不道千景は勇者である 作:幻在
千景の故郷。
香川から、遠く離れたこの高知の海の面した都市には、一際大きな裏山が存在する。
そこにある階段を昇れば、この地に本物の伝説として存在する、『
その神社には、必ず一人、巫女なる人物がおり、その神社を管理し、そして、『創代の間』にて、何かを作ってくれるように、神に願ってくれる。
千景は、そう聞いていた。
「・・・・あそこに・・・」
千景は、街中を歩きながら、そこから見える裏山を見ていた。
「・・・・・俺は、毎日ここに・・・」
そう呟くのは、ほんの数刻前。
「『魔器』の・・・破壊・・・!?」
「私も詳しくは知らない。だけど、君が命をかけて、それらの破壊に順守していた事を知っている」
氷室は、千景に向かってそういった。
雅は、申し訳なさそうに顔を背けていた。
「その魔器ってのは、一体・・・?」
「一言で言って、超能力を宿した武器、ってところだね。武器によって能力は様々。しかし、それは例外なく
「どうして俺がそんな損しかないような事を・・・・」
誰かに感謝される訳でもないようなものなのに。
それを自分が受けるはずが無い。千景はそう思っていた。
「それでも、君は戦っていたんだよ。他でもない、この街の人たちの為にね」
にわかに信じられない。
何故、自分を虐めてきた者達を守らなければならないのか。
どうして傷付くような事をしなければならないのか。
そこで、雅が口を開く。
「・・・・気になるなら・・・行ってみたら?」
「雅さん?」
「創代神社。知ってるでしょ?」
「・・・俺が、なんか毎日行ってたっていう・・・・」
「そうよ。分からないなら、行ったらどうなの?」
と、そっぽを向くようにそう言ってくる。
その反応に、千景は驚きを隠せない。
親切だからだ。
以前までの雅なら、千景に対してこんな事を言わない筈だ。
むしろ、自分といる事を嫌ってすぐさまこの部屋を出ていくはずなのに、彼女はそれをしない。
「一体何があった・・・・」
「・・・・アンタのせいよ」
「は?俺のせい?」
「そう、アンタのせい」
ますます訳が分からなくなる。
一体何がどうなってこうなったのか。
混乱する千景に、氷室は続けて言う。
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず、雅の言う通りにしてみたらどうだ?」
「まあ、そうするが・・・・」
言われた以上は、仕方が無い。
「今夜、宿はどうする気かね?」
「邪魔じゃなければ、というか不本意ながら宿に泊まる為の金は持ってきていないからここに泊まる事にしてるよ・・・・」
「ふむ・・・」
「ッ・・・」
氷室はうなずき、雅は暗い顔になる。
それに、千景はなんとも言えない違和感を感じながら、話を打ち切った。
施設を出て、神社のある裏山に続く商店街を歩いている千景。
時刻としては、学校はもう昼休みだ。
歩いているうちに、商店街に入る千景。
「ここも変わってないな・・・・」
いつも通り人が行き交い、そこに売られている商品を売ったり買ったり、そして、買い物客と店員との世間話が聞こえてくる。
そう、いつも通りの日常が、そこにある。
「うわ!?」
「おおっと!?」
そこで、誰かとぶつかってしまう千景。
「す、すいませ・・・」
「すま・・・ん・・・・」
そこで、ぶつかってしまった人物と目が合う。
大きな体躯。おおよそマッチョと言うべき肉体。
そしてそれにアンバランスに手に持たれた、花束。
そして、あまりにも厳つい顔。
とても三十代とは思えない程の顔立ち。
「吾郎さん・・・・」
「ち、千景・・・なんで・・・」
『
花屋を経営している男性だ。
思わず互いに黙ってしまう二人。
「・・・あー、久しぶりです・・ね?」
「あ、お、おう・・・そうだな」
なんだか歯切れが悪い。
千景は、吾郎の自分に対する反応が可笑しい。
昔は、かなりこちらを毛嫌いにしていた筈なのだが・・・
「お前、どうしてここに・・・・」
「仮病と言う名のずる休みをしています」
「・・・とうとう向こうの学校でもはぶられたのか」
「別にそんなんじゃないですよ・・・・」
「「・・・・・」」
やはり互いに会話が途切れる。
互いにどう話を切り出せばいいのか分からないのだ。
だが、そこに。
「ぱぱー!」
と、言ってくる幼い声が聞こえた。
「ん?真琴!?お前、休んでなきゃだめじゃないか!」
店の中から走って来たのは、まだ幼い男の子。
吾郎は屈み、その子供を受け止める。
「ごめんなさーい!」
「お前なぁ・・・」
ふと、その男の子は、千景の姿を見ると、その表情を無邪気に明るくした。
「あ、ちかげにいちゃんだ!」
「え・・・・」
そして、抱き着いてくる。
「お、おい・・・!?」
「ねえねえ、いままでどこにいたの?」
「ど、どこって・・・」
ちなみに、千景はこの男の子の事を知らない。
なのに、何故この子供は自分に向かって抱き着いてくるのか。
「お前は、覚えてないだろうな」
「え・・・?」
立ち上がった吾郎が、頭を掻きながらそう言ってきた。
「真琴はな、お前に助けられたんだよ。覚えてねえかもしれねえけど」
「な・・・」
絶句する千景。
一体、何時の話だ。しかもどうやって自分はこの子供を助けた。
混乱するなか、吾郎は、あまりの気まずさにそれ以上切り出してこない。
「にいちゃん、あそぼ?」
「ッ・・・」
千景は、純粋無垢な眼で見上げてくる男の子、真琴に半ば躊躇いがちに視線を合わせるようにかがんで答える。
「ごめん、今日は用事があってな。遊べないんだ。また、今度な?」
「えー」
「言ったろ?ちかげにいちゃんは忙しいんだ。分かったら、お母さんの手伝いでもしてきなさい」
「はぁい」
やや不服そうに答え、真琴は店の中に入っていく。
それを見送った後、吾郎は千景を見た。
「・・・・神社に、行くのか?」
「・・・ええ」
千景は、首を縦に振る。
思い出さなければならない。
自分が、本当は何者なのか。
どんな理由で、讃州市に行かされたのか。
その理由全てを。
「そうか、気を付けろよ」
こちらを心配する言葉。
その意外さに、やはり、気恥ずかしさを感じずにはいられず、千景は、やや焦り気味に答える。
「・・・ありがとうございます」
そして、千景は、高い階段を見上げた。
目的の神社が存在する山に設けられた階段を。
千景は、その階段を昇る。
一段一段、踏みしめるように。
その階段を昇る最中、千景は思い出す。
この街での出来事を。
その理由は分からない。
親は小学生にあがる直前の息子を残して心中した。
理由は分からない。ただ、神社で一人の息子の前で自害したらしい。
その時のショックからか、自分は記憶を失ったらしいのだが、その前に親がしでかした事が原因で自分の評判は地の底だった。
だからこそ、自分は虐められていたのだろう。
そんな親に、恨みはなかった。
顔も知らない、ましてや生きてもいない相手に、今更怨んでも仕方が無いからだ。
ただただ、自分に与えられた『
しかし、今思い出してみると、中学にあがる直前までの記憶がまるで穴だらけだ。
虐められた内容は思い出せる。
だが、それでも記憶に途切れがある事は確かだ。
その途切れの理由を、千景は知らなければならない。
そう、知らなければならないのだ。
そして、千景は階段を昇り切る。
そこで待っていたのは――――
「ようこそ、創代神社へ。今回は、どのようなご用件でしょうか?」
長い黒髪。それを三つ編みに一束に纏めた髪型。
なんの化粧もされていないのに、白くもなく、良い気色が感じられる肌。
何もかもを見通しているかのような、澄んだ暗い
千景よりも、何歳か年上の少女は、千景に向かって、優しく微笑んでいた。
まるで、再開を喜ぶかのように。
「・・・・」
千景は、それにすぐに答える事が出来なかった。
その声に、どうしようもない
そして、
「ああ、自己紹介がまだでしたね」
聞き覚えのある声音。
それは、千景の満たされてもなお空虚な心を、埋めていく。
しかし、少女は、何のためらいも無しに、何かに耐えるかのように、自分の名を告げた。
「私の名前は『
聞き覚えの無い、名前。
それに、千景は思わず、自分の胸倉を握りしめた。
「・・・・ぅ・・・・ぁ・・・・」
そして、嗚咽。
ここまで、心に響く名前は、初めてだった。
これは、郡千景の心ではない。
紛れもない、不道千景自身の心。
視界が、霞む。
知らぬ間に、頬を何かがしたたり落ちる。
それに、目の前の少女―――『神代奏』は、一瞬目を見開くも、すぐに微笑み、その目尻に、涙を浮かべる。
「やはり・・・頭では忘れても、心は覚えているんですね」
「う・・・・ああ・・・・」
もう、止まらない。
千景の眼から、止めどない程の涙が流れ出ていく。
とても大切な、だけど知らない名前。
先祖の記憶ではない。
これは忘れてしまった記憶。
穴の中にある、大切な思い出。
頭では忘れてしまった、心の中にある、大切なもの。
「・・・・・おかえりなさい」
奏の言葉に、千景は、嗚咽を漏らす事しか出来なかった。
古いちゃぶ台の上に、湯呑が置かれる。
「・・・すいません、いきなり泣いてしまって」
「ううん、私も少しばかり泣いてしまったから、おあいこよ」
千景は、目の前の巫女服の少女・・・奏と対面していた。
あの後、居間に案内され、ここでお茶を出されているのだ。
「では、単刀直入に言うと、私は、貴方の事を知っています。当然、貴方も私の事を知っています」
「それは俺が・・・・その、泣いた事に関係するのか?」
「はい」
千景は頭を掻く。
目の前の少女、というか、千景から見たら彼女は高校生あたり。下手すれば大学生なので女性と言うべきなのだろうが、とにかく彼女は自分の事を知っている。
そして、自分も彼女の事を知っている。おそらく、失った記憶の中に。
「そして、貴方は、自分の記憶を取り戻しに来たんですよね?」
「ああ」
「それは何故ですか?」
奏が、笑顔を引っ込めてそう聞いてくる。
一種の気迫さえ感じる。
それに、千景は、答える。
「・・・・・俺は、知らないといけないんだ」
「それは何故?知らなくても、今の生活に問題はないでしょう?」
「そうかもしれない。だけど、俺はここの御役目とは別の御役目についている」
「それは、どんな?」
奏は、間髪入れずに聞いてくる。
その声音には、僅かな焦りが感じられる。
「・・・外から来る敵を、神樹様から守る御役目だ」
「・・・・・勇者の御役目ですか?」
「知っているのか?」
これには純粋に驚いた。
勇者の御役目の事は、大赦の超重要機密だ。
それを何故彼女が知っているのか。
「ええ、我が神社には、それについての書物が保管されいますので」
「そんなものが・・・いや、これは良いか」
「それで、貴方は、その御役目において、どうして自身の記憶が必要だと思ったんですか?」
奏は、なおも聞いてくる。
「それは・・・・」
千景は、息詰まる。
そして、考える。
どうして、自分は、自分の記憶を取り戻したいのだろうか。
千景は考える。考える。
そして、思う。
「俺は――――守る理由が欲しい」
「・・・その、理由とは?」
「俺は、世界を守りたいって思う。だけど、俺がどうして守りたいって思うのかが分からなくなったんだ。ただただ鎌を振るうまま、己の中に走る衝動のままに戦った。だけど、その理由がわからないんだ。信じていたものが、信じられなくなりそうで、怖いんだ。俺は、それがどうしようもなく怖い。もし、俺がその理由を失くしてしまったら、また何かを失いそうなんだ。それが怖い」
「だから、記憶が必要だと?」
「そうだ」
千景は躊躇いも無く肯定する。
「記憶を取り戻せば、守る為の明確な理由が分かるはずなんだ。そう、俺が―――――」
そこで、ふと思った事を口走った。
「―――本当の親に、愛されてたか。そんなちっぽけな、ものを」
それに、奏は、この会話で初めて息を飲んだ。
「・・・・そう、貴方は、結局、そこに何かを求めてしまうんですね」
「?」
表情は、険しい者から、あっという間に、悲しそうなものに変わった。
そして、奏は、一度目をつむり、何かを逡巡し、目を開け、千景を見る。
「では、貴方の依頼は、貴方の記憶の修復。それで、よろしいですね?」
「それは――――」
「望み通り、貴方の記憶を治してくれるように、我が神―――創代様に願いましょう」
奏は、千景に向かってそう言った。
確固なる決意をもって。
神に干渉する。
それは、並大抵の精神力では耐えられないもの。
しかし、それは意識がある場合の話であって、意識を失っている状態なら、滞りなく可能だ。
千景は、その為の衣服に着替え、神社に存在する、『創代の間』へと案内された。
「準備は出来ているわ」
その前で待っていた奏が、千景を迎える。
中を覗けば、そこには敷布団と枕のみが置かれており、奥には何かを祀る祭壇があった。
「創代様より、記憶の修復には一週間はかかるとの事です」
「ちなみに、俺の友人の記憶はどうなんだ?」
「申し訳ありません。それは、貴方と違って、抜かれたという形なので、元が分からなければ・・・・」
「不可能って事か・・・・」
この神社の言い伝えでは、ここの神は、『創る』事に関しては、どの神よりも高い力を持っているとの事。
つまり、その気になれば、世界さえも創造しうる事が可能だという事だ。
これでも土地神の一体のなのだが、なんでもれっきとした一匹狼らしく、神樹様には協力していないような。
その神が管轄するこの街では、どういう訳か神樹様の加護が拒絶されており、人々は、限られた資源で生活しているそうな。
そんな事はともかく、創る事に関して圧倒的力を持つ創代は、千景の記憶を修復するのは造作もないらしい。
しかし、物事には何事も代償が必要だと聞いたが、どうやら千景の場合はなんでも
なんのストックかは分からないが、それがあるならありがたい。
千景は、敷布団の上に、仰向けに寝転がる。
「では、修復している間は、目が覚める事はありませんし、死ぬ事もありません。ただし、万が一にでもこの戸が何者かに開けられた場合は――――貴方の記憶の保証はできません」
それだけを言い残し、奏は、戸を閉めていく。
そして、戸が完全に閉まった時、千景の意識は闇に落ちた。
そして、過去の自分の記憶を見せられた。
次回『千景がいない間の勇者部』
物語は、最悪の方向へ進んでいく。