不道千景は勇者である 作:幻在
「・・・・千景の消滅を確認してきた」
戻ってきた真武郎の手には、白鞘の脇差が握られていた。
「そう・・・ですか・・・」
絞り出すような声を出して、奏は差し出されたそれを受け取った。
「回収、ご苦労様でした・・・おそらく、敵の最大戦力が倒された事で、敵は撤退を決めるでしょう・・・被害も、向こうの方が大きい筈ですので・・・」
「そうさせてもらうわ」
そう言って、真武郎は近場の瓦礫の横に座って、背中を持たれかけさせた。
静寂が、その場を支配していた。
誰も、声をあげず、ただ一人の死の実感が湧かないまま、ただそこで、時の流れるままに――――
しかし突如としてどこかの瓦礫が砕かれた。
見れば、そこで信也が瓦礫を蹴り砕いているのが見えた。
「・・・・ちくしょう」
「信也君・・・」
必死に何かに耐えるように、歯を食いしばる信也を見て、心が締め付けられるような感覚を覚える幸奈。
こんな時に、何もできない事がとても悔しい。
大きく空けられた穴からは、幸いとしてバーテックスは流れ込んでこなかった。
それが、唯一の救いだろうか――――
ふと、足音がした。
そちらを見れば――――
「・・・・友奈ちゃん?」
友奈が、そこに立っていた。しかし、その姿は元のものから大きくかけ離れていた。
体のほとんどが赤黒い皮膚となり、元の肌色の部分は、左手と顔の一部を除いてほとんど剥がれているかのような状態だった。
「結城友奈か・・・しかし、あれは・・・・」
人間、と呼ぶにはあまりにもかけ離れていた。形こそは人だ。だが、しかし、今見せている彼女の赤黒い皮膚は一体なんだ?
あれが、本当に人間の皮膚なのか。
「・・・・千景君は?」
友奈は、静かに問いかけた。
その問いへの答えを、彼らは躊躇う。
果たして、彼女にその事を言ってもいいのだろうか。
「死にましたよ・・・・」
しかし、答える者がいた。
「貴方が、無様に逃げていた間に・・・!!」
それは、まだ小学生である、優だった。
「貴方が、戦わずに逃げていた間に・・・千景さんは死にましたよ・・・今更何しに来たんですか・・・全部終わった後で・・・・!!」
彼女を糾弾するように、優は泣きながら言い切った。
「今更もう遅いんですよ。貴方が今来た所で、もう何も戻らないんですよ・・・・死んだんですよ・・・千景さんはぁ・・・!!」
優の糾弾する声が、その場に響く。
その、子供の癇癪のような言葉は、向けられた本人だけではなく、他の者たちの心にも突き刺さる。
泣き喚く優の肩に、白露が手を置く。
「それぐらいにしてあげよう・・・」
「う・・・うぅぅううう・・・!!!」
唸るような鳴き声。
「今言った通りだよ。千景は死んだ。だから、ここにはいない」
「・・・・・そっか」
友奈の顔に、感情はない。
「千景君・・・もう、いないんだ・・・」
『―――そうだ。そして、貴様はいつまで自分を偽るつもりだ』
突然、声が聞こえた。
地鳴りがするような、重い、その声は、その場にいる者たちを震え上がらせた。
「な・・・ん・・・!?」
「これは・・・一体どこから・・・」
「ッ!?空を見てみろ!?」
優理の言葉に、全員が海の方を空を見た。
そこには、機械仕掛けの巨大な何かが移っていた。
「――――断罪神・・・マギアクルス・・・・!!」
『!?』
奏の言葉に、その場にいた者たちに戦慄が走る。
「じゃあ、あれがすべての元凶か!?」
「ッ!?なんだって!?」
「じゃああれが敵の親玉って事かよ・・・!!」
一同は身構える。しかし、先ほどの千景が死んだショックでまだ完全な戦闘態勢に入れていない。
ただ、空に映るマギアクルスの姿は、どこか透き通っているような気がする。
『――――『
しかし、次にマギアクルスが言った言葉は、自らが攻撃するでもなく、攻撃を命じるでもなく、『撤退』の一言だった。
「いいのですか?」
その言葉に、ヒュアツィンテは質問した。
『どちらにしろ、奴の正体を暴く』
「そうですか。でしたら戻らせていただきましょう」
「ハハハハ!!御身の命令とあらば仕方がない。ここで撤退するとしよう」
「やれやれ、やっと休めるよ」
その言葉のまま、三人はその姿を掻き消した。
そのまま戻ったのだろう。
「すまんな」
もはや更地となった地面の上で、ジガが謝罪をする。
「我が主の命令だ。ここで撤退させてもらう」
その体にはしばしの傷が残っている。
「だが、いずれ貴様の本気を見せてもらおう。もし生き残れたのなら、再戦を楽しみにしておこう」
「なんだと・・・・?」
春信が何かを言いかける前に、ジガは消えた。
「ッ!?待て!・・・・逃げられたか」
先ほどまでジガが立っていた場所を眺め、春信は背中に大剣を担いだ。
「しかし・・・生き残れたのなら、とはどういう意味だ・・・?」
春信は、それだけが気がかりだった――――
そして、それはすぐにわかることとなる。
「正体を暴くって、どういう事だよ!?」
剛の怒号が、空に映し出されたマギアクルスに向かって飛ぶ。
『貴様らが結城友奈と呼んでいる『怪物』の正体の事だ』
「どういう事だ・・・友奈ちゃんの正体って、一体なんなんだ!?」
訳が分からない。奴は一体、何を言おうとしているのだ?
『人には感情がある、喜怒哀楽、正の感情と不の感情、慈愛と憎悪。感情は常に対となる感情が存在する。そして、人は常にその感情を周囲にまき散らしている―――』
感情は常に特定の誰かに向けられる。
意中の相手、どこかの知らない誰か、組織など、様々だ。
それは言葉となって相手の精神、魂に届き、そして影響を及ぼす。
言葉には意思が宿り、感情も宿る。だから誰かの精神に影響を与えるのだ。
そしてそれは行動にも作用する。感情のこもる行動にも、誰かの精神に影響を及ぼす。
しかし、それは相手には完全にはつたわらない。
負の感情については特にだ。人は負の感情を拒絶する。そしてその感情は行き場を失い、漂い続ける。
溢れ出る負の感情。それらは自然と集まり、やがては自我を持ち、それ相応の感情を持ち始める。
怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ、憎悪、軽蔑、羨望、嫉妬、絶望、独占欲、背徳感――――感情というものは様々だ。
それらが集まり、形を成した存在は、日に日にその感情をその身に受け続けた。
やがては怨念までその身に宿すようになった。
死してなお、人々を恨み続ける怨霊。それすらもソレは受け入れるようになった。
やがて、それは感情を持つようになった。
意識を、持ち始めた。
やがて、ソレは『人』に興味を持ち、近づき、数々のいたずらをした。
時に水びだしにさせ、時に物を壊し、時に畑を荒らし、時に川に落とした。
ただの遊びだった。
しかし、当の人間たちにはたまったものではない。
人々はソレを恐れた。だから、名のある陰陽師や祓い屋などを雇って、それらを退治しようとした。
だから、その怪物は逃げた。消えたくないという感情が、必死にそれを突き動かし、自分を消そうとするものから逃げ、時には反撃し、逃げに逃げ続けた。
やがて、ソレは思った。どうして人は自分を嫌うのだろう、と。
ただ、遊んでいたかっただけだった。
それの何がいけないのだろう?
悲しみがうれしい、怒りが心地よい。ただそれだけだ。
なのにどうしてこんな事をされなくてはならないのだ。
可笑しい、可笑しい、可笑しい――――それっきり、ソレは人とかかわるのをやめ、ただ常に流れ込み続ける負の感情を受け止め続けた。
それから、数百年の時が過ぎた。
怪物は思った。
人間になりたいと―――――
『――――それがソイツだ』
マギアクルスの言葉に彼らは茫然とした。
なんだそれは、あまりにも実感がない。
「・・・例え、それが本当だとして、友奈ちゃんが僕らの仲間だという事には変わりはない。一体何が言いたいんだ?」
『六道翼、貴様は、ソイツがどうやって人間になったのか知っているか?』
知る訳が無い。いや、知った所で動揺なんて――――
『奪ったのだ』
「は?」
『奪ったのだ。人間から、その体を』
「・・・・・は」
何を言っているんだ?奪った?人間から、体を?」
「訳が分かんねえよ。もっとわかりやすく言えッ!!」
「奪った・・・体を・・・・まさか・・・!?」
剛の怒号の横で、奏だけは理解した。
「まさか・・・・『結城友奈』という人格から体を奪ったの!?」
『!?』
その答えに、驚愕する者もいれば、まだ分からないという者がいた。
「え、えーっと、どういう事だ?」
「結城友奈は元から、俺たちのようにただの少女だ。それは分かるな?明日香」
「え、ええ・・・・ですがそれが一体どうかしたんですか辰巳師匠?」
「いいか、俺たちは、生まれてきた体に名前を与えられる。それは個人を特定するものであり、誰にも奪えるものでもない。だけど、奴の言う、負の感情の集合体は、結城友奈という少女の体を奪った。つまり、乗っ取りだ」
「え!?じゃあアイツの中身って・・・」
「ああ、
場に、衝撃が走る。
まさか、まさか、結城友奈が、その体の中身が、友奈本人ではないのか。そんなこと。普通分かる訳が無い。
「馬鹿な!」
真向から反論したのは翼だった。
「今まで友奈ちゃんにそんな素振りはなかった!そんな言動もなかった!負の感情の塊が友奈ちゃんの中にあるというのなら、少しでもそんな言動を取ったはずだ!身も蓋もない事をいうな!」
『我は神だぞ。神が、それを見抜けなくてなんとする。それに、今、ソイツに起きている変化をどう説明する気だ』
「それは・・・」
反論が出来ない。確かに、今彼女に起きている変化を、説明する事は出来ない。
だけど、それでも・・・
「友奈ちゃんは、それでも誰かを傷つけるような事をしなかった!悪意ある行動なんてしなかった!だから、彼女が負の感情の塊であるはずがないんだ!」
そう、あの心優しい友奈が、そんな存在であるはずがない。
そんな事、会っていい筈がない。
それだと、今までの、何もかもの思い出が、嘘になってしまう。
こんな、千景を失った状況で、そんな事実を叩きつけられてしまえば――――
「・・・・・友奈って、誰?」
ふと、予想外の所から声が聞こえた。
「友奈っていう人は、もうここにはいないよ?ここにいるのは、私という『不浄』しか、いないよ?」
「・・・・・何を言ってるんだ・・・友奈ちゃん」
そこには、無感情に微笑む、友奈の姿があった。
「あの人のお陰で、私、思い出せたんだ。自分が何者かで、自分は一体、どうして人間になりたかったのか」
外殻が、剥がれる。
「やっと。分かったんだよ・・・・だから――――」
―――隠す必要なんて、もうないよね。
器が、はじけ飛ぶ。
真っ黒い、感情の嵐が友奈を中心に迸った。
それが収まれば、そこには、一人の黒いなにかが立っていた。
赤黒かった肌は暗い紫に染まり、髪は紅白く、長い髪は頭の後ろで結われて膝まで伸び、額には細い日本の角が伸びて、その服装は、黒い装束に身を包まれていた。それは、元の勇者装束とは色も形もかけ離れていて、着物のような装束を身に纏っていた。
その姿は、まさしく、『鬼』だった。
「この私が勇者に成れたのは、結城友奈の外殻があったからだよ。それがプロテクターとなって私を神樹様に探知されないようになっていた。元々の友奈ちゃんの体って、勇者適性がとっても高かったみたいだから、ラッキーだね」
妖美に、彼女は笑っていた。
「でも、もう人の振りをする必要はなくなったんだ。ただね、この子の体を奪った時に記憶とか大体吹き飛んでたから忘れてたけど、これが、私なんだよ」
誰も、声を出せなかった。
子供のように、彼女は笑って。
「私は結城友奈じゃない。友奈っていう子の人間の皮を被った、ただの化け物だよ」
場が騒然となる。
あまりにも、突拍子もない事で、理解が追い付かない。
「何・・・言ってんのよ・・・」
そこへ、夏凜が、ひきつった笑みを浮かべてふらふらと友奈に歩み寄る。
「悪い冗談はやめなさいよ・・・・そんな、嘘ついても、なんも良い事ないわよ・・・ねえ、友奈・・・?」
震える体を、必死に抑え込んで、夏凜は、友奈に話しかけた。
その言葉に、友奈は、ふっと笑って――――
「――――『
拳を引き絞って―――
「――――
砲撃した。
「ギャリック砲ォォォォオオオオッ!!!!」
「メビュームシュートォォォオオオ!!!!」
それに対抗するかのように、満開した翼と剛が同じ砲撃技で対抗。ぎりぎりの所で威力を相殺して事なきを得た。
しかし、何より衝撃的だったのは、友奈がその砲撃を
「テ・・・メェ・・・なんのつもりだぁぁあ!?」
剛の怒号が轟く。
「何って、夏凜ちゃんを殺すつもりだったよ?」
「どうして、夏凜ちゃんを殺すなんて・・・」
「私は友奈じゃないよ」
また拳を引き絞る。
「今度はもう少し本気で撃ってあげるよ」
友奈の拳に、エネルギーが溜まり始める。
「やめて!」
しかし、そんな友奈の前に、美森が両手を広げて立ち塞がる。
「やめて友奈ちゃん!どうしてそんな事するの!?どうして殺そうとするの!?夏凜ちゃんは・・・友達じゃなかったの・・・・?」
涙がにじむ目で、友奈を見る美森。
その視線と言葉に、友奈は――――
「だから、私は友奈じゃないんだよ?」
「それは――――」
「それにさ―――」
友奈が、美森にしか聞こえない声で、何かを呟いた。
そしてその直後に、『唯我独尊』を放った。
「須美ちゃん!!」
ぎりぎりの所で美森に浴びせられる筈だった砲撃を、翼が展開したバリアで防ぎ、その威力のまま後ろに吹き飛んで距離を取る。
「クソっ!まさかこんな事になるなんて!!」
「冗談じゃねえぞ!!」
まさしく予想外の展開。
友奈が敵に回るなど、誰が予想したのか。
「ふざけるな・・・」
ふと、優がそのように呟いた。
「千景さんが、守ろうとしてくれたのに・・・・千景さんは、貴方が、好きだったのに・・・・!!」
「ッ!?優ちゃんダメ!!」
『落ち着け!優!!』
いつの間にか真解を発動させて、優は、友奈に向かって突撃する。
「なんで壊せるんだぁぁぁあああ!!!」
飛び掛かり気味に友奈に殴りかかる優。しかしその拳は受け止められる。しかしそれでも優は攻撃をやめない。
「千景さんの想いを、気持ちを、全部踏み躙って満足か!?それで心が満たされるのか!?そんな、そんな理由で守りたかったものを簡単に壊せるのか!?」
もはや冷静とは言い難い状態で、優は友奈に殴りかかっていた。
「嘘だろ・・・」
そして、友奈は、優の拳や手刀に存在する、『斬撃』を受けていなかった。
卓越した技術で、優のの攻撃全てをいなしていた。
「答えろぉぉおおお!!」
左拳の攻撃を左手で抑え、右拳を優の腹に当てた。
「少し黙ってようか――――『死拳・疑心暗鬼』」
『ッ!?やべぇ!!』
虚像布に搭載されている、疑似人格『虚』が友奈の拳から感じた悪寒に、無理矢理彼女の纏う装束を操って、その拳から逃れようとする。
しかし――――
「がはっ・・・」
口から大量の血を吐き出し、仰向けに倒れる優。
「優ッ!!」
「優ちゃん!?」
仲間が悲鳴を上げる。
「ゔ・・・ごふ・・・」
「あれ、完全には決まらなかったか」
拳は、掠った。
それで、この威力。
「まあ、このまま踏み砕けばいいよね」
「やめてぇぇええ!!」
右足をあげた友奈に対して、幸奈がその頬に拳を叩き込む。
しかし、その一撃は寸前で止められていた。
「ッ!?」
「アハ、久しぶりだね、幸奈ちゃん。でも残念。届かなかったね」
「離れろ幸奈ァ!!」
いつの間にか幸奈の足元には、何らかの方陣が組まれていて―――
「『滅陣・
光の柱が幸奈を襲う。
「幸奈ぁぁああ!!」
佐奈の叫びが響く。しかし――――
「大丈夫だッ!!」
ぎりぎりの所で信也がかっさらって助けていた。
「あ、ありがとう信也君・・・」
「礼はあとにしろ。とにかく、今はアイツを・・・・」
轟音が響く。
見れば、辰巳が友奈に向かって大剣を振り下ろしていた。
「今度は貴方が相手をしてくれるんだ」
「もうやめろ。これ以上やって一体なんになるんだ?」
「んー、世界が終わりやすくなる・・・かなっ?!」
「ッ!!」
天に向かって掲げた手刀が光を纏い、巨大な剣となる。
「『魔剣・生離死別』」
それが一気に辰巳に叩き込まれる。
「
粉塵が舞う中、横から辰巳が転がり出てくる。
「くそッ!なんて力だ!?」
「アハハ、どうしたの皆ぁ?その程度なのかな?もっとかかってきていいんだよ?」
友奈が、嘲笑う。
あまりにも、自分たちの知る彼女とはかけ離れたその行動と言動に、周囲は完全に動けないでいた。
それに友奈は、つまらなそうな顔をする。
「もう、面白くないな。これじゃあ一方的で面白くないよ」
しかし、友奈は、そうだ、と思い出したかのように呟いた。
「誰かを殺せば、皆やる気になってくれるよね?」
『――――ッ!?』
ゾッとした。
今、彼女はなんと言った?
殺す、と言ったのか?
「誰にしようかな~」
そう呟いて、彼女は、周囲を見て、そして一人に目を付けた。
そして、友奈以外の誰よりも早く、園子は、その狙いに気付いた。
「逃げてッ!わっしーぃぃぃいいいッ!!」
「・・・え」
それは、未だ茫然としたままの、美森だった。
そして、友奈はいつの間にか、美森の前に立っていて・・・
「バイバイ、東郷さん」
当たれば即死の拳が、美森に向かって振り落とされた――――
血が、飛び散った。
「・・・・嘘だろ」
誰が呟いたのか、わからなかった。
だけど、確かに、その光景は、そう言いたくなるほどのものだった。
「・・・・・がはっ」
血を吐いたのは、一人だった。
「・・・・翼君?」
友奈の拳が、翼の鳩尾を貫いていた。
次回『絶望』
英雄の名は、一人の怪物によって貶められる。