不道千景は勇者である   作:幻在

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白い露は千景に救われて

ある日の事。

 

本日は土曜日。学校は一部を除いてどこも休み。ついでに会社も休み。あっちこっちの企業がコンビニなどの年中無休で動き続ける店以外は休みを取れるという素晴らしい休日の日。

 

その日、千景は孤児院『百合籠』の廊下を歩いていた。

「♪~」

その耳にはイヤホン。

それは、樹が暇な日にくれた樹の歌が入ったウォークマンだった。

千景はそれを聞いているのだ。

『良い曲ね』

(だろ?)

郡が感想を述べ、千景が頷く。

ふと、そんな千景の背後から忍び寄る手があり、その手が千景がつけているイヤホンの片方を取り上げる。

「な・・・!?」

「ふむ・・・・聞いた事無いね。誰の曲?」

「お前か白露!?」

そこにいたのは千景から取り上げたイヤホンの片方を耳につけて曲を聞いている白露だった。

「良い声してるじゃん。ねえねえ、誰の誰の?」

ずいっと聞いてくる白露。

「誰って・・・うちの後輩だよ」

「え?君の後輩が作ったの?」

「逸材だぜ。なにせ未来のスーパースターだからな」

「ふ~ん・・・」

「反応薄いな・・・!?」

まじまじとイヤホンを眺める白露。

「・・・・珍しいね」

「ん?何が?」

「君が他人を褒めるなんて」

白露が、怪訝そうに言ってくる。

「・・・そうだな」

千景は窓の外を見る。

「讃州に行かなければ、俺はずっと、あの頃のままだったかもな」

「あの頃の君って、色々と可笑しかったよね」

「かもしれないな」

フッと笑う千景。

しかし、白露にとっては、そこは重要な事だった。

(そう、あの時も、君は私を―――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、同じ土曜日の事だった。

 

昨晩、椿の家に泊まった千景は、すぐさま施設へと戻った。

その際、御神刀は肌身離さずもっておけと奏から言われ、しぶしぶ鞄の中に御神刀を潜め、戻った時に彼を出迎えたのは冷たい視線と陰口の嵐だった。

分かっていた事だ。

それに、以前よりかは()()()()()()()

やはり、幾分か気分が良いからだろう。

それはともかく。

 

 

 

 

早速ぶん殴られた。

 

 

 

 

「昨日お前がいなかったお陰でストレス溜まってたんだ。良かったよお前が戻ってきてくれて」

信也が醜悪な笑みでそう言ってくる。

この間と言ってる事が違っているような気がするが、そこは言わぬが仏というものだ。

周囲には同じような笑みを浮かべる男女それぞれ。年下もいれば年上もいる。

男女問わず、というものだ。

そこからはいつも通りの罵倒と殴る蹴るの暴行。

しかし、今回ばかりはそれが過剰だった。

否、新たな虐待方法を使ってきた。

持ってきたのはノコギリ。それを持っているのは少し筋肉質の中学生。

彼らは、あろうことかそれを他の奴が押さえつけた千景の腕に押し当て、木を切るかのように前後に動かした。

肉が引きちぎられるような感覚と、ぐちゃぐちゃにされるような激痛が千景の脳を突き刺す。

しかし、これならまだ()()()()()

「ぐ・・・ぅ・・・」

予想はしていたが、流石にこれは手当をしなければならない。

などと冷静過ぎる程冷静に今の状況を理解する千景。

まさかこのまま腕を斬るとかしないよな?

なんて思っていると、ふとノコギリの刃がかなり食い込んだところでやめる。

そのノコギリには血がべっとりとついており、千景の傷口からは止めどない程の血が溢れていた。

未だに、周囲は嫌な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

そのあと、彼らは千景の四肢を一回ずつ、ノコギリで斬った。

 

 

 

「今回も手ひどくやられたね」

「別に、いつもの事です」

オマケの一発で頭部に石を喰らったので頭に包帯を巻き、ノコギリで斬られた部分には丁寧に包帯が巻かれている。

その手当をしたのはここの所長である氷室だ。

「すまないね。こんな事しか出来なくて」

氷室は、本当に申し訳なさそうに言う。

その点については千景も理解している。

彼は、立場上、施設の子供たちを平等に見なければならない。

それは千景に対しても同じ事。

彼一人を贔屓し続ける事は出来ない。

それに、たった一人が多勢に勝てるはずも無かった。

だから、千景はこれを仕方のない事だと割り切り、気にしないでいた。

「さて、私はそろそろ溜まっている書類を片付けに行くよ」

「分かりました」

そうして保健室を出ていく氷室。

とりあえず床に立ち、保健室を出る千景。

ふとそこで、千景は一人の少女と鉢合わせになった。

「ん?」

「あ」

茶髪のショートカットヘアの少女、新井白露だ。

その少女は、千景を見るなり嫌そうな顔をする。

「げ」

そしてこの一言である。

「なんで君がここにいるの」

「単純な話だ。ノコギリで斬られた」

「あ、そう」

身長的に千景の方が高い。

故に千景が彼女を見下げる形になる。

それが気に入らない白露は、ムッとして。

「ふん!」

「ぬぐ!?」

足を踏んづけた。

「縮め!」

「無理な話だ・・・」

白露はそこまででは無いが低身長だ。

だがそれとは真逆に胸の方は大きい。

だから『ロリ巨乳』と揶揄される事が多く、実は数少なくない者達からからかわれている。

故に、比較的に身長的の高いものに対しては理不尽の事をする事が多い。

特に千景に対しては。

そのままさっさと行ってしまう白露。

それにやれやれと溜息をついて、千景も白露とは反対方向へ歩いていく。

その先は居間だった。

そこには何人かの子供たちや職員たちがおり、全員、世間話をしたり、この間放送したアニメの感想を言い合ったり、あるいはそこらにある玩具で遊んでいる。

千景は、その中を通る事はせず、死角になっているテレビの方へ向かった。

ソファがあり、そこへ腰かけようとした、千景はふと気づいた。

そこに、髭の中年の男がいた事に。

ここの職員の一人の森谷真武郎だ。

その手にはコーヒーが入っていると思われるカップが握られていた。

その視線は千景に向けられておらず、今テレビで流されているニュースに向けられていた。

千景の事は眼中に無かった。

千景は、そこで立ったまま真武郎を眺めていたら、ふとニュースの内容が耳に入って来た。

『それでは、次のニュースです。絡久良市にて、例の連続誘拐事件が発生。警察はなおも捜索を続けていますが、足取りがつかめずにいます。現在分かっている事は、ここ()()()()()誘拐されているのはどれも小さな女の子だという事であり、さらに、年齢が十五を過ぎたあとで見つかり、その見つかった少女たちは、どれも性的暴行を受けた様子であり、精神的ダメージも見られるとの事です―――』

「・・・」

千景は、そのニュースを聞く。

「どうした?」

ふと、そこで真武郎から声がかけられる。

「座れよ」

「・・・・」

真武郎に促され、千景も席につく。

『犯人についてはまだ何も分かっておらず、ただ分かっている事は、異常な性癖を持つ男性だという事です。よって、警察はさらに警戒態勢をあげると同時に、近隣の住人、特に十五歳未満の少女たちに注意を呼び掛けております――――』

「注意如きでどうにかなる訳がないだろ」

真武郎は、まるで独り言のように呟く。

「十五年かかって足取りどころか容姿も分かんねえのに、どうやって探すんだっての」

無責任な愚痴だ、と千景は想うが、それも仕方が無いだろう。

 

ここの施設も、何度かその連続誘拐犯の被害にあっており、そして、真武郎はその誘拐犯から自分が担当していた子供たちを守れなかったのだから。

 

だから、千景は黙ってその愚痴を聞き入れた。

 

それから、いくつかのニュースを聞き、千景は席を離れ、自室に戻った。

そして、机の上に置いてある脇差、御神刀『天鎖刈』を見た。

名の由来は『天の鎖に繋がれた鎌で刈る』という意味らしく、能力は『鎖』の概念を自在にあやつる事。

千景は、奏からそう聞いている。

先代の天鎖刈の持ち主である千景の母親は、この鎌の力を最大限引き出せなかったと聞くが、そこはまあどうでも良い。

問題なのは、千景がこの天鎖刈をうまく使いこなせるかどうかだ。

そんな訳で、千景はそこらに置いてあった工具箱を引っ張り出してきた。

そして、傍に置いてあった段ボールから、無線機を取り出した。

「明日までに直しておけって事だったよな」

千景は工具箱からドライバーを取り出すなり無線機を解体し始める。

千景は、これでも類稀なる機械に対する技術が高い。

その年で、壊れたテレビも直せるほどの腕前を持っている。

まあ、そもそもの始まりは一年の頃に冬を越すためにストーブを修理したからなのだが。

そうして、千景は無線機を修理していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新井白露は、友人たちと公園で遊んでいた。

土曜だから、午後から外に出て、そこから五時までぶっ通しで走り回っており、すでに白露も友人たちも疲れ切っている。

「あー、楽しかった」

門限となり、帰り路を歩く白露と同じ施設にいる同年代の子供たち。

「疲れた~」

「帰ってシャワー浴びたーい」

流石に遊び過ぎたか、彼女らは全員汗だくだった。

だから、一刻も早く施設に帰りたかった。

「今日も白露ちゃんの圧勝だったね」

「ふふん!走りには自信があるからね、私!」

自慢気に鼻を鳴らす白露。

「だけど・・・」

だが、そこで拳をわなわなと震わせる。

「アイツにだけ負けてる事が気に喰わないー!!」

アイツ、というのは言わずもがな千景の事である。

実は、身体能力的に施設内で千景が一番高いのだ。

手先の器用さも相まって、特に走る時の速さは尋常じゃない。

「ぐぬぬ」

「確かに、アイツが足が速いのは認めるけどね」

白露の隣にいた少女がそうぼやく。

事実、千景の脚の速さは周囲が認める事実。

さらに、彼の特技である『歌』の上手さも、認めざるを得ない。

何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

「ろくでなしの癖に、生意気なのよ」

それにその場にいた全員が同意する。

「あ、そうだ!この後アイツに八つ当たるってのはどう?」

ふと、少女の一人がそう提案した。

しかし、白露はそれを拒否。

「むーり、今日は流石に疲れたわ」

「冗談だって」

そうやって笑い合う一同。

「あ、そうだ―――」

ふと、白露がある提案をしようと口を開いた時――――

 

 

 

「ぐふ、ロリ巨乳だ」

 

 

そんな、恐ろしいまでに嫌らしい声が、白露の耳元で囁かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!?」

その時、千景を自分の首が何か鎖のようなものに締め付けられるかのような感覚が襲った。

それに驚き、千景は思わず片手で自分の首を触る。

しかし、そこには何もない。

「なんだ・・・?」

それに怪訝に思いながらも、千景は、中身を修理し終えた無線機をネジ止めし、ドライバーを片付けた。

「こんなもので良いか」

と呟き、その無線機を手に取って、部屋を出る千景。

そして居間へ行き、そこにいる中学生に声をかける。

「ジョニーさん」

「ん?」

中学生で髪の毛を金髪に染めたなんとも悪ガキそう見えるその少年の名前は浜田徐丹。

その名前故か、分かりからは『ジョニー』と呼ばれている。

千景もその一人だ。

「直しておきましたよ」

「Oh、Thanks」

そして英語もかなり達者だ。

今の時代、あまり必要もないように思えるが。

ジョニーは、そのまま同じ無線機を持っている友人たちの元さっさと行ってしまう。

そのいつもの反応に特に気に障ったわけでもなく、そのまま自室に帰ろうとした。

その時、施設の扉が勢いよく開けられた。

『!?』

その音に、その場にいた者たちの視線が一斉に集まる。

そこにいたのは、頭から血を流す少女。

その少女は、この施設で暮らしている子供の一人。

「た、たすけ・・・て・・・」

息を挙げて、そう助けを求める少女。

それに、訳が分からないとでもいうかのように棒立ちになる一同の中、二人だけが彼女に駆け寄った。

「おい、どうした」

真武郎と千景だ。

真武郎は、倒れかけた少女を抱きかかえ、容態を確認する。

「どうですか?」

「頭をぶつけたらしい。救急箱を持ってこい」

「分かりました」

千景は走り出し、すぐそこにある救急箱を取りに行く。

「しっかりしろ。まだ眠るなよ」

「うう・・・・しら・・・ちゃん・・・・が・・・・」

「なんだ?」

少女が、必死に何かを言おうとする。

一方で、救急箱を取りに行って戻ってきた千景。

「真武郎さん、持ってきまし―――」

 

「しらつゆ・・・・ちゃんたちが・・・・変な男のひとに・・・・さらわれちゃった・・・・」

 

それを理解した瞬間、場の空気が凍った。

それは、彼女と一緒にいた者達が、何者かにさらわれた事を意味する。

そして、今現在、世間を騒がしている、そんな事をする犯罪者は―――

「連続誘拐・・・・!?」

「嘘だろ・・」

「それに白露たちが攫われちまったって事なのか・・・!?」

場が騒然とする。

そして、真武郎の表情は、見るからに焦っていた。

「なん・・・だと・・・」

そう、漏らす事しか出来ない真武郎。

「おね・・・がい・・・・白露ちゃん・・・たち・・・・を・・・」

少女は、必死に懇願する。

頭から血を流し、大量の汗を流しつつも、必死に言葉を紡ごうとし、助けを求めている。

だが、いくらなんでも突拍子過ぎて、誰も動けない。

真武郎でさえ、()()()()()()()から動けないでいる。

 

 

 

誘拐されたのは、白露と他数名の女子。

 

やったのは、例の連続誘拐犯。

 

その誘拐犯に掴まった少女たちは全員――――

 

 

――――社会復帰不可能なほどに凌辱される。

 

 

 

 

 

「真武郎さん」

ふと、千景が呟いた。

「・・・?」

「ソイツの治療、お願いします」

「何・・・!?オイ!千景!!」

いきなり救急箱を真武郎の傍に置いたかと思ったら、千景はいきなり走り出して施設を飛び出した。

「何してんだアイツ!?」

突然で予想外な行動に、真武郎とその場にいた者達は唖然とするしかなかった。

だが、千景は全速力で走っていた。

(―――ッ!!)

さっきから感じる、首を絞めつけるような感覚。

そして、引っ張られるような感覚。

(間違い無い・・・白露は―――ッ!!)

ならば、急がなければ。

 

千景は、人生初めて全力で歩道を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、そこは薄暗い場所だった。

「ん・・・んぅ・・・?」

「あ、気が付いた?」

「ッ!?」

いきなり、すぐ眼前から白露の顔を覗き込む、物凄く酷い顔立ちの男。簡潔に言ってブスだ。

白露は、その顔から逃げる為に動こうとするが、どういう訳か両手を縛られていた。

「ぐへへ。ロリ巨乳なんて初めてだから、つい興奮しちゃったよ。怖いよね?でも大丈夫、すぐに楽になるからね」

男は、舌なめずりをする。異常に分泌されるヨダレが、白露の顔にかかる。

「い、いやぁ・・・・」

「大丈夫、怖くないよ。心配いらない。きっと、すぐに()()()()()()()から」

男は、あくまで優しく語り掛けているつもりなのだろう。

しかし、その顔が語っているが故に、白露は男がしようとしている事を直感的に悟っていた。

 

コイツは、自分に、なにかする気だ、と。

 

その内容も、容易に想像できる。

白露は、すぐに叫ぼうとする。

「た、助けて・・・!」

力の限り叫んだつもりだった。

「大丈夫、怖くないよ。すぐに、他の子たちのようになるから」

「え・・・」

「見てごらんよ」

男が、視線を横に向け、白露もそちらに向けた。

そこには、数人の少女たちが鉄格子の檻の中にいた。

その数は、十人を超えていた。

「みんな、僕のお陰でキモチヨクなってくれてね。僕の傍にいてくれるんだ」

その少女たちは、どれも幼い。

小学生のような少女もいれば、まだ幼稚園の子もいる。しかし、どうやら中学生以上の少女はいないらしい。

しかし、その眼は、あまりにも濁っていた。

「・・・・・!?」

「君も、すぐに同じようになる。だから怖くない。何も怖がることなんてないんだ」

希望を見失い、生きる事を諦め、ただこの男の玩具として生きていく。

「一緒に捕まえた子も、君の後で同じようにしてあげるからね。だから、大丈夫―――」

男は、白露に向かって手を伸ばす。

その手は、白露の服を掴む。

 

 

「―――寂しい思いなんてしないからね」

 

 

そして、一息に白露の上半身の服を引き裂いた。

「――――ッ!?」

白露は唖然とする。

自分が何をされたのか、理解できていなかったのか。しかし、すぐに自分が何をされたのかを理解し、そして、次の男の行動で、自分も彼女たちと同じようになってしまうという事を――――

「僕が守ってあげるからさぁぁあ!!」

「ひ、いやぁああぁああああ!!!」

白露は、人生で初めて、悲鳴を挙げた。

男は、そのまま白露に向かって一気に顔を近づける。

そして、そのまま男と白露の顔が合わさる――――――

 

 

 

「―――――させるかァッ!!!」

 

 

 

という事は無く、誰かが男の頬を蹴り飛ばした。

「ぶぎゃぁ!?」

そのまま吹っ飛んでいき、置いてあったガラクタのに突っ込んで行き、埃を舞い上がらせる。

「・・・・え?」

白露は、何が起きたのか分からなかった。

「白露、大丈夫か?」

ただ、白露に声を掛けてきた人物の声で、全てを察した。

「君・・・!?」

「手ひどくやられたな。これ着てろ」

その人物とは、千景だった。

千景は、自分が来ていた上着を脱ぐと、それを白露に羽織らせる。

「他の二人は?」

「わ、分からな・・・・ていうかなんで来たの!?」

「なんでって・・・・!」

ふと、そこで千景は白露に背を向けて構える。

そこには、先ほど千景が吹っ飛ばした男が立ち上がっていた。

「・・・お前が連続誘拐犯か」

千景が低い声でそう答える。

一方で、男は苛立ちを全く隠していない声で応える。

「誘拐?違うよ。僕は守ってるんだよ・・・・小さな女の子たちの純潔をね」

男は、なんともおかしな挙動で動き、喋る。

「それを、良くも邪魔してくれたなガキが・・・!」

振り向けば、その表情は見た事もない程に歪んでいた。

「僕の、崇高なる僕の役目を、よくも邪魔してくれたな!まだ清い彼女たちの純潔を守ると言う、僕の使命をッ!!」

「純潔を守る?他の奴らに奪われる前に、自分がそれを奪う事が守るだと?ふざけるなよ、石鏡(いじか)健吾(けんご)!!」

「な・・・なんで僕の名前を・・・!?」

千景の言葉に、男、『石鏡健吾』は後ずさる。

「これでも調べるのは得意でな。周りが誰も教えてくれないから、自分で色々と調べる事が多いんだ。だから、ある程度のこの街の人間の名前なら憶えてる。しかし、まさかこんな近場に、お前のような奴がいたなんて驚きだよ」

千景は、男を睨み付ける。

「もう終わりだ。俺がここに来た以上、ここにいる誰かを一人でも連れ出せばあとは警察がお前を捕まえる。それで全部終わりだ」

自分の言葉には耳を貸さないだろうからな、と千景は内心でそう思いつつ、健吾の出方を伺う。

「ぼ、僕が警察に・・・なんで?僕が?警察なんかに掴まらないといけないんだ?なんでなんでなんで・・・・」

まるで信じられないとでも言うように、独り言をつぶやく健吾。

「今のうちだ。さっさと外に出よう」

「そ、そんな事より、なんでここに・・・!?」

千景は白露を立たせ、言う。

「お前を助けに来た」

千景は単純で明快な、そしてありえない理由を言い放った。

それに、白露は、狼狽した。

「走るんだ。俺は牢屋の中にいる奴らを・・・」

「調子に乗るなよ・・・・」

ふと、健吾が何かを呟いた。

それに千景は思いっきり振り返った。

そこには、何かカメラのようなものを手に持った健吾の姿があった。

「まさか・・・」

千景の表情が強張る。

「ガキが・・・・ろくでなしのガキ風情が・・・・僕の崇高なる行いを汚すなぁあああ!!」

次の瞬間、男がカメラを天井に向かって掲げる。

そして、そのカメラから、何かしらの光の文字が現れる。

 

その文字は『紙』

 

「え・・・!?」

光が巻き散らされ、それが収まる頃には、健吾の姿、というか服装が全く違うものとなっていた。

その手には、薄い刃の西洋剣。

「なに・・・あれ・・・・」

「魔器・・・!」

「え・・・?」

千景が意味が分からない事を言う。

しかし、そうしている間に、男は行動を起こす。

突然、周囲に散らばった紙が浮き上がったかと思ったら、それらが全て千景に向き、一斉に襲い掛かってくる。

「白露ッ!!」

「きゃ!?」

千景は白露を抱きかかえるとその紙の嵐から逃れる。

外れた紙は、全て千景の背後にあったコンクリートに全て()()()()()()

「マジかよ・・・!?」

千景は、その様子に冷や汗を流す。

「お前は死ぬべきだ」

健吾が剣を振りかざす。その刃がいきなり柔らかく、そしてしなやかになる。

「ッ!?まずい!?」

「僕の役目を邪魔するお前は死ぬべきだッ!!」

健吾がその剣を振るった瞬間、その刃は一気に伸びて、まるで紙のようにしなって千景と白露を襲う。

「ッ!!」

「きゃあ!!」

小さく悲鳴をあげる白露。

どうにか転がる事で回避したが、紙の刃がつけた傷痕は、途轍もなかった。

コンクリートの壁に、大きな切り傷が出来ていた。

それはあまりにも綺麗に、すっぱりと、斬られていた。

あんな、狂的なまでに鋭い切れ味の攻撃を喰らったら、間違いなく体の一部が吹き飛ぶ。

そう思うと、白露は恐怖で動けなくなる。

「い、いや・・・」

死にたくない。

白露の心境には、それしかなかった。

ふと、千景は白露を降ろした。

「え・・・!?」

それに驚く白露。

そして、千景は立ち上がり、白露に背を向けて健吾を睨み付けた。

「・・・・なんだよ、その眼は・・・?」

「・・・・お前、他人の人生を狂わせて楽しいか?」

「何?」

「ここにいる奴らは、将来結ばれるであろう人達の為に残しておいた大切なものを、お前に奪われた。お前のような変態で最低な奴の為に、大切なものを奪われた。それだけじゃなく、心が壊れる程に使いまくって、これからの人生の全てを狂わされたんだ。刻まれた過去は絶対に覆らない。過ぎた時間は絶対に戻らない。終わる事なんてない。消える事すらも無い。ただただ、一生自分の体に刻まれ続けるんだ。お前は、それが守る事につながるのか?」

千景は、断言する。

「そんな訳ねえだろうが。少なくともこいつらには、約束された未来があった。幸せになるべき未来があった。それを、お前ようなクズの願望を押し付けられて潰されたんだよ」

千景は、どこからともなく、一本の脇差を取り出した。

「俺はお前を許さない」

それは、本来なら、白露にも向かって言える言葉だ。

しかし、千景はそうしない。なぜなら――――

 

 

 

――――すでに自分の人生は狂っているのだから。

 

 

 

彼は憎む事は出来ない。だが、怒る事は出来る。

千景は今、憤っている。

誰かの未来を潰した、この男を。

 

 

まさしく、偽善の正義を掲げて。

 

 

「石鏡健吾、および、魔器『紙』。『救導者』の名において、その魔器を破壊させて貰うッ!!」

千景は、刃を引き抜く。

 

「『天鎖刈』ッ!!!」

 

次の瞬間、千景の姿が変わる。

白い装束の上に、鉛色の軽装鎧が纏われ、それらに鎖が繋がれる。

それはまさしく咎人。彼岸の日に咲き乱れる、純白の花のような装束。

故に彼は、その手に刃を振りかざす。

そして、白露は、その姿に唖然とする。

「アンタ・・・・一体・・・・」

「・・・・安心しろ」

千景は、背を向けたまま答える。

「お前は必ず、俺が家に帰してやる」

千景が、背中越しにそう宣言する。

「死ねぇえぇえッ!!」

紙が飛んでくる。

それに対して、千景は即座に防ぎきれないと判断し、すぐさま無数の鎖を呼び出す。

そしてそれらを千景を軸にまるで渦の様に回転させ、飛来してきた紙の刃を全て叩き落す。

「な!?」

「ッ!!」

千景は、全て叩き落した事を確認すると息もつかせず地面を蹴る。

「舐めるなぁ!!」

健吾は剣を振るう。

その手に持つ剣はしなり、まるで鞭のように振るわれる。

(そんな見え見えの攻撃――――)

当たらない、と思っていたが、そこで千景ははたと気付く。

 

 

 

後ろに白露がいる。

 

 

 

 

「ッ!!」

「死ねぇッ!!」

男が剣を振り下ろし、しなる剣の切っ先が千景に向かって真っすぐ突き進んでいく。

千景は、あろうことかそれを鎌の柄で防いだ。

「がぁ!?」

だが、刀身が紙のようにしなる剣の切っ先は、まるで蛇のように鎌の柄をするりとよけ、千景の左肩に突き刺さる。

「ぐぁぁあ!?」

「ちか・・・」

思わず、千景の名前を呼びかける白露。

しかし、その紙の刃は止まらず、そのまま一気に白露に向かって直進する。

「ひ・・・・!?」

短い悲鳴が漏れる。

しかし、その刃が、白露に届く事は無かった。

その刃は、白露の眼前で止まっていた。

「・・・・え?」

恐怖ですっかり腰が抜けてしまった白露には、何が何だか分からない。

「ぐ・・・ぅ・・・・」

しかし、その理由は単純だった。

指が斬り落とされないように鎖で巻き、その手で自分の左肩を貫く紙の刃を掴んでいるのだ。

それによって、白露へ向かっていた薄刃の脅威を阻止したのだ。

「おい、離せ」

健吾がそう言う。

「・・・断る」

千景は、苦し紛れの声でそう答える。

「離せよ」

「断る」

「離せよ」

「こと・・わる・・・」

「離せっつってんだろッ!!」

「断るッ!!」

次の瞬間、紙の刃が僅かに引かれ、それによって千景の肩の肉に、その刃がさらに深く食い込む。

「ぎぃ・・・!?」

「お前の、ような、ろくでなしの、ガキが、僕の、神聖なる僕の、行いを、邪魔、するなぁあああ!!!」

「ぐぁああああ!?」

健吾が腕を振るえば、剣が唸り、千景の肩の傷をさらに深く傷つける。

しかし、千景は、その手を離さない。

「ッ―――て・・・ん・・・さ・・・が・・・りぃぃッ!!」

千景が叫ぶ。

その瞬間、千景の周囲に鎖が出現する。

 

「『撃鎖(うちくさり)』ッ!!!」

 

鎖が一斉に健吾を襲う。

「ぐべべべべべ!?」

それらはまるでマシンガンのように健吾に叩き込まれ、健吾を吹き飛ばす。

その時、吹き飛ばされた反動で千景の肩に突き刺さっていた刃が引かれ、さらに千景の肩の肉を引き裂く。

「ぐぁあぁぁああああ!?」

今までに感じた事の無い痛み。中身から引き裂かれるような痛み。

これまでに受けてきた虐めで、痛みにはかなり耐性がついていると思っていたが、どうやら、そうでもなかったらしい。

そう、千景は焼けるような痛みにこらえながらそんな事を考える。

刃が全て抜けきる。

しかし、その刃は再び千景に向かって飛来する。

「チッ!」

「死ねッ!!」

紙の刃は千景を襲う。

しかし、千景はそれを鎌ではなく鎖で迎撃する。

刃は、鎖によって弾かれるが、すぐさま千景に斬りかかる。

さらに、周囲の本のページが千切れ、それらが一斉に千景を襲う。

紙の刃は鎖を掻い潜り、千景の体に傷を作る。

その刃は、そのまま白露の元へ向かおうとするが、それを千景が鎌を持って弾き飛ばす。

「邪魔するな!彼女は僕の傍にいるほうが一番安全なんだッ!!」

「お前の傍にいるなんて、もはや恐怖でしかねえよ!そんなところで、不安抱えている事のどこが安全だ!」

「彼女たちの為を思ってやっている事だ!」

「その後に傷痕を残すなッ!!」

血が飛び散る。

しかし千景は守る事をやめない。

失血によって、死ぬかもしれない。

あるいは急所にあたって死ぬかもしれない。

それなのに、千景は、彼の目的である白露を守り続ける。

その姿に、白露は、彼に―――

「・・・馬鹿じゃないの」

罵声を浴びせる。

「私なんか救っても、私はなんにも感謝なんてしないわ。アンタのようなろくでなしに助けられた事が、私にとっては一番いやな事なの。だからやめなさいよ。私なんて見捨ててどっかいっちゃえ」

その言葉に、千景は、きっぱりと。

「断る」

一蹴した。

「なんで?私は今まで君を虐めていたんだよ?憎いでしょ?怒ってるでしょ?なのに守ろうなんて馬鹿もほどほどにしてよ」

白露は、なおも彼を馬鹿にする。

「たかが、そこにいるだけでも邪魔なだけのクズな癖に、人を守って満足?誰にもありがたられないのに、それでも守るっていうの?馬鹿、馬鹿馬鹿、大馬鹿よ。そんな馬鹿のするような事をして、君にとって何か特があるの?」

千景は、鎌を振るうのをやめない。

「無いよ。君に、なんの得なんてないじゃない。なのに、なんで、私を守ろうとするの?」

「・・・・」

「ねえ、答えてよ。どうして君はそんな損しかない事をしようとするの?どうしてそんな得の無いような事をするの?どうして―――」

その時、千景の耳に、雫の音が聞こえた。

 

「―――こんな惨めな私を守ろうとするの?」

 

白露は、知らぬ間に泣いていた。

その理由を、白露は理解できない。

だけど、千景は、まるで気付かないかのように答える。

「馬鹿、だとか、ろくでなし、だとか、憎い、だとか。全部、()()()()()

千景は、攻撃を防ぎつつ、喋り出す。

「俺は、こんな目に合う事は当然だと思ってる。だって、どうしたって俺の親がした事は、立派な犯罪で、人としてはやってはいけない事だ。だから、俺は自分の罪を受け入れてるし、そんな親を怨んでいない。俺はただ――――母さんと父さんに愛されていたという事実さえあれば、もう、他に何もいらない」

ごく普通に与えられる筈の愛。誕生日の日に与えられる祝いの品。ごく当たり前に一緒にいる家族、友人。

しかし千景は、それらを全て、いらないものだと捨てて、ただただ他人の幸福のみを祈っていた。

「綺麗事上等、余計なお世話はなおの事。俺はただ、誰かの命を()()()()だけだ」

千景は鎖を操る。そこへ健吾が無数の紙の刃を突撃させる。

「その為なら、俺は―――」

千景は鎌を振り上げる。

 

「―――偽善者でも構わない・・・ッ!!」

 

 

 

 

次の瞬間、天井が砕け散った。

 

 

 

 

そして、その砕かれたコンクリートの中から、黒い影が躍り出て、千景と紙の刃の間に入る。

それに、眼を見開く千景。

だが、そうしている間に、紙の刃は、その影に向かって全て突き刺さる。

 

しかし、次に聞こえたのは、まるで弾くかのように響いた金属音だった。

 

「な・・・!?」

それに、健吾が驚く。

だが、その間に、低い女性の声が響いた。

「驚くだろうな。この斬撃を受けて、一切の傷どころかダメージすら与えられていないのだからな」

その声に、千景は聞き覚えがあった。

「だが、我が家に伝わる『琉球空手』には通用せん」

その人物を、女性を、千景は知っていた。

「椿さん・・・・!」

「すまない。遅くなった」

救導者装束を身に纏った椿は、千景を肩越しに見て、微笑む。

しかし。

「ッ!?椿さん!前!」

「む」

次の瞬間、椿の顔面に紙の刃が突き刺さり、椿が大きく仰け反る。

「「ッ!?」」

それに息を飲む千景と白露。

しかし、大きく仰け反った椿だが、何事も無かったかのように態勢を戻す。

「な、なんで・・・!?」

「この程度の攻撃、私に通用すると思ったか。馬鹿め」

椿の顔には、傷が一切ついていない。

 

 

そこで、千景は思い出す。

 

椿は、今までの喧嘩において、その体に一切の傷を負わなかったそうだ。

その理由の一つとして――――

 

 

 

――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()打たれ強さを誇っていたという。

 

 

 

構える椿。

それは、空手の正拳突きの構え。

「う、うわぁぁああ!!!」

健吾が紙の刃を椿に突っ込ませる。

しかし、その紙の刃はどれも椿の体に弾かれる。

それに大きく驚く健吾。しかし、すぐさま健吾は、椿の背後で瀕死になっている千景に視線を向ける。

「む」

「だったらお前から死ねぇええ!!!」

「な!?」

健吾が振るった紙のようにしなる剣が、その刀身を、椿を素通りして千景に向かわせた。

その刃が、そのまま千景に突き刺さる―――――事は無かった。

「舐めるな」

椿の低い声が響き、次の瞬間、紙の剣が、椿の横ですっぱりと斬れた。

「え・・・・?」

その一瞬、健吾は何が起きたのか分からなかった。

「千景には、一切手は出させん」

半ばから断ち切られた、紙の剣。

そして、いつ行動を起こしたのか、椿の手の形は、いつの間にか手が開かれていた。

そして、椿の視線は、この()()()の廊下にむけられた。

そこにいるのは、複数の女子数名。

そのどれもが、手遅れ。否、ただ()()()()()()

そして、最近世間を脅かしている、女子のみを狙った、誘拐事件。

「そうか・・・」

そして、椿は理解する。

「最近、友人の娘が行方不明になったと、本人から聞いていたが」

椿は、これまでにない程に恐ろしい眼光で健吾を睨み付けた。

「貴様か――――ッ!!」

その瞬間、椿は地面を蹴った。

「ひっ・・・来るなぁぁああッ!!!」

健吾は紙を集めると、それによって壁を作る。

いくら紙、とはいえ、それらが重なれば、この世のどれよりも強固な物体となる。

二つの本を、一ページづつ重ねて、束にしたものは、どれほど左右に引っ張ろうと抜ける事は無い。

さらに、重なり合う事で頑丈さも強化されている。

それが、()()()()()()()のならなおの事。

しかし―――

「私の『陸鎧布』の素の能力は、纏う事による皮膚の保護、動きの補助、および害意に対する鎧の役割を持っている。だが、私はそれをあえて()()()()()()に使用している。理由としては――――」

 

椿の『四本貫手』が、その紙の壁を貫いて健吾の胸に突き刺さった。

 

「な・・ぁ・・・!?」

「私の戦闘スタイルが格闘技である『空手』だからだ」

 

椿の家系は、元は沖縄からやってきた、その街で少し名の知れた空手道の家系だった。

両親より、その空手の神髄を叩き込まれ、その上、元からもっていた通常より固い皮膚と打たれ強さが相重なって、彼女は、空手の究極に辿り着いていた。

 

その最奥の名は『化身刀(タケミカヅチ)』。

 

椿は、空手道において、天性の才能を持った存在だった。

 

それ故に、今までの戦いにおいて負け知らずだったのだ。

その力が御神刀の力によってさらに引き延ばされているのだから、なおの事、その力は強力になっていた。

「ぎ・・ぁあ・・・・!?」

「終わりだ」

椿は、手を振るい、紙の壁をまるで()()()()()()()()()()切り裂き、右拳を引き絞る。

「琉球空手―――」

 

鶴嘴拳(かくしけん)』『指股(ゆびまた)』『虎爪(こそう)』『四本貫手』

 

四つの型を、ほぼ同時に連続させて健吾の心臓に突き立てた。

血は舞い上がらず、健吾の脳髄を叩くのは、幻覚の痛み。

それによって、健吾の意識は吹き飛び、その身から魔器の力が離れる。

それはカメラ。彼の願望の源となった、魔器の依り代。

椿は、それを手刀(てがたな)を持って両断し、破壊する。

「魔器『紙』、破壊完了」

そう淡々と告げ、椿は、そのカメラから『紙』の文字が消滅した事を確認する。

「―――」

千景は、それに絶句するほか無い。

椿の力の片鱗を、その眼に見たのだから。

その間に、椿は振り返り、千景に駆け寄る。

「千景、大丈夫か?」

「え・・・」

それで思い出す。今、千景の体は体中が傷だらけでボロボロだ。

出血も酷い。

「待っていろ」

椿は、自分の御神刀の能力を発動する。

「『癒しの布切れ』」

椿の腕に巻かれていた布がほどけ、それが千景の傷に包帯のように巻かれる。

「うお・・・・!?」

「あくまで応急処置だ。しばらくは安静にしておいた方が良いだろう」

「俺にはその安静にする時間が無いのですが・・・」

「なら私の家にいればいいだろう?」

「そういう問題じゃないでしょう・・・・」

しかし、痛みが引いてきているのは確かだ。

これなら、すぐに――――

「どう・・・して・・・?」

そこで、忘れていた。

すぐ傍に、白露がいた事を。

「どうして・・・・私を守ったの・・・?」

白露は、今にも崩れそうな表情で、千景に問いかけた。

それに、千景はやれやれというように溜息を言った。

「俺が守りたかった。それだけだ」

「でも!私は君に酷い事をした!それなのにどうして守るって言い切れるの!?可笑しい、そんなの可笑しいよ!!!」

白露は、何が何だかわからなかった。

 

本当は、お礼が言いたい。

 

だけど、心のどこかにある()()()()()()()()()()邪魔をして、彼にその言葉を伝えられない。

 

だけど、彼は、それでも――――

「可笑しくても構わない。それが俺の生きる理由だ」

礼なんて、いらない。感謝の言葉も同様に、千景は、ただ、誰かを守れたという事実だけを実感したいだけだった。

 

喝采などいらず、賞賛さえも遠慮する。ただ人を守り、()()()()()()()()()()()やっているのだ。

 

「千景・・・・」

椿は、その言葉に思わず怪訝に思ってしまう。

だって、その言葉は――――人としてはありえないからだ。

「だからよ」

千景は、白露の頭を撫でる。

それは、温かく、そして優しかった。

「今まで通りで構わない。俺は、そのまま戦い続けるから」

千景は、笑っていない。単純に、笑い方を知らないのもあるが、なにより、自分に笑顔は似合わないと思っているからだろう。

そう言った後、千景は立ち上がる。

「椿さん、もう大丈夫です」

「いや、まだ肩の穴がふさがっていない。まだ安静にしていろ」

「じゃあ、あそこにいる奴らを頼みます」

「ああ、任せておけ」

立ち上がる椿。

「椿さーん!」

「来たか、奏」

見上げれば、椿によって開けられた穴から、奏が顔を覗いている。

「千景君はいますか?」

「ああ。ただ、敵の攻撃を受け過ぎてな。肩に深い傷が出来ているから今私の能力で治している所だ」

「そうですか・・・・良かった・・・」

「それと、警察を呼んで欲しい。魔器使いが例の連続誘拐犯だった」

「分かりました!」

そうして、奏は携帯を取り出して、110番通報をする。

 

 

それからは、白露はよく覚えていなかった。

 

そのしばらく後、警察がやってきて石鏡健吾を現行犯逮捕。

牢屋に閉じ込められていた少女たちも無事に救出され、しかしその精神はすでに壊れており、捕まったばかりの白露たちも誘拐時の恐怖の為に一緒に病院へ搬送された。

しかし、千景だけは、その場に置いていかれた。

その救急車を見送った千景は、一人事件現場を遠くから眺めていた。

「初めての御役目お疲れ様、千景君」

そこへ、奏が歩み寄り、千景の横に立つ。

「・・・・」

「どうかしたの?」

「今回、俺は奴を倒せなかった」

まともに戦闘訓練を受けていなかった事もあるが、何より、白露を守りながらの戦いを想定しなかった。

「それに、奴程度の相手に苦戦してしまった」

「まあ、今回は椿さんと相性が良かったからどうにかなったけど。でも、貴方が気に病む必要は無いのよ」

「・・・ダメなんだ」

千景は、奏の言葉を否定する。

「それじゃあだめなんだ」

「千景君」

「俺は、これからさっきの奴のような敵と戦わなくちゃならない。椿さんが余裕で倒せる相手にいつまでも足元すくわれている暇はないんだ」

千景は、自分の拳を握りしめる。

「・・・」

そんな千景を、奏は心配そうに見る。

正直にいって、彼がここまで責任感の強い人物とは思わなかった。

大抵の人間なら、あれほどの仕打ちを受ければ投げやりになるものだ。

しかし、千景はそれとは真逆で、人を守る事にここまで真剣になるなんて、普通じゃありえない。

一体、何が彼をそこまでさせるのだろうか。

何が彼をそこまで奮い立たせるのだろうか。

「奏さん、一つ聞きたいのですが」

「なに?」

「椿さんは、空手を学んでいたんですよね」

千景は、警官と話し合っている椿を見る。

「ええ。喧嘩じゃその空手のお陰で無敗だったわよ」

「そうか・・・」

「千景君?」

千景は、警察と離れた所の椿に声をかけた。

「椿さん」

「ん?どうした千景?まだ安静にしていなければ・・・」

「頼む、俺に―――」

千景は、人生で初めて、他人に頼み事をする。

 

 

「俺に、戦い方を教えてくれ」




次回『変わっていく日常』

何かをするたびに、確かな日常が変わっていく。
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