不道千景は勇者である   作:幻在

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天鎖刈と真実

金曜日。

その日は、次の日が休みだという事で、学校がある日のなかで最も暇の多い日。

そんな日だというのに、少年、千景はまたいつものようにリンチされていた。

「服燃やされたな・・・・」

焼却炉で何の躊躇いも無しに上着を燃やされ、今千景はTシャツ一枚という姿だ。

しかし、それを気にしている様子も無く、立ち上がる千景。

そして、ランドセルを持ち上げようとしたところで、そこから何かが落ちる。

それは、刃の折れた脇差だった。

「そういえば、なんでこれ持ってきたんだったか・・・」

そこで思い出す千景。

刀といえば御神刀。だから神社に行けば何かわかるかもしれないと思って帰りによるつもりだったのだ。

「・・・・行くか」

ひとつの結論をつけ、千景は歩き出す。

周囲の冷たくも嘲笑うかのような視線を受けながらも千景は気にせず歩く。

そして、長い階段の前に立つ。

「・・・・」

それを見上げ、千景はその階段を昇り出す。

とても長く、気が遠くなりそうだが、千景にとってはそれは苦ではない。

やがて、その階段に終わりが見え、上り切って、千景は振り返った。

そして――――

「・・・嗚呼」

そう、感嘆してしまった。

見渡す限り、夕焼け色に染められた街は、千景にとってはとても美しいものに見えた。

 

嗚呼、この街はこれほど美しかったのか、と。

 

ふと、背後から人の気配を感じ、振り返る。

「ようこそ」

そして、千景は、その少女を見た。

「創代神社へ、私はここで巫女を務めております『神代奏』と言います。よろしくお願いしますね」

それに対して、千景は――――

「・・・・不道千景です」

そう、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、それでこの神社に来たのね?」

「はい」

居間に案内され、千景は、彼女の前に例の刀の柄を渡した。

それを見た巫女、奏の眼が見開かれたと思ったら、しばし物色、そして千景に要件を聞いた訳なのだが。

「ありがとう。実は、以前、この刀が何者かに盗まれて・・・・」

「そうだったんですか」

「ええ。本当に助かったわ。ただ・・・・」

奏は、刀の刃を見る。

「・・・やはり、破壊されたか・・・・」

「? 何か問題でも?」

「いえ、なんでもないよ。どうかしら?お礼として、お菓子でもどうでも食べてく?」

「いえ、俺は・・・・」

「他人からのお礼は、受け取っておくものよ?」

にっこりと笑う奏。

しかし、このままでは施設に帰るのが遅れてしまう。

「ご自宅の方へは私から連絡を入れておくから、どう?」

何かを見透かしたかのように、奏は言ってくる。

どうやら、相当もてなしたいのだろう。

だが、このままここにいるというのにも問題がある。

帰って夕食の用意をしなければならないのだ。

だから、断ろうとした時。

 

くぅ

 

腹の虫が鳴った。

それに、奏は思わず吹き出し、千景はなんともいたたまれないような感じに顔を歪ませる。

こうなってしまったら仕方が無い。

「・・・・・お願いします」

「はい」

立ち上がって、台所に向かう奏。

その間、暇になる千景だったが、ふと、タンスの上に、いくつかの写真立てがある事に気付く。

立ち上がり、それを覗く千景。

どれも、彼女の家族の様に見える。

しかし、一枚だけ、明らかに、千景にとっては気になる一枚の写真があった。

二人の幸せそうに笑う男女の前に、同じように笑う少年が一人いた。

しかし、まだ幼稚園児に見えるその少年は―――あまりにも千景に似ていた。

「これは・・・」

そこで、廊下から足音が聞こえ、千景は慌てて元居た場所に座りなおす。

「お待たせ」

「ありがとうございます」

それは、カステラだった。

さらには湯呑に緑茶が入れてあり、湯気が良い感じに空中で揺れていた。

「・・・いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

そうしてカステラをいただく事になった千景。

 

 

 

 

 

 

しかし、その間に、階段を上がってくる、一人の男がいた。

その男は鼻歌を歌い、なんとも上機嫌で階段を昇っていく。

ふと、男は前に手を伸ばす。

その瞬間、何かに弾かれるかのように手が後ろへ弾かれる。

「おー、いてえいてえ」

しかし、男はなんでもないかのように笑う。

「痛くて痛くて・・・・()()()()()()()()()じゃねえか」

男の手首、そこに嵌められている腕輪(リストバンド)が光り出す。

そして、男の足元に光の輪が展開され、それの中心に、大きく『攻』の字が現れた。

それが、徐々に上がっていき、男の姿を別の装束へと変換する。

「さあ、仕事の時間だ」

 

 

 

 

 

 

「今日は突然すみませんでした」

「いえ、私も久しぶりにプライベートに会話が出来てよかったわ」

神社の前で、頭を下げる千景になんでもないというかのように返す奏。

(そういえば・・・)

そこでふと千景は思い出す。

(こんな風に親切にされたのはおっちゃんと幸奈以外で初めてだな・・・)

彼女が、自分の噂を知っているかどうかはともかく、()()()()()()()()()()()こんな風に親切にしてくれるのは、千景にとっては珍しい事だった。

ただ。

(そんな事よりも早めに帰らないとな)

「では俺はこれで」

「ええ、機会があれば、またきてね」

もう会う事もないと思うが。

そう、千景は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたいた探したよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、背後から聞こえた声。

それに、振り向く千景。

そこには、一人の長身のひょろりとした体格の男。

しかし、その男の服装はあまりにも奇想天外で、露出の多い忍者装束のようなものを着ていた。

何故、その男はそんな恰好をしているのか。

 

()()()()()()()()()()

 

千景は、今までずっと他人の悪意にさらされ続けてきた。

裏に隠れた悪意。

隠そうともしない悪意。

軽い悪意。

本気の悪意。

それらを見てきた千景には、他人の悪意には異常なまでに敏感だった。

だからこそ、千景には分かった。

 

()()()()()()()

 

故に千景は思わず身構えた。

そして奏は。

「・・・・何故、入ってこれたのですか?」

そう、低い声で男に問うた。

その問いに、男は口角を吊り上げ、その手にもつ()()を持ち上げ、その柄に何かしらの光の円を展開する。

その円の中には、『攻』の文字があった。

「分かるだろ?」

「・・・・『攻略』ですか」

「そう、本来俺達『魔器使い』には絶対に入れない()()()()()()()んだよ」

千景は、二人の会話についていけない。

魔器?結界?攻略?なんの話だ。

故に千景は問わない。

「しっかし以外だな。まさかこんな所に子供がいるなんてな。それも、()()()()()とは恐れ入ったぜ」

「ッ・・」

「先代・・・?」

何か、気になる単語を呟いた男に首を傾げる千景。

しかし、千景が葛藤して答えを得る前に、男が動いた。

「ま、どうせすぐに死ぬんだから良いんだけどな」

男が、軍刀を振り上げる。

そりのある刀。その刃が、異様に光り出す。

「『飛び攻撃』」

「ッ!?いけない!逃げて!」

奏が、千景を抱えて横に跳ぶ。

次の瞬間、男が振り降ろした刃から、光を纏った斬撃が飛び、神社の本殿を斬り倒す。

石畳さえも切り裂き、そこに大きな亀裂を作る。

「な・・・・!?」

その、ありえない現象に唖然とする千景。

しかし、そうも気にしていられないと疑問をさっぱりと斬り捨て、立ち上がる。

同時に立ち上がった奏の手を引き、一気に神社の中へと逃げ込む。

「逃がすかよッ!!」

男がまた剣を振りかざす。

「合図で横に飛べッ!!!」

千景がそう叫び、そのすぐ後に男が剣を振り下ろす。

「右だッ!!」

「ッ!!」

千景と奏が同時に右へ飛び、飛んできた斬撃を回避する。

「建物の中へッ!そこなら狙いもつけにくい筈だッ!!」

(透視とか使われてたらアウトだけどな)

とにかく叫び、神社の中へ逃げ込む千景と奏。

その次の瞬間。

「『崩攻』ッ!!」

 

―――神社が、崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッハア!」

舞い上がった粉塵を吸い込まないようにと息を止め、やっとそれが張れたところで息を吐き出す千景。

現在は、どうにか崩れなかった屋根のお陰で押しつぶされずに済み、どうにか無傷で済んでいる。

「神代さんは・・・」

そして、すぐ傍にいた者の安否を確認しにかかる千景。

そして見つける。

左肩から血を流しているのか、白い巫女装束が赤く滲んでおり、その傷口を片手で塞いでいる奏の姿があった。

「千景くん・・・」

「神代さん、その腕・・・・」

「アハハ、木の切れっ端が当たったみたいで・・・・」

「少し待っててください」

千景は、すぐさま自分の下着であるTシャツを引き千切る。

そして、それを奏の左肩に巻き付ける。

「手際が良いのね」

「よく、怪我するので」

「そう・・・・」

奏は、悲しそうに呟いた。

そこで、ふと千景は地面に落ちていた一枚の写真を見つけ、それを拾い上げる。

「・・・・神代さん」

「何かしら?」

「この写真は、もしかして俺の家族ですか?」

それは、二人の男女と一人の少年の写真。

その写真に写る、小学一年あたりの少年は、あまりにも千景に似ていた。

「・・・・どうして、それが君の家族だって思ったの?」

「・・・・・俺が、そう思ってるから」

「率直、だね。だけど、それだけじゃ・・・・」

「確かにそれだけなのかもしれない。だけど、俺は、知りたいんだ」

そう、それは、千景が唯一求めていた、たった一つだけの答え。

 

「俺は――――父さんと母さんに愛されてたのか、それが知りたい」

 

千景は、そう真剣な表情で、聞いた。

それに奏は・・・・

「・・・全く、その顔は、千歳さんにとっても似てるわね」

そう、諦めたかのように呟いた。

そして、奏は答えた。

「ええ。貴方は愛されてたわ。喜んでいる時も、楽しんでいる時も、虐めが辛くて泣いている時も、二人は、決して貴方を見捨てないで、愛してた。そして・・・・」

奏は、千景を厳しい眼差しで睨み付けた。

「―――貴方のせいで、死んだ」

「――――」

それに、千景は何も答える事が出来なかった。

「貴方が記憶が無い理由は、とある男のくだらない願いの為に、貴方の全てを供物として創代様に捧げられたから。そして、その目論見は、貴方のお母さんによって呆気も無く阻止された。そして、貴方のお父さんとお母さんは、自ら願った。『自分たちの全てをあげるから、どうか息子の全てを返して下さい』ってね」

奏の言葉は、どこか辛そうに聞こえた。

「そして、貴方は記憶以外の全てを返してもらった。多少、()()されたけど、それでも貴方は記憶以外の全てを返された。自分の両親の全てと引き換えにね」

そして、奏は言う。

「貴方は、そうやって今を生きてるの。貴方は、二人の夫婦の犠牲の上に生きているの。良いわね?貴方は少なくとも二人の人間の犠牲から成り立っている存在なの」

そう、奏は冷たく言い放った。

そして、同時に思った。

(これで良い)

これで、彼は()()()()()()()()だろう。

そして、彼は俯いた。

ショックなのだろう。それもそうだ。何せ、自分の所為で、親が死んでしまったのだから。

それが証拠に、彼は、泣いている。

ぽたぽたと、その双眸から、涙を流していた。

きっと、辛いのだろう。

そうして、奏は、彼に慰めの言葉を掛けようとした。その時。

 

「―――よかった」

 

予想外な言葉が、彼の口から洩れた。

「俺は・・・・見放されてなかった・・・父さんと母さんに・・・愛されてた・・・・」

その言葉に、奏は唖然としていた。

彼は、見ていない訳では無かった。

ただ、重要だったのが、自分が愛されていたという()()のみだったのだ。

それだけを、彼は実感しているのだ。

そして、彼はすぐに涙を拭いた。

「俺は、先代の息子なんだよな?」

「ッ・・・」

「だったら、あの刀には何かしたの意味があるって事だよな?」

「・・・」

奏は、答えない。答えたくない。

それに答えてしまったら、彼は迷いなく、この戦いに足を踏み入れる。

下手をすれば、死ぬ事すらありえる、この戦いに、自ら足を踏み入れてしまう。

それだけは、それだけはなんとしてでも食い止めたい。

だというのに、彼はそれを探す。

「教えてくれないなら、自分で見つける」

「そんな事、出来るわけ・・・」

「得意分野だ。俺は、説明書なんて読まなくても、操作方法なんてある程度使えば分かる」

それは、ありとあらゆるゲームをやってきた千景だけが持つ能力。

ありとあらゆる機械や道具を、見ただけで自分が持つ経験からその用途を予想し、使いこなす、経験習得。

故に、彼は見つけた。

故に、その使い方を理解した。

故に、それに必要な事を聞き出す必要があると()()した。

「教えてくれ神代さん。いや、奏さん。これの『名前』を」

「もうそこまで・・・・」

「時間が無い。奴はもうすぐそこまで来てる。早くしないと、アンタも俺も死ぬぞ」

「ッ・・・」

千景の言葉に、奏は目を見開き、そして、辛そうに俯く。

千景の手には、刀身が根元まで砕けた脇差。それでは、その刀はその力を発揮しない。

だけど、直感してしまう。

 

そんなもの関係ない、と。

 

「奏さん・・・」

「・・・・・・後悔、しないわね・・・?」

奏は、そう千景に問う。

それに、千景は迷いなく答える。

「ああ。俺が後悔する時は、きっと、戦えずに誰かが死ぬ時だ」

その言葉に、奏も覚悟を決める。

「一度しか言わないわ。その刀、『救導者』の証たる『御神刀』の一つである、その刀の名前は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、神社を文字通り斬り倒した男、『川下(かわしも)太郎(たろう)』は、自分の目標である奏を探しながら瓦礫をかき分けていた。

「やれやれ、俺の文字はあくまで『攻』であって『探』じゃねえからな」

太郎はしんどそうに瓦礫をかき分けていく。

 

しかし、ふと、周囲に夕日に煌く何かが、空中に舞っている事に気付いた。

 

「ああ?」

それに、太郎は首を傾げ、それが流れていく方向を見る。

その煌きは、街の方から流れてきており、それが、崩れた瓦礫の一点に集まっている事に気付く。

太郎は、初めはそれが何なのか分からなかった。

しかし、すぐさま、それが、()()()()()()()()()()()()()()()()だと気付き、剣を振りかざした。

「『飛び攻撃』ッ!!!」

振り下ろし、その煌きの集まる中心点を切り裂かんと飛ぶ斬撃を放つ太郎。

その斬撃は、そのまま煌きの集まる中心を切り裂こうとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『天鎖刈』」

 

 

 

 

 

 

 

 

出現した光の輪。その中心には、『鎖』の文字。

それが出現した直後、そこから無数の鎖が出現し、それが飛んできた斬撃と正面衝突し、霧散させた。

「な・・・・に・・・・!?」

そして、その輪が出現した場所の瓦礫が吹き飛び、中から白い光が矢の飛び出し、神社の石畳の上に突き刺さった。

光が巻き散らされ、そこには、一人の少年がいた。その傍らには、恐らく助け出されただろう巫女服の少女がいた。

その装束は、白を基調としたもので、中には黒のインナー、肋骨あたりまでを覆うジャケット。手には指ぬきの黒の手袋。足先がまるでぶかぶかな白いズボン。そして、体中にまるで拘束具のように鎧に鎖が繋がれており、胸当ての上下の上から繋がれた鎖は首に巻き付き、手甲には鎖が肘まで巻きつかれており、脛当てには脛全体に鎖が巻き付き、腰の左右にも、飾りのように鎖が垂れ下がっていた。

 

その姿は、まるで罪人。

 

白と鎖と鎧のような()()()を身に纏う、罪人。

 

その手には、おおよそ、彼の身長に合わぬ、巨大な大鎌。

 

そして、その大鎌こそが、太郎を仕留めるに足る、武器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我は人を傷付けぬ、されど我はその身に巣くう悪意を斬る。悪意を誘う『魂』を斬る。故に我は『救導者』。

 

 

『救い導く者』―――それこそ我らが存在意義。人の悪意を利用する悪しき『魂』たちに、鉄槌を下し、利用された者を救い導く者なり。

 

 

 

 

故に我ら全員『救い屋稼業』。

 

 

 

 

人に知られず、人を救う、見返り求めぬ者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太郎は、後ずさる。

それは、自分の天敵。

自分を唯一()()()存在。

 

千景は、一歩踏み出す。

 

「やめろ・・・」

その一歩を踏み込み、深く体を沈めた。

「来るな・・・」

鎌を、大きく構える。

そして、一気に地面を蹴り、一気に太郎に接近する。

「来るなぁぁあああ!!!!」

太郎は、軍刀を振り上げる。

千景が鎌を振るい、太郎がそれを迎撃するかのように剣を振り下ろす。

しかし、小学生と大人という圧倒的体格差があるにも関わらず、太郎の剣が弾かれる。

それは、一重に武器の重量が関係してくる。

軍刀に比べ、千景の大鎌は明らかに重量が上だ。

それを軽々振り回している千景も大概だが、何より、太郎は剣術に関しては素人。故にその一撃を逸らしきれず、吹き飛ばされる。

「ぐあぁあ!?」

しかし千景はすぐさま二撃目に入る。

「く、来るんじゃねえよ!!」

しかし、太郎はさせじとばかりに剣を無造作に振るった。

「『連続飛び攻撃』ッ!!」

太郎が刀を振るう。

そこから、まるでマシンガンのように斬撃が飛んでくる。

「ッ!」

それを見た千景は、すぐさま行動に移る。

 

想像するは檻。

 

鎖で作られた、強固な檻。

 

ありとあらゆる衝撃を緩和し、防ぎきる、鎖の檻。

 

「『檻鎖(おりぐさり)』」

どこからともなく網目状に展開された鎖が、斬撃の嵐を防ぐ。

「畜生!なんでこんなところで『鎖』が復活するんだよッ!!」

「知るか」

「ッ!?」

突如として、千景が鎖の一本を、鎖の網の目から放つ。

それは無数に放たれる斬撃を掻い潜り、一気に太郎に接近。その腹を打ち据え、上空へ吹っ飛ばす。

「ぐえ!?」

空中、そこは、世界で唯一、作用反作用の法則が効かない、唯一の危険地帯。

そのまま斬れば、この戦いは一旦終わる。

踏み込んだところで、千景は躊躇した。

果たして、このまま斬っても良いのか。そこまでは分からないのだ。

この歳で犯罪者になる気はないし、かといって見過ごす訳にもいかない。

しかしそこで、奏が叫んだ。

「大丈夫!御神刀は、貴方が傷付ける意思さえ持たなければ、相手の精神だけを斬る事が出来るわ!!」

それを聞いた千景の行動は速かった。

もう先手は撃たせない。

確実に奴を仕留める。

「く、来るな・・・」

空中で避けようともがく。

実際、あまり頭の良い方ではない彼は、頭の回転も恐ろしい程に遅かった。

「ハァッ!!!」

容赦無い一撃が、太郎の胴体に突き刺さった。

そして、彼の体から浮き出た『攻』の字が真っ二つに割れ、消滅していき、太郎の姿が、元のださいパーカー姿へと戻っていた。

それと同時に、太郎がつけていたリストバンドが、手首から外された状態で地面に落ちた。

千景は、それを直感的に鎌で切った。

するとガラスが割れる音とともに、不思議な光を発してそれは砕け散った。

その様子を、奏は見上げた。

特に大きな怪我もせず、危なげなかったかのように見える。

しかし、夕日に照らされるその姿は、まるで、哀しい勇者のように見えた。

「奏!!」

ふと、背後で声が聞こえ、奏が振り返れば、そこには、眼鏡をかけた褐色肌の長身の女性がいた。

しかし、その姿は異様で、あまりにも露出の高い恰好であり、胸にはサラシ、黒い学ランのような上着を羽織り、その両手には、布が巻かれていた。

「大丈夫か!?」

「あ、はい。どうにか」

「そうか・・・良かった・・・」

その女性は、心底安心したかのように胸をなでおろした。

そして、奏の背後の神社の惨状を見る。

完全崩壊、とまでいかないまでも、少なくとも応接間のある建物は倒壊してしまっていて、半壊という惨状だった。

そして、女性はその瓦礫の上に佇む千景を見上げた。

千景は、いつの間にか先ほどまで持っていた大鎌を、元の刀、脇差に戻していた。

片手で襲撃の張本人である太郎を引き摺り、女性の前に立つ。

そして、ゆっくりと見上げた。

「お前は・・・」

一方で、女性は、驚いたかのように、千景を見た。

まるで、彼を知っているかのように――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出せば、あれが俺とアンタの最初の出会いだったな」

そう、千景は空を見上げた。

「あの頃は本当に驚いた。まさか、戦いに参加させたくなかったお前が、いつの間にか救導者として戦っていたんだからな」

椿が、縁側に座りながらフッと笑う。

「あの後、創代様が神社を直すまで、椿さんの家にお泊りに行きましたよね」

「優はお前にとても懐いていたな。まあ、アイツが一年の頃に、お前にはかなりお世話になったようだったからな」

「偶然ですよ。まさかアイツの母親が貴方だなんて普通思わないですよ」

そう笑い合う。

そして、話は思いのほかはずみ、気付けば、夕方。

「あ、いた!」

「ん?・・・優!?」

鳥居の前で、一人の少女が椿を見て怒ったような表情を見せてズカズカと歩み寄ってくる。

「やっぱりここにいた!もうお母さん、いくら千景さんがいるからって遅くなりすぎ!」

「す、すまない、久しぶりだったもので・・・」

「一時間も待ったんだからね!」

少女の怒声に、一気に縮こまる椿。

「あらあら・・・」

「娘に怒られる母親って・・・」

それに苦笑する千景と奏。

その少女の名前は『安座間(ゆう)

紛れも無い、椿の娘だ。まだ、小学六年生である。にも関わらず、胸の大きさは小学生のそれを超えている。

(東郷と同じ類の妖怪かなんかかだろうか・・・?)

『流石にそれは無い』

頭の中で聞こえた先祖の声に苦笑しながら、千景は優に声を掛ける。

「よっす、優」

「あ、千景さん!」

千景が声を掛ければ、優はたちまちその顔を赤面させて後ずさる。

「お前・・・まだその恥ずかしがり屋の性格直してないのかよ・・・」

「だ、だって・・・まだ慣れなくて・・・・あう!?」

「中学に上がるまでに直しておくよーに」

優の額を小突き、そう釘を刺しておく。

「あう・・・・」

「さて、それじゃ俺はそろそろ戻るよ」

そう言い、千景は歩き出す。

「あ、氷室さんや施設の人たちによろしく言っておいてね」

「了解」

そうして千景は神社の前にある長ったらしい階段を降りる。

そして、夕焼け色に染まった街を見る。

夕日が海に反射し、心が安らぐ。

『久しぶりね』

ふと、郡千景が呟いた。

『この景色を見るのも、もう何年も前の事かしら?』

「知るか。俺はアンタのいた時代にいなかったんだぞ」

『それもそうね。でも、また見れてよかった』

とても優しい声が、脳裏に響く。

その声に、千景はなんとも言えない気持ちになりながらも、階段を降りていく。

 

 

そして、物語は進んでいく。




次回『たった一晩だけの安らぎ』

されど少年は、それを当たり前と思わない。

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