不道千景は勇者である   作:幻在

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花屋の夫婦

とある晴れの日。

千景は、商店街の中を歩いていた。

その斜め前には、雅がいた。

「雅さん・・・付き合えとは言われましたが、一体に何に・・・・」

「単純な話、花を選んで欲しいのよ」

「花・・ですか・・・なんのために?」

千景は思わず首を傾げた。

「ほら、貴方って意外と花に詳しかったでしょ?実は先輩の結婚式があって、その人に花を送りたいのよ」

「ふむ・・・・・・失恋ですか」

 

拳骨が落ちた。

 

「?・・?・・・」

千景は拳骨を喰らった頭を抑えながら訳が分からないというような表情で雅を見た。

「人のデリケートな話に軽く踏み込むな」

一方で雅は頬を赤くして拳を握りしめていた。

「別に、失恋したとかそういうのはどうでも良いのよ。これが十二回目の失恋だって言う事もどうでも良いのよ。ただ今まで恋したなかで一番好きな人が他の女に取られちゃったからとかそんなのどうでも良いのよ・・・・」

「分かった。俺が悪かった雅さん」

千景はようやく事態を理解してそれ以上何も言わないようにした。

そうこうしているうちに、目的地についたようだ。

「春風さん」

「ん?雅じゃないか」

そこは、春風吾郎が経営する花屋だ。

今回は、レジの方にも女性がいた。

「こんにちは。吾郎さん、泡沫さん」

千景が二人に挨拶する。

女性は千景の姿を見ると、一瞬目を見開いて、そして微笑む。

「来たのね、千景」

女性の名前は、吾郎の妻の『春風泡沫(うたかた)』。

この花屋の店長だ。

「今回は何の用だ?」

「実は・・・」

「雅さんが先輩の結婚式に送る花を探していて、俺がアドバイス要員としてきました」

「へえ・・・・失恋か?」

 

顔面にストレートが決まった。

 

「・・・・」

「あらあら・・・・」

吾郎がノックアウトされ、地面に倒れ伏す。

それに泡沫は苦笑いを零す。

「それで、何を御所望かしら?」

「そうですね・・・」

雅が屈んで花を物色する。

その様子を横目に、千景もそこに飾られている花を見渡す。

今は秋上旬。

『その時期となると、祝福の意味を持つ花は・・・』

「これだな。雅さん」

千景が雅の名を呼び、雅が立ち上がる。

「良いの見つかったの?」

「これですよ」

そこにあるのは赤い花だった。

「人物像聞いてなかったので、よくは分からないのですが、この花が良いかと思います」

「これは?」

千景が指したのは、真紅の花びらを持つ花だった。

「あら、それはグズマニアね。良いチョイスじゃない」

泡沫がそう褒める。

「花言葉は四つ、『理想の夫婦』『いつまでも健康で幸せ』『情熱』『あなたは完璧』です」

「様々な色の花が咲くから、トロピカルな色合いで楽しめるのも魅力ね」

千景と泡沫の言葉に、雅はうなずく。

「うん、確かにあの人に合うわね。泡沫さん、これをお願いします」

「分かったわ」

会計を始める雅と泡沫。

「ぐ・・ぅおお・・」

「大丈夫ですか吾郎さん?」

「安心しろ。頭の硬さなら人一倍自身があるからな」

顔面を抑えながら立ち上がる吾郎。

と、そこへ千景に背後から抱き着く子供がいた。

「ちかげにーちゃーん!」

「おっと」

それは吾郎と泡沫の子供の真琴だった。

「真琴か」

「あそぼー?」

真琴は無垢な笑顔で千景に言ってくる。

それに困ったような笑顔を浮かべて、屈む。

「分かった。あとで公園に行こうか」

「わーい!」

嬉しそうにはしゃぎ、母である泡沫の方へ走っていく真琴。

「悪いな、真琴の相手をしてくれてよ」

「いえ、それが性分ですから」

吾郎の言葉に、千景はそう返す。

「そうか・・・」

そこで、吾郎は思い出す。

(あの日も、お前は同じ事を言ってたよな・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは夏のとある日の事。

時間は前回の白露が誘拐された事件からかなり経つが、現在夏休みに入り、子供たちは外で虫取りなどで遊んで汗を掻く時期となる。

小学生活最後の夏休みである千景の行動は、まず初めの一週間で宿題を全て終わらせる事から始まる。

問題集、読書感想文、コンクールの絵、自由研究、などなど。

それら全てを一息に終わらせ、あとは残りの夏休みを適当に過ごす。

それが千景のいつも通りの夏休みだ。

夏休みという事もあって、施設の子供たちのほとんどはそれぞれの友人たちの家に遊びに行き、遊びに外へ出かける。

つまり、その期間だけは、千景への虐めの頻度は下がるという事だ。

ただし、あくまで下がるというだけで無くなるわけではない。

ただ、今日ばかりは・・・・

「買い物に付き合いなさい」

「・・・・分かりました」

随分と度合いの低い要求だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

桐馬雅という女子高生の存在は、千景にとってはなんとも不思議な存在であった。

特にこちらに干渉するわけでもない。だからといって助ける訳では無い。

特に関わろうとはせずに、ただ自分の生活だけを優先する。

そんな人物だと千景は認識している。

そんな彼女が千景に突っかかってくるのは、決まって一つ。

 

買い物だ。

 

長ったらしい買い物の荷物持ちとしてこき使われるのだ。

実際に、千景は現在、おおよそ小学六年生が持つような量じゃない量の買い物袋と箱を持たされている。

しかし、それを毎度持たされたうえに、椿との稽古の成果であまり重くは感じなくなっている。

それよか軽い。まるで羽毛の袋を持たされているようだ。

 

 

 

 

実際、それは本来なら車に積むべき量なのだが、それを持てている千景が異常なだけなのだろう。

 

 

 

 

 

「次、あそこ行くわよ」

「今日は随分と多いですね。何かあるんですか?」

その荷物のほとんどが布や生地など、主に衣服を作る為に必要なものばかりだ。

「貴方に教えてあげる義理はないわ」

しかし雅はその質問を一蹴、答えるつもりはないらしい。

しかし、千景は知っている。

 

雅は、ファッションデザイナーを目指している。

その為に沢山研究する為の材料である生地や道具、またはファッション関連の雑誌を買っているのだ。

その使い方に躊躇いは無く、よくそれで金欠を起こすらしいのがたまにきずらしい。

 

それはともかく、雅は千景を引き連れて商店街を歩いていた。

そんな時でも、商店街を行きかう人々の蔑むような視線を、嘲笑うかのような陰口は、千景の肌に突き刺さり、耳に届く。

千景は、それをいつもの事だと気にせず、雅の後をついていく。

そんな中で、雅と千景はある花屋の前で止まる。

「泡沫さん」

「あら、雅じゃない」

その花屋の前で花に水をやる女性がいた。

ここの店長の『春風泡沫』だ。

「今日も来たのね」

「はい」

雅はよくここに通う。

理由は、部屋に飾る花を探すためだと言う。

実際、彼女の部屋に花が飾られているのは()()()()()()()()し、食卓の上にある花も、ここのものだ。

千景は、その場で突っ立ってその様子を眺める。

本当に楽しそうに話し合う雅と泡沫。

しかし、二人とも務めて千景を視界に入れないようにしている。

そして、千景も自ら気配を殺している。

こんな楽しそうな雰囲気を壊したくないし壊す気にもならないからだ。

そう思いながら、千景は、御神刀『天鎖刈』の能力について考察していた。

すると、千景に向かって話しかける少女がいた。

「千景さん!」

「ん?」

振り向けば、そこにいたのは優だった。

「優か」

「はい!そのお荷物大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。お前のお母さんに鍛えられているからな」

「それは良かったです」

優は嬉しそうに笑う。

椿ほどではないにしろ焼けた肌と、対照的な長いサラサラな黒髪。

「今日は何をしているんですか?」

「雅さんの買い物に付き合ってるだけ」

優は雅を見る。

「・・・むぅ」

優は不機嫌そうに頬を膨らませる。

「どうした?」

「なんでもありません」

ぷいっとそっぽを向く優。

なんなのか、と思う千景であったが、それ以上は追及しない千景。

そのまま、優と話し合って時間を潰していると、不意に店の奥から誰かが出てくる。

それはまだ三歳にも達していない小さな男の子だった。

「?」

「あれは、真琴くんですね」

「真琴?」

「この家の子供です」

男の子、真琴は酷く眠そうに店の前に出てきた。

「ふぁぁああ」

可愛らしくあくびをする真琴。

「あら、真琴」

その真琴に気付く泡沫。

「あ、おかあさんだ」

「どうしたの?」

真琴ははにかんで、泡沫はそんな子供の頭を撫でる。

「んとねー。なんとなくー」

「貴方ね・・・体が弱いんだから・・・」

その会話を聞いて、千景は優に聞く。

「どういう事だ?」

「あ、真琴くん、実は・・・・」

 

 

「―――お前が知る必要は無い」

 

 

ふと、背後から聞こえた低い声に、千景はそこまで踊かないまでも優はその肩をびくりと跳ねらせる。

そして優は慌てて、千景はゆっくりと肩越しに、振り向いた。

そこには、あまりにもガタイの良い、大男がいた。

「・・・・」

その巨体に圧倒される優。しかし、千景は澄ましたような表情でその男を見上げた。

「いけない事を聞いたようで、すいませんでした」

そう千景は謝罪した。

「あ、吾郎さん」

そこへ泡沫がその男へ駆け寄る。

千景はどうにか荷物を落とさないようにと避ける。

「おかえりなさい。どうだった?」

「良いのが手に入ったぜ」

そう微笑み合う二人。

 

彼の名前は『春風吾郎』。

泡沫の夫だ。

 

そのいちゃつきぶりに優は赤面するも千景はまるで興味無さげに見上げていた。

それはともかく。

ふと千景の服の裾を引っ張る誰かがいた。

「ん?」

振り向けば、そこには真琴がいた。

真琴は、千景を不思議そうに見上げていた。

「・・・なんだ?」

「どうしてみみにせんがあるの?」

その質問に思わず息詰まる千景。

そこは、この街にとってはあたりまえの事で、かつ、その理由を追求する事は、この街の常識としてはタブーだ。

しかし、やはり子供なのか、無垢かつ素朴な疑問を投げつけられて千景は思わず動揺してしまう。

それに答える為にたっぷりと時間をかけて、千景は口を開く。

「すこし、木の枝に引っ掛けてな」

「そうなのぉ?」

千景が視線を逸らす。

子供の無垢さがとても痛い。

「ほら真琴、お前は気にするな」

「え~」

ここで吾郎が真琴をどこかへ行かせる。

真琴はとても不服そうに行ってしまう。

「ふう・・・」

「何故安心したような表情になってるんですか?」

優が首を傾げる。

「お前な・・・俺の噂を知ってるだろ?どうせ悪い影響がなんたらで遠ざけたいんだろ」

「・・・・・千景さんは悪い影響なんて与えません」

「それでも、俺の両親は殺人を犯してる。それだけじゃない。父さんの方のじいちゃんは殺人で牢屋送り、ばあちゃんは浮気してどっか行ってるし、母さんの方のじいちゃんは悪徳企業の社長。ばあちゃんは・・・・」

そこでふと思い出す。母方の祖母は、今は一体どうしているのだろう?

今思えば、その祖母の事を、千景は知らない。

(今度、奏さんたちに聞いてみるか)

「千景さん?どうかしたんですか?」

「いや、こっちの話だ。それよりも、椿さんはどうしてる?」

「お母さんはお仕事で、私は気分転換に散歩を」

「そうか・・・」

なんか余計な事も言っていた気がしたがそこは気にしない。

それはそうと。

「長いな」

「ですね」

雅と泡沫の会話があまりにも長くて退屈だった。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

(気まずい!)

 

優は心の中で悲鳴を挙げた。

千景は優が心を許す唯一の存在だ。

しかし、千景はともかく優は彼の事を何も知らない。

だからどんな話をすれば良いのか分からないのだ。

何か話を―――。

そう考えている優を他所に、千景は、とある視線を感じていた。

 

自分に向けられていない悪意。

その視線の先には―――。

 

 

(吾郎さん、だと?)

その悪意の視線は、吾郎を刺していた。

吾郎は、花の手入れに夢中で気付いていない様子だ。

千景は、その視線の正体を肩越しに見る。

そこにいたのは中年の男。

路地の影からこちらを伺い、何かしらの機会を狙っているようだ。

(もし魔器使いであるなら・・・)

千景は懐に忍ばせている御神刀へ意識を向ける。

最悪、雅の荷物をぶちまける事になるかもしれないが、誰かが不幸になるよりかは数倍ましだ。

それに今回の買い物に割れ物は無い。多少痛むだろうが、落とした程度ではすぐに()()()から良いだろう。

どちらにしろ、あの男が行動に出たのなら即刻()()()()()

小学六年の身で何を言ってるんだと思うが、それでも警察がくるまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。

そう決め、千景は視線を正面に戻す。

 

 

真琴がまたこちらを覗き見ていた。

 

 

「・・・」

「・・・」

目が合い、微妙な空気になる。

真琴は純粋な眼差しで千景を見つめ、千景はその視線から視線を外せない。

ここで根負けしてしまったら、何かに負けてしまうと思ったからだ。

だが、そうしていると、まだ吾郎が真琴に声をかける。

「真琴、家にいなきゃだめだろう?」

「ねえおとうさん、あのおにいちゃんとおはなししちゃだめなの?」

その場の空気が凍った―――――と感じたのは千景だけで、周囲はやれやれと言った感じで過ぎ去っていく。

「・・・だめだ」

「なんで?」

「なんでって・・・・」

「ねえなんで?」

あまり強く言えないのか、吾郎が口籠る。

「・・・・俺は他人と長時間話すとその相手に呪いをかけて一生友達が出来ない様にしてしまうんだよ」

なんとも幼稚で儚い嘘なのだろうか。

しかし、相手はまだ幼稚園にも上がっていない子供、この手の嘘にひっかか――――

 

「のろいとともだちってなに?」

 

残念、相手は想像以上に白かったようだ。

 

「「・・・・・」」

千景渾身の嘘も、この超純粋少年の前に呆気無く破られてしまい、絶句してしまう。

「あ、えーっと、わ、私と遊ばない?」

そこで優が割り込んでくる。

これなら、流石に真琴も―――

 

「・・・・おねえちゃんつまらなそ」

 

子供は残酷である。

「つまらないつまらない・・・・」

「元気だせ優、所詮は子供の言葉だ」

先ほどの一言がよほどショックだったのか、道の隅で膝を抱えて落ち込む優。

そんな優を千景が慰める。

「そんな事いっちゃだめじゃないか」

「だって、おもったことはいえっておかあさんが」

(貴方か泡沫さん・・・)

純粋に育ってほしいという想いでの言葉だろうが、それで誰かが傷付いていたら意味がないのでは、と千景は思った。

「では、これを下さい」

「分かったわ。吾郎さん」

「ん?分かった。会計だな」

吾郎は、花の手入れの手を一旦止め、雅が指名した花を包装する。

「やっとか」

「遅いですね」

「きっぱり言うな」

「悪かったわね」

どうやら聞こえていたらしく、雅がこちらに歩いてくる。

「貴方は安座間さん家の子供ね」

「・・・・優です」

あくまで礼はしないらしい。

それを雅は気にした様子は無く、優から視線を外して千景を見る。

「花は私が持つわ」

「分かりました」

これもいつもの事だ。

どうやら花ばかりは自分で持って帰りたいらしい。

「はい、雅」

「ありがとうございます」

あくまで、千景は視界に入れない。

泡沫は、この街では千景を視界に入れないように努めている。あるいは、認識しないようにしているのだ。

そこまで、自分は醜い存在なのだろうか。まあ、どうでも良いが。

吾郎の方へ視線を向ければ、吾郎はこちらを嫌悪感のこもった視線を向けていた。

しかし、あくまで答えない。

面倒事は避けたいのだろう。

それはそれで千景も助かる。

これ以上時間はかけられない。

「それじゃあ優、またな」

「あ・・・・」

去っていく千景を呼び止めようとした優だったが、やめた。

千景にとっては、おそらくこれは迷惑な行為なのだろう。

だから、優はやめた。

「・・・・もっと、お話ししたかったな」

そう名残惜しそうにつぶやいた。

一方で千景は、そんな優の様子を理解出来なかったが気にせず、前を向いた時、不意に、吾郎に悪意の視線を向けていた男が視界に移った。

 

その瞬間、男の視線が僅かにずれたのを千景は見逃さなかった。

 

この歳で、そこまでの観察能力を持っている千景は、まさしく希代の天才だろう。

そうでなくても、3Dアクションやガンシューティングゲームによって培われた弱点を見抜く観察眼は、まさしく照魔鏡が如しだった。

 

ガンシューティングによって培われた動体視力と観察眼、そして反射神経、狙撃の腕、クイズゲームによって得た高校レベルの頭脳、戦略ゲームによる状況の把握、戦略立案、指揮能力、予測能力。そして、天賦ともいえる、身体能力。

 

 

 

まわりは彼に張られたレッテルによって気付かないが、実はとんでもない『天才』だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな千景の最も突出するべき『相手の悪意を感じる』能力は――――

 

 

 

――――その悪意の矛先が真琴だという事を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――――

 

みーんみんみん――――――

 

セミたちが叫びまくっている炎天下で、千景は公園のベンチで汗を垂れ流していた。

「あつい・・・」

今日は今年の最高気温と言われている日。

流石夏、あまくみていた。

「・・・・んぐ」

千景は持っていたエネルギードリンクを飲む。

なんと刺激があまりにも強すぎて『未成年はのんじゃだめだぞ♡』なる旨を伝える文字が書かれていた。

しかし、今気張らなければいずれ暑さにやられて熱中症になってしまう。

そんな事になってしまったら、今()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そのやっている事というのは――――

「もーいーかい?」

「まぁだだよ!」

まだ幼稚園児の孤児たちの御守りである。

端的に言って今日園児たちの当番だった奴らが友人との約束を優先して千景に押し付けた、だ。

ただ、あまり事情を理解していない園児たちは、皆、千景に見られているのにも関わらず純粋に遊んでいる。

その様子を遠目から、そして炎天下の暑さと格闘しながら見ていた。

しかし、この暑さ故か缶の中身もだいぶぬるくなってきてしまった。

(どうにかしねえと・・・)

しかしこの暑さはどうにもならない。

「あー、あづい・・・」

ふと、そこへ千景じゃない誰かの声が聞こえた。

そちらへ視線を向けると、そこには―――

「奏さん・・・・?」

「あら、ちかげくんじゃない。おはよー」

グロッキー状態の奏がいた。

とりあえず冷たい飲み物を十秒以内で買ってきて奏に手渡し、奏はそれを一気に飲み干した。

「んぐっ・・・んぐっ・・・ぷはぁ!助かったぁ!」

「なんでここに・・・?」

「神社の仕事も以外と退屈でね。こういう休みとなると、幾分か暇が出来るのよ。学校がある日はその真逆だけど」

「そうなんですか」

「それにしても子供の御守り?よく引き受けたわね」

「これしかやる事がないので」

「宿題は?」

「夏休み開始一週間で全部」

「真面目か・・・・」

「そういう奏さんはどうなんですか?」

「・・・・」

視線をそらす奏。

どうやら、これはやっていないようだ。

「早めにやっていた方が良いですよ」

「うぅ・・・」

どうやら責められるのは弱いらしい。

それはともかくとして。

「最近、どう?」

「夏休みに入ってほとんどの奴らが遊びたい放題ですよ」

「それってどっちの意味で?」

「自分たちで遊んでるって事です。どうやら俺に時間をとられたくないらしい」

「君は普段は何してるの?あの子たちを見る限り、普段やらないでしょ?」

「家でゲーム」

「そ、そうなんだ・・・」

あまりにもあっさりと返され、言葉に詰まる奏。

さらなる話題を出そうと頭をひねるが、奏は彼の事をあまり知らない。

だからどう話せばいいのか分からないのだ。

「うーん・・・」

奏が頭を抱えている間、千景は、ふと、この間の事を思い出す。

(結局、あの男は一体・・・)

「あ、そういえば、優ちゃんと泡沫さんが経営してる花屋であったんだよね?」

「え、ええ・・・・」

「実は、泡沫さんの夫の吾郎さん、実は元ヤクザなんだけど、まだ中学生だった椿さんのボコボコにされたんだって」

愉悦、とでも言うかのように笑う奏。

「椿さんが?」

「そ。その頃から椿さんかなり硬かったみたいだかね、いくら殴っても全然ダメージ通らなくて、結局一方的に返り討ちにあっちゃったんだって。私それ聞いた時はおかしくておかしくて」

けらけらと笑う奏。

「ふむ・・・・」

吾郎が椿にボコボコにされた所はどうでも良いが、椿なら吾郎とあの男の間に何が起きたのかを知っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

よくよく考えてみると、子供を先に作ったのは年下の椿なのか・・・・なんて千景が思ったのはこの際おいておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、千景は創代神社の縁側で椿にその手の話を聞いてみた。

「昔吾郎に何が会ったかだと?」

「ああ」

「それはまた何故?」

千景は、椿にこの間、吾郎の妻の泡沫が経営していた花屋での出来事を説明する。

「うむ・・・・確か、泡沫は吾郎と付き合う以前、別の男と交際していたと聞く」

「そうなんですか?」

椿の言葉に、思わず聞き返してしまう千景。

「ああ。初めは、互いに良好な関係だったらしいが、次第に相手の方の独占欲が強くなってな。毎日大量のメールを送って来たり、他の男と話しているとその男を威嚇して遠ざけたりと、迷惑な事をするようになってきたらしく、そんな中で、質の悪い奴らにナンパされていた所を吾郎に助けられたらしい」

確かに泡沫はこの街での指折りなほどに美人だ。いわゆるすっぴん美人というものだ。

そこは千景も認める。

「そこから二人の関係が始まったらしい。そこからは私もよく知っている。その頃の吾郎に向かって私は喧嘩売ったからな」

「あんたが喧嘩売ったのか!?」

「そこは気にするな。ま、吾郎と親しくなったのはその後だ。それで、私は二人の恋を応援したわけだよ。ただ互いに一歩踏み出さないうえにまだ泡沫が離れられない男の件もあって、色々と難航してな。そのまま数年が過ぎて御神刀の担い手に選ばれたりとうんぬんかんぬんで、結局私が結婚して優を授かった時にやっと結婚したという訳だ」

「以外とアバウト・・・・」

とりあえず、これで仮説くらいはたてられる。

要はあの男は泡沫の元交際相手でそれを吾郎にとられた。そしてその男は吾郎を怨んでいるという事なのだろう。

その怨みを今日まで持っているとは、なんとも根深い男だ。

(まさか魔器使いじゃないよな)

そうであればこの御役目も早めに終わらせて良いのだが。

「しかし、その例の男・・・警戒しておく必要があるな・・・・」

「一応、帰りに寄ってくれませんか?俺ではだめですので」

「はあ、何故この街はこうもお前を嫌うのだろうな」

「それが人というものですよ」

いつの時代も人々にとっての悪は存在してきた。

歴史において、悪とみなされるのは必ず敗者。

源頼朝が弟義経を殺した時も、義経が悪いように歴史を作り、また、第二次世界大戦においても、日本に勝ったのはアメリカなのであって決して中国やその他周辺諸国ではないのに自分が勝利者だと主張する。

いわば人間とは身勝手な存在なのだ。

この街の人間が千景を悪と見定めるように、千景がそんな者達を守りたいと思っているように。

それは、神々が人に与えた、醜い美点なのだろう。

それはともかくとして。

「俺はそれを否定しないしする気もありませんよ」

「・・・・・そうか」

椿は、そう答える。

「千景君、椿さん」

「ん?」

振り返ると、そこには二人の御神刀を持った奏が立っていた。

「御神刀の手入れ終わりましたよ」

「ありがとう奏」

椿には茶色の鞘の御神刀を、千景には白い刀身の御神刀を手渡す。

「俺でも御神刀の手入れができれば良いんだが・・・・」

「御神刀とは神がお創りになった人智を超えた代物。そうそう簡単に手入れは出来ませんよ」

そう、神が創りしものとは言え、使い続けていれば傷むし弱る。

だから、その手入れの為に創代に願い、また万全な状態にしなければならないのだ。

「御神刀は、そのままでも十分に人を殺める力を持っている。だけど、人を殺すために、それを預けてるわけじゃないのよ?」

「分かっています」

千景はそれを懐に忍ばせる。

「では奏、私たちはこれで暇させて貰う」

「はい。気を付けて帰って下さい」

そんな訳で長ったらしい階段を降りる二人。

千景と椿は、別れ、千景は百合籠に向かって帰る。

道中には必ず吾郎と泡沫の花屋がある。

しかし――――

「なんだ?あの人だかりは・・・・」

千景が怪訝そう見る先には、騒然とする人だかりがあった。

その中には、優の姿もあった。

「どうした?何があったんだ?」

「あ、千景さん!」

千景が声をかけると、優が振り返り、なにやら慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

 

「それが、吾郎さんちの真琴ちゃんが攫われたみたいなんです!」

 

 

 

 

 

そして、その耳に入って来た情報は、千景の頭を鈍器でぶん殴るかのような衝撃を与えた。




次回『封じ解き、縛り解く力』

それは、ありとあらゆるものを縛り付ける、鎖の力。
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