Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
式は今まではビームを躱さず、消すことに注力していた。これは爆風による殺すことのできない二次攻撃を防ぐためだったが、日本刀を持ってからというもの、回避行動が増えた。
エミヤという仲間が増えたから、という側面もあるだろうが一番の要因は根本的に二次攻撃がほとんど意味を成さなくなったためである。どういう肉体構造をしているのか、ナイフの使用時よりも移動速度が格段に上がっていた。ビームを放っても、次の瞬間には5メートル飛んで射線の外に逃れている。
サーヴァント並みの身体能力と言っても過言ではない。さらに魔術を殺せるため相性を考えるならば、こと魔神柱戦においてはサーヴァントを超えた活躍ができる。
事実、魔神柱が意識しているのはエミヤよりも式である。エミヤから剣や矢が飛んでくるが、それが魔術であっても物理攻撃であっても、式が連れてくる"死"ほど強力ではない。宝具には対城、対軍など得意分野を持つが、式の直死の魔眼は万物に対する死神であり、すべてのものに絶対的終わりを告げる。
魔神柱はエミヤに向かって、また式に向かって全力を持ってビームを放つが当然の如く回避される。余りにも的中しないものだから、もはや詰将棋の要領である。エミヤはともかく式ならば、一発当てれば倒せる。だからその一発が的中する環境をどうやって作り出すのか。
魔神柱と同じように、式とエミヤにも決め手がないのは同じであるようだった。
式の周囲を取り囲むようにビームを撃つ。式は既に放たれる前には射線から逃れ、魔神柱の側面に回り込もうと駆ける。それを封じるように、掃射。数発を殺し、退路を確保する。
しかし、ビームの一つは式の奥に場違いに建っていた一本のビルにぶつかり、そのビルが倒れる。ビルは式の逃げ道を防ぐようだったが、逆にビルに飛び乗ってその上を魔神柱に向かって駆ける。それを見て、ビルごと爆破しようと魔術行使するも、その前に既に空中に飛んでいる。その勢いのまま、魔神柱に切りかかるものの、それをすべての眼を使って見て、ビームを放つ用意を始める。すると、どこからともなく矢が飛んできて爆発し、魔神柱の体勢が崩れる。爆発の茶色い残滓の中に姿を隠し、エミヤが投げた刀を踏み台にすることでベクトルを変える。そして、切りかかる。仕方なく魔術によるシールドを形成し、結局シールドの一枚を剥いだくらいで、攻防は終わる。
「なんだ、お前たちは」
「どうしたのかね、魔神柱。何かあったのかな?」
エミヤはそこまで攻撃の的にならない分いつも以上に悠然としていた。
「どうして間違わない? 人間だろう。それなのに、どうして常に最善手を打つことができる」
さっきからずっと、そうだ。式とエミヤは間違わない。反射的に行動したならば、必ず間違えるであろう魔神柱の攻撃が何故か届かない。的確に道を選んで、最後の一発から遠のいていく。
「はて、何のことか。それに、私はサーヴァントだが」
「サーヴァントも人間も変わらない。何がある。お前たちに」
今度は式が口を挟む。
「さあな。お前に原因があるんじゃないか? たかが人間を仕留められない原因が」
ニヤリとした唇の動きを見るに、本気で魔神柱に原因があるとは思っていない。からかっているのだ。どうして"神"なんて仰々しい名が付いているのに、どうして人間ごときを殺せないのか、と。
いつの間にか、魔力が減っていた。だから、魔力を補充するためにも、霊脈に戻らなくてはならない。
「いや、そんなハズはないのだ。私は人間を凌駕している」
「そうだろうさ。私じゃ君には敵わない」
「何故だ。手応えがない。まるで、未来を始めから知っているようではないか」
そうだ。彼等は知っているのだ。少なくとも、魔神柱の意図を始めから知っている。
人間が無謀に戦いを挑んできたのではない。これは本気で勝つつもりなのだ。そう考えるとおかしい気がしてきた。人間が魔神に勝つなどと、在り得ない。
「さあ。でも、未来ってのはないんだ。だから、未来を完全に形作るなんて無理だ。それに、形があったら壊るだろう?」
「形がないから、過ちを犯すのだ。だから、私は言っている。形のある世界にしてやると。それが、永遠だ」
言いながら魔神柱は考える。未来を予測するために何が必要なのか。統一言語による演算を用いているようには見えない。エミヤか式に未来視の能力があるようには見えない。式の直感で、このレベルの未来視の代用をしているとも思えない。
「永遠、か。誰もが望むけれど、誰もが望まないものだ。そんなモノがあったって何の役にも立たない。終わりも悲劇だけど、終わりがないってのも悲劇なんだ」
「それはお前が人間だから言えることだ。我々の目的は世界を作り直すこと。そこに人類はいらない。誕生するであろう新たな生命は、新たな意味を持って生きる。お前たちの価値観など、知ったことか」
「それもそうだ。だったら、人は抵抗するしかない。そんなの、宇宙人から戦線布告されるのと大差ないんだ。だって、人は人として威厳を守るしかないだろう? これは価値と価値のぶつかりなんかじゃなくて、初めから人間の存在を掛けた戦いなんだ」
「そうか」
「でもそれは歪んでるよ、お前。だって、お前はどうして永遠を望んだ?」
「何が言いたい」
「お前が永遠を望んだのは、
「違う。人間が醜くて仕方ない。だが……終わりが来ることが憎い」
「言ってろ」
会話に意識を削がれた。魔神柱は再び集中する。
式もしくはエミヤは外部からの情報を受けているハズだ。そう考えてみて、通信する手段を考える。相手がカルデアであるならば、礼装に頼ったものだろう。携帯電話など現代的なモノを使っていない。しかし、ダ・ヴィンチのせいか、カルデアの礼装はほとんど現代科学と同じような形状を得てきているから、探すならば区別の必要はないだろう。
耳の中に通信機はない。ならば、服の中か、しかし、魔術の反応はない。
魔神柱はしらみつぶしに、通信機の場所を探す。
ミツルはモニタで中継されている映像を見ていた。魔神柱を相手に式とエミヤの二人が戦っている。
日本刀を持ってからの式の動きは異常だった。普段から常軌を逸した身体能力を見せるが、日本刀を持ってからというものまるで別の人格が体の中に入ったみたいに雰囲気がガラリと変化した。一つ一つの動作が解像度の低いモニタに追いついていない。フレームがまるごとなくなったかのような錯覚を感じると、式はいつの間にか別の地点にいて魔神柱に切りかかる。今までナイフを使って手を抜いていたのではないかとさえ感じられた。
しかし、それは感覚であっていつも式は全力だったと頭では理解している。精神的スイッチの切り替えを日本刀を手にする、という行為で行ったに過ぎない。
式が日本刀を持つことによる変化を予想してはいなかったが、戦闘はある程度ミツルの予想通りに進んでいた。
そして予想通り、式たちと魔神柱は会話を始めたため、ミツルは掛けていた眼鏡を眉の上まで持ち上げて、目頭を揉む。
「しかし、これは疲れる」
「何を言ってるの、ミツルさん。眼鏡がなかったらミツルさんなんて、その辺をうろつく男たちと変わらないわ」
マナは暗い部屋の中で椅子に座りながら、床から離した足をゆらゆらと揺らしている。照明がないため、モニタの光だけがマナの白い肌を照らしていた。
「はあ。私は別に異常者になりたいのではない」
「でも、未来を予測できるのなんてミツルさんくらいよ?」
「いや、これは以前のもととは違う。私の右目は殺されたんだ。だから、これは真似事だ」
ミツルはもう一度眼鏡を掛ける。
「左目は使えるのでしょう?」
「それはそうだ。でも今の私には未来が視えているワケじゃない。そうだな、未来を描いている、というのに近い。未来を描くことは誰にだってできる。私だってそれから逸脱した行為をしているワケじゃない」
自分で言って、的を射ていると思った。未来視がなくたって、人は未来を思いながら生きていくしかない。これは力を失って初めて理解した。
かつてミツルの未来視は式に殺された。それから、ミツルの未来はあやふやなものになった。普通の人間が送っているのであろう不便な生活の中に投げ込まれた。
失った物が多かった分、新しく生まれた物も多かった。未来が視えなくなったから、より未来を見つめなくてはならなくなった。それが人間の営みの動力源で、そこに生きるための活力が生まれるのだと知った。あやふやであることが、確定された事実よりも膨大な広がりを持っていた。
人間は"
力を失ってしばらくして、それに気付いた。そして、更なる連想をした。
有を見出す、それはかつて右目が担っていた能力と同じではないのか。
左目はまだ残っていた。視た未来を実現させるための過程を視る左目。
だから、人間が本来持つ機能と、左目を合わせることでミツルは未来視を少しだけ取り戻した。それはかつての未来視よりも形などなく、人間の想像力を少しだけ延長したような代物であった。しかし満足していた。それはお守りのようなものだった。だから、必要なときにしか使わなかった。それに、使うことで再び未来に囚われることを恐れてもいた。
ミツルは目を閉じてゆっくり息を吐いた。そして、もう一度瞼をひらき、レンズ越しに画面を見る。
眼鏡を掛ける行為は式が日本刀を持つように、自己暗示だった。少しばかりの訓練を要したが、すぐにゾーンに入ることができるようになった。
「ミツルさんは何の為に戦うの? ほとんど人間と変わらないのだもの。逃げ出した方が無難よ」
「人類の為、以外にどういった回答があるのかな」
「人類なんて、そんな大きなモノにリアリティを感じられるほど、ミツルさんはできた人間ではないと思うわ」
ミツルは確かにそうだ、と唸るがすぐに解答を見つける。
「いや、人類の為、でいい。全てが永遠に続く世界なんて、意味がない。そこではおそらく過去も現在も未来もない。私たち人間は、過去か現在か未来の為に生きている」
「そうね。でも、それってミツルさん自身の為の意味ではないかしら」
「どちらでも、同じことだ」
画面の向こうで戦闘が再開されたのをミツルは見た。今のところ予想した通りに事態は進行している。
「結末はまだ変わらない?」
マナが神妙な顔つきで尋ねた。結末とは当然、魔神柱と人間の戦いの結末だ。
ミツルの現状の未来視では大まかな流れは予想できたものの、具体的な事象を予測することはできなかった。だからこうして画面を見て、式に礼装を通じて通信をし、相手の行動予測を伝達している。
礼装の通信機は最新型で、耳に取り付けるタイプのものではない。奥歯に嵌めることで顎の骨を通じて音を伝える、骨伝導式である。つまり魔神柱に発見されることはまずない。
発見されることがあるとするなら、それはもっと他にある。
突然、画面が白い光に包まれて暗転した。
発見されることがあるのだとすれば、ドローンである。ミツルに戦況を報告するための。
そして
「結末は変わらないさ」
気付いたときにはミツルは席を立ち、握りこぶしで画面を叩いていた。モニタにヒビが入ったが、内部までは故障していないようだった。
「ああ。私たちの敗北はまだ、崩れない」