不道千景は勇者である   作:幻在

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たった一晩だけの安らぎ

「それで、奏。どうして彼を戦いに巻き込んだんだ?」

ここは、とある一軒家。

その畳床の部屋にて、互いに正座をして、向かい合っている奏と褐色肌の女性がいた。

その様子を、遠巻きながらお茶をすすりながら見ている千景。

「彼が、千歳の息子だと知っていて、戦いに巻き込んだ。彼に、アイツと同じような結末を歩ませるつもりか?」

「ご、ごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば・・・」

「ハア・・・もう終わってしまった事だ。彼は、もうやめる気はないだろうしな」

そう言って千景を見る褐色の女性。

その人物を、千景は知っている。

 

 

学生時代。

嗜んでいた空手で近場のヤクザの殆どを何度も壊滅させる程の豪快さと実力を持ち合わせておりながら、性格は至って真面目で冷静沈着。

夫はとある事故において死亡して女手一つで一人娘を育てている彼女の名は、『安座間椿』

この街が、ある意味で最も恐れている、最強の女だ。

 

 

 

千景も、出来れば無理に関わりたくなかったが、彼女も自分と同じだと言うのなら仕方が無いのだろう

「話は終わりましたか?」

「ああ。このまま説教しても仕方が無い」

「うぅ・・・」

申し訳なさそうに縮こまる奏に、千景は呆れる他無かった。

そんな中で、椿が千景の方を向く。

「改めて、安座間椿と言う。お前の母とは、友人関係だった」

「不道千景です、母がお世話になっていたようで」

「気にするな。むしろ世話になったのは私の方だ。千歳には、良く助けられた」

「・・・・一応、俺は貴方とも会っているのですよね?」

「・・・・ああ」

つまりこれは彼女にとっては初めてではない。

記憶の喪失。

それがこんなところで問題になってくるとは。

おそらく、以前の自分と彼女の知っている自分は、全く持って違うのだろう。

その頃の自分は、さぞ、笑顔で溢れていたのだろう。

でも、今は違うのだ。

千景は、そう一人、合点して椿を見上げた。

「では、この刀と、貴方たちがやっている事について教えて欲しい」

「・・・良いだろう」

椿が、そう歯切れ悪く答え、一つずつ、答えていった。

「まず、その武器からだ。それは『御神刀』。創代様が作った、『魔器』を唯一破壊出来る、神の武具だ」

「御神刀・・・だから刀なのか」

「ああ、元の形状は全て刀で統一されている。その理由は未だ不明だが、少なくとも日本に刀の技術が伝わったばかりの頃に創代様は神になったらしい。それが理由なのかもしれない」

「成る程・・・それで、魔器ってなんだ?」

「それについては、私から・・・」

奏が口を挟み、それに千景と椿が頷く。

「こほん。この絡久良市には、『穢れの洞』と呼ばれる、大きな穴が存在します」

「穴?そんなものどこに?」

「神社のすぐ裏手。一見、木々が生い茂って見えるでしょう。しかし、実際はその下には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

奏は話す。

 

 

かつて、この絡久良市は、とある呪術師によって日本中の悪霊を集められ、危うく壊滅しかけた事があった。

それに、自分を信仰してくれる者がいなくなり、物を作れなくなる事に憤った創代が、集められた悪霊をとある洞窟に纏めて押し込め、封印したそうなのだ。

しかし、それで諦める呪術師では無かったらしく、その結界を百年に一度緩まる様に細工。

結果、百年おきに閉じ込められた悪霊が出てくるようになったのだ。

しかし、街に退魔師などいないため、創代はとある対策を用意した。

 

呪術師は、悪霊を人に取り憑かせる事で街の壊滅を図った。

すなわち、悪霊は人の精神に取り憑いている。

ならば、肉体を攻撃せず、精神体からその悪霊を切り離して殺してしまえば良い。

 

それによって生まれたのが『御神刀』。

 

収納形態として普段は脇差の形をしているが、名と共にその本当の姿を解放すれば、その刀に込められた『文字の概念』を使えるようになり、敵を討ち取る事が出来る。

すなわち、悪霊退治に繋がるのだ。

しかし、敵も敵で抵抗しない訳がなく、悪霊は、憑依した人間が身近に身に着けているものに憑依し、そして、その姿を武器へと変え、自らに与えられた『文字の概念』で対抗してくるのだ。

それが『魔器』。

故に、その魔器を破壊すれば悪霊は消え、その人も元に戻るのだ。

その戦いは何年も続き、百年経つにつれて何度も解放されてきた。

しかし、時代が進むにつれ、その御役目はやがて闇夜の中、人知れず行われるようになり、現在に至っているのだ。

 

 

「そして、貴方は創代様より、その御神刀『天鎖刈』を使うに値すると認められたのよ」

「なるほど」

「今回出現したのは、おおよそ百体近く。現在、その数はこの十五年の間にやっと五体にまで減らしたわ」

「ん?十五年?」

千景は、その不相応そうな数字に首を傾げた。

「悪霊は、回数を重ねるごとにどんどん強力になっていっているの。年月を重ねる事でその怨みを募らせる。まさしく、悪霊の在り方そのものね」

奏がやれやれというように溜息を吐いた。

「・・・椿さん程の実力があれば、ものの五年で全て片付くのでは?」

「確かに、私と千歳でかかれば、ものの数年で色々と片が付くだろう。しかし、今回の敵は、あまりにも強い奴がいたんだ。」

「強い奴?」

椿は、組んだ腕を掴む手にさらに力を込めた。

「確かに、そこらにいる雑魚なら私一人でも十分だ。だか、現在生き残っている奴らは、私の想像を遥かに凌駕する力を持っていたんだ。」

「その、敵の力というのは・・・」

そこで奏が紙を取り出し、その紙にある事を書き、それを千景の前に出した。

そこには、『強』『燃』の二文字が書かれていた。

「・・・?」

「現在確認されている敵の力の中で、椿さん、そして、貴方のお母さんが手に負えなかった敵が使っていた力の文字よ」

 

奏曰く。

 

『強』の字は、何よりも強く、という意味を示し。

 

『燃』の字は、ありとあらゆるものを燃やす、という意味を示す。

 

「この三文字は、今まで唯一、取り逃がした敵よ」

なるほど、どうやらこの御役目は、かなり気長なものになりそうだ。

しかし、それも()()()()()()()()

「分かりました。大体の事情は分かりました。ようは残り五体の魔器を破壊すれば良いんですね」

「そうなる」

「魔器とは、人の悪意に付け入り、一気にその意思を増大させていきます。それ故に、人は悪行を行いやすい」

「ただ、その悪意が増大するのは、人気のつかない夜。それ以外の時間に、魔器は行動を起こさない。もちろん、例外は存在するが」

「・・・・分かりました」

どうやら、睡眠時間はかなり削られそうだ。

そんな鬱な気分になりながら、千景はふと、夜、という単語を思い出し、そしてそこから、ある事を思い出した。

「・・・・・あ」

案の定、その時間に百合籠へ連絡を入れたら飛んできたのは怒声だった。

『どこにいるんだよこのクズがッ!!』

「申し訳ありません・・・」

『てめえの仕事は住ませてやってる俺達への奉仕だろうが!』

「はい・・・」

『さっさと帰ってこい!』

「わかりまし・・・・あ」

ふと、後ろから伸びた手が千景が持っていた受話器を取り上げる。

「もしもし」

『ん?誰だよあんた』

「安座間というものです」

『・・・・・・・え?』

「彼は現在、こちらの不手際の所為で、怪我をしてしまいまして、一晩だけここに置かせて頂けないでしょうか?明日はどうせ休み。別に良いでしょう?」

『し、しかし・・・』

「良いですね?」

『・・・・分かりました。よろしくお願いします』

一気に勢いが萎えた声が受話器越しに聞こえ、やがて向こうから切るような音が聞こえ、その後椿も受話器を降ろした。

「うむ。これで良いだろう」

「良いのか、それで・・・」

千景はもはや何も言えない。

どうやら、彼女の恐ろしさは、この街の人間にとっては常軌を逸しているらしい。

「今夜は泊まっていけ。一日ぐらいは大丈夫だろう」

「俺にとってはその一日が怖いんですよ・・・」

そう呟いた時。

「お、お母さん・・・」

「ん?あ、優」

ふと、壁に隠れてこちらを見ている少女を見つけた。

椿ほどの褐色ではない、が、少し焼けた肌の椿とは対照的な黒髪の少女がそこにいた。

「お母さん、ごはん・・・・」

「あ、ああすまない。今から作るから待っていてくれ」

千景よりも身長は低く、内気のように見える。

「紹介する。私の娘の『(ゆう)』だ。恥ずかしがり屋だけど、根は良い子だ」

「はあ・・・」

(果たして俺に対して良い態度とった奴はいただろうか?)

そう思いながらも、千景は自己紹介する。

「不道千景だ。お前のお母さんとは、俺の母親が友人関係だったらしい」

「ゆ、優、です・・・よろしくお願いします・・・四年生です・・・」

千景より二つ年下。

喋り方や挙動からして明らかに気弱な性格だ。

それも、周囲から悪い印象を受けている、かつ物凄い虐めや暴行を受けている千景に対してまで気を遣うほどだ。

相当優しい性格なのだろう。

それ故に、彼女は脆そうだ。

「しばらく優と待っててくれ、すぐに夕飯を作る」

「あ、俺がやります」

「良い。今日のお前は客人だ。それに、優は男を知らないからな。話し相手になってくれると嬉しい」

「俺のような男が話し相手になっても・・・」

そこで千景の言葉を遮るように椿が頭を撫でる。

「っ・・・!?」

突然の事に思わず硬直する千景。

「何、少し会話してもらうだけで良い。互いの趣味とか、特技とか話し合うだけで、それだけで時間はすぐに過ぎていくものだぞ」

「はあ・・・」

「では、任せたぞ」

そう言って去っていく椿。

そこにぽつんと置かれた二人。

千景はゆっくり振り向いて優を見た。

「ひぅ・・・・」

 

早速怯えられた。

 

まるで小動物のように体を縮こませて小刻みに震えている。

ただ見ただけだ。それだけでこれだ。

しかし、このまま突っ立っていても仕方が無い。

「・・・・居間に行くぞ」

 

 

 

 

 

そんな訳で、居間に来た千景と優。

そこにはくつろいでいた奏がいた。

「あ、優ちゃん」

「奏さん・・・!」

奏の姿を見た途端に嬉しそうに表情を明るくする優。

それに千景はツッコミを入れない。

どうせ慣れている事。滞りなど無い。

「元気してた?」

「はい」

「学校はどう?」

「あー、まだ一人で図書室に・・・・」

「友達もっと作りなさいよ」

「はい・・・」

「おい、なんかしぼんで行ってるぞ」

奏の言葉にしゅんとなってしまった優。

それにツッコミをいれる千景。

「何ヨ、それならちーくんは優ちゃんを元気づけられるっていうの?」

「なんで俺に振る?それにちーくんとはなんだ?」

仕方が無く優と話す事になった千景。

「あー・・・・・」

「・・・・」

「・・・・・お前、どんな本が好きなんだ?」

「え、えっと・・・・特に決まってなくて・・・その、恋愛ものを・・・・」

「ふむ。ならば俺としては『悪役令嬢に騙されない男』がおすすめだな」

「え!?」

その瞬間、優の表情がこの上なく輝く。

「あの、転生物でゲームの世界に入ったが周りに悪役として演じていた名家の令嬢さんに一途に恋し続ける少年のお話ですか?」

「ああいう、本来幸せになる運命ではない人物が幸せになる物語はたいてい好きだ。まあ、俺に当てている訳ではないが、ああいう、不幸が人間が幸せになれる、というのは、客観的に見ても良いものだ」

「それは私にも分かります。自分の運命を知っていながら、それでもなお悪役を演じ続ける孤独な少女に手を差し伸べる優しくも真っ直ぐな少年。最終的に国を追い出されてしまいますが、それでも噂の少ない田舎で幸せに暮らすと言う最後はとても感動的でした」

「そうだな。しかし、正規ルートの主人公に味方する者たちはなんて酷な事をするんだろうな。自分の罪を重々理解しているのに、さびれた田舎に追い出してしまうなど」

「確かにあれは酷かったです。人の努力も知らないで、悪口を言うなんて」

いつの間にか会話が弾んでいる。

それに奏は茫然としながら心の中でこう思った。

(なんだ・・・上手く話せてるじゃない・・・・)

そう、頬を綻ばせるのだった。

 

 

 

「それでですね。最後の主人公とガキ大将の決闘が物凄くて、私手に汗握る思いで魅入っちゃいました」

「あの戦いの描写があまりにも詳しく描かれていたから、その時の人物の惨状が目に映る様だったが、確かにあの戦いはすさまじかった」

「最後のヒロインの『頑張って』て叫んだ時は思わずきゃーっとなってしまいました」

「そこは理解できないが、人は誰かの言葉で少しの間だが強くなるものなんだな」

食事の時間。

それでも会話をやめない二人。

その様子を微笑ましそうに見る椿と奏。

「歳は違うが、優に親しく会話が出来る男が出来て良かった」

「趣味も合いますしね」

ちなみに、椿の作る夕飯はとても美味しかったとの事。

 

 

 

 

就寝の時間。

千景は、ソファの上で寝ていた。

流石に女所帯の中に男が一人というのは、いささか抵抗がある為、どうにか交渉して千景は一人、居間にあるソファの上で寝ていた。

「・・・・」

仰向けに、天井を見上げる千景。

知らない天井。

そして、まだかすかに漂う、夕飯の匂い。

(・・・・なんか・・・・楽しかったな・・・)

千景は、そう思った。

「・・・・こういう事も、悪くないかもな」

千景はふと、そう思った。

 

しかし、その表情に、笑みは無かった。

 

ただ、天井に向かって手を伸ばし、想う。

 

 

 

自分は、両親に愛されていた。

 

 

 

ただ、それだけを知れれば、あとは()()()()()()

虐められようが攻撃されようが罵倒されようがもはや()()()()

 

俺は()()()()

 

かつて、母がそうしたように。父が、周りから罵倒されようとも警察官になったように。

 

ただただ人を守れる存在で在りたい。

 

千景は、ただ、そう想った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今思えば」

ふと、奏が呟く。

視線の先では、椿が優に思いっきり叱られている。

しかし、その光景からすぐ目を離し、夕焼け色に染まった空を見上げる。

「彼の行動原理は、人として、あまりにも『憎しみ』の感情から離れていたわね・・・・」

奏は、彼の()()()()()を、思い返していた。

「人間以下の証明として、罪を背負う一族・・・」

奏は、その言葉を呟いた。




次回『白い露は千景に救われて』

少女は理解できない。自分が傷付けた少年の行動を。
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