不道千景は勇者である 作:幻在
高知県の南西。
香川から程遠く離れた、この海に面したこの街には、とある、本当に信じても良い伝説がある。
山奥に住む、ものつくりの神。その神は、供物と材料を与えれば、必ず望んだものを作ってくれる、と。
事実、山奥に存在する神社にある、『
巫女が作ったのではないか、と一時期噂されたが、巫女がその場を離れても、ものは作られていたらしい。
つまりは、伝説は本当、という事だ。
しかし―――――その伝説には、一つの決して破ってはいけない掟があった。
読者の方々は、『鶴の恩返し』という童話を知っているだろうか?
とある老人が、人間の罠に掴まった鶴を捕まえ、開放した後、その日の夜、美しい女性が道に迷ったと言い、老人の家にやってきた。
家に泊める恩返しとして、女性は、部屋を一つ借りた。
その時、女性は、老人に向かって、強くこう言った。
『決して、部屋の中を覗いてはいけません』、と。
次の日にはそれは見事な布を織った。
それを売れば、高値で買い取られ、老人の家にはたちまち大金が振り込んできた。
そんな日がしばらく続いたが、老人は、ふと、疑問に思ってしまった。
どうやってあんな素晴らしい着物を織っているのか。
そして、老人は、女性からの言いつけを破り、中を見てしまった。
その中で、布を織っていたのは、一羽の鶴だった。
姿を見られた鶴は、大慌てで空へと飛び去ってしまった。
老人は、秘密を知ってしまったが故に、一攫千金の可能性を失ってしまった。
世の中、知らなければ良い、という事もある。
それゆえに、神が作業をしている間に、『創代の間』の戸を開けてしまったら――――
―――――その者は、秘密を知ってしまった代償として体の全てと魂を抜き取られる。
「・・・・・帰って来たぞ」
その街の駅にて、千景は、ショルダーバックを引っさげて、街を見渡していた。
この街こそが、千景の故郷だ。
翼の六道家によって、どうにか体調不良と言う名のずる休みをもらい、今こうしてここにいる。
勇者部には、退院した翼と風、そして美森と友奈がおり、樹、剛、夏凜は未だ入院中との事。
そんな中、千景は自分の故郷へ、戻ってきていた。
自分が何者なのかを知る為に。
そして、勇者部の代償をどうにかする為の手掛かりを見つける為に。
「変わってないな・・・まあ、二年しか経ってないんだから同じようなものか」
街の様子は至って変わっていない。
商店街には人が行き交い、まだ朝早くなので学生が通学路を歩き、道路には普通に車が走っている。
そんな中で、千景の目的地は、ただの一つ。
もうほとんどの家の人が仕事に言っているので、人気の少ない住宅地。
そこにある、何気に大きな建物。
そこに、一人の五十代の眼鏡をかけた優しそうな男が、まだ幼い子供たちの相手をしていた。
周囲にも、幾人かの職員も相手をしている。
ふと、男が相手をしていた子供が、他の子供の所へ行ってしまう。
椅子から立ち上がる男。ふと、そこで、施設の正門にいる人物に気付く。
「・・・おや、これは珍しい客人だ」
「せめて、帰省と言ってくれよ。おっちゃん」
正門に立つ千景の帰りを祝うかのように、男は笑顔で彼を迎えた。
男・・・この施設の所長をしている『
「おっちゃんの蕎麦を食うのも久しぶりだな」
「向こうでも作っているんだろう?」
「でも向こうはうどんの本場だ。そう表立って
そう、実は千景は、弩がつくほどの蕎麦好きなのだ。
勇者部の前ではうどんを食べているが、それはあくまで、無駄な面倒をかけないため。
実際には家では蕎麦を自分で作って食べているのだ。
実は、この街の人間は全員蕎麦好きだ。
理由は、西暦の時代に、外のウィルスから逃れる為に逃げ込んできた大量の長野県出身者によるものらしいのだが、千景の記憶としては、長野県諏訪に生き残っていた人たちを護送した事が主な原因。
その諏訪の人たちは、その人たち専用の住宅地を与えられたが、蕎麦を広めたいと野心に燃える者たちが四国各地に旅たち、香川を除く一部の街では蕎麦が流行しているだとか。
さらに、蕎麦とうどんで論争が起こる程の二つの勢力は拮抗しているのだとか。
ともかく、千景は本当は蕎麦好きだ。
「んー、やっぱおっちゃんの作る蕎麦は美味いな!」
「ははは、私も君にまた蕎麦を食べさせられて良かったよ」
他愛の無い話をしばらくして、千景が蕎麦を食べ終わった頃。
「それで、どうして戻って来たんだい?」
氷室は、千景に聞いた。
「・・・・」
千景は、器を机の上に置くと、改めて聞いた。
「・・・山奥の神社に用があって来た」
「え・・・」
千景の言葉にそんな声を漏らしたのは、目の前の氷室では無い。
扉が半開きになっていた。
その扉の向こうから、一人の女性がいた。
「・・・・雅さん?」
「・・・・・久しぶりね千景」
その女性の名前は『
年齢は二十歳。
この施設で生活をしていた千景の先輩にあたる。
その手には、お盆の上に乗っかった湯呑が二つあった。
「・・・・珍しいな、貴方がお茶を用意してくれるなんて」
「今のアンタは客人よ。もうこの施設の人間じゃないんだし」
「そっか・・・」
千景は、なんだか違和感を感じていた。
どうにも、この施設の人間が、千景に対して苦手意識を持っているような感じがする。
虐められていた千景にとっては、庇いもしてくれなかった者たちの事などどうでも良いのだが。
「それで、どうして山奥の神社に用があるんだい?」
「・・・・知りたい事が出来た。それだけだ」
千景は、目を逸らして、それだけを言った。
「ふむ・・・知りたい事か・・・・」
氷室は、意味深げに、顎に手を当てた。
「・・・・」
雅は、千景のそんな姿を見て、何故か目を逸らした。
「どうして、あの神社にあると思ったのかね?」
「・・・・・記憶が無い」
一旦、溜息を吐いた後に出た、千景の一言。
それで、雅がどういう訳か明らかに動揺した。
「ん、どうした?」
「い、いえ・・・なんでもないわよ」
あからさまに目を逸らしてくる雅。
(なんだ・・・?)
それにしばし疑問に思いながらも、千景は話を続ける。
「俺がこの施設にいた頃の夜の記憶、そして、日中途切れている記憶。そして、小学校にあがる以前の記憶が、
「ほう・・・・」
「気のせいじゃないのかしら?」
雅が否定的に言ってくる。
しかし、千景はそれに首を振る。
「いや、どうにも可笑しい。それに、記憶が無いような感覚じゃないんだ。記憶が砕かれたような。そんな感じだ」
雅の手が、ギュッと握りしめられた。
「・・・・なあ、雅さん。貴方、一体何を知っている?」
「な、何よいきなり・・・・」
「貴方、さっきから可笑しいぞ。俺の言ってる事を、いかにも知ってそうな感じで反応してるじゃないか」
「し、してないわよ・・・・」
「歯切れ悪いし」
「うっさい!」
「というかこんなに食って掛かるキャラだっけ?」
「そこはどうでも良いでしょ!?」
どうにも自分が弄ばれている事に驚きながらも声を荒げる雅。
「というか、アンタ学校はどうしたのよ?」
「休暇取った」
「あ、そう・・・よく出して貰えたわね」
「仮病というものは、実はあまり使わない方が効果が上がるんだよ。それはともかくとして、何を知ってるだよ」
「う・・・」
話を逸らせたかと思ったがそこまで甘くなかった。
やはり口籠る雅。
「・・・・だんまりかよ」
「・・・・」
挑発気味に言っても、何も言えないのかさらに俯く雅。
(ここまで弱気な雅さんは見た事ないな・・・・)
そう思いながらも、とりあえず追及はやめておく千景。
「おっちゃんは何か知ってるか?」
「ふむ・・・・」
千景が聞くと、しばし考え込んだ氷室は、やがて目を細めて、口を開いた。
「・・・・君は、よく神社に行っていたな」
突然、過去の事を離し始めた。
「帰りがいつも遅く、夕飯時になるまで帰ってこない。帰って夕飯を食べたと思ったら、すぐに外出してどこかに行ってしまう。そして、気がついたらすでに自分の部屋で寝ていた」
「おい、ちょっと待て」
「たまに、見慣れない怪我をしてきた事もあったね。その時はあまり気にしなかったが、いじめを受けていたにしては、深い切り傷も多かった。まあ、ほんの数日で治ってしまったけどね」
それは、千景の知らない、千景の過去。
氷室の言う過去は、どれも千景の知らない事だ。
「始めは、虐めが激化したものかと思ったが、そうでもなかった。君に対するいじめは、普段通りだった。いや、
「おい待て。俺が怪我?そんなの日常茶飯事だろ?一体、いつそんな怪我を負ったんだ俺が?」
千景は、信じられないとでもいうかのように聞いた。
もしそれが本当なら、自分は、一体どれほどの記憶が抜けているのか。
いや、
そして、目の前にいる二人は、とても真剣な目となって、千景に言った。
「千景君、君は、この街でとある御役目についていたんだ」
「おやく・・・め?」
「そう、命を賭した、危険な役目だ」
その声音には、とてつもないやるせなさと、後悔が滲んでいた。
「そ、その御役目って・・・」
思わず聞いた千景。
しばし、考えた氷室は、次に、口を開いた。
「新世紀元年、その年において、全ての破壊された筈の『魔器』の破壊。それが、君の御役目だった」
「―――ッ!?」
その時、千景の脳内に電撃が走った。
聞き慣れない筈の言葉なのに、背筋がぞっとするかのような、聞き覚えのあるような言葉。
「君は、私たちには内緒で、その御役目を担っていた。君の記憶が無いのは、その最後の戦いにおいて、
「な―――ッ!?」
さらに、衝撃的な事を言い渡され、混乱する千景。
だが、それさえもお構いなしに、氷室は続けた。
「もし、君が全てを知りたいなら、神社に行くと良い。そこに、答えがある」
氷室は、悲しそうな表情で、千景を見ていた。
千景は、茫然するほか無かった。
自分の知らない事、自分の知らない役割。
千景の心境には、ただ、不安しか無かった。
次回『記憶無き再会』
忘れてしまった、大切な人々。