不道千景は勇者である 作:幻在
ある日の事。
とある道場にて、千景と椿が、その拳を交わせていた。
「ハァアアッ!!!」
千景の右拳が、椿の顔面を狙う。
椿はそれを無駄の無い動きで最小限で左に回避する。
千景は、すぐさま右手を引く反動を利用して左で膝蹴りを放つ。
しかし椿はそれさえも予測していたかのように左掌でその膝を受け止める。
「やばっ・・・」
それによって嫌な予感を感じ取った千景は片足のみで後ろへ後退する。
「ふんッ!!」
その直後に椿の正拳突きが千景の腹に直撃する直前で止まり、風圧を巻き散らす。
ギリギリの所で椿のリーチから逃れたのだ。
「っぷねぇ、危うく本気の一撃もらうところだった」
「前よりも反応が良くなっている。向こうで何か鍛えていたのか?」
「まあ、とあるツンデレ少女とやりやってましたからね」
ふと、椿が構えを解く。
「少し休もう」
「分かりました」
畳の上に壁に寄りかかって座る千景とその隣に正座する椿。
そこへ、道着を着込んだ優がやってくる。
「千景さん、お水です」
「お、ありがとう」
優から水の入ったペットボトルを貰い、それを一口飲む千景。
「しかし、やっぱり椿さんには空手では敵わないな」
「いや、お前も着実に上達していっている。二年も空いていたというのに、まるで衰えてない」
「そうなの?お母さん」
「ああ、私が指導していた時もそうだが、千景はとても物覚えが良い。教えた事はすぐに努力して覚えようとする。優ほど物覚えは良くは無いが、千景はそれを努力で補っている。良い事だ」
「しっかし、驚いた。まさか優が椿さんから空手を教わってたなんて。どんな心境の変化だよ」
千景がそれを聞いた途端、優はなんだか不機嫌そうになった。
「・・・・全部貴方の所為です」
「え?」
首を傾げる千景。
それを見て、椿は思い出す。
千景に、空手の稽古をつけていた時の事を――――
時は、あの魔器『紙』の使い手である石鏡健吾を倒してから数日経った日の事だ。
「ハッ!!」
「ぐう!?」
千景の腹に、椿の強烈な蹴りが入れられる。
「ダメだ。それでは以前のようにまたボロボロになるだけだぞ!」
「げほっ、ごほっ・・・」
咳き込みながらも、立ち上がる千景。
ここは、神社のすぐ裏手にある森。
そこで、千景は、椿から空手の稽古をつけて貰っていた。
「ハァッ!!」
椿が千景に向かって蹴りを放つ。
それを千景は踏ん張って防ぐ。
ことの発端は、あの魔器『紙』を操る石鏡健吾との戦いの直後。
千景が、椿に稽古をつけて欲しいと言ってきたのだ。
これまで、千景は自分から何かを頼むのは、百合籠の所長である氷室雄二を覗いて、椿が初めて。
ここで断れば、千景は引き下がっただろうが、今回は、千景は積極的に椿に懇願。
これからの戦闘において、今後も千景は同じ様な怪我をしかねない。
それを考えると、椿も不用意に断る事も出来なかった。
結果、椿は千景に空手の稽古をつける事になったのだ。
これまで千景は、散々椿に殴り飛ばされてきた。
ものの二週間で基礎体力をつけた千景だが、椿からまず教わるべきは防御だと言われた。
千景の御神刀である『天鎖刈』は武器が大鎌なのだが、もしそれが手元を離れてしまった時の為の自衛の手段として体術を学んだ方が良いと言われて、現在、その為の訓練として、椿の攻撃を必死に防いでいるのだ。
防御の型は、もうとっくに身に着けているうえにもともとのスペックが高い千景だが、流石に空手の達人である椿の蹴りを受け止めるのは結構きつい。
というか――――
「がはっ!?」
受け止められない。
吹き飛ばされて木に叩きつけられる千景。
そのままずるずると地面に腰をつく千景。
「ううむ、少しやり過ぎたか・・・・」
もう何十発と蹴りを叩き込んでいるために、千景の足腰は疲労によってかなり弱ってきている。
「ま、まだ・・・」
千景は、膝に手をついて立ち上がろうとする。
「いや、一旦休もう。無理すると今後に響くぞ」
「・・・・・分かりました」
千景は、渋々と言った感じて椿の提案を受け入れる。
「以外と、上達が早いな」
「そうでしょうか?俺はまだ貴方の攻撃を防ぎきれていない」
「いや、あれだけ止められれば、大抵の奴は大丈夫だろう」
椿の言葉を聞きながら、千景はスポーツドリンクを喉に流し込む。
「んぐ・・・あとどれくらいで、俺は一人前なのでしょうか?」
「そうだな・・・・せめて自分の身を守れるぐらいの力をつけたころ、だろうな」
椿の言葉を、千景は頭の中で反芻する。
自分の身を守る。
(今まで、考えた事も無かったな・・・)
千景は、そう想い老けた。
チャイムが鳴る。
それと同時に、昼休みが始まり、一部の生徒がグラウンドに行くために教室を出ていく。
千景は、最近始めた空手の為に外に出る事にした。
歩いて階段を降りる。
その時、ふと千景の後ろから、誰かが背中を押した。
「ッ!?」
予想していた事だが、最近虐めの回数が減った事で、油断していたようだ。
視界がスローになるなか、千景の体はなおも下の階の床に向かって落ちていく。
このまま頭から落下すれば重傷は間違いないだろう。
ただ、
ふと、千景は思った。
これ、地面を手についたらどうなるんだ?
最近学んだ『受け身』なる技を試してみるのに絶好の機会なのでは?
そう思った千景の体は、速かった。
右手を伸ばし、目の前にあった階段の段の一つに手をつく、そのまま手を折り曲げ、体の軸がついた右手よりも前になったところで思いっきり伸ばし、体を浮かせ、そのまま下の階の床に見事に着地した。
「おっ・・・」
上手くいった。少し右手を痛めたが、他に問題は何もない。
ふとそういう達成感を感じ取り、次の瞬間、周囲の視線に気付く。
「ッ!」
すぐさま顔をあげれば、そこにはありえないものを見たかのように驚愕している女子の姿があった。
さらに周囲も、予想していた展開とは全く違う事にあとずさりしていた。
それに千景は想う。
―――やってしまった。
今まで保ってきた自分の価値というものを変えてしまった。
これでは、これから生活に支障が出る。
「これではだめだな・・・」
そう呟き、千景は外へ出ていく。
その様子を、一人の少女は黙って見ていた。
放課後。
「今回は、御神刀を使った訓練とする」
「分かりました」
神社の裏手の森にて、千景と椿が御神刀を持って対峙していた。
「―――『陸鎧布』」
「―――『天鎖刈』」
椿はその身を喧嘩番長のようなバンカラな装束。
千景は罪人のような白と鎖と鎧の装束。
「まず、お前は自分の御神刀の能力は理解しているか?」
「能力・・・鎖を呼び出し操る事ですか?」
「正確に言うと違う」
「違う?」
「創代様が作る道具、特に武器には、必ず『文字の概念』というものが与えられるんだ」
「文字の概念?」
「そうだ。その点の説明は、奏の方が良いだろう」
椿が、すぐ傍にいた奏に視線を向けた。
「では」
奏が、説明を始める。
「御神刀、および、魔器には、必ず、その能力を決める『文字の概念』というものがあります。御神刀発動の際、文字のある魔法陣のようなものが出てるでしょ?」
「ええ・・・そうか、あれが俺の能力か」
「天鎖刈の能力は『鎖』。貴方は、無意識のうちに『物理』方面でそれを使っているのよ。あの『撃鎖』っていう技もその一つね」
「なるほど・・・あ、となると、椿さんの能力は『布』ですか?」
「そんなところだ。以前やった『癒しの布切れ』も、その一つだ」
『癒しの布切れ』
『包帯の布』という概念のもとに布を巻いた対象の怪我を治すのが『癒しの布切れ』の能力だ。
「布自体に、力は無い。だけど、
「連想ゲーム、ですか・・・」
「そう、貴方が、『鎖』と聞いて、何を連想する?」
奏が聞くと、千景は目を閉じて、鎖について、何かを連想してみる。
「・・・・・」
そうして、しばらく考え込んでいると、千景の周囲の雰囲気が変わる。
(物理的ではだめ・・・・ならば、何か、枷のようなものを――――)
千景は、左手を持ち上げる。
「――――一つの概念を、それに縛り付けてしまえば・・・」
千景が呟いたその言葉に、椿と奏は眼を見開く。
「その発想は・・・・」
「千歳さんの・・・」
「―――『封印縛鎖』――不朽」
千景の放った鎖が、とある一本の木に巻き付く。
ギリギリと縛り付き、やがてその鎖は光に溶けていった。
「もしかして・・・」
「『不朽』の概念を縛り付けて、強度を高めました。他の木よりも硬い筈ですよ」
千景がそう呟いた途端、椿が思いっきりその木を叩いた。
重い衝撃波が迸り、木が唸る。
しかし、木は、揺れて新緑の葉を落としただけで、あとは何も起こらなかった。
「・・・・ふむ、どうやら、強度があがっているのは本当のようだな。『朽ちない』という概念を縛り付けて、そうできないようにしているのか・・・」
「その通りです」
その言葉に、千景はうなずく。
なるほど、これなら、色々な事が出来そうだ。
ふと、思い出す。
これ、人に使ったらどうなるんだ?
「・・・」
ふと、考え込む千景。
「千景君?どうしたの?」
「・・・・・」
ふと、千景は奏を見上げて、一言。
「これ、人に使ったらどうなるんでしょうか?」
「「・・・・・」」
素朴な疑問、の筈だった。
「・・・・・事実上、他人にその能力を人に使う事は、不可能だったわ」
奏が、噛み締めさせるように千景に言った。
「・・・それは、母さんが出来なかったって事?」
「そうなるわね・・・・」
奏は、
事実、千景の母親である千歳は、その能力を他人に使えなかった。
ただし―――――初代天鎖刈の所有者であった『
(だけど、それにはリスクがともなう・・・・)
それの使用は、とても危険なものらしい。
だから、奏は彼にそれを教えない。
文献によれば、彼はその先祖のようだから。
「なるほど・・・」
千景は納得したかのように頷く。
どうにか誤魔化せたことに胸をなでおろす奏。
しかし、奏は同時に後悔する。
縛り解放する。それが、『鎖』の本質だという事を、彼に告げなかったのだから。
「では、今回は、さまざまなバリエーションを考えながら模擬戦をしていくぞ」
「分かりました」
二人は構える。
その一時間後、千景は人生初めてのグロッキー状態で百合籠に戻って、泥のように寝た。
そんな、日常が何日も続いた中。
椿との稽古もだいぶ慣れ、肉体的にかなり逞しくなってきた頃。
千景は、廊下を歩いていた。
「ん?」
その先に、白露が壁に寄りかかって、千景を見ていた。
「・・・最近、あの椿って人に稽古つけて貰ってるみたいね」
「流石に噂になるか。それがどうしたんだ?」
「・・・・ねえ。その所為で、私たちが手を出しにくくなってるって事知ってるの?」
白露は、皮肉たっぷりに千景に言う。
それに千景は、罰が悪そうな顔になる。
「そうか・・・それはすまない」
「何が?」
「え?」
「何がすまないなの?」
白露は、千景に詰め寄る。
「なんで謝るの?貴方は何か悪い事したの?」
「なにと言われても・・・・俺はお前たちの気分を害しているだろう?」
「ッ・・・」
白露は千景の脚を踏む。
「知らない」
「・・・・」
そのままさっさと行ってしまう白露に、千景は首を傾げる。
「・・・・結局何が言いたかったんだ?」
本当に、純粋無垢に、苛立ちもせずに、千景は首を傾げた。
一方で、白露は苛立っていた。
(なんで、なんで何も言わないのよ・・・!)
千景は、何も返さない。何も返そうとはしない。
返す気などない。
それが、無性に苛立ち、白露の罪悪感をさらに掻き立てる。
本当は、あの時の礼を言いたかっただけ。
なのに、なんで、心がそれを
「ッ・・・」
なんでこうなる。なんでこうならない。
自分の悪心が、自分の行動を阻害しているような、そんな感覚を、白露は感じていた。
そこで、ふと思った。
自分はいつからこうなってしまったのだろうか。
夜の街。
その中にある廃ビルの中にある椅子に座る一人の少年は、この絡久良市を一望していた。
「ふふふ・・・・彼が天鎖刈を手にしたか」
その少年の笑みはとてもいやらしく、そして、反感を買うかのように、その口角を歪めていた。
「あとは、彼に接触すれば・・・・」
男は、片手を持ち上げ、夜空に輝く朧月に向かって手を伸ばした。
次回『花屋の夫婦』
元極道は、何故花屋を経営するか。