Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
魔神柱は限りなく巨大化していた。ビルに擬態していたその体は、さらに膨張し今や全長50mにも達している。
気が狂ったわけではない。力が暴走しているわけでもない。それは人間のような生物が犯す過ちであり、魔人柱にとっては無縁のものだ。
だが、人間は畏怖するだろう。じきに、人間たちが作り上げた防衛システムが姿を見せるはずだ。日本が保有するのは自衛隊だったか。しかし、魔神柱にとってそれはどうでもよかった。
核ミサイルでも持ち出されない限りはそれに対処するだけの力を持っていると自負していた。そして、仮に核が撃ち込まれるようなことがあったのなら、その時は48番目だってただでは済まない。そして、48番目の存在が消滅したならば、魔神王ゲーティアを策略を阻む者は
こうして巨大化しているのも48番目をおびき寄せるためである。破壊されていく都市を見て彼が動き出さないはずがない。そして、ゲーティアの計画を取り戻す。
しかし、巨大化の一番の理由はこの都市を破壊するためだった。
魔神柱はタコの足のようでありながらも、固い表面や形からはタケノコを思わせるような複数の触手で形成されている。しかし、タコの足と決定的に異なる点があるとするならば、付いているのが吸盤ではなく"目"であるという点だ。いくつもの眼球は周囲を警戒するようにぎょろりと動き回り、死角なく状況を把握する。
辺りは倒れたビルの残骸だらけだった。あちこちで火が吹き上がり、戦時中のようでもある。
魔神柱はその目から魔力を放出して、また一つビルを薙ぎ払った。
快感などない。
しかし、人間に示す必要があった。永遠というものの素晴らしさを。
魔神柱は少しずつ前進する。手当たり次第に建造物を破壊して、都市をじっくりと切り崩していく。
都市は環境を固定するための装置だ。襲い来る自然の脅威に対抗するために打ち立てた防波堤。
だから、都市の中には
都市は変化を嫌う。どんな現象も予想され得る必要があり、それを逸脱した自然による現象はしばしば"災害"と呼ばれる。
逆に言うなれば、災害が起きなければ人間は一種の永遠を生きている。都市の中では、同じように一日にが繰り返される。昨日と今日に大きな変化があるだろうか。意識せずとも生きていけるのではないだろうか。
そんな繰り返しは一種の永遠だ。
「だから、私が災害となろう」
魔神柱は呟く。どこに発声器官があるのかすら知れたものではない。
数多ある目から圧倒的な魔力の奔流が流れ出て、都市を破壊していく。およそ地上に抗えるものなどない。その奔流は魔術回路のない者であっても、重圧を感じるほどだ。
「失って初めて気づくのだ。人は災害を前にして、永遠を渇望するだろう」
今度のは呟きなどでは収まらなかった。民衆に扇動する政治家のように、高らかに宣言した。
魔神の近くに女性が倒れていた。足が瓦礫の下敷きとなっているようで、動けない。地面に血だまりが広がっている。
恐怖に女性の目が大きく見開かれていた。巨大な生命体を前にして、体が固まらないはずがない。思考能力は低下して、ただ逃げ延びることのみに専念するが、瓦礫によって身動きはとれない。
女性は涙を流し始めた。
「そうだ。生存を望め。死を恐れよ」
女性は瓦礫の下で、紙のように薄く引き伸ばされた足をちぎり取ろうとする。力を入れて、引き抜こうとする。
「そうだ、それでいい」
魔神柱の体についた目が見開かれる。魔力を放つ予備動作に他ならない。
そして、女性の体に向かって光線が撃とうとした。
その瞬間に、触手の一つの先端が小さく
「ようやく現れたか」
女性から意識を離し、数多の目を動かす。しかし、そこに敵の姿はない。
「遠隔地からの対象を万力のようにねじる。なるほど"歪曲の魔眼"というわけか。それもここまで強力とは」
魔眼は魔術を行使する上で、圧倒的な効率性を持っている。何せ見るだけでいいのだから。自己暗示めいた詠唱も、何の下準備も必要ない。
しかし、その唯一の条件である"見る"という行為を実行するためには身を晒さなければならない。相手が見ることができるということは、魔神柱にだって見ることができるということに他ならない。そして、魔神柱に死角はない。
だから、魔眼は対魔神柱戦においてそこまでの有効打にはならない。
「愚かな」
体中の目が獲物を捕らえようと不規則に動き回る。敵の姿は見えない。
建物の影に隠れているのだろう。それならばそれでもいい。次の攻撃だ。次にその魔眼を使用すれば、場所を特定できる。所詮、人間など魔神柱にとっては、人間にとっての蟻と大差ない。意図せぬ内に踏みつけて殺してしまうくらいの、哀れな生き物。
そういえばさっきの女性はどうなったかと一つの目を向けてみると、動く際にぶつかってしまったのであろう、コンクリートに付着した赤いシミになっていた。おおよそ人の形をしていたと分かるものは残っていなかった。
そんな風に考えている内に、また触手がねじれた。
そして立て続けに、二度、三度と曲がり、そしてついに黒い血液がにじみ出る。にも、関わらず敵の姿はなかった。
「何処にいる!」
おかしい。死角などない。それなのに、相手は魔神柱に悟られぬように、その姿を見ている。
遠方にいる? それとも、地下にいる?
魔神柱の視力は人間のそれとは比較にならず、例え地平線の先にある山の木であろうとその一本一本を把握できるだろう。だから、地面の僅かな亀裂の中であろうと、窓の僅かな隙間であろうと、敵が見ている以上、魔神柱に見えないはずがない。
攻撃を受けている触手は再生しているが、完治する前にまたねじれる。
「魔神柱が大きなミスを犯した。
両儀式が言っていた。ミツルのビルの一室で、黒桐鮮花は思い出す。
魔神柱は本来ソロモン王によって召喚された「魔神」であった。高次の情報生命体であり、人間を凌駕した存在であった。それが、ゲーティアの計画を遂行するにあたって体を必要とした魔神柱は、受肉して
肉体を手に入れるということは、外部の情報把握において一定の型が形成されることに他ならない。例えば、視覚であるならば光を用いて外部の空間を認識する。「空間」という情報を一度「光」に置き換える。その処理は極めて無駄であり、人間的だ。
完全に空間を把握しようと思ったのなら、脳内に現実を模倣した疑似空間を発生させれば良い。しかし、魔人柱はそれを選択しなかった。
本来「神」であったはずの存在は受肉したことで人間的な制約を受けることになった。そこに、付け入る隙が生まれる。
魔人柱の可視光の周波数帯がどうなっているのかは分からなかった。しかし、モニタ越しにねじ切られていく魔神柱の様子を見る限り、人を同じくらいの周波数帯であると考えていいだろう。ならば、"透視"することが可能な浅上藤乃の方が一枚上手だ。視力を失ったはずの浅上藤乃はその能力を使用するときのみ、何故か視力を回復させ、透視することすら可能だった。
そして、次に敵が見えないと知った魔神柱は何をするか。それももう答えがある。
「藤乃、攻撃をやめなさい。一端、引いて。そろそろ無差別にビームを打ち出す頃合いよ」
人と魔神柱の決定的な差は"火力"である。街を一つ焼け野原にすることなんて容易だろう。だったら、その火力でもって見えない相手を消し去ろうとするハズだ。彼はそう言っていた。
『分かりました。ですが、もう少しやらせていただけませんか』
「何言ってるの! だめよ!」
『できることはなるべく、やっておきたいんです。後悔しないように』
「ダメ! そんなの私が許さない。次があるんだから、早く撤退しなさい!」
通信機に叫ぶと浅上藤乃はしぶしぶ撤退を始めたようだった。それでいい。藤乃にはまだすべきことがある。
鮮花が画面を眺めていると、予想通り、魔神柱はビームの乱射を始める。街が燃え上がり、火の海の真ん中に佇む魔神柱は黒い影になって見えた。まさしく神であった。救いの神などではなく、破壊神。
「まるで世界の終末ね」
鮮花は呟く。
しかし、こうなることも想定内だった。胸の前で右手を強く握る。
黒桐鮮花が担うのは指揮官であり、それは傍観者でもある。全てを俯瞰して見ていながら、自身では手を出すことができないもどかしさ。それ以前に手を出す力すらないという現実。
この地獄を見るたびにその無力感は湧き上がったが、それを直視することでしか前に進むことはできない。できる限りのことをするしかないのだ。
「だから、任せたわよ」
藤乃ではなく、無線のチャンネルを切り替えた上で別の人物に言った。
再び、魔神柱のおぞましい目が黒い輝きに包まれ、辺り一帯を火の海に変える。荒野をさらに荒野へと変貌させていく。ごうごうと煙が舞い上がり、その煙には炎の赤色が薄く染み込んでいる。
魔神柱を中心に半径400mが無に帰っていく。人が次々に息絶え、立っているものなどいない。藤乃の無線機が生きているため、どうやら予定通りの地下通路に逃げ込んだらしいが、それ以外の一般人が生きているはずがない。
遠くからドローンのカメラがその荒野を捉える。魔神柱は藤乃を必死になって探していたようだが、攻撃が止んだことから、もう死亡したとみなしたのだろう、再び前進を始めた。
ドローンはそれに応じて、ゆっくりと後退を始める。魔神柱とは一定の距離を保っている必要があった。恐らく魔神柱は気付いているのだろうが、近づきすぎなければ無視するだろう。
ドローンがゆっくりと魔神柱の進路から離れていく。移動することで見える風景が変化していく。
そのとき、ある人影を見つけた。魔神柱の進む先、その煙の中に小さな人影があった。死の匂いの立ち込める地獄の中に、
一陣の風が吹いて、煙が形を変えた。隠されていた姿が露わになり、その人物はゆっくりと前進を始める。魔神柱に向かって。こんな殺風景の中で、まったくの無傷であることがおかしかった。
「こら! 返事くらいしなさいよ! 式」
画面の向こうでその人物、式はナイフの切れ味を確かめるように空気を切り裂く。
『りょーかい』
気の籠らない返答だった。
鮮花は式に気を取られていたが、いつの間にか魔神柱が侵攻を止めていたことに気付いた。どうやら式の存在に気付いたらしい。
『お前は何者だ? サーヴァントではないだろう? どうして生きている?』
ドローンのマイクを通して鮮花は魔神柱の問いを聞いた。
式はフッと笑った。その笑みは問いに答えるつもりがないと言っていた。
魔神柱は対話が成立しないと分かるやいなや、ビームを一斉に発射する。一人の人間を殺すのに余りあるどころか、数千の命を奪えるだけの熱量を持っていた。
人を殺すならば、一つの光線で事足りるはずだ。それでも、これだけの熱量を用意したのは魔神柱自身ですら気付いていない畏怖があるからだった。藤乃であれ、式であれ、魔神柱の知っている人間とはかけ離れた存在だ。だから、万全を期して確実に死をもたらすことで、安心を覚えようとしたのだ。
しかし、式は逃げることも怯えることもなかった。圧倒的な熱量を持った奔流を前に、式はその小さなナイフを前に掲げる。
それを見て、魔神柱は笑い声をあげた。それで何ができるのかと馬鹿にするようであった。しかし、それとは裏腹に、恐怖が魔神柱の中で大きくなるのを感じた。
そして光線が迫り、式はナイフを軽く振るう。なんてことはない、素振りのような動作。しかし、たったそれだけで、ビームはたちどころに
『なに!?』
魔神柱は全ての目を見開いて驚いた。驚きを隠せなかった。
『お前、神様なんだってな』
両儀式は魔神柱の反応には無関心だった。魔神柱は魔神であるものの、神であることに変わりはない。
『神様ってのは、みんなもっと無気力なヤツだと思ってた』
『何が言いたい?』
『お前、生きているだろ。その驚きも、その笑い声も、生きているから生まれるものだ』
『だから、何が言いたいのだと……』
魔神柱は恐れを感じて、その先を続けられなかった。そのとき、式は笑っていた。まるでこれからの戦いを楽しみにしているような恐ろしい笑みだった。
鮮花でさえ驚いた。これではどちらが優位に立っているのか分からない。
『生きているってことは、終わりがあるってことだ。だから……』
式はそこで言葉を区切った。
魔神柱はこの都市の永遠を終わらせることで、人間自らが永遠を望むように仕向けている予定だった。しかし、何てことはない、恐らくすぐに殺せるであろう人間にこれだけの恐怖を覚えている。いつの間にか、早くこの時間が終わればいいと望んでいる。
『生きているのなら、神様だって殺して見せる』
式は高らかに宣言した。
魔神柱の体を冷たいものが駆け抜けた。咄嗟の防衛反応で、無意識にビームを掃射した。