Fate/Grand Order -Overlap control-   作:外山紡司

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 3話時点で「山場が2話ずれた」と言っていたはずだった。ごめんなさい、もう少し先になります。
 プロット段階からシナリオが膨張をしています。


5話:過去の行方

 藤丸は苦い表情を浮かべた。胸の中から何か冷たい体液がこみ上げてきて、溢れ出しそうになった。それほどの感情の奔流が、藤丸の中で渦巻いていた。

 マシュがマシュでないかもしれない。それを、信じたくなかった。地面が揺れるように、眩暈がして気を抜いたら今にも倒れてしまいそうだった。

 しかし、その認識は現実的に在り得ないことだ。もしも、マシュが違う誰かであるのなら、その時点でダヴィンチが気付くはずだ。もしも、起こり得るとすれば、カルデア自体も偽物である必要がある。その可能性は極めて少ないし、その時点で絶望的状況だ。藤丸は既に殺されていなければおかしい。

 そんなことに藤丸が気付く余地はない。ただ、今立っている"ココ"を遠くに感じながら、「何かが間違っている」という認識だけで体を動かしていた。

 

 もしも、本当に間違いがあるとしたら、()()()()()()()()ということすら理解できずに。

 

「先輩、私......本物です。本当の、マシュです」

 

 マシュは必死に訴えるしかない。どうしてこうなってしまったのかと、強く意識する。

 全てはD社に立ち入ったときに始まった。そうマシュは思っている。藤丸が感じた、立ち入った瞬間の揺らぎ。それをマシュも少ないながら感じていた。マナは「攻撃ではない」と言っていたが、こうなった以上、それを信じることはできない。

 そんなことを今考えたところで、マシュ自身に対処する力はない。

 祈るだけだった。今できることは、精一杯祈ることだけだった。

 

『マシュ! 藤丸くんは置いておけ! それでは間に合わない』

 

 通信機からダヴィンチが声を出す。

 

「しかし! それでは、先輩は!」

『エミヤを倒すことができれば、当面の問題は解決する! それからじっくり対処すればいい。いいから早くするんだ!』

 

 それはマシュにとって悪魔の囁きに似た誘惑があった。藤丸に否定されたこの状況から逃げてしまいたかった。こんな現実から逃げてしまいたかった。

 言葉が黒い砂となって、体の中にゆっくりと沈殿していく。合理性という逃避行に、感情が引きずられていく。

 きっと立ち去ってはいけないのだろう。それを理解していた。誰に言われなくても、自分が解っていた。

 しかし、成す術がないことは事実なのだ。ならばここから立ち去る他に選択肢はない。意識しない内に「本当にそうか?」と自答をしてしまうので、そうだそうだ、と繰り返し心で念じた。

 やがて、強く歯を噛み締め、マシュは駆けだした。

 まるで、怯えるように走って行くその背中を、藤丸はなんとなく見つめていた。

 言葉が出てこなかった。喉からではなく、心から、なんの言葉も浮かばなかった。ただ、抜け殻のようにその場に立ち尽くした。

 気付けば雨音が響いていた。藤丸はそれにも気づかない。

 

 

 

 

 ミツルもまた通信機で連絡するまで、近くの路地を歩いていた。

 その後ろではマナが、エミヤの捜索を楽しんでいるのか、陽気な足取りで付いてきていた。マナの黒い服装は、夜の中に埋まっていたが、その白い肌が蓮の花ように浮かんでいた。

 平生のことではあるが、ミツルは、マナの気の抜けた調子に溜息をつく。人よりも優れているのは万人が認めるろころであったが、それ故に理解が追い付かない。

 そんな心情を知ってか知らずか、マナはミツルに声を掛ける。

 

「どうしたの、ミツルさん。溜息をつくなんて。見回りに飽きてしまったのかしら」

 

 そんな挑発にも聞こえる言葉に返事をしていたらキリがないことを、ミツルは知っていた。本人は挑発とすら思ってないだろう。ミツルは、それには答えず、もう一度息を吐いた。

 もう少し有益な会話をする必要があるとミツルは思った。

 

 誰かを全面的に信用する、ということがミツルにはない。カルデアの二人もその例外ではなかった。

「信用しない」と「疑っている」は別物で、ミツルにとって信用しないということは無関心に近い。客体に感情を傾けることはせず、ただ中立的なポジションで見守る。それがある事件以来、ミツルの在り方になっていた。それは、ただの"観測者"という在り方に他ならない。

 信用している数少ない例外を挙げるならば、隣にいるマナだろう。マナがしつこくミツルに付きまとうので、自然と距離が近くなってしまった。マナが唯一、観測者という俯瞰したポジションから、地上とを繋ぐ通路になっている。

 とにかく、信用できる人物がマナしかいないために、ミツルはここで内密に情報の共有をするべきだという結論を得た。

 

「Sをどう思う?」

 

 自身の訊きたい返事を貰えなかったからか、マナは頬を膨らませ、目を細める。

 

「何か、隠しているとは思いますけど」

「なぜ、エミヤとアサシンは逃げ出したと思う?」

「Sさんは"暴走"とおっしゃってましたけど。本当のことなのかは理解しかねます」

 

 マナは投げやりな態度でミツルに応答をする。

 

「マナ。訊きたくはないが、怒っているのか?」

「怒ってなんかいないわ。ただ、ミツルさんが私の話を聞いてくれないのに、どうして私がミツルさんの話しを聞く必要があるでしょう?」

 

 ミツルは面倒くさそうに頭を掻いて、明後日の方向に視線をずらす。

 マナは歩調を早め、それに応じて長い髪が夜風になびいた。その背中は「置いて行くよ」と言わんばかりに少しずつ遠ざかる。

 

「はあ。私が悪かった。何か分かったことがあるなら教えてくれ」

 

 それを聞いたマナは僅かの間をおいて振り返った。何処からやって来たのかも分からない光を、長い黒髪が吸い取って、濡れたように、艶やかに踊った。

 

「ミツルさんは私を頼り過ぎる節があるわ。探偵でしたら、もう少し自分で考えたら如何でしょう?」

「探偵業は副業だ。絵本の仕事だってある」

「そういうのは売れてからいうものよ。面白かったのは最初だけね」

 

 それを言われては何も言い返せないので、閉口し、ミツルは頭を働かせてみることにした。そのとき無意識に、長い前髪に隠された右目にそっと手を当てる。

 何かを為そうとしたとき、ミツルはたまに過去のことを思い出す。十年以上前、いや、もう二十年近く前になるだろう、自身がまだ子どもだったときのことを思い出す。

 

 子どもの頃、ミツルには未来が視えた。自身が望む未来を創ることができた。そういう目を持っていた。

 自身が望んだ未来を右目で視て、左目がそれを為すための過程を映す。それは常人が持ち得ぬ能力だった。

 未来視にも種類があるが、ミツルが持っていたものは"測定"のタイプの未来視。起こる事象を限定することで、未来を一点に収束させ、カタチを作る。

 それは便利だっただけではない。呪いのように使用者の思考を歪ませた。先天的な能力だったから、それはミツルという人間に大きく根を張っていた。未来は決まっている、ならば未来に奉仕するしかない。そんな思考の檻に閉じ込められたのだった。

 長年、それは続いた。ただ依頼通りの結果を提供する、爆弾魔になったこともあった。自身の未来に救いなどないと思っていた。

 呪いは、ある人物によって解かれることになる。1998年の夏のことだ。

 その人物はミツルが確定させた未来を"殺した"。ミツルによって束ねられ、収束した未来を断ち切り、開放した。そのときにある意味では、ミツル自身も殺されたのだろう。確定した未来と同時に右目の能力を失い、呪いから解放された。そして、現在に至る。

 

 しかし、それでも未来視は便利だったと思うことはある。子どもの頃から未来視に縋ってきたためか、ミツルは自発的に思考することを気付かぬところで避けていた。意識しないところで習慣化してたのだろう。何か超常的なものがあれば、それに頼ってしまう。

 その頼りにする超常的な力が、最近はマナになっているのだということだった。しかしそれでは、あの頃と変わらない。ミツルはもう、超常的な力に奉仕するだけの機械にはなりたくなかった。

 

 ミツルが唸って考えているのを、マナは楽し気な様子で見つめている。どんな推理をしているのかと思うと、自然と笑いがこみ上げてくる。

 しばらくすると、何かに気付いたのか、ミツルは声を出した。

 

「サーヴァントが逃げ出したのが暴走だとは思えない。昼間のエミヤの態度は極めて冷静だった。その仮定を基に話を進めるなら、エミヤとアサシンには逃げ出す動機があったことになる。だとすれば、Sは我々に対して何かを隠している。と、ここまでは何とか分かったのだがね。肝心な部分は情報量が足りない」

「まずまずの推理ね。もう少し分かることがあるはずだわ」

 

 マナは、全てを見通しているといった態度でミツルに言い放った。手がかりがあるとか、そういう次元ではなくて、事件の全体像が掴めていなければできない物言いだった。

 マナの頭脳がミツルに勝っているとは、ミツル自身は思っていない。マナが情報を得ることができるのは、その能力故だった。

 しかし、その能力の全貌が掴めない。

 ミツルはマナの能力について、何度か仮説を立てて説明しようとしたが、雲のようにカタチのないその輪郭は、ぼやけたままであった。むしろ、マナと接する機会が増えるたびに、その輪郭は膨張し、もう仮説を立てることすら諦めた。

 

「マナ、君はこの事件についてどこまで把握している?」

 

 マナに頼らないと覚悟した直後だったが何故こんな質問をしているのだ、とミツルは自責の念に囚われる。ミツルが言葉にするときに意識していたのは、事件を解決することではなく、マナの能力は一体何なのか、である。だから、犯してしまったミスだった。

 マナのにこやかな表情に一瞬、かげりが見えた。白い肌と相まって、雪女を連想させるような薄ら寒さをミツルは感じた。しかし直後に、今にも泣きそうな、眉を顰めた顔つきに変わっていた。「これ以上訊かないでくれ」と言わんばかりの、その悲しげな表情がミツルの脳にこびりつく。

 

「なんでもない」

 

 ミツルは咄嗟に口にしていた。ミツルはそれ以降なにも話さないつもりだった。むしろ、話すことができないだろうと思った。

 しかし、マナが声を上げた。

 

「いるわ」

 

 小さく呟いたその一言で、伝わった。マナは静かに一つのビルの屋上を指さす。

 

「あの、赤いラインが入ったビルの屋上」

 

 数キロ先の対象をミツルは視認することができない。だから、情報の取得を全面的にマナに委託し、藤丸たちに連絡を取ろうと考える。

 

「サーヴァントの反応を見つけたらしい。恐らくエミヤという男で間違いないだろう。マップのデータを送るから、早く来てくれ」

 

 ミツルは小さく呟いた。敵は離れていたが、サーヴァント相手に警戒し過ぎて損をすることはない。あとは、戦闘要員であるマシュと、藤丸がカルデアから呼び出すサーヴァントのバックアップをするだけだ。その為の情報提供役しか、ミツルにはすることがない。それに、直接的に情報を取得するのはマナである。

 ミツルは自身がどれだけ無力だったのかを知り、ポケットに眼鏡を忍ばせてこなかったことを後悔した。

 

「場所を移すわ。付いてきて、ミツルさん」

 

 マナは忍ぶように、駆けだした。ミツルもそれを追っていく。




 次は、マシュVSエミヤです。ようやく戦闘シーンですね。申し訳ございません。

 あと勝手に原作を解釈して書いているので「ミツルが未来視の能力に未練あるわけないだろ」とか、「マナの能力がこんなヘンテコなものなわけないだろ」とか、文句を言いたい人も少なくないかも知れませんが、どうか寛大な心で読んでもらえたら嬉しいです。
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