Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
誰しもが物語である。物語でない人間などいないのだ。
三国時代の諸葛亮孔明とか、ブリテンの円卓の騎士であるアーサー王とか、神話に出てくる石化の魔眼を持つメドゥーサだとか。そんな英霊達の物語は変質を重ねながらも未だに語り継がれている。輝かしい栄光、震えるほどの憎愛、人の理解を超えた陰謀。様々な英雄の様々な物語があり、それは人の間を伝染病のように駆けまわる。口から発せられた声となって、はたまた文字となって、世間を物語は伝播する。
リアルの中に物語などない。あるのは純然たる事象のみだ。我々が生きる現実は、生成と同時に消滅するのであって、そんな刹那的なフレームの連続として物事を把握している。常に消滅している現実に物語は発生しない。
物語はフレームの連続の中にある。球体が落下して地面に接触する。その「落下」という運動を見出すのは人間であり、運動が起これば原因を探す。重力が働いたのだな、といった具合に。
それだけで物語になる。落下という運動、そして重力が働いたという想像。そうやって物事は頭の中に記述されていく。
人間それぞれが、物事を記述する言葉が物語になる。その景色に、どんな匂いを感じたのか。どんな色を感じたのか。どんな感触がしたのか。人間は事象を物語として把握している。
「わたし」という物語。人が生きている、という物語は何処にでも存在する。物語は決して英雄の特権などではなく、誰の中にも存在する。
だから、彼等のその叫びは当然だ。彼等は物語を奪われた。よって、叫ぶしかない。
「俺」は死んでいない。「俺」はここにいる。「俺」は「俺」だ。
だから――返せ。
不規則な打撃音が物寂しく荒野に木霊する。その音は燃え盛る炎の間をかいくぐって、遠く遠くに運ばれていく。幾度も48番目の拳が魔神柱と激しく接触を繰り返すものの、魔神柱に目立った傷がつくことはない。ただ、殴りつける側の拳が固い表皮に撃ち負けて、恐ろしい速度で摩耗していく。それでも、48番目が止まることはなかった。
魔神柱にとって、それは理解し難い行為だった。無意味どころか自虐であり、もう手の骨は粉々に違いないのだ。ひたすらに無意味だった。その無意味なところが人間らしい部分でもあった。
少し動いて接触するだけで48番目は消滅するだろう。ひ弱な人間がさらに弱っているのに、その自らの足で死の淵にやってきたのだから、笑う他にない。度々、その体は激しい動悸に襲われて地に膝を着く。しかし、おさまらない内に立ち上がって、機械のように拳を振るう。
「……返せ。可能性を、返せよ」
彼が望むのは世界を元に戻すことと、統合された数多の「48番目」それぞれが自分自身を取り戻すこと。
早々に終わらせることは容易だった。一瞬で屠ることは、造作もない。だが、どうしても今すぐに殺そうとは思えなかった。瀕死の蟻にとどめを刺さずに最期を見届けようといった、子供が持つような一種の好奇心があったためである。その引きずる足で何処に辿り着くのか。そんなことを知りたくなってしまった。
「可能性などいらぬ。そんなものがあるから、悲劇が起こるのだ。人が死に、世界には悲しみが常にこびりつく。だからSは管理すると言っていたのだ。我は裏切ったが、その決断は人間として合理的だ」
「……違う」
「何故だ。何故そう迷いなく答えられる。お前は何を視ている」
「悲劇だって……何だっていい。どんな未来だっていいんだ」
そう言いながら、48番目は殴る。
「自分で選ぶんだ。自分の決めた未来の責任は自分で取る。俺の生きる物語は俺が決めるんだ。誰にも管理なんかされない」
それは歴史で証明されてきた醜悪な人間の姿である。それでは何も変わらないのだ。そんな世界で人間たちは間違い、悔い、泣き、そして死んでいった。システムが変わらない限り、悲劇は繰り返されるだろう。だからSは管理を求め、魔神柱は永遠を求め、世界を正しく導こうとした。
それを48番目は誰にでも言えるような綺麗事で、その重みなど知らずに話して見せた。薄い。それは薄いのだ。
「そんな執着は無意味でしかない。それはこれまでの歴史が証明しているのだ。我は見て来た。長い年月をかけて、己の行いを正せない人間という種族を見て来たのだ」
48番目は何も言えない。いや、何も言わなかった。
ボギッ、と骨が砕ける音が痛ましく鳴る。手の甲から砕けた骨の一片が突き出て、川のように血が流れた。
――どうしてそこまでするのだ。
敵わぬと知って、世界の終わりを目前にして、何故彼は戦うのか。きっと何処を探しても根拠なんてなくて、ただ、
そんな姿だから、人は醜いのだ。不可能は不可能と認めてしまえばいいものを、何故論理的に考えないのか。未だに希望に縋ろうとするのか。
醜い。醜い。
なのに、自然と眼が開き48番目を凝視している。まだ見届けようとしている。
「……可能性を信じたい。それだけ、それだけだ」
小さく48番目が口を開いた。
おそらく、48番目は止まらない。壊れた機械のように、達成もできない目的に向かって拳を止めることはないだろう。どんな痛みにも、どんな苦しみにも、彼の心は動じない。
初めから分かっていたことだったが、魔神柱は再認することになった。そして、この先には48番目の自滅しかないと理解した。何もできないまま、体が潰れて死に至る。
その結果が視えてしまったのだから、あとは殺すのみだ。これ以上待ったところで結末が変わることなどない。
しかし、頭の片隅では、まだ何かがあるのではないかと考えている。揺るがない結末を揺る可能性が、今にも消えそうな電灯みたいにチラチラと浮かぶ。
そんな荒野に突如、一つの声が響いた。
「Command:Cure」
その声と同時に48番目は光に包まれた。白く温かな光の中で、手から腕にかけてできた傷が皮膚を縫い合わせるように修復され、すべてが元の位置に戻っていく。断片になってしまった骨も繋がり、流れだした血が地面から昇って血管の中に入っていく。
「S、お前か」
そこにはSが居るはずだった。しかしその姿は視えない。風の中に混じる灰の粒子がちょうど人型を切り取るように流れていくのを見て、統一言語の力を理解することができた。光を屈折させたか、魔神柱の認識からSの存在を消し去ったのかは分からないが、完全にインビジブルな姿であった。
ただ、魔神柱にとっては意味のないことだ。これだけ近くにいるならば、その存在を感覚できてしまう。
唯一の問題は、その表情を読めないことだ。Sがここに立ち、48番目に加勢する意図が掴めない。
「復讐か。裏切者である我に対する復讐のつもりか。愚かな。無駄だと知っていながら、お前までも我に挑むのか」
「どうして君の目に私の姿が見えないのだと思うかね?」
「そんなことはどうでもいい。それが何になる!」
「君は外界を見るとき、光に頼らなければならない。高次の生物だと宣いながら、光なんてものに囚われてる。だから、私の姿が見えない」
「見えなくたってお前を倒すことなど容易い。それが分からないほどの馬鹿ではないだろう、S」
「ああ、もちろん。私は倒されるだろう。問題は別にあるんだよ。どうやら、君には理解できないみたいだがね」
Sが勝ち誇るように言っている意味が分からずにいた。ただの時間稼ぎでブラフなのか、それとも状況を覆す程の力があるのか。それを知るためにも表情を読む必要があった。
「そんなに私を凝視するんじゃないよ。君は、私の思考を読めなくて怖いんだ。そうでなければ、私を殺してしまえばいい」
「問題とは何だ。ハッキリさせろ」
「ああ、私が見えないという話だね。つまり、身体と心は不可分なんだ。もし人間が蝙蝠のように超音波で外界を把握する生き物だったら、もし音を肌で感じる生き物だったら、もし水のような変幻自在な形状の生き物だったら、心の形はまったく違うものになっていただろう。しかし、人の世に現界するにあたって、君たちは人の姿を模してしまった。形状はまったく異なるだろう、しかしその五感そして人語。そして何より、人と少なくとも会話可能な程度の心を持ってしまった」
「ほう。それがどうした」
「まだ分からないか。君がどうして48番目をまだ
「ほざけ! 勘違いも甚だしい」
そう嘯きながら、Sがどうして48番目に加勢するのか分かってしまった。
Sは醜悪とみなしたその姿、人間の可能性を求める姿に惹かれている。遥か昔に捨て去った思考、遠くに置いてきた感情が腹の底で動き回っている。
きっと、何もないと理解していながら、見ずにはいられないのだ。何度も立ち上がり、諦めない。そんな人間の過ちを美しいと感じてしまうのだ。
「君の敗因は受肉したことだ。人と同じ形の心を持ってしまったことだ。君だって私と同じなのだよ」
回復した48番目は、再び魔神柱を叩く。
「間違いなんかない。永遠なんていらない。管理なんていらない。何もいらないんだ」
見てはいけない。聞いてはいけない。
自分自身が分からなくなって、魔神柱は震えた。人の過ちは有限だったから起こったことだ。ゲーティアの計画の復興は目の前に迫っている。なのに、どうしてもう一歩が踏み出せない。
――君の敗因は受肉したことだ。
ああ、そうなのかもしれない、と魔神柱は思う。
そこにあったのは単純な願いのカタチ。誰もが現実に押しつぶされて忘れていた祈りのカタチ。
その希求が手の届かないことだったとしても、必死で手を伸ばすその姿は……。
違う。そんなことをヒトが考えるから歴史は繰り返すのだ。根本から変えねばならない。それなのに。
「48番目、もういい」
Sは一枚の紙をヒラヒラと揺すっている。
「停止コードだ。これで世界線の統合を終わらせる」
「いいのか、それで。再び世界は自由になる。野放しになった世界線のどこかでは必ず悲劇が起こる」
魔神柱が訊いた。
「ああ。私の心が弱かったんだ。悲劇を見るのが怖かった。足りなかったのは、自分の意思で記憶する勇気だ。そこであった出来事を見て、聞いて、伝えなければならない。そんな普通のことを忘れていた。何の取柄もない普通の人間である48番目が世界を救ったのは、そういうことなんだ。ようやく分かった。だからここに居る」
「そうか……」
説得できないと悟った瞬間、魔神柱の眼が火を噴いた。
「先輩!」
「させるかっ」
式が48番目の前に立ちふさがり、砲撃をすべて切り裂いた。
「早くしろS!」
分かっているという溜息を零して、Sは紙を掲げる。
「Command:exit」