Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
『それで、どうするつもりだい?』
ミツルの事務所の中央に形成されたダ・ヴィンチのホログラムが言った。
ダ・ヴィンチとミツルは、今後の作戦についての会議を執り行っていたが、一向に話は進まなかった。48番目が戦力として使用できないことと、マナの能力が未知数であることが方針の定まらない主因だった。
仮に48番目が闘えない場合は、サーヴァントなしで魔神柱と対峙する必要がある。魔人柱側にサーヴァントがいないことが幸いだったが、それでも人と魔神柱ならその力の差は歴然である。活路などなかったが、どうにかして探し出さなければならない。
「現状が把握できていないから、何とも言えない。今、D社はどうなっている?」
『魔神柱が増殖しているよ。全長50m弱といったところかな。まるで要塞だよ』
「これでは手に負えないな。それと、マシュくんはどうだ?」
方針が決定しない原因として、大きなものにマシュの存在もあった。『Overlap control』が発動したあと、マシュの霊気は弱まってしまった。それがどうして引き起こされたのかについてはダ・ヴィンチの調査が行われていたが、よく分かっていない。しかし、マシュが戦力になるかならないかで今後の作戦は大きく変わってくる。
『マシュ・キリエライトの戦力はもう人並になってしまっている。恐らくSの計画の仕業だ。世界線を収束させるにあたって、AとBという事象が存在したときに、それを単純に数として多い方を統合結果にするようにしたのだろう。つまり、世界線にはマシュが「力を失った世界線」と「力を失わなかった世界線」が存在していて、失った世界線の方が多かったために、そういう風に統合された』
「なるほど。これはまずいな。だとすると、我々はサーヴァントを一体も保有していないのと同意だ」
『その通りさ』
事務所には一瞬沈黙が下りた。
窓の外は気が狂ったように明るかったが、部屋の中は不思議な影が落ちたように暗かった。だから、余計に窓の外は眩しく輝いている。
「マナは?」
ミツルは気が進まないようだったが、決心して、独り言でも言うかのように話した。
『マナがあのとき何をしていたのか、よく分からなかったからね。そこは念入りに調べたさ。だけどね、結局分からなかったんだ』
あのときとはD社で、Sによって体が固定されていたにも関わらず歩きだし藤丸と会話した、あのときである。その他にもマナにはサーヴァントの気配が分かったりと、不思議な力があった。
「分からなかった、とは?」
『マナからは能力が観測できなかったんだ』
「そんなハズはないだろう!」
『本当だ。彼女は能力を持っていない』
「だったら、あれは何だったんだ」
『きっとマナは「無能」だから「万能」なんだ』
ダ・ヴィンチの物言いがミツルには理解できなかった。
「どういうことだ?」
『言葉で能力が規定されてしまったら、その能力はその言葉に束縛される。その言葉の範囲内でしか力の行使はできないんだ。例えば”未来視”だったら「未来を視る能力」であり、それ以上でもそれ以下でもない』
「しかしマナは違う、と?」
『そう。言葉で規定しなければそれが能力であることはできない。だけど、マナが持っているのは言葉の檻で閉じ込めておけるようなモノじゃないんだ。きっと、彼女は言葉の外側にいる』
もしもダ・ヴィンチの言うことが正しかったのだとすれば、そんなことが出来る力は一つしかないとミツルは気付いた。
「まさか、根源に接続している、とでも言うのかな?」
『十分にあり得る。ただ、断言はできない
そして恐らく、根源に接続しているだけじゃない』
「ほう?」
ダ・ヴィンチが付け加えた情報に、ミツルは興味深そうに訊き返す。
そして、ダ・ヴィンチが次の一言を話そうと口を開きかけたとき、カチャリ、と事務所の扉が開く音がした。ミツルは驚いて振り返り、その姿を確認する。
「ほう。面白そうな話をしてるじゃないか」
立っていたのは着物の女だった。現代ではほとんど見かけない格好だが、スラリとした立ち姿はこれ以上ないほどその女性に似合っていた。白い肌はまるで人形のようでもあり、濡れたような艶やかな黒髪が美しく揺れる。
ただ、その女性が穏やかな印象を与えないのは、髪型と表情のためだろう。肩にも届かないくらいでバッサリと切られた髪型と、整った顔に浮かんでいる人を嘲るような表情は着物というのを差し置いても男勝りな印象を与えた。
「両儀......式」
両儀式、つまり両儀末那の母である。
ミツルは驚いた顔をすぐに引き締めて、必死に目を合わせまいと心掛けたが式の前では無駄であった。
「何をそんなに驚いてるんだ、まったく」
「ええと......なんのご用で?」
「お前に依頼した件がめんどくさいことになってると、娘に協力を求められたんだ。まったく、探偵なら自分の力でなんとかしてもらいたいよ」
「ええと.......努力はしているのですが、どうにも状況が芳しくない」
「分かっているさ。分かっているからオレが来たんだ」
「というと?」
そのとき、式の影からもう一つの影が姿を現した。
「隠れて私の噂をするなんてひどいわ」
「マナ」
そこに立っていたのは他の誰でもない、マナだった。式の後ろに隠れていたのだろう、そこからヒョコっと顔を出し、フワフワと安定しない足取りで歩いてくる。
「でも、そうね。私の能力は私もよく分かっていないの」
マナが自身の能力の話をすることは今までに一度もなかった。訊いても渋面を浮かべて、話を逸らすだけだった。
それを知っていたミツルはマナが自分から話を切り出したことに、驚きを隠せなかった。
状況的に手札を隠しておけるものではなかったが、ミツルは臆面もなく話すマナの顔を窺っては、感情を隠しているのではないかと訝しんだ。しかし、マナはミツルに見つめられていることに気付いたのか、可愛らしく首をかしげる。その様子からは悩みなどないように感じられる。
だとすれば、何か感情の変化があったのだろうとミツルは推測した。
「根源だよ。マナは根源に接続してるんだ。オレだってそうだ」
『式? 今なんて』
「何って、根源に接続してるんだって言ってるだろ。同じことは何度も訊くもんじゃない」
『じゃあ、それじゃ君は今までそれを隠していたのかい?』
「違うよ。正確には"オレ"じゃないんだ。"オレの体"は根源に接続してるけど、"オレ"という意識は根源を使うことができない」
それを聞いたダ・ヴィンチは膝を叩いた。
『なるほど。つまり、人間の反射反応みたいなもので、何かの拍子に使えることはあるけど、意識的にそれを引き起こすことはできないってことか』
ダ・ヴィンチの問いに対して式は頷くこともしなければ、否定することもしなかった。答えたくないというよりは分からない、という反応ではないかとミツルは考える。
そして、同時に話を先に進める催促をしているらしい。それに気付いたミツルは口を開く。
「じゃあ、マナはどうなんだ。マナは意識的に能力を操っていたように思えた」
ミツルが言うと、再びダ・ヴィンチが何かに気付いたように声を上げる。
『ああ、そういうことか。式とは対比的なんだ。いや、対比的というのは正確じゃない』
「何をいっている?」
『人間の意識は無意識の上に存在している。無意識によって決定されたことの内、意識として浮かび上がるものと、そうでないものがあるんだ。だから、仮に人間から意識を引っこ抜いたとして、無意識が勝手にさも一つの人格であるように振る舞うかもしれない。哲学的ゾンビってやつだね。
ああごめん、脱線した。
つまり、人間を"意識"と"無意識"の二つの要素に分解したとき、式は"無意識"しか根源に接続していなかったんだ。だけど、きっとマナくんは違う。そうだよね?』
ダ・ヴィンチはマナに視線を移す。
「ええ、そうよ」
『君の"体"は恐らく根源に繋がっている。そこまでは式と同じ。
でも、君には
「ええ、そうよ」
ミツルが話の飛躍に付いていけずに、首をかしげた。
「待て! 意識と無意識の区別がないとはどういうことだ?」
『だから、そのままよ。彼女はすべてを意識して行動をすることができる。すべての行動を自分の意思で統率することができるの。いや、もしかしたら意識が元々ないのかもしれない。全てが無意識で、意識があるように見えているだけなのかもしれない。でもそれは、頭ではなく肉体そのものに宿った人格と表現することもできる。
いずれにせよ、マナには意識と無意識の境界が消滅している。人間が持つべき境界を"空っぽ"にした、恐らく唯一の人類』
まるで「マナは人でない」と言っているようだとミツルは思った。
いや、そう言っていた。マナ本人だってそれを自覚していたはずなのだ。自覚していたから、ミツルがマナの能力に頼ろうとしたときに歪んだ表情を浮かべたのだ。
人間になりたかったに違いない。だって、それでは、余りにも普通から乖離し過ぎて、何でもできるが故に何をすべきかも見つからない。そんな万能は、一人の少女の心の片隅に大きな影を落としていたのだ。
ミツルはそれに気付けなかった自分を恥じた。
気付く機会があったのにも関わらず、積極的に傍観者たろうとして、他者に踏み込もうとしなかった自分を恥じた。
ミツルの顔には苦いものが浮かんでいる。
マナはそれを不思議そうに覗き込む。ミツルが感じている罪の意識などお構いなしに。そんなことを一切気にしていないと言うように。
マナは微笑んでいた。今、何故そんなにも穏やかでいることができるのか、ミツルには分からない。ただ、何かを乗り越えたのだということは理解できた。
「分かった? ミツルさん」
「ああ。分かった、分かったとも」
『そこでなんだけどね。マナ、君は何をすることができる? 根源接続者は言ってしまえば"全知全能"だ。あらゆる事象を知り、あらゆる事象に干渉できるハズだ』
「ダ・ヴィンチさん、わたしはそこまで万能じゃないの。魔術回路だって十分にありませんもの。お母様よりは自由に使いこなせるだろうけど、なんでもできるワケじゃないわ」
『一番肝心なことだけど、世界を元に戻すことは?』
「今はできませんわ。意識的に力を行使するというのは、思いの他時間が掛かります。今まで使ってこなかったから、というのもありますけど。
対して、Sの"Overlap control"の速度は無限よ。D社内で一度、術式の破壊を試みてみたけど出来ませんでした。あの術は、何者かによって切り崩され始めると、自らを複製することでその効力を永続的に発揮し続ける。自らを生み出す術式ね。だから、術式を破壊しないことには、世界線統合を元に戻すことはできません」
ダ・ヴィンチは顎に手を当てて、思考を巡らせ始める。
「あの術式の発動場所、つまり統一言語のプログラムが掛かれた場所を特定する必要があるということか。ダヴィンチ、何か分かったことはないか?」
『私を舐めてもらっては困る。それはもうとっくに特定しているよ』
「ほう、それはどこだ?」
『D社、つまりは魔神柱そのものだ。我々が勝利するためには、魔人柱を討伐する必要がある』
それを聞いたミツルは顔を顰めた。
魔神柱は圧倒的な力を持っている。それは、前回の戦闘で嫌という程味わった。サーヴァントでさえ倒すのに難儀するであろう、その強敵を前にして、この場には人間しかいない。マシュも48番目もいないというこの状況は分が悪すぎる。
『嫌そうな顔をするじゃないか。そうだ。今の我々に、魔神柱を倒す力は残されていない』
「じゃあどうすれば......人間だけでは無理だろう?」
ミツルが口にした至極当然の帰結に、可愛らしい反駁の声が上がった。
「そんなことないわ」
その声の主であるマナに、ミツルとダ・ヴィンチの視線が集中する。
『それはどういうことだい?』
「人間にだって意地があります。それに、この街には思ったより多くの異常者が住んでいるのよ?」
「まさか、幹也のやつ......」
「はい、お母様。私が家を出るときパパは車で出かけていきましたわ」
「はぁ。まったく......」
『ごめんよ。まったく話が見えないのだが』
その問いに対して、マナは薄っすらと笑みを浮かべるばかりで、何の返答しなかった。そして、「そろそろね」と小さく呟いて、部屋の入口に目を向ける。
薄暗い廊下から、コツン、コツンと音が響いた。それは足音などではなく、棒状の金属で壁を叩くかのような、独特の波長だった。
静まりかえった部屋の中にも、廊下から話し声が聞こえ始める。
「まったく兄さんったら。世界の危機なんて、今どきそんなネタ、B級映画でだって扱いはしないわよ」
「鮮花さん、そんなに怒りを露わにするものではないですよ。それに世界なんて、皆さんが思っているほど盤石なものではありませんし」
「あなたが言うと説得力あるわね、それ」
二人の女性は「世界の危機」なんて重々しい単語を口にしながらも、その会話は軽く弾んでいた。
深刻な状況の中、まるで何事もなかったかのような会話が廊下から響く。まるで世界の危機なんて嘘であるかのように。
日常の暖かさのようなものが、失われたように思われた人間の営みがそこにあった。
ミツルはそれを聞いて、少し胸が熱くなる。
扉が開いた。
そして、二人の女性が姿を現した。
大変遅れて申し訳ありません。ノベルゲームのシナリオ書いたり、その他で忙しかったりして遅くなりました。
ノベルゲームの方が難産でして、次も遅くなるかもです。