不道千景は勇者である   作:幻在

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邂逅する者たち

「・・・なんでここに三好さんが?」

「それはこっちのセリフよ楠」

人気の無い森の中で、夏凜と芽吹は対峙していた。

「俺が連れてきた」

「ええ、それはわかっています。問題なのはどうして三好さんを連れてきたって事ですよ?」

芽吹の睨むような視線に春信は肩をすくめる事なく答える。

「明日の敵の侵攻に備えて、少なくとも、憂いというものは多少は解消しておこうと思ってな。俺の経験上、お前たちの場合は剣を交えれば何の問題もないだろう?」

「一体その自信はどこから来るのよ・・・」

「経験からだ」

「「あ、そう・・・」」

はもった事はこの際、無視するとして、春信は二人を交互に見つつ話しを始める。

「お前たちの戦闘スタイルは酷似している。理由は当然、三ノ輪銀の端末を受け継ぐ故の訓練の内容によるものだ。ただし、お前たちは俺も含めて体質が同じだ。それが、『鬼気・修羅領域』と『鬼気・極限羅刹』だ」

「それは理解しているわ」

「おさらいだ。聞いておけ。まあ、鬼気・修羅領域は己の全てをたった一分の圧縮して通常の数倍の力を発揮するのに対して、極限羅刹は感覚を研ぎ澄まして、己の全ての動きを全自動(フルオート)とする武術の境地だ。ただし、お前たちのそれは未完成だ。故に」

春信は、持ってきていた木刀を二人に投げる。それを二人はつかむ。夏凜、芽吹ともども二本づつだ。

「とにかく打ち合え。お前たちには、それが一番効率的だ」

顔を見合わせる夏凜と芽吹。しかし、このまま硬直してても仕方がない。

「・・・手加減しないわよ」

「それはこっちのセリフ」

向かい合い、木刀を構える二人。

「・・・・はじめ!」

春信が唐突に合図を出した瞬間、二人同時に地面を蹴る。

その直後、夏凜が進みながら回転。

「なッ!?」

それに驚き、芽吹は防御の姿勢になる。

夏凜の振るう右の一刀目は空振り、しかし本命の二撃目の右が、芽吹の右側面を襲う。

しかし芽吹はそれを右の木刀でいなすと、すかさず左の木刀で反撃。狙うは夏凜の右肩。だが夏凜はすぐさま左の木刀で上に逸らすと、右の木刀で突き返す。

(何よ・・・これ・・・)

その攻防の中で、芽吹は苛立つ。

夏凜の剣が、あまりにも、情けないほど脅威を感じないのだ。

常人が受ければ、それは鋭い斬撃ではあるだろう。しかし、百戦錬磨の春信に鍛えられた芽吹の目から見ては、夏凜の剣は、あまりにも腑抜けている。

それが、どうしようもなく、ムカつく。

何合目かの衝突で、鍔迫り合いに持ち込む二人。

「・・・・なんなのよ」

「?」

「なんなのよ!その腑抜けた戦い方は!」

「うわ!?」

押し込まれ、たたらを踏む夏凜。すかさずその夏凜に対して芽吹は猛攻を仕掛ける。

「攻撃が軽い体捌きもなってない剣から情熱を感じないッ!これが私に勝った奴の剣!?笑わせるんじゃないわよ!」

「ぐ・・・く・・・」

乗り気じゃなかった剣に、いつの間にか熱が入って、芽吹の攻撃がどんどん激しくなる。それに対して、夏凜はどんどん防戦一方となる。

「そんな腑抜けた顔するぐらいなら勇者システムをよこせ!変なことでうじうじするな!見ていて腹が立つのよ!」

烈火の如き連撃を浴びせられ、夏凜はとうとう木に背中をつける形で追いつめられる。

すかさず芽吹は左右の木刀を叩き込む。

「私に勝ったならもう少し誇らしくしてなさい!勇者であるならそうありなさい!何がアンタをそんなにしてるのか知らないけど、そんなになるぐらいなら、勇者システムなんて返上してしまえ!」

「――――うっさいッ!」

ここで、とうとう夏凜がブチ切れる。

「好き勝手言いやがって!アタシだって好きでこんなうじうじしてるわけじゃないのよ!仲間が消えた!忘れてた!そんな苦しみがアンタに分かってたまるかっての!それに何よその口調!?お前はアタシの母親か!」

「誰がアンタの母親よ!?ふざけんな!」

「じゃあやめろぉ!」

無意識なのかそうでないのか、二人ともいつの間にか極限羅刹を発動させて完全に無意識で剣をふるって戦っていた。

だが、やがて木刀が二人の動きに耐え切れず、最後に木刀同士をぶつけ合わせただけで、二本とも砕け散った。

「「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」」

「もういいだろう」

そこで春信が二人の間に入る。

「もう十分に憂さは晴らせただろう?」

「・・・図ったわね」

「何のことだ」

夏凜の恨めしそうな上目遣いにどこ吹く風と受け流しつつ、春信は口を開く。

「人は怒りに飲まれると、周囲が見えなくなり、気付けば周囲にその怒りをまき散らした結果が広がっている。極限羅刹とは、その状態を意識のある状態で発動するようなものだ。故に―――」

「「発動に必要なのは怒り・・・・」」

げんなりとした表情で同時に答える夏凜と芽吹。

「攻撃に必要な感情がそれという話だ。俺の場合は、そうだったからな」

春信がこの境地に至った理由。それは、勇者として活動していた時の二人の友人の死が引き金だった。あの時の相手はサジタリウスで、後方支援の役割を担っていた者をかばう為にサジタリウスの矢を受け止めようとしたもう一人が、その腹を貫かれ、貫通した矢が後ろにいた者の腹さえも貫いた。

その瞬間を春信は目撃し、そして、その死も看取った。

そして、なおも無慈悲に侵攻してくる敵前に、春信の中で、何かが切れ、昇華と極限羅刹を発動させた。

それから、勇者としてのお役目が終了するまでの十八の誕生日まで、春信はその二つを使って、戦い続けた。

いつの日か歴代最強の勇者と呼ばれるようになっても、あの時の悔恨は、いまだに残ったままだ。

だからこそ、妹と一番弟子にだけは、そんな思いをさせたくはない。

「さて、そろそろ次に移るぞ。今度は丈夫なものだ」

「わかったわ。さっき色々と言われたし、なんか負けた気分だからね」

「言ってなさい。また追いつめてやるわ」

「いや、今度はお前ら二人で俺に打ち込んでみろ」

「「・・・え?」」

その数分後、森の中から二人の少女の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃走する事、どうにか遠くの海岸にまで逃げてきた千景と風。

どうにか六道家の追跡を逃れ、天鎖刈を解く千景。

その様子を、風は怪訝そうな表情で見ていた。

「・・・あんた、勇者なの?」

「ん?ああ、違いますよ。俺は救導者という者です」

「救導者?なにそれ?」

「まあ、勇者と似たようなものですよ。まあ、あなたたちが相手にしてるのとは違って、俺たちの場合は悪霊なんですが」

「あ、そう・・・」

そう呟きつつ、風は、名も知らない少年の顔をまじまじと見る。

(やっぱり、似てる・・・)

あの写真と、全く同じ顔。

やっと見つけた、目的の人物。だけど、思い出せない。

まるで記憶がすっぽり抜けたかのように思い出せない。

「それじゃあ俺はこれで失礼させていただきまー」

「あ、待ちなさい!」

「ぐえっ!?」

そのまま立ち去ろうとする少年、というか千景のジャケットのフードをひっつかむ。

「ちょ、あん、首・・・」

「ああ、ごめんなさい!」

首を絞められ、咳き込む千景。

「なんですか・・・」

どうにか復活して立ち上がる千景。

「えっと・・良かったら、名前、聞かせてくれない、かしら?」

「・・・」

その風の言葉に、千景は、息を呑む。

しばし、考え込む、千景だったが。

「・・・・すいません。名前は、言えません」

「・・・そう、分かったわ。ごめんなさい。変なことを聞いて」

残念そうにうつむいた風だったが、やがて取り繕うような笑顔で、そう言う。

「いえ・・・」

一方の千景も、浮かない顔で会釈をして、そのまま立ち去る。

「・・・・すみません、風先輩」

誰にも聞こえない声で、千景は、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうかしたの?」

突然、知らない女性に声をかけられ、友奈は思わず困惑する。

また、知らない少年の夢を見て、気分転換に外を散歩していたのだが、いつも通りの町の喧騒を見ていると、また辛くなってしまい、逃げるようにやってきたこの公園。子供たちの遊んでいる様を見ていれば気持ちも和らぐかと思っても、やはり辛く、やがてふさぎ込むように下を向いた直後に、話しかけられた。

見てみれば、綺麗な黒髪の女性が、友奈の隣に座っていて、まるでこちらを心配するかのように見ていた。

「・・・・えっと」

「ああ、いきなり話しかけてごめんなさい。ただ、あなたが悲しそうだったから、ね」

「ああいえ、別に、迷惑なんて思ってませんから」

事実、友奈はうっとうしがっていた。

ここまで人を嫌いになれるのか、と自分でも驚きだが、それでも、今は一人にして欲しかった。

だが、この女性はとてもそんな事にはさせてくれそうになかった。

「もう一度聞くけど?どうしたの?」

「・・・」

その二度目の質問に、友奈は、顔を逸らし、やがて自虐的な笑みで答えた。

「別に、あなたには関係ないですよ」

「教師志望の私としては、まだ中学生っぽい貴方の事を放っておけないのだけど」

「気にしなくていいですよ。私なんかに構う事なんて、時間の無駄です」

「その無駄にする時間があるのよねえ、私には」

「そうですか」

「私の見立てでは・・・誰か、友達の事を忘れてた、とか?」

その女性の指摘に、友奈の心臓が跳ねる感じがした。

「・・・・あら?もしかして、図星?」

「・・・そんな事、ありませんよ」

「あら、そう・・・」

顔に出ていただろうか、女性の声が、先ほどよりも明らかに心配の色が見て取れた。

わざとなのか、そうじゃないのか。

今の友奈には分からない。

「・・・・私の経験上、忘れられるってのは、かなり、悲しい事だと思うの」

「・・・忘れられた事があるんですか?」

「ええ。といっても、年下の子にだけどね。まあ、しばらく会ってなかったから仕方がないってのもあるんだけど、それなりに仲良くしてた身としてはショックだったかな」

「そう・・・ですか・・・」

友奈は、なおも、落ち込んだまま。

千景の話では、絡久良市の人間以外は、全員、千景の事を忘れているという。

ネットや個人情報。その他彼が存在したという事実そのものを抹消されたが故に、彼女は、彼の事を覚えていない筈だった。

ここで、彼女から何か情報を貰えれば良かったと思っていたのだが、どうやらあまり望めないようだ。

「・・・・まあ、こんな話したところで仕方がないわよね。ごめんなさい。私、そろそろいくわね」

「いえ・・・話しかけてくれて、ありがとうございます。少しだけ、気が楽になった気がします」

「そう・・・」

立ち上がって、再度友奈の方を見た雅。いまだ暗い雰囲気を出す彼女の様子に後ろ髪を引かれるような思いだったが、自分には、これ以上なにも出来ないと判断して、雅はその場を去る。

「それじゃあ、機会があれば、また会いましょう」

そう最後に言い残して、去っていく雅。

 

果たしてその判断は、正しかったであろう。

 

「・・・なんだったんだろう、あの人」

不意に、彼女の額に浮かんだ黒いもやのようなものが、確かに、二本の角のような形を取ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

逃走する事、数時間。

「ぜえ・・・ぜえ・・・だぁー、くっそ!しつこい!」

空が夕焼けに染まり、千景は森の中で身を隠していた。

幸い気配は服のお陰でばれて居ないが、どういう訳か最終的にはバレて追いかけられる。

そんな地獄のような鬼ごっこを続けてはや数時間。

一度は予想外なハプニングが起きたものの、それからというもの、休みなしに走り続けているのが現状だ。

「くっそ、この体じゃなかったら今頃過労で倒れてるぞ・・・ぐっ!?」

突然、左胸を抑えて顔をしかめる千景。

『大丈夫ですか!?』

「ああ、問題ない・・・」

だが、すぐに元の表情に戻り、千景は周囲を警戒する。

すると千景の頭上に緑色の毛の猿が下りてくる。

『周囲に敵影無し。しばらくは大丈夫そうよ』

「だけど森に逃げたのは失敗だった」

『なんでだ?森の方が見つけにくいだろ?』

「森を包囲されれば、そのまま包囲を狭めて俺の隠れられる範囲が狭まるだろ。相手は暗殺特化の六道家だ。当然、森の中での活動の仕方も熟知しているはずだ」

『な、なるほど・・・』

『まあ、いざとなれば御神刀で逃げればいいわ。幸い、こっちには戦略に長けた伊予島さんがいるんだから』

『や、やめてくださいよ千景さん・・・恥ずかしい・・・』

「ま、便りにしてるよ。さて・・・」

千景は、寄りかかっていた木の陰からこちらにまっすぐ歩いてくる足音の正体を探りに出る。

『え!?なんで!?私が見たときは何も・・・』

「そりゃそうだろうな。何せ相手は、足柄さんを最も尊敬している弟子だ」

『まさか・・・!?』

「ああ・・・園子だ」

ここにきて、勇者部の最大戦力の一人である、乃木園子に遭遇するとは、我ながらついてないと苦笑する千景。

「ん~。出てきてくれないかな~。お話したいんよ~」

園子は、いつも通りのほんわかとした口調で話しかけてくる。

それに対して、千景は思考を開始する。

(どうする?ここで姿を現すか。だけど、俺としては何も知らない状態でいてほしいのが最大の願いなんだが・・・出来る事なら今後一切、()()()()()使()()()()()()()()所。どうにかならないか・・・)

「ゆーゆも~、とっても悲しんでるんだよ~?」

「ッ・・・!?」

園子の言葉に、思わず反応しそうになる千景だったが、寸でのところで郡が()()()()()()()()()阻止した。

「・・・出てこないか」

しゅん、とした様子でそう呟く園子。

「じゃあ・・・」

ふと、千景は、背筋を這うような悪寒を感じた。

「力尽くでも、連れて行くから」

「マジかよ・・・」

園子が、勇者システムを起動し、その身を、蓮を想起させる紫の装束に身を包む。

「天鎖刈―――――!!」

「対天武術『総薙(そうなぎ)』」

園子が、槍を一閃する。

すると周囲の木々が薙ぎ倒され、そこら一体の見通しが一気によくなる。

「・・・・これで死んじゃったらどうしよう、って思ってたけど、良かったよ」

「テメェ・・・今のガチで俺を殺しに来てただろ・・・!!」

千景は、どうにか躱していた。救導者としての脚力によって上空へ飛び、攻撃を躱したのだ。

「ごめんね。でも、これ以上、友達が傷ついていくのが嫌なの。だからお願い。大人しく一緒に来て。貴方の事は、私が守るから」

園子の提案は、千景にとっても悪い事じゃない。

園子という名家の令嬢にして、重宝するべき勇者である園子が相手では、流石に大赦も手が出しずらいだろう。

そう、それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だが、現実は、そう簡単にはいかない。

「・・・知ってるか?六道家は、その歴史において、一度も上里家に逆らった事がないんだってよ」

「・・・それがどうかしたの?」

「その理由は、なんだと思う?上里家が、どうして三百年の間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()理由を」

千景の左手は、神からその力を根こそぎ奪い取る事の出来る、神殺しの力『神奪』。

これは、神と密接な関係にある勇者と一緒にいれば、確実に不幸にしてしまう力だ。

そして、使い方を間違えれば、この世界を簡単に終わらせる事が出来る力だ。

これは、とある神から与えられた力だ。

だが、果たして、その()()()()()()()()()を持っているのは、千景だけなのだろうか?

 

答えは、否。

 

「『強制遂行』。当主のみにしか継承されない、自分より身分の低い者。年齢、地位、財力、土地、人の優劣を決定づける要素において、相手に勝っていれば、必ず相手にそれを実行させる事の出来る、()()()()()()()()()だ」

それがあったからこそ、最も優先される項目である『地位』の点で劣っている六道家を自在に操れたのだ。

それが、神樹によって与えられた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

「上里家は、その人望も、地位も、土地も乃木家に勝っている。ついでに、まだ当主の座についてないお前じゃあ、その強制遂行に逆らうことは出来ないんだよ」

「そん・・・・な・・・・」

園子が、明らかに動揺で揺れる。

「もし、ここに来たのが翼で、強制遂行をかけられていたら、戦わざるを得なかったが、お前はそうじゃない。ここで俺を捕まえれば、俺は、強制遂行の元()()()()()()()()()()()()()()()()

だから、行かない。行けない。そんな、()()()()()()()()()()()力を相手に、時間を食わせるつもりは、毛頭無い。

「・・・・どうしても、ダメなの・・?」

「ここで上里家を陥れようとすんなよ。もしそんな事をしようとすれば、即座に翼に殺されるぞ・・・最も、強制遂行の発動条件が一体なんなのか、検討もつかないがな」

ちなみに、何故千景がこの情報を知っているのかは、当然、杏たちに聞いたからだ。

「だから悪いな。俺はお前たちと一緒にいられない」

そんな、あまりにも残酷な事実があるから。

どんなに非道な事をしても、上里家の持つ強制遂行によって、()()()()()()()()()()()()()()()力によって、何もかもが許容されてしまう。

「でも・・・・それでも・・・・これ以上、私の友達を、苦しめないでよ・・・」

「そっか・・・でもごめん。俺はやっぱ戻ることは出来そうにない」

強制遂行は千景であっても破る事は出来ない。強制遂行とは、精神ではなく、体が反応してしまうものだからだ。意思は関係なく、ただ体がその命令を執行するから。

気付けば、園子の顔は涙に濡れ、くしゃくしゃになっていた。

その表情に、千景は、心が押しつぶされそうになるも、堪え、踵を返す。

「あ・・・」

「もう、俺を探すのはやめろ。余計苦しくなるだけだ」

「でも、このままじゃ・・・ゆーゆが・・・・」

壊れてしまう。それほどまでに、友奈の心は崩壊寸前なのだ。

「・・・・ごめん」

だが、それでも千景は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

生きていれば、必ず何かの幸せにたどり着けるはずだから。

 

その幸せに、自分の名前は―――――邪魔だ。

「あ・・・・!」

千景は、顧みずに飛び上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦に用意されたホテルにて、幸奈は、ベッドに身を投げ出していた。

「おい幸奈。一体いつまでそうしているつもりだ?」

「・・・・敵の襲撃まで」

「そんな迷いなく答えるんじゃない・・・」

佐奈が呆れながら頭を押さえる。その膝の上では、美紀がすやすやと寝息を立てていた。

「その、だな。幼馴染と戦うのは、いささか、苦しかったと思うが、それでもうじうじしている暇はないと思うぞ?」

「それは・・・まあ、分かってますけど・・・」

彼女が落ち込んでいるのは、幼馴染である信也と戦ったからではない。

 

自分のとんでもない性癖(マゾヒズム)についてだ。

 

(まさか私にあんな性癖があるなんてぇぇぇぇええええ!!)

「ああああああ・・・・!!」

ベッドの上で悶える幸奈。

「ど、どうした?」

「嘘よぉ。私はあんな変態じゃないぃぃぃいい・・・!!」

「ほ、本当にどうしたぁ!?」

「そうよ、信也君、信也君だけどあんな変態な私を見せるのは!そう!信也君だけ信也君だけ信也君だけ信也君だけ・・・・」

「と、とにかく落ち着けぇ!」

その直後、幸奈にどばしゃ!と水がぶっかけられた。

「・・・・あれ?」

「ど、どうにか止まりましたね・・・」

我に返った幸奈に水をかけたのは、一人の巫女装束の少女だった。

「いや、別に水をかける必要はないんじゃないのか?亜耶」

「ええっと、実は師匠(せんせい)の教えでして・・・・誰かの名前を連呼している馬鹿には水をかけろと・・・」

「それを鵜呑みにするんじゃない!!」

「あう!?」

彼女の名前は国土亜耶。防人部隊直属の巫女の一人であり、防人と最も親密度の高い巫女でもある。

「また足柄辰巳か・・・」

「ああ!師匠(せんせい)を責めないでください!それもこれも本当は引っ叩けって意味を私が理解してなかったってだけで・・・」

「それもそれで問題だ!」

佐奈のツッコミが突き刺さる中、ふと襲撃者専用の部屋の扉が開く。

「おおい、防人のみんなが帰ってきたよ」

「ただ、いま・・・」

「ただいま亜耶ちゃん。って、どうして幸奈はびしょぬれなの?」

「うおあ!?何があったんですかぁぁあああ!?」

「明日香、貴様は相変わらずうるさいな」

「こんな事するのは亜耶ちゃん以外にありえないでしょう?」

「がっはっは!また亜耶殿の師匠(せんせい)の教えとやらが炸裂したようだな!」

「将真君、笑いごとじゃないよそれ・・・」

「あややがまた何かしでかしたか」

「あ、皆さんお帰りなさい!」

襲撃者である弘と真斗。それと防人の主要メンバーたちが部屋に入ってくる。

「亜耶ちゃんに変な事してないでしょうね?」

「むしろ私の方が被害を被ってると思うのだけれど・・・」

「とにかく風呂入ってこーい!そのままじゃ風邪ひきますよー!」

「というか、どうして正堂はそんなにハイテンションなんだ?」

「実は道中、蕎麦仮面なる人物を目撃して、それ以来ずっとこのままで・・・」

弘の説明にああなるほどと納得する佐奈。

「この香川に蕎麦文化を広めているという、謎の軽犯罪ハンターでしたよね」

「特に彼のスポンサーと思われている蕎麦屋には毎日近所の子供たちが足を運んでるとか」

「ああ!同じ諏訪民としてうれしい限りですわね!」

「そう言ってるのは貴様だけだ夕海子」

一気に賑やかになる室内。

「・・・・」

幸奈は、その様子をただ、静かに見ていた。

そしてこうも思った。

自分も、道を間違わなければ、こんな未来もあったのではないか、と。

(今更ね・・・)

しかし、首を横に振って、自分の首につけられた戒めに触れる。

これは、自分が世界を殺そうとした咎人としての証明。これが、自分に与えられる筈の幸福全てへの拒絶の証。故に、幸奈は、信也に思いを・・・

「どっせぇえええい!!」

「うげあ!?」

直後、明日香の突き飛ばしが幸奈に炸裂する。

「な、なにすんのよ!?」

「とにかくお前はお風呂に入って来い!そのままじゃ風邪ひくぞ!安心しろ!駄菓子は残しといてやる!」

「いやそういう問題じゃ・・・・」

「とにかく入って来い幸奈。風邪を引けば、明日の戦いに響くぞ」

佐奈に言われたら、流石に従わざるを得ない。

「分かりました・・・」

「あ、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「え?でも・・・」

「それなら私も入りたいわね。ちょっとした野暮用で泥まみれだから」

「ああ、春信パイセンとの訓練か」

「だったらわたくしもご一緒させてくださいな」

「わ、私も!」

「・・・」

「しずくよ、言わんと伝わらんぞ」

どうやら、他の女子陣もお風呂に入りたいそうだ。

「でも・・・」

「何迷ってるのよ。さっさと行くわよ」

「あ」

芽吹に手を引っ張られ、連れていかれる幸奈。

「さて、美紀、起きろ。お風呂行こうか」

「んんー・・・お風呂?行く行くー!」

「そうかそうか」

佐奈は膝に乗せた美紀を起こし、皆についていく。

何故だろうか。なぜ、みんな、自分に優しくしてくれるのだろうか。

その理由が、分からない。だけど、とても嬉しい。

だが、明日、こんな素敵な光景を壊しに来る奴等が来る。

ならば、守ろう。

幸奈は、無意識に握られた芽吹の手を握り返した。

 

 

 

 

夜は明ける。

 

 

 

「そろそろか?」

「正確には六時から三時間後。仕込みが発動するのはその十分前」

真武郎に言葉に、奏は双眼鏡を構えながらそう呟く。

「千景。上手く逃げられているかしら・・・・」

「大、丈、夫。千景、は、強い」

雅の心配を取り払うように、冬樹が雅の肩に手を置く。

「一応、準備はすべて終わっているんだな?」

「さっきからそう言ってるだろ・・・」

海路にツッコミを入れる信也。そんな彼らに、奏は双眼鏡を目から離し、彼らの方を振り向く。

彼らが立っているのは、讃州市で一番高いビルの屋上。

「今は千景君はいないけど、言うわ。時刻は六時。今から三時間後に、敵が襲来します。私たちの役目は、襲来してきた敵の撃退。および、撃破です。これから、創代様が己の力のほとんどを使ってこれの支援にあたります。街の人たちには事前に説明し、出来る限りの供物を捧げてもらっています。無論、神樹のように人体を捧げるようなものではありません」

一度、そこで話を切り、皆を見渡し、そして、今度は声を高らかにして言う。

「貴方たち七つの大罪に、指令です!世界を殺す神々を討ち、今この世界に、本当の空と確かなる海、そして、全ての恵みをもたらす大地を取り戻してください!これは『神命』です!」

『諒解!』

奏の言葉に、全員が応える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア・・・ハア・・・くそ、本当に真夜中(まよなか)(じゅう)追いかけてきやがって!」

街の路地裏で、壁に手をついて息を荒げる千景。

『あと三時間で敵が来るわよ!』

「分かってる・・・」

千景はどうにか体を持ち上げ、息を整える。

「あと三時間で、あいつらに出くわす」

腰に隠した御神刀を握りしめ、千景は走り出す。

 

 

 

 

 

 

七時。目を開けた、友奈が見たのは、自分の伸ばされた左手。

もう慣れたのだから、いい加減、こんな事しなくてもいいのに、と思いつつ、友奈は体を起こした。

そして、自分の右手を見て―――――異変に気付いた。

「・・・なに・・・これ・・・」

それを見て、狼狽した。

そこにあるのは、いつものの右手・・・の、筈だ。

問題なのは、その甲の一部の皮膚が、まるで、固まったペンキが剥がれるかのように剥がれており、その下からは、()()()()()()が覗き込んでいた。

 

まるで、自分が人間の皮を被った何かのように―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦まで、あと、二時間。

 

 

 

 




次回『開戦 反逆者(にんげん)VS断罪者(かみのしんか)

開戦の狼煙は、今。
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