副題:もしも千家が金田一に話していたら
世にも珍しい金田一少年の事件簿の二次創作です。
中古屋で立ち読みしてビビッと来ました。
千家貴司の誤算はただ一人の人間が付いて来てしまったことにある。
「おい、八尾。さっきから大分歩いているけど、家一軒見当たらないってどういうこと!?」
原因不明の火事によって別荘を燃やされた八尾徹平に文句を言っているのは、千家の幼馴染である金田一一である。
(なんで金田一がやってくるんだよ!?)
今日になって本来ならば付いて来ないはずの金田一が冴子をトイレに閉じ込めて代わりにやってきた。これは完全に千家の計画にはなかったことだ。
(これじゃアイツらを殺せない。くそっ、こんなに予定が狂うなんて)
元はカラオケで仲良くなった女の子と八尾鉄平の別荘でキノコ狩りを名目に、とある殺人計画を実行に移すはずだった。
女の子が急に来れなくなって、代わりに七瀬美雪が来ることも、ハブにされた金田一がやってくることも千家の計画にはなかったことだ。
(いいや、大丈夫。あれだけ準備したんだ。幾ら金田一だって)
入念に画策して、何度も何度も穴はないかと確認した殺人計画である。
如何な金田一でも解けるはずはないが懸念がある。
(ないが、金田一ならもしかして)
金田一が名探偵・金田一耕助の孫であることも、金田一自身も表沙汰にはなっていないが数多くの事件を解決して来たことを千家は良く知っている。
与えられた情報量に差はあれど、千家には毛ほども分からなかった首つり学園殺人事件を見事に推理して犯人を捕まえたのは他ならない金田一だ。
復讐さえ遂げることが出来れば捕まっても構わない、という想いは千家にある。
千家が何人も殺す事件を起こせば、警察も重い腰を上げて動機を解明するだろうから、例え殺しきれなくても奴らは裁かれる。
(でも、金田一に友達を捕まえさせていいのか?)
少なくとも千家と金田一が共に過ごした年月は、七瀬美雪を除けば付き合いは一番長い。
あれで友情に厚い金田一はきっとショックを受けるだろうし、心に大きな傷を負うだろう。それは千家の望むところではない。
「うぅん、ここは元々ダムの下に沈むはずの村だったからな。でも、ダムの計画が中止になって残った農家の空き家を親父が買い取ったんだ」
そう考えれば、元から別荘を壊して泊まれなくなる予定だった八尾にも悪い気がしてきた。
彼は完全な善意で千家を別荘に誘ってくれたのに、利用して殺人を行ったのだと知ったら一生ものの心の傷が残るだろう。
「でも、どうするの? このままじゃ私達は野宿しなきゃ……」
ライトを持って先導するのは千家だから自然と主導権を握ることが出来る。
人を何人も殺す計画を立てて実行に移すと決めた時から抑え込んでいた後ろめたさがズキズキと千家を刺激してくる。
「ん? 向こうで何か光ったような」
「人が住んでる家があるかもしれない。行ってみよう」
悩んでいても千家の口は金田一が指し示した方を見て自然と動き、ライトを握って主導権があることで自然と目的の場所へと誘導してしまう。
演技が出来る、でも罪悪感はどんどん増していく。
「な、なんだこりゃ?」
これから千家が作るケルベロスの檻は、罪を犯そうとしている千家をこそ食い殺そうとせんばかりに風の音が唸り声のように響き渡った。
隠し扉の向こうにあった動物の骨の入ったケージだらけの場所から出た金田一は千家に呼び止められて別の場所へに移動していた。
(まさかケルベロスが怖いから一緒に寝てほしいなんて言わないだろうな)
幼馴染が話があるとわざわざ皆がいない場所に連れてきたことに嫌な想像が頭を過る金田一。
「改まってどうした千家? 顔真っ青だぞ」
しかも顔色が真っ青なので、探検で見つけたケージに骨がなかったケルベロスに怯えているのだろうかと思った金田一は少し嫌な顔をしながら軽口を叩く。
「言っとくが俺は美雪以外とは一緒に寝ないぞ」
「…………誰が言うかよ」
千家はようやく笑ったかと思えば直ぐに口を閉じる。
流石に様子がおかしいと思った金田一には思い当たる節があった。
「おい、本当にどうしたんだよ。もしかして今頃、キノコの」
「金田一――――俺、人を殺そうと思ってるんだ」
副作用が、と言おうとした金田一の言葉を遮って、もう我慢なんて出来なかった千家は想いをぶちまけた。
「は? 何言ってんだよ、千家」
始め、金田一は千家が冗談を言っているのだと思った。
幼馴染である千家が人を殺せるような奴ではないことを良く知っているからこそ、冗談であると真っ先に思考が至る。そう、名探偵とはとても思えない思考の鈍りであった。
「ここに来ていたオカルト研究会の萬屋、参道、百田、渡辺の四人を殺すつもりだ」
「おい、だから」
「俺は最初からアイツらが山奥の建物で合宿することを知っていた」
冗談は止めろ、と信じようとしない金田一が言おうとした言葉を封じる千家。
「でも、こんな所に一人でやって来たら怪しまれる。そこでこの近くに別荘を持つ八尾を利用した」
金田一に信じる気が無くとも、一度話し始めた千家の口は止まらない。
「八尾を誘って数人の友達と別荘に行き、最初から騒ぎに乗じてこの建物に向かうつもりだった。どうしてか火事になってしまったけど」
偶然などではなく、ライトを持っていたのは千家だから誘導するのは容易い。金田一の頭脳は瞬間的にその事実に気付いてしまう。
「冗談きついぜ。どうしてお前が萬屋さん達を殺すんだよ」
「金田一――――俺、少し前に好きな子が出来たんだ」
冗談のままに終わってしまえばいい。そう思っていた金田一に対して千家は殺人を犯すに足る動機を話し始めた。
「利緒っていって、明るくて健気な子でさ」
そう言う千家の顔は今まで金田一が見たことがないほど穏やかだった。
「――――でも去年、彼女は、利緒は死んだ。殺されたんだよ!」
そう言う千家の顔は今まで金田一が見たことがないほど憎悪に染まっていた。
「萬屋達の
もう金田一には千家が冗談を言っているとは思えなかった。
「助けてくれよ、金田一! アイツらを殺せなきゃ憎しみで気が狂っちまいそうだ!!」
その懇願を断る理由が金田一にはなかった。
そして金田一は犯人無き事件に挑むことになる。しかし、決して挫けることは許されない。
何故ならこれは幼馴染を殺人者にしない為なのだから。
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「感謝するぜ、剣持のおっさん、いつきさん」
一週間と少し経った後、平日の昼間のファミレスに学校をサボってやってきた金田一は目の前に座る二人の大人に深々と頭を下げた。
「よせやい、金田一。お前の真剣な頼みを俺が断るわけがないだろ」
そう、剣持は金田一が真面目に頼み込めば断ることはしない。
金田一が解決して来た事件の功績と何よりも彼との関わりから、頼みを大事なことであると直感したことが大きい。
「俺も大きなスクープを得られたからな。感謝こそすれ、礼を言われることなんてねぇよ」
いつきもまた金田一の頼みを全面的に受け入れて動いてくれた。
探偵として事件を解決して来た金田一を信用も信頼もしていて、今までいつきの方から多くの頼みごとをしてきたのだ。一回や二回、頼みごとをされたぐらいで感謝されては借りを返しきれない。
「いや、今回の刑事のおっさんと記者のいつきさんに調べてもらったのは完全に俺の私情だ」
金田一は改めて実感する、自分は人に恵まれていると。
子供の戯言と決めつけずに真摯に聞いてくれる大人がいることがどれだけ心強いのか、改めて思い知った。
「仕事もあるのに、こんな短期間に調べ上げてくれたんだ。金もない俺に出来るのはこれだけだから」
「いいっていいって。気にすんな。なぁ」
「ああ、子供は大人に甘えてればいいんだからよ。ほら、頭を上げろって」
感謝してもしきれない頭をようやく上げると、男達は男臭い笑みを浮かべて並んでいる。
世間的には恰好良いと言われるタイプではないかもしれないが、金田一はこういう大人になりたいと今思った。
「まあ、正直最初は眉唾だと思ったよ。それぐらいありえねぇことだからな」
いつきが取材メモを取り出して、コーヒー以外は何も頼んでいないテーブルの上に広げる。
「萬屋、渡辺、百田、参道の四人がバイト先の病院で人を殺した可能性があるって聞いて俺なりに調べてみたら出るわ、出るわ。悪い噂ばっかりだ」
メモを読むのも嫌なのか、顔を歪ませたいつきは煙草を取り出して火を点ける。
「大学では好き好んで付き合う奴の気が知れないってレベルで黒い噂がそこかしこに流れてるよ。例えば人体解剖の途中に切った耳を壁に付けて、壁に耳ありってやって爆笑してたとかな」
「将来医者になる奴がすることかよ……」
実際に当人達に会ったことがある金田一はいけ好かない連中だとは思ったが、まさかそこまで異常なことをするとは考えもしていなかったので嫌悪感で胸が一杯だった。
「渡辺って奴は新薬作りに相当入れ込んでて、自分で作った薬を後輩に飲ませてデータを取ってるなんて話もある」
いつきも聞いた時は同じ気持ちだったが、その程度で終わる話ではないから始末が悪い。
「それがまた結構な薬らしくて、無理やり飲まされた後輩の中には丸三日も痺れが取れなかった者もいるらしい」
「俺も同行してたんだが、何分直ぐに被害届を出さない事には罪には問えん」
剣持がいつきの話を継ぐ。
「令状は取れんから聞き込みが精一杯だが、当時病院に勤務していた看護婦から話を聞いたら俺が刑事だと分かったら素直に話してくれたよ」
そう言っていつき同様に剣持も煙草を取り出したのは、でなければやっていられないからだろう。
「彼女――――水沢利緒さんを担当していたのは、ちゃんとした医者ではなく、まだ医師免許も持っていなかった医大生に過ぎなかった四人だったとな」
いつきが差し出したライターで煙草に火を点けた剣持は、胸いっぱいに吸い込んで大量の紫煙を天井に向けて吐いた。
「それがあの四人か」
「ああ、萬屋達だ。奴らは萬屋の父親である院長に頼み込んで患者を一人借り受けたんだ、渡辺の作った薬の効果を調べる実験体として」
自分であったらと思うとゾッとする話である。いや、自分でなくても自分の知る者を診るのが医者ではなく、医大生なのだと思ったら絶対に病院になど行かない。
「奴らはその薬の所為で水沢さんの容態が急変すると逃げるように大学に戻り、院長である萬屋の父親は手を回して病死にしてしまったって話だ。ああ、胸糞悪い」
数度で根元まで吸い切った剣持が煙草を吸い殻に押し付ける。
「千家君の気持ちは俺も良く分かるよ。もしもカミさんが同じ目にあったら俺だって殺したくなる」
「行動に移す前に俺に言ってくれたんだ。強い奴だよ、千家は」
「ああ、金田一っていう良い友達を持ったもんな」
「よせよ」
想像した剣持が遠い目をして外を見て、場の空気を和ませる為にいつきが茶化す。
「まともな奴が念の為に取っていてくれたカルテのコピーも残ってた。証言もあるし十分に証拠もある。今頃、病院にも大学にも警察の手が入ってるだろう」
こうやって金田一に報告する必要もあったのと、どうしても私情が入ってしまう剣持は敢えてそれ以上の捜査には加わらなかった。
いつきと剣持で集めた情報と証拠は警察と検察に十分に活用されるだろう。
「ありがとう、おっさん、いつきさん。二人じゃなきゃ、こんなに短時間に調べられなかった。これで千家も納得してくれるかな」
「法で裁かれるんだ。それに社会の罰も受ける」
納得してもらうしかないと大人の二人は言った。
罪として考えるなら一生を牢屋の中で過ごすということはないだろう。それこそ殺したいほど憎んでいた千家の憎悪に対して相応しい罰では多分ない。
「最低限、奴らの医者としての輝かしい未来が閉ざされるんだ。萬屋の父親も責任問題で病院を手放さざるをえないだろう。納得するしかないさ」
何時だって損をするのは弱い者達、正しい者達だ。味わった痛みに相応しい罰が与えられるとは限らない。
「日本は法治国家だ。殺されたから殺しては認められないんだからな」
復讐を果たしても、待っているのは殺人者としての残りの人生だ。
「金田一、少なくともお前は千家君の未来を閉ざさなかった、護ることが出来たんだ。それは喜ぶべきことだぞ」
「おっさん……」
「後は本人に聞いてみな」
そう言っていつきが立ち上がり、続いて剣持も立つ。
「え?」
「金田一、こんなところにいたのか」
「千家……」
去って行く剣持といつきと入れ替わるように、やってきた千家が金田一の前の席に座る。
「学校にもいないから探したぞ。駄目じゃないか、サボったら。また七瀬さんに怒られるぞ」
「サボリはここにいるお前もだろ」
「俺はちゃんと休むって連絡入れてるからいいんだよ」
「は? セコいぞ、おい」
「利緒の墓に報告しておきたかったらさ」
一人だけサボリではないことに文句を言おうとしたが、そんなことを言われたら何も言えなくなる。
「――――金田一に話せて良かったよ」
暫くの沈黙の後、千家がポツリと言った。
「一人で考え込んでいた時はさ、どうやって許し難いアイツらをこの手で殺すのかって頭が一杯になってた」
首に下げていた利緒の遺品だという犬笛を手に取った千家に憎しみの色は見えない。
「お前に相談してから利緒の気持ちを考えるようになった。そりゃ死んだ人の気持ちは分からない。でも、利緒は血生臭い復讐を望んでるのかって、この一週間ずっと考えた」
憑き物が落ちたかのように穏やかに笑う千家に金田一は泣きそうになった。
「怪我をした野良犬を世話するほど優しい子だったんだんだろ。両手を血に染めたお前の姿を見たって喜んだりするわけねぇよ」
「ああ、そうだな。本当にそんなことも考えられなかった」
そう言って千家は犬笛を握った手で顔を覆うように近づけた。
「利緒が死んだ後、俺は利緒の部屋で彼女の日記を見つけた。それには利緒が生きるはずだったこれからの半年が愛おしむ様に、噛み締めるように、一日一日書き綴ったあいつの未来の日記だったよ」
金田一の位置からでは千家が泣いているのかどうかは分からない。
「金田一のことも話してたから、創立祭で初めて会って緊張してドキドキしてしまう事になっていたよ」
萬屋達と関わることがなければそうなっていたであろう出来事。
「会わせたかったなぁ、金田一に」
「俺も会って見たかったよ、千家の彼女の利緒さんに」
金田一の中で何かが変わって行く。
ご都合主義があるのかもしれない。実際にはこんなに上手くことが運ぶことはないのかもしれない。
それでも千家の未来と金田一の心は守られたのだ――――。
千家と金田一が穏やかに話しているのを外から見る剣持といつき。
「これしかないという思い込みが思考と判断を狭める、か」
剣持は金田一が話していたことを思い出して、そう口にしていた。
「どうかしましたか?」
「いや……」
言いつつも剣持の頭を過るのは、まだ金田一と出会う前に起こった私情が入ってしまった事件。
「ちょっと気になることがあってな」
三年前に解決したはずの女子高生死体遺棄事件。
剣持は何故かその事件の主犯とされた少年の、逃れられない証拠を突きつけた時の呆然とした顔が気になって仕方がなかった。