、探偵の助手をしていますから、何か力になれるかも知れませんね」

 

 マナと名乗ったその少女は、少しおどけたように首を傾ける。

 その口振りは、まるで何もかもを見透かしているように軽やかで、しかし、彼女が何を持っているかは誰にも分からない。言動には論理の飛躍があるようで、マナについていけるものはここに居ない。

 

「マナ。君の目的はなんだ?」

「その前に、事務所に来ていただけますか? ここでは少し話しにくい内容ですから」

 

 マナはそっと立ち上がる。音は立てず優雅に、まるで羽ばたく蝶のように。

 藤丸はただ呆然とそれを見つめることしかできない。




女子高生になった両儀未那が書きたかった。時系列的に丁度よいと思った。後悔はしていない。

不定期更新になります。もし、気に入っていただけたのなら感想を書いて、催促してください。他サイトでの連載もありますが、頑張って頑張ります。
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