Fate/Grand Order -Overlap control- 作:外山紡司
魔神柱に裏切られた時点から、Sは停止コードのプログラムを書き始めたが使うことになるとは思ってもいなかった。人類にひどく絶望を感じていたから、永遠も悪くはないのだと感じていたくらいだ。
魔神柱対人類によって、ラグナロクのような風景が具現化する中、Sはその戦闘を黙って端から眺めていた。
可能性を取り戻して永遠を回避しようとする人類の意思と、廃棄した可能性の先にある永遠に至ろうとする魔神。
人類にある圧倒的な絶望。回避しようのない敗北。その事実をあの場にいる誰もが把握していたに違いないのに、何故か彼等は立ち向かっていた。
本来、無意味でしかないことだろう。だからSは世界線を一本に収束させ、演算によって最適解を導き出すことで人類を救おうと考えたのだ。未来を半ば確定させることが人類を救うことなのだと、信じて疑わなかった。破滅するのでは意味がないのだから。
しかし、その思考がここにきて揺らいだ。
魔神柱という絶望の具現を前に、人類は戦えていた。浅上藤乃によって体を捻じ曲げられ、式によって攻撃は尽く無に帰った。ひたすら未来を希求し、相手を打ち負かせるのだという可能性に縋っていた。
果てに現れたのは48番目。覚束ない足取りで、戦場に向かって歩く。
戦場に出向いたところで何もできない。足手まといになるだけだ。誰だって知っている。誰の目にも明らかだった。
だが、その背中を見た瞬間にSは、自分の血流が加速するのを感じた。
――見てはいけない。おぞましい。アレは私の在り方に反するものだ。
そう思ったものの、もう遅かった。
48番目は可能性の在り方を既に知っている。一歩踏み間違えた先に、どれほど容易に悲劇が待っているのかを知っている。これまでの旅はそんな危ういバランスであったハズだし、既にSの計画を聞いて鮮明に意識することができただろう。
他の世界線の悲劇など知りたくもない事実。そんな在り方を知ってしまったら、世界を直視なんかできない。
……ハズだった。
だが、彼は事実に対し憶することをしなかった。
意識の機能は事象に対し、自分なりの意味を与えることだ。48番目という集合体は、意識が混線しハッキリしていない状態である。
48番目はそんな曖昧な状態から、自ら進んで地獄の世界を直視しに行こうと言うのだ。可能性という地獄に立ち向かうというのだ。自分の目で見て、自分の言葉で語り、解決する。そのために「自分」という意識を取り戻さなければならない。
Sは、自分が悲劇からただ逃げたかっただけなのではないか、と気付く。48番目にしてみれば、未来を無条件で得たところで何になろう。そこには語るべき
Sに欠けていたものは、48番目が取り返そうとするものと同じだった。そして、現実へ立ち向かう方法に違いなかった。
Sは何故か涙を流した。可能性があること自体が悪の根源だと思っていたのにも関わらず、可能性に希望を見出す姿を美しいと感じてしまった。
そんなものに、Sも惹かれてしまった。その先を見てみたいと思ってしまった。
Sを取り巻きながら風雲が巻き起こり、一帯を飲み込み始める。地面が剥がれ、宙に浮きあがり、一点に向かって円を描きながら飛ぶ。
世界が分裂しようと蠢きだして、景色が二重三重と、出来損ないの影分身みたいにズレた。
基本的な世界演算は魔神柱の体内に書かれたコードを元に発動しているので防ぎようもあるが、Sは別のコードを新たに書き上げたらしい。現状の演算に割り込んで強制終了させる命令文。完全に別の場所にあっては魔神柱の手の出しようもない。
世界はコンピュータとは異質なもので、特別な規則を用いずとも並列処理を易々とこなす。優先度を決めたり、タスクを分割する必要性は皆無だった。世界という一つのCPUだけで、完全な同時並行処理を達成できる。だからタスクの待ち時間などがあるはずもなく、Sの停止コードは魔神柱の阻む余地なく、瞬時に発動した。
だが、完全な並列処理ができるのが欠点でもあったのだ。並列処理が可能だから、世界線を統合するコードは存続して発動している。その一部には統合コード自体を復活させるコードがある。万全を期すべく、コード自体が破壊されても自己再生し、再び再起動する作りになっていた。
ならば、分裂と同時に統合が巻き起こるのが道理。一つの世界が引き裂かれたと思ったら、途端にくっつく。一進一退で世界が拡縮を繰り返し、0と1の間を振動し始める。生と死の間、存在と無の間に、世界は落ちていく。
何もかもが曖昧模糊として、すべての境界が消失したように見える。実際は振動なのだから、変な感じがするのはコインが高速で回転して、表面と裏面の残像を同時に見るようなものだろう。
つまるところ、安定していないのだ。そして、統合と分裂が連続して発生する負荷は当然、その起点となる
「あぁああぁあああああぁあぁぁあぁぁぁあ!」
予定外であったが、結果は魔神柱が予定していたものと同様だろう。藤丸の存在の消失と、ゲーティアの計画が元通りに復活する。
だから、まだ何かがある。こんな自滅的な計画を立てるほど、人間は阿呆ではない。それをさんざん魔神柱は痛感していた。人の心と理論が魔神柱自身をここまで追い詰めたのだ。しかし、その実感を持つことは、屈辱的でもある。否定しなければならない人を認める行為に他ならないからだ。折れず、屈せず、立ち上がる。恐怖を理性で克服し、為すべきことを為す。
人が生命の危機を感じたなら、逃げねばならぬではなかったか。他者を貶め、略奪し、自らの生だけに固執せねばならぬのではなかったか。有限の生だから、その生き様は薄汚いのではなかったか。
魔神柱自身、どうしてこうなったのかを意識することはできない。
『魔神柱さん。こんにちは』
何処からか声がする。ホワイトアウトした不安定な視界の中に、一つの確固とした存在が舞い降りてくる。それを視ることはできないが、確かな感触として知覚できた。いや、ノイズ一つ知覚もできない空白を知覚することがその存在を知覚することだった。
「……両儀未那か」
『そうですよ、魔神柱さん。私はマナ』
「どうして、そこにいられる。そこにいられるのだとしたら、それは概念のような存在に他ならない。48番目のような概念か、はたまた英霊のような座にいる者たちか。そのどちらでもないお前が、この境界の消えた世界で、何故厳然とした存在でいられるのだ」
『私の母は、境界だったわ。男と女、生と死、陰と陽。そんな、様々な境界を背負っていたの。
パパは、そうね。平凡だったわ。何も持たないの普通の人。境界からはずっと遠くて、他人との間で波風を立てることもなければ、誰にも嫌われない。孤独で、当たり障りのない平均値。
その間にできたのが私。それはどんなモノになるか、あなたに想像できるかしら』
「それがなんだと……。いや待て。……完全なる、
『そうよ。賢いのね。それで、そんな存在だから私はあなたのことも分かるのよ、魔神柱さん。あなたが今、何を思考しているのか』
「どうして。どうして、初めからその力を使わなかった。それがあれば、最初から私の計画を止めることもできただろう」
『だって、つまらいんだもの。余りにも何もかもが分かってしまったら、それは退屈でしょう?』
彼女の声音は少しだけ優しかった。嘘を吐いている様子はなかったが、もっと根本的に力を使わなかった理由があったみたいだった。
『そんなことはどうでもいいわ。それよりも、コードを破壊しに来たのよ。Sさんのプログラムが起動してるなら、完全停止だってできるわ』
「やめろ!」
咄嗟に声が漏れた。
『あなたも気付いたでしょう? 人にとって、永遠は意味はないわ。そして人間に似てしまったのですから、あなたにだって同じことではないかしら』
「どうしてだ。私の時代、ソロモンの時代から人類は進歩していないハズではなかったのか! 略奪し、凌辱し、幾多もの罪を重ね、それでも尚悲劇は止まない。なのに何故、まだ人類を信じ身を捧げられる者がいる!」
『過去には色んな英霊が存在したわ。そうでなくとも、様々な人間がいたでしょう。人類史の大きな流れの中で、何かを為した人間は、物語となって後世に残った。ただの平民であっても、何かを記憶し、何かを語り、それは規範や小さい物語となって、今に語り継がれている。時間が進むたび、人が残したものが積み重なって今があるのよ。
48番目は物語ることができないの。統合された彼の意識はとても希薄だから。自分自身を取り戻すことは自分自身の物語を取り戻すことなの。だから、あなたは美しいと感じたのでしょう? だって、それこそ、人間が悲劇に立ち向かう最適解なのだもの』
「違う! 惹かれてなどいないのだ。惹かれてなど……」
『永遠は逃避だわ。48番目からしてみればね。打開するのではなく、全てを白紙に戻すなんて。未来はこんなにも開けているのに』
そう言って、マナは遠くを見つめた。そんな気がした。あれが明後日の方向だと言うのだろうか。上でも下でも横でもなくて、その視線はじっと未来に見据えられている。マナは3次元空間だけに留まらず、4次元までもを知覚できるのかもしれない。広大な海を見ているような表情だった。
はっきりと知覚できないのに、マナが何をしているのか伝わってくる。
「やめろ」
マナは接近して、体の中に手を伸ばす。そして統一言語の記述された空間を過不足なく、ぐしゃりと捻り潰した。今までのように。再びコードが動き始めることはないようだった。
唐突に痛みが消えた。藤丸の体に発生していた歪みが小さくなり、世界の中の異質な存在ではなくなっていく。
崩壊する感覚の中、藤丸は巨大な影を見た。自分が切り離されていく時間の中の一瞬。そこに、魔神柱がのっそりとやってきた。
その眼には戦意をたぎらせている。
「お前は藤丸立香か」
「ああ、そうだ。俺は藤丸立花だ。48番目なんかじゃない」
「我はここでお前を殺すことができる。根源と言えど、我の行動を制限することはできないようだ。だから、答えよ。お前は何故、自分自身の身を案じない」
48番目だったときの朧げな記憶が鮮明に浮かび上がってくる。あのとき、理由なんてなかった。本能が未来を欲していた。本能が可能性を欲していた。たったそれだけ。多くの意識が入り乱れる中で、個人なんてものはなかった。
でも今、その理由が言葉にできる。
「あの人理修復の旅の終わり、マシュは自らの体を犠牲にしてまで俺を守ろうとしたんだ。それと同じだよ、たぶん。特異点を修復すれば、その時の異質な状態の記憶は語られることがない。でも、そこにあった営みを、否定したくなんかなかったから。あの温かさを、俺は忘れたくなかったから。なくなったとしても、そこにちゃんと意味は残るから。だから、体が動いたんだ」
「そうか。ああ、そうか」
「俺を殺すのか」
そう訊きながら、ただで殺されるつもりはないと令呪の輝く手を前に構える。
「この破壊された東京は元に戻る。この異質な統合時間はなかったこととして、世界に処理されるハズだ。それでも何か残るものはあるか」
「俺が覚えてる。そして、何度でも言うさ。可能性は悲劇なんかじゃないって。ここに意味はあるんだって」
「そうか」
気付かぬ内に、魔神柱が発していた戦意は消えていた。そして、大きかった魔神柱の影が小さくなっていく。去って行くのだと分かったときにはその存在は感じられないほど微小なものになっていた。
小説を書くときはプロットという設計書のようなものを書かねばならぬのだが、それを書かなかったために、とってもごちゃごちゃしています。たいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。
いろいろ頭を抱えたくなる部分も多いですが、ご容赦ください。
残すところあと1話です。