金田一少年の友人救済   作:スターゲイザー

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副題:もしも剣持が金田一の影響を受けていたら

前回の後書きの続きです。





番外編・剣持警部の殺人

 いつきと別れて警視庁に戻った剣持勇は気になって仕方ない事件の資料を保管庫より運び出し、自分の机に並べた。

 

「う~ん」

 

 資料を見返しても捜査に明らかな不備は見当たらない。

 見当たらないが、こうして資料を見返してみるとあの頃とは違って違和感を覚えるところが数か所あった。

 

「おや、少年事件のファイルですか? 剣持警部」

 

 一時間と少しかけて全部に目を通した剣持が資料を机に置き、疲れた目を休ませる為に目元を解していると後ろを通りがかった人物が資料の挟まれた写真を見て言った。

 

「ええ、明智警視。三年前の女子高生遺棄事件のファイルです」

 

 若いながらも剣持の直属の上司であるキャリア組の明智健吾に説明した剣持は、彼が金田一に勝るとも劣らない頭脳の持ち主であることを思い出して助言を貰うべきかと迷う。

 

「あの事件なら私も覚えていますよ。かなり陰惨な事件でしたしね」

 

 勝手に置いてあった資料を手に取る明智。

 別に取ってはいけないというわけではないのだが、一言ぐらいは断ってほしいものだと思いながらも何も言わない剣持。

 

「すると、この三人は犯人の少年達ですか」

「はい、ただ気になることがあって」

「気になることですか?」

 

 剣持は自信があるわけではないと前置きをしながら違和感を感じたところを口にする。

 

「今更になって思うのですが、主犯とされた毒島は当初、聴取にだんまりを決め込んでいました」

 

 そのこと自体は剣持も、当時の捜査一課も不審に思うようなことではない。

 悪事を働いたとはいえ、子供が強面の大人と差し向って聴取を受ければ何も言えないことは珍しい事ではないし、仕出かした悪事の重さに今更ながらにショックを受けているということも往々にしてある。

 資料の内、毒島の場所を流し読んだ明智は該当箇所を見つける。

 

「聴取では自白をしているとありますね」

「ええ、私が被害者である十神まりなが握っていたストラップを見せた途端に自白を始めました」

 

 その時のことを思い返せば、ストラップを見せた途端に毒島は目を見開いて絶句していた。

 

「あの時は逃れられない証拠を前にして観念したのかと思っていましたが……」

 

 十神まりなは剣持の剣道の教え子で、家族ぐるみの付き合いがあった。

 金田一が言っていた『これしかないという思い込みは思考と判断を狭める』という言葉を聞いて、最初から毒島を犯人と決めつけていたのではないかという考えが剣持の内に湧き上がった。

 

「違ったと?」

「共犯の二人の証言と犯行場所が毒島の部屋であったことは間違いありませんが、今更毒島のストラップを十神が握り締めていたことを教えたところで観念するでしょうか?」

 

 証言や犯行場所以外の物的証拠の重みは子供であった毒島にも分かっただろうが、それまで沈黙していたのにいきなり自白するには唐突さがある。

 

「それほどに被害者に恨まれていたことにショックを受けたとも考えられるのですが」

「些か唐突な感じも否めないというわけですね」

 

 物証まで出て来ては、これ以上は逃れられないと悟ったからこそ自白したとも取れるが、それならば証言と犯行場所が特定された時点で自白する方が自然ではある。

 

「それに毒島達の関係もおかしいんです」

 

 当時は気にならなかったが改めて見直してみると違和感を感じた。

 

「毒島の父親は医療機器メーカーを営んでいましたが、多間木の家の病院の受注のお蔭でなんとか倒産しないような経営状況です」

 

 毒島は学校に行きながら休みの日は父親の工場を手伝っているというのは、工場で働く者や父親の証言からも明らか。

 成年近いとはいえ、高校の子供も手伝うほどに経営状況は決して良くなかった。

 

「成程、妙ですね」

 

 少し聞いただけで剣持の違和感の原因に気付いた明智が眼鏡の位置を直す。

 

「家の関係は子供の関係にも影響を及ぼします。家の力関係を考えれば、毒島が多間木に犯行を強要することが出来るとは思えない」

「例外はあると心得ていますが、どうしても気になってしまって」

「いえ、良い着眼点です」

 

 そこで一度言葉を切った明智は考えを纏めるように顔を上げる。

 

「多間木には自分のしたことを毒島に押し付けることが出来る力があった。逆に家のことを手伝う毒島には多間木の要請を断れる立場にはない」

 

 何事にも例外はあるので、多間木が何をされても従うことしか出来ない小心者で、毒島は家のことも気にせずに多間木に言うことを聞かせられる人間である可能性もある。

 現実として、犯行の経緯を見ればその例外が適用されるのだが違和感はどうしても残る。

 

「剣持警部は毒島は多間木に罪を被らされたと?」

「いえ、そこまでは言いません。毒島には動機もありますから」

 

 剣持が感じた違和感は違和感の範囲を脱していない。

 

「十神と関係があるのは、同級生だった毒島だけ。学校内で話している姿はなかったようですが、事件前に十神がバイトしているファミレスで毒島と話している姿が多数に目撃されています。婚約者がいる十神に毒島が横恋慕して奪おうとして多間木達を協力させて犯行に及んだというのが当時の一課の見解です」

「しかし、毒島と多間木達の関係が逆であるならば話が変わってくる」

「それでも邪な気持ちに突き動かされて多間木達を頼ったという線も無いわけではありません」

 

 つまりは堂々巡りに陥ってしまうわけである。

 奇妙な点は感じるものの、証言・物証・犯行現場の全てが毒島が犯行に関わっていることを示している。

 

「ただ、多間木と魚崎の証言を鵜呑みして、毒島が主犯だという先入観の下に思考と判断が狭まっていたのではないかという思いが抜けんのです」

「…………いいでしょう。ならば、気のすむまで調べてみなさい」

 

 こうして剣持はただ一人で三年前の女子高生遺棄事件を調べ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毒島陸がその奇妙な面会者に会うことにしたのは、少年刑務所を出る前に犯人役を押し付ける男の顔をもう一度見ておこうと思ったからであるのと、自分を捕まえた刑事が三年近くも経って面会に来たことに興味も引かれたからであった。

 

「なんの用だよ、刑事さん」

 

 面会室に先に入って席に座って待っていた、記憶に焼き付いたスーツ姿の剣持の前の席に行儀悪くドスンと音を立てて座る。

 怒りを誘う為にわざと行儀悪くしたというのに剣持は機嫌を害した様子も無く、ただ真っ直ぐに毒島を見て来る。

 

「…………おい、何を黙り込んでんだよ。俺に会いに来たんなら話したいことの一つや二つあるんだろ」

 

 何も言おうとしない剣持に先に痺れを切らした毒島が悪ぶって聞く。

 悪態を尽いて剣持を怒らせるのは少年刑務所を出てからの予定で、剣持が今の段階で面会にやってくるなど予想外に過ぎる。

 牧師に与えられた計画通りに動くにはまだ早すぎるので、さっさと帰ってもらおうとしたのだ。

 

「すまなかった」

 

 また罵倒の一つや二つでも出て来るのか、被害者である十神への謝罪の言葉でも要求するのかと思ったら、剣持は前の机に手を付いて深々と頭を下げて謝罪をしてきた。

 

「は? おい、何をいきなり……」

「これを覚えているか?」

 

 何故剣持が謝るのか理解できない毒島の前に、剣持がスーツの内ポケットからとある物を取り出して机に置く。

 

「これは十神が握っていたストラップ……」

「ご遺族から借りて来た」

 

 そう、十神まりなが死んでも離さなかった毒島を告発する為の物。

 憎んでいるのか、恨んでいるのか、蔑んでいるのか、如何にしても良く思っていない証明でもあるストラップを前にして毒島に言えることはない。

 

「こんな物を持ち出して、今更なんのつもりだよ。はっ、もっと苦しめってか」

 

 毒島は剣持が自分を苦しめる為だけにわざわざ遺族から借りてきたと思った。だが、実際は違う。

 

「違う。俺は三年前の事件を再捜査していた。その過程でご遺族に許可を貰ってこのストラップにも触ることが出来たんだが」

 

 そう言って剣持はストラップを手に取って、ストラップの人形の首の部分を軽く潰して毒島に近づける。

 

『あたしがこのまま殺されちゃった時の為に、このメッセージを残します』

「こ、これは……っ!?」

 

 ストラップの人形から毒島でも剣持でもない。第三者の声が聞こえて来た。

 

「聞け」

 

 聞き間違えるはずがない。だけど、そんなはずがないと思いながらも剣持に言われて耳を澄ませる。

 

『ここは毒島君の部屋ですけど、彼は一度も来ていません』

 

 もう二度と聞くことはないと思った声だった。その声が事件の真相を告白する。

 

『理由は分からないけど、彼の二人の友達がこの部屋を乗っ取ってあたしに酷いことを……』

「十神……」

『でも、毒島君は関係ありません』

「十神……っ!」

 

 偽りなどあるはずのない事件の被害者である十神まりなが残したメッセージに毒島は信じられない思いで一杯だった。

 

「その様子では知らなかったようだな。このストラップに録音機能があったことに」

 

 剣持もまた溢れ出る感情を抑えるようにして平坦な声で告げる。

 

「十神はあんな地獄みたいな状況にありながらもお前のことを心配して、こんなメッセージを残していた。話してくれるか、全ての真実を」

「ああ……」

 

 溢れ出る涙を拭うこともせず、流れるままに任せていた毒島は殺人計画のことも忘れて自らが見聞きして来た全てを語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 毒島が少年刑務所を出たのは、剣持との面会からそう期間が開いたわけではない。

 元より真実が白日の下に晒されても毒島は刑期を終えるまで少年刑務所を出ることを望まなかった。

 流されて騙された上に十神まりなの死体遺棄を手伝ってしまったことは事実。

 贖罪の念があった以上は改悛の情があるからといって、少年刑務所を直ぐに出るのは毒島の気持ちが許さなかった。

 

「こことも、遂におさらばか」

 

 とはいえ、毒島の刑期はたった三年。されど三年。

 17歳からの最も多感な時期を少年刑務所を過ごした毒島は刑期を終えて出所し、外から見上げた太陽に眩しさを覚えて腕で影を作る。

 

「これからどうっすかな」

 

 もう真実を明らかにしてくれた剣持を犯人役にした犯罪計画を実行に移す気は無い。

 少年刑務所に入って直ぐに毒島が出した告白文を握り潰していたのは剣持ではなく、弁護士の湖森であったことも分かったので恨む気はもうない。

 告白文を握り潰した湖森にしても、娘の病気の弱みがあって多間木父子を庇っていた娘は治療の甲斐なく死去していて結果的に助からなかった失意から揉み消したまま放置してしまったと本人から謝罪と共に聞いた。

 仮に湖森が剣持に真相を告発する手紙を送ったとしても、剣持がストラップの録音機能に気づくか、多間木や魚崎が真実を喋り出さない限り、状況は変わらなかっただろう。

 今になって思い返せば、告白文を読んだとしても犯人同士が責任のなすりつけ合いをしていると見るのが普通だろう。第一、依頼者を売る行為は弁護士として違法行為になるので湖森を恨む気も無い。

 

「十神の線香を上げに……流石に遺族が許してくれないか」

 

 裁判の時に自身に向けられた十神まりなの妹らしき少女からの憎しみの目を思い出し、幾ら死体遺棄以外には関わっていないとしても軽々と家に訪れることを許してはくれないだろう。

 

「君が毒島陸君だね」

「ん?」

 

 目的地も決めずに歩き出すと、前からやってきたくたびれたスーツを着た見覚えのない男が話しかけて来た。

 

「アンタは?」

「僕はこういう者でね」

「…………記者さんかよ」

 

 誰なのかと聞くと男がスーツから名刺を差し出して来るので受け取って見ると、そこには三年間世間から隔離されていた毒島も知っている大手出版社の名前が印字されていた。

 

「で、記者さんが俺に何の用で?」

 

 今更、大手出版社の記者が毒島に何の用があるのかと聞く。

 

「実は僕はサツ担、まあ所謂、警察担当記者でね。捜査一課の剣持警部が独自に動いていることに勘づいている記者は多いよ」

 

 何が言いたいのか良く分かっていない毒島に記者の男は似合っても無いウィンクをして笑った。

 

「担当直入に言おう、三年前の女子高生遺棄事件の告白記事を出す気はないかい」

 

 それを聞いた瞬間、毒島の中で悪魔が囁いた。

 

(そうだ。何も十神にやったことと同じことで二人を殺す必要はない)

 

 牧師より与えられた犯罪計画は毒島が墓の下まで持って行くことになるだろう。

 

(俺は多間木と魚崎の死刑執行人としてサインするだけだ)

 

 命ではなく社会的な死を意味するのだとしても、生きている方がより苦しむことになると悟った毒島は笑った。

 

「いいよ。で、なにすんの?」

「よろしく頼むよ。立ち話もなんだから向こうのカフェで話そうか」

 

 記者の男は何も気づかぬままに二人の男の死刑執行の片棒を担がされることにも気づかぬまま、先に歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 




多間木と魚崎に一事不再理が適用されるか分かりませんが、この先はご想像にお任せということで。

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