不道千景は勇者である 作:幻在
秋――――
そんな季節になってくると、夏の暑さも薄れていき、涼しくなってくる。
木にある葉は赤くなり紅葉となり、地面へと落ちていく。
そんな肌寒くなってくる季節に、千景の学校、主に学年である六年では、ある事が企画されていた。
「やっぱキャンプファイアーだよな!」
「さっきからそればっかり言ってるよね?」
「鬼ごっこしようぜ!」
「いやここは―――」
いわゆる、キャンプという奴だ。
近々、六年では近場の森へ遠足に行く事になり、さらに特別企画として一泊二日するというらしい。
というか、それがこの学校の伝統となっているらしいが。
そんななか、千景はその様子をつまらなそうに見ていた。
単純に興味無いのはそうだが、どうせ自分は行けないし、百合籠で職員たちにこき使われるのを想像していた。
とりあえず、学級委員が、黒板に生徒たちが言い合った案を書いていく。
「それじゃあ、この中でどれが良いか、手をあげて」
結果。
「それじゃ、今回のキャンプでは肝試しに決定!」
喜ぶ生徒もいれば、ええーと嘆く生徒もいた。
「と、いう訳でくじでペア決めよっか」
『早ッ!?』
まるで分っていたかのように取り出されたくじの箱。
(相変わらず用意周到だな、うちの学級委員は)
呆れ半分で関心する千景。
まあ、自分には関係ない話だと思い、窓の外の景色を見る。
「それじゃあ、一人ずつ引いてね」
(さて、帰ったら何しようかね)
「はい」
「・・・・・これだ!」
「それじゃあ、今度は・・・」
(帰る前に椿さんとの空手の練習があるしな。まあ問題はないだろ)
「よし」
「次」
(そういや新作ゲームが出ていたな。おっちゃんに頼んで買ってもらおうか)
「とったよ」
「それじゃあ・・・・お前だゴミ」
(まあどうせ皆いないんだし。早めに終わらせてしまえば・・・・・)
「・・・・・んん?」
そこで気付く。
いつの間にか自分のまえにくじの箱が突き出されていた。
顔をあげれば怖いぐらいにニッコリしている学級委員の顔があった。
「・・・・・引けと?」
「それ以外になにがあるんだよ」
と、嘲笑うかのような含み笑いで千景を見下す学級委員。
「・・・・・」
まさか―――――
――――俺も参加するのか!?
内心で驚いてしまう千景。だがよく考えてみれば、森に引き込んでしまえば一風変わった虐め方法を実践できるのではないのか?
そう考えてみると、なるほど参加しろというのは妥当だろう。
千景はそう勝手に合点してくじを引く。
「・・・・・五番」
そう呟いた途端、教室の空気が変わる。
いわずもがな、千景と一緒のペアになりたくないという一心でクラスの心が一つとなっただろう。
まあ、予想していた事だが。
そうして、クラス全員がくじを引いた結果―――――
千景とペアを組む事になったのは―――『水霜冬樹』だった。
「なぜ、よりにもよって、あなたなんかと・・・・」
「・・・・」
一応、相手のペアを知っておけという事で顔合わせをする千景と冬樹。
しかし冬樹は、千景を親の仇とでもいうかのような眼で見ていた。
実際、
「変わって」
「無理な話だ」
「変われ」
「そんなに嫌ならお前が」
「もうやった」
「もうやったのかよ」
冬樹は、この街のいじめっ子の中で、唯一理由が最も理不尽な人物だ。
千景もよくは知らないのだが、なんでも、彼女の両親は警察官で、とある犯人を追っていたら返り討ちにあって、死んだらしい。
その時、その犯人と同伴していたのが千景の父親で、彼は謝罪したみたいだが、当時五歳だった冬樹は理解できるはずもなく、自分の両親を見捨てたクズ野郎という認識で千景の父親を目の上の仇にしているのだ。
ついでにその子供である千景も怨んでいる。全く持って迷惑な話だ。
しかし、理不尽故に、千景を虐めてくる者たちの中で理由が一番はっきりしている。
その点については、千景も彼女の事を苦手としていない。
むしろ歓迎しているといっても良い。
全く持っておかしな話だが。
「ぅぅぅ・・・」
「睨み付けられても困るぞ・・・・」
とてつもなく低い声で犬のように唸ってくる冬樹に、千景は思わず呆れるしかなかった。
とにかく、一泊二日のキャンプを、終始彼女と過ごさなければならない事が決定してしまった。
(まあ、上手く立ち回るほかないか・・・・)
なるようになるであろう。
「遠足だと?」
「一泊二日、のですけどね」
「場所は?」
「近場の森。スケジュールとしては、肝試しにキャンプファイヤー、あと、自炊の為にカレーを作る事になっています」
「楽しそうじゃない」
「俺の立場がこんなんじゃなければですけどね」
神社にて。
最近、いきつけともいうかのように通う頻度が増している場所にて、千景は椿と奏にそのように報告していた。
「あの小学校の遠足といえば、私も千歳との思い出が懐かしいな。千歳の奴、以外とお化けが苦手らしくてな。肝試しの時の悲鳴といえば、もう可笑しくておかしくて」
あっはっは、と笑う椿。
「しかし、水霜の所の子とペアとは・・・・」
「あいつだけ動機がはっきりしてるから、俺としては嬉しい限りですがね」
「貴方の感性、時々疑うわ・・・・」
「水霜は、お前の父親、
「ええ、それぐらいは・・・・」
「さて問題だ。銃を持っている警察官相手に、その犯人は丸腰で立ち向かってきた。さて、この状況で、犯人はどうやって銃を持っている、それも三人もいる警察官相手に、どうやってその内の二人を殺せたと思う?」
「丸腰で、ですか?」
「ただの殺し方ではない。殴って内臓を破裂させるほどのダメージを負わせたうえでの殺害だ」
「流石にそれには無理があるのでは・・・・」
そこで、千景の言葉は止まる。
残っている魔器は、残り三つ。
その内二つは判明している。
唯一、椿と、千景の母である千歳が取り逃がした、二つの魔器。
その文字は、『燃』と――――
「――――『強』の魔器・・・・」
「その通りだ」
椿は前のめりになり、手を組んで肘を膝の上に置き、その手に顎を乗せた。
「丁度良い機会だ。お前に、魔器『強』と『燃』の能力の概要について話そう」
椿は、真剣に話を始める。
「まず、『燃』の能力だが、この能力は、そのまま文字の通り、『燃やす』という概念を操る。燃焼はもちろん、火炎放射など、燃やすに関係する事なら出来る。骨を燃やす、肉を燃やす・・・そう言った事が、奴には可能で、死体を完全焼却すれば、証拠もそうそうに残らない。いわば、完全犯罪も可能な能力だ」
「燃やす・・・・それならば・・・・」
「ああ、燃やす概念で出てくる炎その物は、天鎖刈の鎖で封じ込める事が出来る。問題なのは、相方の方だ」
「相方・・・・それが・・・」
「そう。『強』の魔器だ」
椿は、組んだ手に入れる力が、さらに強くなる。
それに、ただならぬ理由があるのかと千景は推測し、息を飲む。
「『強』の魔器、その恐ろしさは、奴の至ってシンプルな能力にあるんだ」
「シンプルな・・・?」
そこへ、椿が口を挟んだ。
「『強』の能力は、『なによりも強く』よ」
「どういう意味なんですか?」
「そのままの意味よ。最初、奴は椿さんより弱かった。それも、いとも簡単に蹂躙されるほどにね」
「それならなぜ・・・・」
「
「・・・・!?」
『強』
その能力は、前述した通り、『なによりも強く』なる事。
それは、ありとあらゆる『強さ』に関係するもので、例えば、自分よりも強い敵と対峙し、その強さを実感する。
『強』の魔器は、その強さを感じると、使用者の精神に作用しつつ、使用者の肉体を急激に強化するのだ。
そして、やがてその強化された肉体は、肉体の限界を超えて、ありとあらゆる事象よりも強くなる。
それは、椿の拳よりも
その強化は、肉体的及び物理的に留まらず、概念にも作用する。
全てを封じ込める『鎖』よりも強く。
全てを縛り上げる『鎖』よりも強く。
全てを閉じ込める『鎖』よりも強く。
この世のありとあらゆる強さ、概念、真実、現象。その全てを超越する為の『強さ』。
それが、魔器『強』の恐ろしさ。
「七年前。私と千歳は、『強』の魔器使いに敗北をきした。そして、その翌年に―――」
「・・・冬樹の両親がソイツに殺された・・・・」
「ああ・・・・奴の片目と引き換えにな」
「・・・・・え?」
「ああ、いってなかったわね。御神刀と魔器は、発動しててもそれなりの物理保護機能がついてるんだけど、それでも限度ってものがあってね。弾丸程度は皮膚に弾かれるんだけど・・・・」
「唯一、ナイフとかでなら、人体で最も脆い目を潰す事ぐらいは出来るんだ」
「そうだったのか・・・」
つまり、そこらにあるナイフ程度なら、ある程度の抵抗は可能という事か・・・
「用途がよく解らんな・・・」
「使っていけば、その内分かるわ」
「それで、千景は参加するのか?」
「参加しなければ、色々と言われそうなんで」
「そうか・・・」
椿はもの悲しそうな表情になる。
「安心してください。いつもの事なので」
「それをいつもの事だと言っているお前が心配なんだ」
椿の言葉に、千景は分かっていないかのように首を傾げる。
そして、改めて思う。
やはり千景はどこか狂っていると。
百合籠に戻った千景。
早速ではあるが、冬樹に恨めしそうに睨まれた。
「・・・・・」
「なんで帰って来たの?」
「いやなんでと言われてもここしか来る場所ないし・・・」
「神社に住めばいいでしょ?」
「それじゃあ奏さんの家計が炎上するだろ考えろ」
「それ小学生の思考じゃない気がする」
「それは関係無いだろ!?」
と、こんな言い合いをしつつ。
「ペア変われ」
「だから無理な話だって・・・」
「出来ないなら死ね」
「辛辣だな・・・死なないけど」
「死んでしまえ」
「あー、そう・・・」
相も変わらず辛辣な言葉を投げかけてくる冬樹。
だが、その時、何かが勢いよく閉じられる音がした。
「おい・・・・」
低いその怒声は、とある男子から発せられたものだった。
「夫婦喧嘩なら他所でやれ」
「「夫婦じゃない」」
その男子というのは、『浅羽海路』という少年だった。
直接的ではないにしろ、言葉攻めをしてくる。
「水霜、貴様の言葉如きでペアが変わる訳がないだろ」
「ぐ・・・」
「不道はさっさとどっかいけ、目障りだ」
「言われなくてもそうする」
「ならさっさと消えろ」
そう言って、海路は読書に戻る。
これでも運動は出来る方だ。
「それじゃあな」
「あ、まだ話は・・・・」
「なんなら俺の部屋に来るか?」
「・・・・・いい」
「ああ、そう」
そう言って千景はいってしまう。
それに冬樹は。
「・・・・・チッ」
舌打ちをした。
自室に戻った千景は、ベッドに寝転がり、思案に暮れていた。
「・・・・」
母千歳と、椿が取り逃がした、『強』と『燃』の魔器。
その片方で、最も注意すべきは『強』。
相手が強ければ強い程、その強さを超えてくる、最強の魔器。
それに、果たして自分は勝てるのだろうか。
「・・・・」
千景は考える。どうやったらそんな敵に勝てるのか。
やりようは、いくらでもある。
この役目が終わるまで、あと、三つ。
終わらせるには、全てに勝利しなければならない。
そのためには、何か、新たな力が必要だ。
ある程度のものなら、見ただけでその構造を把握してしまう千景の洞察眼を持ってすれば、千景は、天鎖刈の能力の隅々まで
もし、その予想が本当であるなら・・・
「試してみる価値はあるかもな」
千景の声は、闇夜に溶けてゆく。
数日が経ち。
向かえのバスが来て、ある程度の荷物を持った子供たちがバスに乗り込む。
必要最低限の荷物しか持っていない千景は、その手に荷物を持ったままバスに乗り込む。
席は一番前。
ただ、二人並ぶ席である。
普通、誰もが千景の隣に座りたがらない。
が、それはバスの許容人数がぴったり収まった場合では、否が応でも座らされるのは必然だ。
その隣に座る奴というのが、冬樹だ。
「・・・・」
「・・・・」
なんとも気まずい空気が二人の間に流れる。
実は、肝試しのペアを決める際のくじは、この為のもの。
どうせなら誰が一緒の席に座るのかというのを同時に決める為のものだったらしい。
当然の如く、冬樹は猛反発。しかし、それで誰かが変わってくれるわけがなく、冬樹の意見は通らなかった。
結果、千景と冬樹が一緒に座る事になったのだ。
ついでに、キャンプの際に使うテントも二人で使う事になっている。
はた迷惑な話だ。
周囲は向こうに着いたら何をするかなどの話で盛り上がっている。
「「・・・・」」
その中で唯一無言を貫き通している冬樹と千景。
なんだろう。このままでは間が持たない気がする。
内心、物凄く胃痛がしてきている千景は、冬樹から発せられる嫌悪の悪意に苛まれている。
まるで犬に無言で圧力を掛けられている嫌われている飼い主の気分だ。
(はやくつかないだろうか・・・)
千景は早速、帰りたい気分になった。
キャンプ場に到着。
(や、やっと解放された・・・・)
千景は近場の木に前のめりに寄りかかって深い溜息を吐いた。
病気ではない筈なのに、かなり腹が痛かった。
視線を向ければ、広場にてテントを設立している子供たちの姿があった。
それぞれ一生懸命にテントを張ろうとしている。
上手くできる者もいれば、そうではない者もいる。
しかし、このまま気に寄りかかっているのもよろしくない。
千景は仕方が無く、冬樹がテントを広げているであろう場所に向かったが――――
「・・・・・何してるんだ?」
「・・・・」
そこには崩れたテントの下敷きになっている冬樹の姿があった。
とりあえず抜け出せないようなので、助ける。
「・・・別、に、一人で、抜け、出せた」
「いや、足が引っかかってたから一人じゃ脱出なんて・・・」
「うる、さい。そこで、みてろ」
彼女の独特な喋り方で告げられる辛辣な言葉に、千景は頭を抱えたくなる。
どうにもこの冬樹の事だけは苦手のようだ。
それはともかく。
Take1 再度組み立てようとしたら石に
Take2落ち葉に足を取られてパーツをぶちまける。
Take3 張られた鉄のパーツが跳ねて冬樹の額に直撃した。
Take4 栗が落ちてきた。それによってテントが脆くも崩れ去る。
Take5 どうにか骨組みを完成させたが、いざビニールを掛けようとしたらネジを一本つけ忘れて一瞬にして崩れ去った。
「・・・・」
あまりにも酷過ぎる。
完成一歩手前というところで崩れ去ったテントの残骸を黙って見る千景と冬樹。
しばらく沈黙が続いた後、不意に嗚咽が聞こえた。
「・・・・ふ、ふえ・・・」
(泣いた!?)
なんと冬樹が涙を流して泣き始めたのである。
「うえぇ~ん・・・」
「あああ!?泣くな泣くな!」
慌てて荷物からハンカチを取り出して涙をふき取る千景。
「ッ!」
「うお!?」
しかし冬樹はそれを振りはらう。
「余計、な、お世話・・・!」
「いや余計と言われてもお前ない・・・」
「ないて、ない・・・」
あからさまな拒絶。
それに千景は肩を落とす。
振り返って、千景はテントの残骸に目を移す。
「・・・・仕方ない」
ここでとうとう千景はテントの設置に手を出す。
「あ、お前・・・・」
「流石に見ていられない」
そう言って、千景はテントを組み立て始める。
骨組み、および、釘を地面に刺していく。
その手際の良さに、冬樹はただ茫然と見ていた。
やがて、千景一人でテントが完成する。
「よし、こんなものでいいだろ・・・んん!?」
振り返って冬樹を見た千景の言葉が唐突に止まる。
そこには、さらに目尻に涙をためて、頬膨らませてこちらを睨み付けてくる冬樹の姿があった。
「~~!!」
「いや、なんでそんなに・・・」
「わたし、ひとりで、できた・・・・!」
ああなるほど、と千景は理解する。
ようは、彼女なりの意地なのだろう。
そこを千景が横からずけずけと余計な事をした所為で彼女のプライドに傷をつけてしまったのだ。
「・・・すまない。そんなつもりは無かったんだ」
「くちでは、なんとも、いえ、る・・・!」
抑えきれず流れ出る涙に、千景は頭を抱えたくなる。
どうすれば泣き止んでくれるのだろうか。
これ以上は、流石に
「あー!千景が冬樹が泣かせてるぞ!」
「サイテー!」
とうとう他の生徒まで知られた。
いや、
今はとにかく、冬樹の涙を止めなければ――――
「ッ!!!」
(逃げたァ!?)
どこかへ走って行ってしまう冬樹。
それに唖然としてしまう千景。
が、その間に誰かに肩を掴まれてしまう。
ゆっくりと振り返れば、そこには悪い笑顔を向けてくる信也を筆頭とした虐めグループがいた。
「ち~か~げ~」
「・・・・」
もはや殴られるのは回避できない。
午後三時。
椿は、久々の休暇を家で過ごしていた。
ただし、休暇といっても、立てた太い丸太に向かって拳を打ち込むという鍛錬を行っている。
「セアッ!」
気合の一言と共に、殴り続けてへこんでいる丸太のへこみ部分の中心に拳を叩き込む。
「ふう・・・・」
ノルマをこなし、椿は休憩に入ろうと縁側に向かう。
そこでは、優が本を読んで座っていた。
「お疲れ、お母さん」
「うむ」
優の隣に座る椿。
「最近、千景とはどうだ?」
「うん。学校で、良く会うんだ」
「そうか」
「この前ね。千景さん、図書室で本を読んでたんだ。その本がね、怪談ものでね。あんな本も読むんだなって思っちゃった」
「そうか」
優が、ここまで話してくれるようなったのは、一重に、千景のお陰だろう。
以前までの優だった、ここまで楽しそうに話しはしない。
(千景には、感謝しなければな)
そう、心の中で思う椿。
ふと、そこへ。
「椿さん!」
視線を向けると、塀の向こう側から奏が焦った様子でこちらを見ていた。
「どうした?奏」
「大変なんです!少し耳を貸してください!」
「・・・?」
椿は、訝し気に奏の方へ歩み寄り、耳を寄せる。
「――――」
そして、奏は椿に告げた。
「・・・・・なんだと?」
「すみません。私も連れて行ってもらえませんか?」
「分かった。すぐ行こう。少し待て」
椿は家に中に入ろうとする。
「すまない優、少し急用が出来た」
「神社でのお手伝い?」
「その通りだ」
「頑張ってね」
「ああ」
椿が中に入り、来ていたアンダーウェアの上にジャケットを着用して外に出る。
「いってくる!」
「いってらっしゃい」
優は手を振って椿を見送った。
その一方で、椿と奏は走る。
「本当に、奴らが・・!?」
「はい!目撃者の話しでは、
「ならば急がなければ・・・・!」
椿が、脇差の刃を引き抜く。
「―――『陸鎧布』ッ!!」
その姿を、バンカラな姿へと変える。そして、奏を抱え、飛び上がる。
到着まで、おおよそ二時間。
「お願い・・・間に合って・・・・!!」
奏は、椿の腕の中で、そう懇願する。
人気の無い森の中で、夕焼け色の空を見上げる千景。
その体は殴られた事によってボロボロで、ナイフでつけられた切り傷が、新しく出来ており、血が滴っていた。服もズタズタだ。
「・・・・うん。着替え持ってきていて正解だったな」
千景は何事も無かったかのように起き上がり、土を払う。
「冬樹は戻ってるかね」
「まだ戻ってきてないわよ」
ふと、いきなり誰かの声が聞こえた。
「白露か」
そこにいたのは白露だった。
「どうした?こんなところで?」
「別に、様子を見に来ただけよ。その様子じゃ、問題無さそうね」
「ああ。慣れてるからな」
なんでもないかのように答えた千景は、白露の横を通ってキャンプ場へ戻り始める。
その後を白露もついていく。
もう日没。時刻としては、五時かその辺りだろうか。
「そろそろキャンプファイアーを始める頃よ」
「そうか」
「荷物、隠した方がいいんじゃないかしら?」
「それについては抜かりはない」
「あ、そう・・・・」
それについては問題はないようだ。
しかし、やはり白露は、中々ある一言が言えない。
(なんで・・・)
お礼が言えない。
否、彼に対しての労いなどの言葉が言えないのだ。
この間、千景が年下の少女と話しているのを見た事がある。
しかし、彼女は、どういう訳か彼と楽しそうに話していた。
まるで、何かしらの枷が無いかのように。
その事実に、白露は苛立ちを募らせていた。
しかし、その苛立ちの解消方法は、千景を殴る以外
「白露、どうした?」
「え・・・・」
「なんか悩んでいるようだが・・・」
千景は、心配そうに白露の顔を覗き込む。
それに、白露は思わず千景をどついてしまう。
「うお・・!?」
「あ・・・」
その事に、白露は、
だが、口は謝罪とは全く別の事を告げる。
「か、顔を近づけるな・・・・」
「そうか・・・すまない」
千景は、しゅんとなったように謝った。
違う、そうじゃない。謝るのは――――
「ッ!!」
「あ、おい」
白露は、千景の脇をすり抜け、去っていく。
「・・・・?」
それに千景は首を傾げつつも、気にせず歩き出す。
やがて、キャンプ場に到着し、自分で設立したテントに戻る。
ことのほか、テントには手を出されていなかった。
おそらく、冬樹も、というか冬樹
そこで、ふと千景は冬樹がいない事に気付く。
周囲を見渡しても、冬樹独特の薄い青髪を見かけない。
「どこいったんだ?」
そう思うも、すぐに戻ってくるだろうと、千景は一人早合点し、木に寄りかかって、ついさっき来た眠気に身を委ねて、そのまま意識を沈めた――――――
だが、千景であっても、予想は出来なかっただろう。
「おー、やってるねぇ」
一人の男が、崖の上から、夜なのに明るい場所を見下す。
そこは、現在千景の学校の六年たちが、キャンプファイアーをやっている場所だ。
かなりの距離があるが、そこからでも、子供たちが楽しんでいるのが見える。
しかし、彼が聞きたいのは、
「そんな
男の手にはライター。
「もっとすげぇもの見せてやるよ」
次の瞬間、男は、その手に―――――『燃』の文字を顕現させた。
絡久良市に存在するこの森は、水霜冬樹にとっては、両親との思い出の場所だった。
よく、車でこの森に連れてきてもらい、キャンプをしたり、虫取りをしたりした。
その中で、唯一見つけたのが、峠の上にある洞窟。
見晴らしが良く、穴はそれほどまで深くない程の穴だった。
なんの拍子に出来たのかは知らなかったが、冬樹にとっては、そこは、秘密基地みたいなものだった。
「ひぐ・・・えぐ・・・・・」
冬樹は、泣いていた。
ただただ、寂しくて泣いていた。
テントは、いつも父が建てていた。料理は、いつも母がやっていた。
故に、冬樹は、アウトドアグッズを使う事も、家事すらも出来ないのだ。
ただ、それが両親の愛情だと思って、甘えていた。
そのツケが、これなのか。
よりにもよって、あの恥晒しの男の息子である千景に、何もかも先を越されている事実が我慢ならなかった。
何故、自分には出来なくて、彼には出来るのか。
何故、彼はなんでも出来て、自分は何も出来ないのか。
何か、出来るとしたら、それは剣道。
父と母のように強くなりたくて、武道の道に進もうと思って、始めたものだ。
ただただ一心不乱に振って、だんだんと強くなって、道場で誰にも負けない強さを手に入れて。
ただそれだけの事しか出来ない。
なのに、彼はなんでも出来た。
それが、悔しくて悔しくて、そして、寂しくて、涙が溢れてくる。
「おと、さん・・・おか、さん・・・・」
両親を失ったショックで、上手くしたが動かなくなった口で、両親の名を呼ぶ。
そんな風に縮こまっていると、不意に、周囲が明るくなった事に気付く。
「・・・・・・え?」
顔を上げれば、そこは――――
「―――――ッ!!!!」
首を絞められる感覚。
それに千景は思わず顔をあげ、立ち上がる。
そして、遥か彼方の空を見上げた。
その様子に、隣の木で本を読んでいた海路が気付く。
「どうした?」
千景の様子から、何かを察した海路が聞いてくる。
だが、千景は答えない。
海路は、千景の見る空を見た。
「・・・・・どうなってやがる・・・!?」
空は、赤に染められていた。
日は落ち、空は月夜に照らされる。
しかし空はなおも明るいまま。
その理由は―――――
「さあ、楽しめよ」
一人の魔器使いの仕業だった。
「山、火事・・・・?」
冬樹は、信じられないとでも言うように、その光景を見ていた。
まず、炎があがっているのは分かる。
だが、それが、
冬樹のいつ峠を含め、キャンプファイアーの炎を中心に、まるで逃げ道を囲うように、炎があがっていた。
「なにが、どうなって・・・・」
ふと、そこで背後から足音が聞こえた。
(え・・・)
振り返る。
そこにいたのは、マントを羽織り、そのフードで顔を隠している男だった。
「ああ?」
ふと、男が何かを呟いた。
「なんだよ。ここにも生きのいいのがいるじゃねえかよ」
男の、嬉しそうな声。
その瞬間、風がまいあがり、男のフードがなびき、その顔が露わになる。
『――――今回の事件で、二人の警官が殉職する事となった原因である犯人は――――』
息が、止まる。
『――――交戦の際、左目を負傷しており――――』
風になびき、脱げたフードかた、覗いた素顔が―――――
『――――今もなお、逃走を続けているとの事です』
あまりにもテレビで提示された犯人の写真に似ていた。
「―――――――――――パパッ・・・・ママッ・・・・・!!」
絞り出すように、出した声。
次の瞬間、男の口角が吊り上げり、その手に持つメリケンサックが光り出す。
その光は円を描き、その中に『強』の文字を露わにする。
男の姿が代わり、シンプルなタンクトップとミリタリーパンツとなり、その筋骨隆々な体格を露わにした。
そして、男が拳を振り上げて――――
「――――血ィ、見せろ」
――――一気に振り下ろした。
地面が陥没し、砕け散った地面の破片が飛び散り、粉塵を巻き散らす。
しばし、止まる男。
「・・・・・なんだよ」
男は、嬉しそうに笑う。
そして、視線を別の方向へ向けた。
そこには――――
「もっと生きがいいのがいるじゃねえか」
罪人のような白の装束を来た千景が、冬樹を抱えて男を睨み付けていた。
次回『戦火炎上の戦い』
これは、負けられない戦い。