Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
部屋に入って来た女性は、どちらも髪が長かった。片方の女性は黒髪であり、もう片方は紫がかっていた。勢いよく扉が開かれたかと思うと、最初に黒髪の女性が現れ、その後ろから紫の女性が現れた。
「こんにちは」
黒髪の女性が言った。
「ええと、どちらさまで?」
ミツルの問いに応える前に、黒髪の女性は長い髪を右手で払った。
「あら、聞いていないのかしら?」
「こちらは黒桐鮮花さん。そして、こちらが浅上藤乃さんですわ、ミツルさん」
マナの解説によると黒髪の女性が黒桐鮮花、紫の女性が浅上藤乃らしい。浅上という名をミツルはどこかで聞いた事がある気がしたが、思い出せないので諦めた。浅上は盲目のようで、白杖を片手に持ち視点が定まっていない。それよりも。
「ええと、黒桐ってことは……」
「わたしのパパの妹ですね。つまり、わたしの叔母にあたります」
ミツルから深い溜息が零れる。
確かに、鮮花と呼ばれる女性はマナに似ていた。白いシャツにジーンズというラフな格好ではあったものの、長い黒髪に白い肌はマナにそっくりである。ただ、快活な目と膨らんだ胸は明らかにマナとは対照的だ。張りつめたシャツから蠱惑的な匂いを感じ、ミツルはそっと目を離そうとした。
「ミツルさん、いやらしいですわ」
「……いや、なんのことだ」
「男ってみんなこんなよね。まったく、嫌になっちゃうわ。でもマナ、嫉妬は良くないわ。式が母親だったことを後悔すべきね」
「なんでオレの話になるんだ」
「そうですね、鮮花さん。やっぱりわたしがパパと……」
「皆さん、どうか落ち着いてください。そんな話をしている場合ではありませんでしょう?」
収集が付かなくなっていた室内が、浅上藤乃の一言でしんと静まり返る。浅上藤乃には何かの力があるように見えた。マナが呼んだのだから何かしらの点で異常者なのだろうが、そういった物理的な能力とは別の人間に恐怖を与えるような雰囲気があった。滑らかな声のなのにも関わらず、そこに不安定なものを感じ取ってしまう。
「私、浅上藤乃と黒桐鮮花は魔神柱の討伐に協力するつもりでやって来たのです。状況は聞いています。これからどうなさるつもりなのですか?」
「まだ方針は決まっていない。だからその前に、だ。鮮花と藤乃といったね。君たちには何ができる?」
サーヴァントがいない現在の状況で魔神柱を打ち倒せる確立は極めて低い。その計算式を打ち壊せるだけの数値を期待するようにダ・ヴィンチは訊いた。普段、冷静なダ・ヴィンチが見せないような祈りが言葉の端から滲み出ている。
「私には魔眼があります。見ただけで対象を歪曲させるという"歪曲の魔眼"。魔人柱相手に効力があるのかは分かりませんが、お力添えはできるかと思いますわ」
魔眼。それは眼球が一種の魔術回路を形成しており、視界の内にいる対象に効力を発揮するもの。ミツルがかつて所持していた"未来視の魔眼"も魔眼であるが「未来視は外界から情報を得る」という点で目の本来の機能と同種の存在である。しかし、歪曲の魔眼は外界に対して出力することが可能な魔眼だ。それに魅了の魔眼など、人間の認識に影響させるものではなく、物理的に「曲げる」ことが可能である。だから、他の魔眼よりも凶悪だ。相手の意思を変えるのではなく、意思などお構いなしに捻じって殺す。
その恐ろしさにミツルは慄いた。
式が持つ"直死の魔眼"もそうだが、浅上藤乃は世界を簡単に壊せてしまう。だから藤乃が持つ不安定な恐ろしさは、その世界の不安定性そのものなのではないか。そんな風にミツルは考える。
『歪曲の魔眼ときたか』
「はい。橋をまるごと壊したことだってありますわ」
『それは、戦力として申し分ない。前線に立つことになるかも知れないが大丈夫かい?』
「はい。視界はなんとかできますし、問題はないと考えます」
『じゃあ、よろしく頼むよ』
藤乃の説明を終え、周囲の人間の視線は鮮花に注がれる。
「え、ちょっと待った。期待されても困るけど、私に能力はないわよ。少し、発火魔術が使える程度」
『そうか。だが魔術のことを知っている人物、というだけで力にはなる』
藤乃に先に言わせたのはマズかったわね、とぼやきつつ鮮花はダ・ヴィンチに向き直る。
「そうね。私のポジションは指揮官ということで手を打ってあげるわ」
『ああ、今回の作戦では一点突破は狙えないだろう。巨大な敵を相手に戦力を分散させる必要があるはずだ。だから指示系統は二つ用意した方がいい』
以外なことに、ダ・ヴィンチは肯定的な返答を返す。
「それなら良かったわ」
どうやらダ・ヴィンチの中では、上手く編成が組み上がっているようである。指揮官など、具体的な役職が言えるというのだから、間違いではないはずだ。しかし、ミツルは引っかかりを感じた。
「だが、戦力を分散させてしまっていいのか? それでは、魔人柱の物量に負けてしまうのでは」
『現状、前線に立てる者は式と藤乃しかいない。同じ地点に両名を投入したら、魔人柱としては物量で押すだけでなんとかなってしまうだろう? だから、なるべく分散させなきゃいけない。例え片方が倒れたとしても、まだ可能性が消えないように』
「ちょっと待て! 片方が倒れたとしてもって……!』
「当然だろう? 無傷のまま結果を手に入れようなどと思ってはいけない。結果には代償が必要だ。世界線は統合されたが管理まではされていない。管理されていないのだから、誰かを切り捨てる可能性は存在する。Sを否定したということはそういうことだ」
分かっていた。未来には敗北しか待ってない。その中で見えない希望を手にすることが出来るのなら、少し犠牲はやむを得ない。むしろ少しの犠牲で済むだけ幸福に思うべきなのだ。全てを救おうなどと、誤りでしかない。
ミツルは手元にあったコーヒーカップを手に取った。中にはブラックコーヒーが、ほんの数滴しか入っていなかったが、それを持ち上げて口に運ぶ。飲めた気はしなかったが、コーヒーはドロリと粘質な感じがした。唾液と一緒に無理矢理喉を通して、体に入れる。
「先輩!」
突然、廊下から大きな声が響いた。その声は紛れもなく、マシュ・キリエライトのものだ。緊迫した声に室内の会話は途切れ、硬直する。どうすべきか分からないというように、何のアクションも起こさずに固まっている。
「先輩! どうか安静にしてください!」
第一声時点では、48番目の容態が悪化したのかもしれないとも考えられたが、違うようだ。藤丸が無理をしているだけなのだろう。
誰の目も、その開けっ放しになった扉にくぎ付けになる。苦しそうな呼吸音、今にも倒れていしまいそうな歩行音。壁に体を預け、鉛のような体を引きずりながらやって来る。体中が痛むのだろう、もはや歩いている感覚すらないのかも知れない。そんな想像が容易にできてしまう。そして、その想像が外れていないという確信もミツルにはある。
「先輩!」
扉から一人の48番目の、苦しみに歪んだ顔が姿を見せた。扉の淵に体を預け、辛さゆえに腰が折れ曲がり、前屈みにになっている。そして次の一歩を踏み出した途端、部屋に辿り着けたことで気が抜けたのか、バランスを崩して、地面に倒れた。
「先輩!」
「ああ、ごめん」
その後からやって来たマシュが肩を貸し、48番目を立ち上げる。
『48番目、君は安静にしなければならない』
「いや……」
『安静にするんだ。今の君にできることはない』
「英霊召喚ならできる。一騎のサーヴァントを維持するくらいだったら……。俺にも協力させてくれませんか」
マシュの顔がみるみる崩れていく。藤丸の力になれない自分を嫌悪しているのだろう。そして、これから更なる苦渋を自身に課そうとしているのを見ているのが辛いようだ。
だが、48番目にはマシュに目をやる余裕などない。必死にダ・ヴィンチのホログラムに向かって、訴えている。
『分かっているのかい? まず、君は消えてはならない。君の意味消失した場合、君が居なかったことになり、ゲーティアの人理焼却が成功した事実が残るだろう』
すぐに返答しようとしたが、藤丸は声を出せなかった。呼吸が乱れ、全身が引き裂かれるような痛みを押し殺し、そしてからようやく「はい」と答える。
『そして仮説だが、英霊召喚は君の意味消失を早めるかもしれない。そうでなくとも、今以上の痛みに晒されることになる。そして、召喚した英霊は維持し続けなければならない。作戦に支障がでるからね。分かるかい?』
「はい……」
一つ一つ確かめるようなダヴィンチの質問に、48番目は必死に声を出して答える。声を出すだけで、死にそうなのにどうやって戦うのか皆目見当もつかない。しかし、48番目が痛みに負けることはないのではないか、という直感も頭の片隅にある。それは太い木の幹のような48番目の心の在り方に無意識的に信頼を寄せているからなのだと、ミツルは考える。
「先輩……ダメです。安静にしてください。お願いですから……」
48番目はまるで聞こえていないかのように、マシュのことを無視した。
「自分が痛もうが、どうなろうが構わない。俺が死んでしまう未来しかないのかもしれない。それでも、俺は生きるし、ただ、みんなを守りたい。それだけなんだ」
ミツルは48番目の言葉を聞き逃さなかった。みんなを守りたい、と48番目は言った。ミツルがさっき捨てそうになったものを、平然と口にした。
そうだ。世界は不条理で、そのために皆努力しているんだ。きっと、失う覚悟は必要だ。その可能性を直視しなければならない。
だけど。ああ、そうか。別に諦める必要はなかったのだ。
ミツルは48番目を見て思った。
目指すことを、信じることをやめる必要なんてない。可能性とはそういうものなのだ。良いものでも悪いものでもない。ただそこにあるだけ。
無くなったところで、そこまで影響はないのだろう。なかったらなかったで、きっと同じように世界は回り続けるだろう。
それでも可能性がある限り、願うことができる。祈ることが出来る。どんな状況の中でも、希望があれば生きていける。
それはきっと素晴らしいことだから。信じてみてもいいのかも知れない。そう、ミツルは思った。
「だから……、お願いします。俺は、やらなきゃいけない」
誰も、何も言えなかった。
ダ・ヴィンチがおもむろに眼鏡を取り出して掛けた。答えのない問題に対して、一端の冷静さを取り戻そうとしているようだった。
ミツルは48番目を戦闘に参加させるのは反対だ。余りにも救いがない。48番目の苦い顔を見ているだけで、どれほどの痛みを感じているのかは想像できる。そんな風にただ苦しむだけ苦しんで、その先に元の48番目に戻れるかは分からない。
それに48番目強力な力となり得るが、作戦上の不安定要素が増えるのだ。もしもサーヴァントを維持できなくなったら、その時点で作戦は瓦解する。
しかし、本人もそれは分かっているハズだ。我を失っているように見えて、48番目は違う。心に従っているだけなのだ。太い幹のようなどんな衝撃を加えても折れないであろう、その心が48番目の動力源である。
48番目の姿を傍から見ると、それはただ足掻いているだけだろう。這いつくばって、どうにか目的を達成しようとする乞食みたいにも見えるかもしれない。今だって、肩で息をして、マシュの協力がなければ立ってすらいられないはずだ。
でも、その姿はどうしてか分からないけれど、美しいものに思えるのだ。
「オレはいいと思うぜ」
ぶっきらぼうな声で、まるで自分は興味がないとでも言いたげに、式が賛同の声を上げた。
「ちょっ!? 式! 何でよ!」
「やりたいって言うんだから、やらせればいいだろ」
「私も賛成です。いいですわよね、ミツルさん?」
意外なことにマナが手を挙げて、48番目を戦闘に参加させる側についた。今までならば在り得なかっただろう。頼りになるかどうかあやしいものを、人類の存亡をかけた戦いの中に入れる筈がない。
しかし、今回は迷いなく48番目に協力する意思を示している。
ミツルは目を伏せて、どうでもいいような態度を装いながら「ああ、賛同するさ」と声を上げる。
『まったく、仕方ないな。結局こうなるのか。もう一度確認しておくけど、いいんだね?』
「はい。何があっても大丈夫です」
48番目は顔は辛そうな顔を上げてダ・ヴィンチを見る。その真っすぐな視線で流石のダ・ヴィンチも諦めたのだろう、溜息を漏らす。その溜息が了承の意味を持つのは誰の目にも明らかだった。
「先輩……」
マシュは納得できないように呟いた。その声は48番目に聞こえてない。聞く余裕ももうない。
「うっ……!」
と48番目は痛みを訴える。
「戻りましょう、先輩」
そんなことしか言えないマシュは、眉を顰めている。できる限り力になりたいと思ったのか、48番目を支える腕に力が込められた。48番目とマシュは歩き、部屋から出ていく。部屋に戻ったとしても休みになるとは限らない。
それでも今後待ち受けている試練を考えたら、ミツルは48番目に休息が与えられることを祈るしかない。祈ることしかできない。
大変お待たせいたしました。そろそろ最終決戦になります。
これから2週間に1回くらいのペースで更新出来たらな、と思います。
今後とも応援していただけたら嬉しいです。