不道千景は勇者である   作:幻在

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海水浴と豪華な料理

夏休み。

 

夏の日差しが照り付ける中、勇者部一同は、合宿として海にやってきていた。

十二体のバーテックスを全て倒した報酬故か、大赦が合宿先を用意してくれたのだ。

場所は、讃州サンビーチ。

意外と近くにある、浜辺だ。

そこで、勇者部一同は、羽目を外して思いっきり遊びまわっていた。

 

 

 

 

一人を残して。

 

 

 

 

 

「・・・・」

千景だ。

千景は、スクール水着である海パンと、上には長袖のラッシュガードを着ていた。

ファッションの欠片も無い、肌の露出を拒んだ水着姿だった。

そんな状態で、傘の下、一人ゲームをしていた。

「千景君、泳がないの?」

「翼か」

ふと、翼が千景君の傍にやってきていた。

「荷物の番は必要だろ?」

「そうとは思えないんだけどね・・・・」

「どちらにしろ俺は泳がないぞ」

「泳げないとか?」

「泳がない、だ」

「はあ・・・」

いつになく冷たく対応する千景に、翼は頭をひねる。

「翼くーん!」

ふと、そこへ友奈の声が届いた。

「東郷さんをおねがーい!」

「ああ、分かった!それじゃあ千景君、ゲームはほどほどにね」

「分かってる」

そう言い残し、美森の乗る車椅子を押していた友奈と交代する友奈。

すると、友奈は千景の元に駆け寄ってきた。

「あー、楽しかったぁ!」

「ほい、水」

「あ、ありがとう!」

千景から水を受け取る友奈。

「ん・・・ん・・・・あー!運動した後の水は美味しい!」

「そうか」

ゲームをする千景の隣に座る友奈。

ゲームをする音だけが、二人の間に流れる。

「・・・・ごめんね。私が海に行きたいなんて言ったばかりに」

「いや。この暑さだ。行きたいと思わない方が可笑しい。実際、俺もそうだからな」

「でも泳がないんだよね・・・・・」

友奈の笑みが、切ないものに変わる。

「・・・・・火傷、大丈夫?」

友奈は、そう言う。

 

千景の背中には、六割ぐらいを酷い火傷の痕が残っているのだ。

 

長方形の形で、左肩から右脇腹にかけて、じっくりと。

施設にいたころ、年上の子供たちが、面白半分で千景の背中に熱した鉄板をあてがったのだ。ほんの面白半分に、肉が焼ける音と共に、笑い声が聞こえてきた。

慌てて駆け付けた所長のお陰で、大事には至らなかったが、それでも、一生残る傷跡になったのは確かだ。

一日目に痛むのは骨。だが一番キツイのは三日目、動くたびに傷痕が服と擦れて死ぬほど痛む。

火傷を晒されては笑い物にされ、水に入れば水の冷たさが傷を苛む。

今考えれば、あれが一番痛かった虐めだ。

一言で言って、凄惨な日常だ。

その傷痕の事実を知っているのは、友奈だけ。

千景の体にある傷痕は、千景を千景たらしめる(呪い)のようなものだ。

この傷痕は、千景の過去そのもの。絶対に逃れない、過去の真実。

その事を、友奈は知っている。

「いっただろ。そこまで酷いものじゃないし、痛みはとっくに消えてる」

「だと、いいけど・・・」

「それよりお前はいいのか、他の皆を遊ばなくて」

「う~ん・・・私は千景君とこうして皆が遊んでるのを見てるの、好きだよ?」

「・・・あ、そう」

それ以上、言っても無意味だと思い、千景はゲームに戻る。

 

以前、美森と満開の後遺症について話し合った。

その時、黒く抜け落ちたかのように、とは言ったものの、実は友奈の胸の黒い部分についてはまだ言ってはいない。

理由は、もしそれを聞いた美森が、どんな行動を引き起こすか、()()()()()()()()からだ。

もし、千景の想像する最悪の事態になった時、最悪、強行手段を使ってでも食い止めるしかない。

それゆえに、千景は美森に友奈の胸の事については何も言わなかった。

 

ゲームをしばしやった後、勇者部の皆を見る千景。

そこでは、夏凜と競泳勝負で負けた風、巧みな手さばきで高松城を作る美森に、それに感心する翼と樹と剛の姿があった。

「・・・・あいつら、元気にしてるかな」

「ん?千景君、何か言った?」

「いや、なんでも」

そこで、千景は、ふと自分が呟いた事に疑問を持った。

(あれ・・・なんで俺、あいつらの心配を・・・・)

だが、それっきり、考える事をやめた。

思い出そうとしても、思い出せないからだ。

 

そう思った理由の、一切を。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻。

 

『おおおおお!?』

「すごい御馳走!」

食卓に並べられた料理を見て、勇者部一同は、驚いていた。

机の上に並べられたものは蟹を主とした豪華な海産物ばかり。

『カニです!カニがいます!』

「カニ・・・・」

「て、千景!?ヨダレヨダレ!ヨダレが物凄い勢いで出てるわよ!?」

千景の口から恐ろしい量のヨダレが流れ出ていた。

「・・・・は!?ま、まあそれはさておき・・・・・カニ」

「千景君、ヨダレ止まってないよ」

「これカニタマじゃないよ!本物だよ!ご無沙汰してます結城友奈です~」

なおもヨダレが止まらない千景、カニのハサミをもって握手する友奈。

「あのー、部屋間違えてませんか?ちょっとアタシたちには豪華過ぎるような気が・・・」

風が苦笑気味にそう言う。

だが旅館の女将さんが、とんでもないとでも言うように言った。

「とんでもございません。どうぞ、ごゆっくり」

と、襖を閉められる。

「私たち、好待遇みたい」

「ここは、大赦が関わってる旅館だからね。それに勇者としての御役目を果たしたご褒美って事じゃないかな」

翼が、そう言う。

(嘘だ・・・)

だが、千景は何故かそれが嘘だと見抜いてしまう。

しかし、確証がないうえにここでそんな事を言っても雰囲気をぶち壊すだけだ。

ここは、黙っておこう。

「つまり、ここは食べてしまっていいと・・・ごくり・・・」

と、唾を飲みこむ風。

「あ、だが結城が・・・・」

友奈に視線が集まる。そこでは、友奈がすでに刺身を食べていた。

「ん!このお刺身のコリコリとした歯ごたえ、たまりませんね~」

さらに、しらすを口に入れ、飲み込む。

「んー!このつるつるとした喉越しもいいねー!」

と、自分の喉を撫でる友奈。

どうやらありとあらゆる方法で食事を楽しんでいる様だ。

「もう、友奈ちゃんったら」

「おい待て、頂きますはどうした?」

美森が微笑み、千景は友奈にジト目を向ける。

「ああ、そうだった。ごめんごめん」

(忘れていた訳じゃないな・・・)

そう見抜いてしまう千景。

友奈の性格上、他人に迷惑をかける事を極端に嫌う。

それ故に、すぐさま行動に出たのだろう。もはや条件反射のように。

「あらゆる手段で味わおうとしてるとは・・・・」

「色々敵わないわね、友奈には」

夏凜と風が感嘆する。

『尊敬します!』

樹がスケッチブックに書く。

「それじゃあ改めて」

『いただきま~す』

そうやって始まる食事。

 

 

 

因みに、位置は片側に美森、千景、友奈、樹、反対側に翼、夏凜、風、剛の順で並んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

おわかりだろうか?これからの展開が。

 

 

 

 

 

「場所的に、私がお母さんをする事になるから、ご飯おかわりしたい人は言ってね」

たしかに、美森の傍らには、ご飯の入ったおひつがあった。

「東郷が母親か・・・厳しそう」

「門限を破る子は柱に貼り付けます」

「ひ!?」

「分かったなお前たち、母さんをあまり怒らすでないぞ」

さらに隣にいた千景がそれに乗っかる。最後に不吉な言葉を残して。

「あら、貴方が甘やかさなければいい話ではなくて?」

「おっしゃる通りでございます・・・・」

「なに、その夫婦漫才・・・・」

二人の漫才に夏凜が若干引く。

ふと、千景の皿の上に乗っかっていた刺身が、横から伸びた箸によって奪われる。

「な!?友奈!?」

それに気付いた千景だったが時すでに遅く、友奈の口の中にほおりこまれていた。

「何すんだよ!?」

「・・・・」

声をあげるも、友奈はそっぽを向いて反応を示さない。

ただ、千景とは反対側にいる樹には分かってしまっていた。

友奈が、頬をふくらませていじけているのだ。

 

つまりは、嫉妬だ。

 

「千景~、浮気はダメよ」

「浮気!?」

「最低ね」

「夏凜!?」

「男の風上にもおけない」

「三ノ輪先輩まで!?意味わからないんだが!?」

「自分の彼女は大事にしなよ」

「彼女ってなんだ!?そして誰!?」

ますます混乱する千景。

そして馬鹿馬鹿しくなったのか、自分の蟹に齧り付く。

ただ。

「か、彼女・・・」

友奈はその言葉に反応して顔を赤くしていた。

「・・・あ」

箸で掴んでいたものを落としてしまう剛。

「あー、左手だけじゃ食いにくいな」

「仕方ないわね」

風が、剛が落としたものを箸で掴み、それを剛へ向ける。

「アタシが食べさせてあげるわよ」

「お、おう・・・・」

その行為に、思わずたじろぐ剛。

「風先輩」

「ん?何よ千景」

「それ、俗に言う、あ~ん、てやつですよ」

「・・・・・・・・・あ」

そこで、事の重大さに気付いたのか、一気に顔を赤くする風。

「あ、えと、その・・・・」

理解した事と同時に、彼女の頭の中が、恐ろしい程の速度で回転、次の行動をどうするか考えていた。

(どどうしようつい何気なくやっちゃったけど大丈夫よねいや大丈夫じゃない剛に迷惑いや迷惑じゃない?剛は嫌なのかしらいいえ女子力のかたまりでありアタシにいやこのさい女子力は関係ないそれ以前に私は耐えられるの?いえ無理絶対に無理いや無理じゃない大丈夫アタシは剛の事を思っているわけじゃないからこんなに混乱する必要は無い訳でそれで―――――)

とうとう頭から湯気が出る始末。

「お、おい風」

「ひゃい!」

素っ頓狂な声をあげる風。

「と、とっとと食わせろ。バカ野郎」

「は、はい・・・・」

最終的にしぼむ様な声を絞り出し、大人しく剛に刺身を食べさせる風。

結果、二人の間には、気まずくも甘い空気が形成されていた。

「何してんだか・・・・」

「あ、あの、千景君・・・」

「ん?」

千景が横を見ると、そこでは友奈が自分の刺身を差し出していた。

「た、食べる?」

「ん、ありがとう」

千景は、何の躊躇いもなくそれを食べた。

「・・・・」

思っていたのが違うのか、少し落ち込む友奈。

「友奈ちゃんからのあーんを、ああもあっさりと・・・・許すまじ・・・」

「美森ちゃん?なんでそんな恨めしそうに千景君を見てるの?」

「・・・・」

「今度は僕・・・・?」

「・・・東郷」

「え、ああ。うん、ごめん東郷さん」

苦笑いを零す翼。

(どうしてそこまで名前で呼ばれたくないんだろうか・・・・)

それが疑問に思っている翼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浴場にて。

 

 

「ああああああああああああ・・・・・・・いきかえるぅうぅぅぅぅぅうううう・・・・・」

「ものすごく長いですね、剛さん・・・まあ分からなくもないですけど」

男湯、そこで、まるで焼けたマシュマロのように溶け切った顔をしている剛と、それに苦笑いを零す翼。

「だってそうだろぉ。露天風呂だぞ露天風呂。これを楽しまなくてなんとするぅ」

下手すれば寝てしまうのではないかというほどにとろけ切った顔をしている剛。

「驚きました、まさか剛さんがここまでの風呂好きだなんて」

「風呂は一日の疲れを一気に抜き取ってくれるからなぁ。なかったら、無かったらで、もはや終わりだな」

「何がですか・・・・」

「それにお前さぁ、思わないかぁ?」

「何がですか?」

剛は、ある壁の方向を見る。

「この壁一枚向こうでぇ、女子たちがぁ、全裸でぬくぬくしてんだぞぉ。それを想像したらぁ、おのずと極楽と思わないかぁ?」

「何考えてんですか貴方は!?」

思わず赤面して立ち上がる翼。

「お前ぇ、想像してみろよぉ。真っ先に思い浮かんだ奴のぉ、服の下のぉ、生まれたままの姿をさぁ」

「真っ先に、思い浮かぶ人の、生まれたままの姿・・・」

そう思ってみると、まっさきに思い浮かんだ黒髪の妙に日本史について熱く語ってくる少女の、布一枚も付けていない、ありのままの姿が思い浮か・・・・・。

「あいたァ!?」

突如、どこからともなく桶が翼の頭に直撃した。

「あいで!?」

さらに、剛の頭上にも翼に当たったものとは別の桶が直撃した。

「ど、どこから・・・・」

「剛!変な事考えない!翼に教えない!そして想像するなぁぁあああ!!!!」

どうやら、女湯の方から風が桶を投げてきたのだ。

だが、風が投げたにしてはあまりにも正確無比だ。

そんな芸当が出来るのは、翼が知る中で一人しかいない。

「美森ちゃんか・・・・いた!?」

「東郷よ!」

「ごめん東郷さん!」

珍しく上ずった声で叫んでくる美森。

「と、とりあえず、数が合わないといけないから、この桶返すよ。それ」

と、桶を投げ返す翼。

 

 

 

一方の女湯では。

 

 

 

「あ、返って来た」

湯の上に落ちた桶を拾う友奈。

「全く、剛ったら・・・」

「そう言ってる割には、まんざらでもなさそうじゃない」

「そんな事ない!」

むくれる風をからかう夏凜。

「翼君たら、日本男児にあるまじき行為を・・・・」

「そういう東郷さんだって、まんざらじゃないよね?」

「ッ!友奈ちゃん!」

「いたた!?強い!?さっきのより水デッポウの威力が強い!?」

強力な威力の水鉄砲を喰らって退避する友奈。

「友奈ちゃんったら・・・・」

顔を赤くするも、美森は自分の胸に手を当てる。

(どうして翼君の事を、こんなにも思ってしまうのだろうか・・・・)

特に交流がある訳ではない。何かときめくような事があった訳でもない。

だが、それでも、どうしてこんなにも彼の事を思うと胸が締め付けられてしまうのだろうか。

(失った記憶・・・・そこに、何かあるというの?)

自分の消えた記憶。きっと、そこに、翼との何かがあるのではないのだろうか。

 

美森は、今日ほど、自分の抜け落ちた記憶を、求めた事は無かった。

 

 

 

 

 

 

場面戻って、男湯。

「いたた・・・・それにしても」

桶が当たった頭をさすりながら、翼は扉を見た。

「どうして千景君は一緒に来なかったんだろう・・・」

「さあなぁ・・・」

相変わらず腑抜けた状態の剛が答える。

翼はまだ来ない千景の事を、心配そうに思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は、与えられた部屋にて、一人ゲームをしていた。

「・・・・・」

高難易度を、初期装備オンリー、回復無しという縛りをもってクリアする千景。

「・・・・はあ」

溜息をつき、千景は浴衣を脱いで、背中につけられた、痛々しい程の火傷を晒す。

そして思い出す。あの地獄のような日々を。

階段から落とされ、髪を切られ、殴られ蹴られ、まともな手当もしてもらえず、犬をけしかけられるわ、地面に顔を押し付けられるは、固いコンクリートの床に背中から叩き落される上に、万引きまでさせられそうになり、拒否すれば、数日は療養しないといけない程に殴られ、性格の悪い高校生や中学生にカツアゲの対象にされたり、学校ではなぜか先生もそれを無視する日々。

理由は覚えていない。ただ、自分の以前の親が、何かろくでもない事をしたらしいが、この際どうだっていい。

ただ、千景は、あの日々から抜け出したかった。

ゲームをすれば外界から自分を切り離せる気がしたし、何かに集中すれば、それに没頭する事で何もかも忘れる事が出来る。

そう思い、始めたのが、機械修理なのだが。

どういうわけか、自分には触れた物を理解し、さらにそれを扱う事の出来る能力があったらしいが、その原因はこの際どうでも良い。

ただ、何かに没頭したかった。何かに集中する事で、何もかも忘れたかった。

何もかも・・・・

「・・・・・ん?」

 

 

 

 

 

何か、忘れている。

 

 

 

 

 

そもそも何故自分は相手の体の容態が分かる目を持っているのか、何故自分は相手の嘘が分かるのか、何故自分は何も知らないのに物の構造を理解できて扱える手を持っているのか。

何故、こんな事に今まで気付かず、今更、こんな事に気付いたのか。

「・・・・・」

千景は、仰向けに寝転がる。

「なんなんだ・・・一体・・・・」

まるで、()()()()()()()()()思い出せない。

そこで、強烈な眠気に襲われる千景。

(やば・・・そういえば昨日、新作のゲームを徹夜でやったから・・・・)

抗う術もなく、千景の意識は闇に堕ちた。




次回『更なる展開』

戦いはまだ続く。

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