不道千景は勇者である 作:幻在
高知県絡久良市。
そこは、現代にも伝えられている生ける伝説の残る、この四国で唯一
そこに住む人々は、良くも悪くもしっかりと生きていた。
善性に生きる人もいれば、悪性に生きる人もいる。
いわば、どこにでもあるありふれた街である。
ただ、その街の、たった一つだけ異常な事があるとすれば、二つ。
一つ目は、この街で起こる、手口が一切分からない事件が一年に数回起こるという事。
その事件は、警察がどんなに手をこまねいても解決できない、
どれほど真相を突き止めようとしても、手口自体が証明不可能なものであるため、解決不可能なのだ。
そして、もう一つ。
この街では、一人の少年を、忌み嫌っている事。
孤児養護施設『百合籠』
その一室。
割れたガラスを透明のガムテープで補修した窓。
傷だらけの壁。
つぎはぎだらけのベッドの上に寝そべる一人の少年が、目を覚ます。
無理矢理な感じで修理されている時計が示す時刻は五時。
しかし、これで良いのだ。
少年は、扉を開けて一階の食堂にやってくる。
そして、そこにある台所に入り、ありったけの食材を取り出し、それを台の上に置く。
手を洗い、包丁を取り出し、それらの食材を手慣れた手つきで切り刻んでいく。
やがてそれを沸騰させた湯の中にいれ、煮込んでいく。
ふと、扉が開く。
「おはよう」
そう言ってきたのは、ここの所長である『氷室雄二』という初老の男だった。
「今日はなんだったかね?」
「焼き魚と味噌汁、主食にご飯を入れた定食です」
少年は、氷室の言葉に淡々と返す。
「いつも悪いね」
「いえ、これが俺の
少年は、なおも料理を作る手を止めない。
「そうか、では・・・」
「いっちばーん!」
ふと、食堂の大扉が勢いよく開け放たれる。
「おや、白露じゃないか。今回は一番だね」
「おはよう氷室おじちゃん!そうなんです!私一番に早起きしました!」
と言いつつ、少女『新井白露』は台所にいる少年に目を向けた。
「あ、いたんだ」
「・・・」
少年は何も答えない。
ただ、少女の眼はこの上ない程に冷めている。
しかし、
ただ少年は淡々と、料理を作り続ける。
その後も、まだまだたくさんの施設内の役員や孤児たちがやってくる。
しかし、その誰もが、千景を無視する。否、見下すような眼を一瞥した。
千景が料理を分ける。しかし手伝うのは氷室だけで、他の者達は仲間内でのみの会話を楽しみ、千景に対しては一切の感謝を述べない。
そして、朝食が始まれば、千景は一人、
まるで、あらかじめそこに席が用意されていたかのように。
誰も彼の事を気にせず、ただただ自分たちだけで話し合っていた。
そして登校の時間。
「行ってきまーす!」
と、元気に声をあげ、施設を出ていく子供たちに紛れ、少年は一人、歩く。
しばらく歩き、施設から結構離れた所で、少年は、とある子供の集団に囲まれた。
一人の少年を中心に、その集団は少年を見下すかのように、そして、軽蔑し、卑しい笑いを向けていた。
それに少年は表情を一切変えず、ただこれから先起こる事をぼんやりと想像していた。
「オラッ!」
「ッ・・」
人目のつかない空き地にて、先ほどの少年が、集団にリンチに遭っていた。
(今日はいつもより酷いな・・・)
少年は、ただ為されるがままに殴られていた。
「へへっ、昨日ママにゲームやってて怒られたからなぁ・・・・」
「ああ、そういう事か」
少年は、今さっきまで殴っていた少年に向かってそう淡々と呟いた。
それが気に障ったのか、その少年は、殴られていた少年を蹴り飛ばす。
「ッ・・・」
「黙ってろ
頭を踏まれ、地面に顔面を無理矢理押し当てられる。
しかし、それは少年にとってはさほど苦痛ではない。
もう、すでに
ただ、ここは
「ぐ・・・ぅ・・・」
「ったく、なんでお前のようなクズが生きてんだよ。パパから聞いたぞ。お前の親はどうしようもない
「・・・」
その瞬間、少年の心は、
「はっ、ろくでなしの子供は同じろくでなしなんだ。こんな事しても・・・」
「黙ってろ」
とてつもなく低い声が、少年から発せられた。
それに、殴りつけていた少年が思わず後ずさる。
ただ、その後で少年は少しだけ後悔する。
またやってしまった、と。
「・・・い、いくぞ」
その少年の言葉に周囲にいた子供たちも同意し、さっさと行ってしまう。
「・・・・」
少年は、その様子を見送り、立ち上がって自分の体の状態を確かめる。
(腹に数回、右腕を七回、左腕を五回、脚はどちらとも無事、か・・・・)
歩く事に問題が無い事を確認すると、少年は、歩き出す。
服はボロボロ、顔にも痣が出来ており、みずも無残だ。
しかし、少年は気にした様子も無く歩く。
商店街を通る。
しかし、そこですれ違う人全てが、少年に対して冷たい視線を向ける。
嫌悪、嘲笑、忌避。
それらの感情が、全て少年に向けられていた。
しかし、少年はその視線の全てを受け入れていた。
そして、学校。
まだ、授業は始まっていないようだが、ホームルームはもう始まっているだろう。
そして、校門前には、一人の男性教師がいた。
「今日も遅刻だな」
「・・・・」
あざけるかのように言う男性教師、その手には、竹刀。
そして、その教師は、突如として少年の腹を竹刀で殴る。
「・・・ッ」
「返事しろ」
「・・・・はい、すみません」
いつもの事に、少年はいつものように答える。
「チッ、なんでテメェのようなガキがこの学校にいんだよ」
男性教師はそう悪態吐き、去っていく。
少年は殴られた腹の感触を感じながら、何事も無かったかのように歩き出し、校舎に入っていく。
そして、他の教室の点呼の声を聞きながら、少年は自分の教室の扉を開ける。
「・・・・チッ」
誰かの舌打ちが聞こえた。
その相手を、少年は知っている。
しかし少年は追及せず、窓際の自分の席に向かう。
しかし、少年の机は見るも無残な状態になっていた。
椅子はどうにか原型を保っている、というような様子でボロボロになっており、机の方も、刃物で切りつけたのか、ボロボロだった。
そして、そのありとあらゆる場所に、油性のペンで、何か文字が書かれていた。
その内容は――――これでもかというほどの罵詈雑言の数々だった。
しかし、少年は気にした様子もなく、それに座った。
「ハア・・・それじゃあ、最後だ」
担任教師は、名簿を見ながら、少年の名を呼ぶ。
「不道千景」
「・・・・はい」
『不道千景』。
それが、彼の名前だった。
千景は、今日も一日乗り切ったと想い老けた。
そんな彼が倒れ伏しているのは学校の人目につかない裏手の地面。
そこには血がいくつか飛び散っており、それら全ては千景のものだ。
(耳を切られたな・・・)
最近伸びてきた髪を切るという名目上でカッターで耳を切られたのだ。
それが証拠に耳から血が滴り落ちている。
「まあ、別に、問題はないが・・・」
この方、病気にかかっても無理矢理学校に行かされた身だ。体の丈夫さと精神力の強さにはそれなりの自負がある。
千景は立ち上がり、ボロボロのランドセルを背負って歩き出す。
すでに空は日は落ちかかって、夕焼け色になっていた。
「・・・・」
すれ違う人全てが千景に敵意を込めた視線を向けてくる。
その理由を、千景はある程度把握していた。
千景の両親は、父親の方はのんだくれで殺人罪を起こした父と浮気に手を出していた母の間に生まれた子で、母親はこの辺りにある黒い噂の絶えない会社の社長令嬢だったらしい。
そんな二人の間に生まれたのが千景。
いわば、親子三代にわたってろくでなしと言われ続けているのだ。
そんな千景の父親は警察官、一方の母親は専業主婦だったと聞く。
すでに家族との縁は切っていたみたいだが、問題なのはそこではない。
ある日、千景の両親が殺人を引き起こしたのだ。
理由は不明。否、追及されなかった。
ただ、ろくでなしの子供はやはりろくでなしという事で片付けられたのだ。
動機など無い。否、動機は娯楽のため。人の悲鳴を聞きたいだけなのだろう。
それだけの事で片付けられ、両親はただの犯罪者にさせられた。
しかし――――両親はその殺人を犯した日に死んでいた。
死因も不明。ただ外傷を受けたわけでもなく、毒を飲んだわけでもなく、そこにただ横たわって生きていなかった。
そして、やはりその死体もゴミのように扱われた。
ただ、その時、二人の両親に大事そうに抱えられていたのが―――――
――――当時、小学校に上がる直前の千景だった。
千景には、小学校にあがる以前の記憶の一切が無い。
その理由は、両親を失った事によるショックという事で片付けられた。
その後、千景は引き取り先がないまま、施設に入れられ、そしてそこからさき五年、現在小学六年生になるまで、毎日のようにいじめを受けてきた。
体中には傷があり、背中にはその六割を占める程の火傷の痕がある。
しかし、今の千景にとってはそれが苦ではない。
親のした罪は受け入れている。
それが理由で自分がいじめられている事も知っている。
ただ、彼に一つ異常な事があるとすれば。
だれも怨んでいないという事だ。
普通、こんな事を毎日受け続ければ、怨みの一つぐらいを抱く筈なのだ。
怒りはする。なのに千景は一切の怨みを持たず、そしてこんな世の中を心の底から嫌ってはいなかった。
まるで、その感覚が麻痺してしまったかのように、彼には嫌というほどに淡々とし過ぎていた。
そして千景は、それを疑問どころか気にしてすらいなかった。
ある意味でいって、気が狂っているともいえる程に怨みに無頓着なのだ。
何故、彼はそれほどまでに、怨みの念を抱かないのか。
それは、彼自身にも分からない。
そして、周りは誰もそれに気付かない。
施設に帰り着き、料理を作った後、千景は自室に戻った。
自室は、ここにいる子供たちによって、無残な程にボロボロだ。
そんな彼の唯一の趣味はゲームだ。
幅広いジャンルのゲームをやり込んでいる千景は、すでに小学生ながらにプロ並みの腕を兼ね備えていた。
FPS系のゲームを初期装備の縛りでやっていた時の事。
ふと、外からいくつかの足音が聞こえた。
「・・・・」
千景はそれを聞くと、ゲーム機の電源を落とし、それを引き出しに入れ、隠す。
そして、足音がなくなり、少ししたら、扉が勢いよく開けられた。
「よぉ」
そこには、数人の子供の集団。
中学生もいれば、小学生もいて、さらには女子もいる始末だ。
そして、千景はまたか、と思いながら、立ち上がるのだった。
水面に顔面を押し当てられ、がぼがぼと空気を吐き出す。
周囲からは笑い声。
水面に叩きつけられる音が聞こえ、水が耳に入る。
ここはトイレの水道。
そこのシンクいっぱいに入れられた
飲めば少なくとも腹を壊す事は確実だ。
それ以前に、空気を吐き出して酸欠状態となって溺死してしまう。
しかし、彼らもそれが分かっているのか、あえて千景の頭を掴んで、その水面に押し付けていた。
息を止めて我慢しようとすれば殴って痛めつける。あるいは、アイスピックやフォーク、カッターなどで斬りつけて痛めつける。
そうすれば、人は簡単に無理矢理に息を吐かせる事が出来る。
呼吸する動物とは、そういうものだ。
ありとあらゆるショックを外部から受ければ、心拍はあがり、そして、呼吸の回数も増える。
それが分かっている者もいるのだが、あえてそれをやっている。
「ほら、飲めよ」
「ご・・・が・・・・」
苦しそうに息を吐き出す千景。
流石にこればかりは限界がある。
やがて、千景に限界が来たところで、水面から顔をあげさせる、一人の中学生男子。
「ここに住ませてもらってるだけありがたいんだぜ?お前のような
千景と同じ小学六年の男子である『磯部信也』が、そう嘲笑うかのように千景にそう囁いてくる。
「そうよぉ」
さらに、膝をつく千景のふくらはぎを踏みつける千景と同じ中学生の女子生徒の『
「貴方のようなろくでなしを置いてあげてるのは、たしかにおじいちゃんのお陰だけどねぇ。こうして今、貴方がここにいられるのは私たちが仕方なく置いてあげてるからよ?そんな私たちのために、こういう事をするのは
ギリギリと、上靴越しに千景の脚を踏みつけてくる花。
しかし、千景は答えない。
否、答える余裕がない。
「だんまりかよ?」
「・・・・」
「チッ」
「ぐっ・・・」
壁に叩きつけられる。
もたれかかって座り込んだところで、肩あたりを踏みつけられ、壁に押し付けられる。
「今、お前がここにいられんのは俺達のお陰なんだよ?わかる?お前は俺たちに生かされてんの?こうしてボロボロの部屋にいられんのも食べ物にありつけんのも皆俺達のお陰なんだよ。ついでにこの街に住めんのも、俺達のお陰なんだよ?だからお前がこんな事になんのは当然なの?良いな」
なんて滅茶苦茶な理屈だ、と千景は思う。
そもそも料理を作っているのは千景なのであって千景以外の誰かが作っている訳でもなければ、それこそ美味しい料理にありつけていられるのは千景のお陰だ。
ついでに、千景を管理しているのは氷室であって彼らではない。
それこそ何かしらの告げ口をすれば、評価を落とす事も出来れば、千景は反論もしなければ何かを言う事すらない。ついでに氷室にとって重要なのは
小学六年、おそらく奉仕という言葉を知らないのだろうが、まあ、彼らの言っている事は、そういう事なのだろう。
だから千景は追及しない。
「信也!持って来たぜ」
「お、やっと用意出来たんだな!」
ふと、トイレに一人の男子が駆け込んでくる。
その手には、水の入ったバケツ。
しかしそのバケツは、嫌と言うほど黒ずんでいた。
周囲の卑しい笑みが、嫌でも目に入る。
本当なら、誰もかれもが目を逸らしたくなるだろう。
しかし千景は逸らさない。
すでにどこかのネジが飛んでいるのだから。
汚れた水を浴びせられ、それらを洗濯機に突っ込んで風呂に入り、着替えて自室に戻る頃にはすでに時計の針は一時を過ぎていた。
いつものように、ベッドに倒れ込もうとして、ふと、千景は抽斗に目を留めた。
しばしその抽斗を眺めたあと、そこの抽斗から、刃の折れた刀の柄を取り出した。
「・・・・」
根元の部分のみが僅かに残っており、そこから先は無い、使い物にならない刀。
最近、本当にごく最近、三日前に拾った一本の刀ではあるが、それが、妙に手に馴染む。
「・・・・なんなんだ、これ・・・」
それが、千景にとって初めての疑問だった。
何故か、手に馴染む刀の柄。これが一体、どういったものなのか、千景には一切の検討がつかない。
しかし、これ以上は流石に明日の生活に響いてしまうと思い、千景は早々にその柄を片付けてベッドに倒れた。
絡久良市にある、大きな山の上には、一つの神社が存在する。
その神社こそが、この街を根底から支えている神が祀られている、『創代神社』なのだ。
そこの鳥居の前に、二人の少女と女性がいた。
片方は、巫女装束を身に纏い、長い黒髪を三つ編みにした、中学生ぐらいの少女。
片方は、長身でスタイルもよく、若干薄めの金髪でヘアバンドをしている、獣耳風のツインテールをした、一人の褐色肌の女性。
すでに深夜だというのに、二人は、寝静まった街を見渡していた。
「・・・・・今回の目標は『刃』です」
「そうか・・・・」
「この間の『天鎖刈』の紛失もありますが・・・・」
「心配するな。今まで一人で頑張って来たんだ。今回も、成し遂げて見せる」
女性は少女に向かってそう微笑むと、その手に持つ
「
「はい」
女性は、一呼吸、深呼吸をし、そしてその刀を抜き放つ。
「――――『
次の瞬間、刀が光り出したかと思ったら、『布』の文字と共に、刀と鞘が形を変え、まるで幅広の包帯となり、女性の両腕の肘まで巻かれる。
さらに、服装まで変化し、まるで昭和の学生の着ているようなブレザーを羽織り、胸をサラシによって巻き、腰には肌にフィットするような黒ズボンを履いている。
それは、さながら喧嘩番長のような恰好だった。
「では、気を付けて下さい」
「ああ」
少女の言葉に、女性は頷き、そして、人間ではありえない跳躍力で、街に躍り出た。
次回『天鎖刈と真実』
少年は知る。自分が、愛されていたのかを。