Fate/Grand Order -Overlap control-   作:外山紡司

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3話に山場を作る予定だったのだが、おかしい。2話分ずれた


3話:鏡の狂乱

 男はおもむろに、弓を構えた。

 小さなマンションのベランダで、男は狙いを定める。しばらくして、ターゲットに選んだのは、路地裏をおぼつかない足取りでゆらゆら歩く中年の男性だった。

 その中年を選んだことに必然性があるわけじゃない。ただ、男は誰かを殺さねばならなかった。殺さなければ、男が死ぬことになる。

 男にとって、「自らの生存」の為の殺人は慣れないものだった。他人のために自身の体をすり減らすことはあっても、誰かを殺してまで生きようと思ったことなどない。

 だから、今回は理想を盾にして自分の行為を正当化することすらできない。もう、正当化しようとも思ってはいなかった。

 男はいつも以上に肩に力が入っているのを感じた。それを、自身の肉を凍らせるような、冷えた空気のせいにした。

 行為自体は何らいつもと変わらない。それを強く意識する。別に普通のことだと、意識する。

 肌がまるで鉄のように、冷えていた。男はただの駆動体になった。弓を引くだけの機械になった。

 そうしなければ、壊れてしまう。

 何を考えることもなく、矢から指を離した。

 すると、街の光を僅かに反射させた矢が、淀んだ夜空を一直線に駆けた。音もなく、夜の影を進んだその矢は、中年男の頭蓋に突き刺さるとようやく勢いを削がれた。それでも中年男は数メートル吹き飛ばされて、近くのゴミ袋の山に顔を突っ込んだ。

 矢尻によって貫かれた頭から赤い血が流れた。矢はその血を吸うと、赤く光った。魔力を吸収して、弓を放った男の元に転送する。

 そうして、男は満たされた。

 矢は仕事を終えると、小さな粒子になって路地裏の影の中に消えていく。

 

「さて、どうしたものかな」

 

 小さく一人ごちたその言葉は、流れる夜風の中に消えていく。

 男は街を見下ろしながら、自らを嘲笑した。

 

 

 

 

 

 

 鏡があった。藤丸はそれを見つめている。自分自身と目が合う。藤丸を囲うように鏡は配置され、たくさんの彼がいるように見えた。

 藤丸は、ここに至った経緯が分からない。なぜこんな所に、一人でいるのだろうか。そもそも、どこからやって来たのだろうか。

 

 座りながらそんなことを考えていると、ここが夢なのだという気分になった。

 彼には奇怪な夢を見ることがしばしばあった。それが原因で何かの騒動に巻き込まれたことが、一度や二度ではない。程度の差はあっても、おそらくここはそういう空間だった。

 だから、彼は黙っていた。ただ、正面に写る自分の像を眺めていた。

 

 どれほどの時間が流れたのか。第一、時間という概念すらないようでもあった。今までの経験から、藤丸はこれ以上待っていてもこの夢は覚めないと悟った。

 鏡は次第に増えているようだった。自分の姿が増えていった。

 

 藤丸は何か行動しようと立ち上がったが、正面にいた自分は立ち上がらなかった。正面の彼は座ったまま、どこか中空を見つめている。周囲には、立ち上がっている彼もいた。しかし、藤丸の動きとは独立して、それぞれが自由に動いていた。

 そういう夢もあるだろう、そんな風に藤丸は考える。

 

「お前は誰だ」

 

 藤丸はその質問が自身の発したものかさえ確信が持てない。ここには数多の自分がいるのだから、別に「わたし」が声にせずともいいのだ。

 

「君だよ。俺は君だ」

 

 誰かが言った。自分と同じ声が、このミラーハウスのような空間に響く。

 

「だけど、少しだけ違う。俺は藤丸立香ではない」

「じゃあ、誰なんだ?」

 

 その問いに対して、ぼんやりとした間があった。その間は思考の為でも、結論を焦らすためでもなく、ただ気味の悪い時間だった。

 気付くと、鏡の向こうにちらほらと、彼以外の姿も現れていた。それは赤髪の女だった。しかし、それで藤丸が安堵することはなかった。自分と同じ存在であると、無意識に感じてしまうからだ。

 だから、ただ心を無にしている。鏡の向こうの彼/彼女は、静かに立ち上がった。立っていたものは、そのままにしていた。そして、まるで藤丸の体勢を真似るかのように立ち尽くした。

 

「48。俺/私は48番目」

 

 藤丸はそう言った。

 

 

 

 

「直接訪問して、何をするんですか?」というマシュの質問に、ミツルは「見極めるのだよ」と返事した。マナを連れて行くことで、敵の判別ができるかもしれない、ということらしい。それに、本当にD社が関係していなかったとしても、サーヴァント出現しているのだから魔術協会との連携ができるようになるかもしれない、とのことだった。

 しかし、マシュの疑問ももっともである。もし事件がD社の意図したものだったとしたら、彼等が訪問しただけで、複数のサーヴァントに囲まれるかもしれない。そしたら蜂の巣も同然だ。

 

 だから、これは大きな博打だった。しかし、そうでもしなければ手がかりがない。加えて「街で起こる殺人を待っていたら、きっと手遅れになるわ」とマナは言った。どうしてそうなるのかは誰にも分からなかったが、皆がそれを信じた。

 だから、進むしかなかった。

 

 

 

 藤丸の目の前には、一つのビルが聳え立つ。ガラス張りのオフィスには、灰色に淀んだ空が反射している。それがD社の本社だった。特に他のビルと変わることなく、都心の中に佇んでいる。

 

「ついに来てしまいました。本当にここに敵がいるのでしょうか」

 

 マシュは言った。

 

「いないに越したことはないけど、そうすると手がかりがなくなる。どっちに転んでも、いい思いはできないよ」

 

 藤丸は告げる。

 それは、現実的な考え方だった。初めは「ただの一般人」程度に夢を見るだけの人間であった藤丸も旅の中で変わっていったのかもしれない。綺麗事だけでは、どうにもならないのだと、知り始めているのかもしれない。

 

「そうですね」

 

 二人がそんな会話していると、無線機が声を発した。

 

『朗報か悲報かは分からないけどね、君たちの半径3キロ以内にサーヴァント反応を確認したよ』

 

 ダヴィンチによる警告に、二人の間に緊張が走る。その空気の変化を感じ取ったのか、マナとミツルの表情も引き締まったものとなる。

 

「うん。やっぱり、サーヴァントが一体いるわ」

 

 マナは言った。そして、

 

「しかし、これはビルの中ではありませんね」

 

 と、付け加える。

 

「分かるの?」

 

 藤丸がそう訊くと、代弁するように「昨日から何を見ていたのだ。論理なんてマナには通用しない」とミツルが補足する。

 そうだった、と藤丸は思い出す。マシュがデミサーヴァントであると見抜いたのも、その能力によるものなのだろう。では、その能力は何なのか。マナの力には際限がないようにも感じられた。

 

「四時の方向。その、ビルの上にいるのね」

 

 マナはその感覚を頼りに、サーヴァントの位置を割り出した。彼等はその得体の知れない能力を完全に信じている。

 藤丸はその姿を確認すべく、目線を向けた。

 刹那、煌めく一本の矢が一直線に飛んできた。

 

「危ない!」

 

 マシュは一瞬の内に鎧を身に纏い、その手元に現れた盾を藤丸の前に向ける。脳を貫くはずだったその矢は、間に割り込んできた盾に遮られ、鈍い金属音が街に木霊した。

 ガギン。

 その衝撃だけで、周囲に突風が巻き起こった。人々の足元を駆け抜け、ビルの間を通り抜けていく。

 これは彼等にとって、予想外の攻撃だった。魔術師である以上、魔術という神秘は秘匿するのが常識である。大衆によって知られた知識は、神秘足り得ず、その効力を失ってしまうからだ。

 だというのに、敵はそれを無視して撃ってきた。とても正気の沙汰ではない。連続殺人をするような連中には、常識は通じない。

 藤丸は腰が抜けて、地面に倒れていた。起きて身を隠そうとするも、いつ矢が飛んでくるとも分からない状態で行動することはできない。だから、マシュの盾に守られる他ない状況だった。

 マナは、完全に恐怖にやられているミツルの手を引くと、本社の前の花壇の影に逃げ込んだ。

 

 街は何も変わらない。先程の風も、自然現象であると思っているのだろう。

「異様な鎧の少女がいるぞ」と面白がるような目つきの通行人が、普段通り、歩道を進んでいく。だれも、ここでの押収に気付くことはない。

 彼等は動かなかった。ただ、街だけがいつものように進んでいく。

 短く、砂糖水のように粘ついた時間が流れた。雲の隙間から一筋の陽光が漏れて、地に降り注いだ。風が吹いて彼等の間を駆け抜けていった。

 それでも、第二射はやってこなかった。

 マシュは少しだけ警戒を緩めて盾を下ろした。

 

「逃げた……のでしょうか?」

 

 それを聞いて、周囲の状況を確認しようと藤丸は立ち上がる。周囲の騒ぎのない空気に充てられて、まるで警戒している自分たちの方がおかしいのではないかと錯覚した。

 しかし。

 

「そんなワケないでしょう。ねえ、赤い外套の弓兵さん?」

 

 そんな、マナの物言いにマシュは再び盾を構えなおす。

 

「これは驚いた。霊体化して接近する手筈だったのだがね。まさか、霊体を見る目を持っていようとは」

 

 そう言いながら、男は藤丸の目の前に姿を現した。マナの言う通り、赤い外套を身に纏った、黒く焼けた肌と白髪を持った男に、藤丸は見覚えがあった。

 

「エミヤ……なのか」

「これは、これは。霊体化を見抜かれた上に、私と面識がある人物とは。だが、あいにく守護者というものは忘れん坊でね。座に戻る度に派遣される前の状態、つまりは元の状態に戻されるのさ。だから、私には君のことが分からない。すまないね」

 

 そんな声は藤丸には聞こえなかった。

 

「君が……民間人を殺しているのか?」

「そこまで知ってしまったか。あのアサシンのせいかな、まったく」

 

 その言い草が、藤丸の信じるエミヤという英霊を壊していった。決して何かに操られているようでもない。彼は自分の意思で人を殺しているのだと理解できてしまう。

 しかし、それはおかしい。

 

「どうして……」

「どうして、だと? 私のことを知っているのなら分かるだろう? 今までと変わらないさ。私は人を殺す機械だ」

 

 それを藤丸は知らないワケではなかった。しかし、守護者であっても彼は最大多数の幸福の為に身を削ってきた。彼は「すべての人間を救いたい」などという狂気じみた理想と現実の狭間で、擦り切れていった。

 全ての人間が幸せである。そんなモノは幻想だ。それを追い求めた彼の生涯は、無論、報われることなどなかった。残ったものは何もない。多数の幸福の為に、小数を速やかに切り落とす。それが最善だった。しかし、それで「みんな」は救えない。

 だから、その理想は、やがて呪いとなった。

 全ての人間救うことなどできない。そうと知りながら、理想(のろい)の奉仕者となった。

 その呪いは生きている間だけではなかった。死後も守護者となって、世界の天秤の傾きを零にするためだけの調整役として、存在している。世界の守る為だけに、善悪など考えずに殺した。

 エミヤは理想を使って、人の命を天秤にかけた。死後は守護者の役目として、機械的に掃除をした。どちらにせよ、多くの命を救うためならどんなことでもやって来た。

 だから、平気で人を殺すことだってするだろう。藤丸は知っている。しかし、殺すには理由が必要だった。

 

 ならば今回は何のために、彼は人を殺すのだろうか。

 無害な一般人を理由もなく殺すことができるほど、エミヤは悪じゃない。もしも、理由がないのだとしたら、それは自分が信じるエミヤではない。「限りなくエミヤに似た誰か」なのだろう。

 しかし、そうではないと藤丸には感じられてしまった。あれは本物だった。

 

「……」

 

 藤丸は無言の内に戦闘体勢に切り替える。例え信じる者であったとしても、悪であるならば倒さなければならない。

 その様子を見てエミヤは薄く笑った。

 

「やれやれ。私にはもう戦う気はないよ。霊体化も見破られた。それに一般人は換算しないとしても、2対1では分が悪い」

 

 そう言うと、無防備に背中を藤丸たちに向けた。大きな背中であったが、少しだけ縮こまっているようでもあった。

 

「待ってください……」

 

マシュはそう言って、霊体化しかけたエミヤを止める。

 

「君たちは、極力戦闘は避けるべきだろう? それとも本丸に乗り込む前に、ここで消耗しようというのかな?」

 

 その言葉には、嘘があるように思われた。それは、彼等を否定するための言葉ではないような、そんな響きだった。

 エミヤは魔力の粒子となり、小さな風に飛ばされるかのように、空気に溶けていった。

 

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