金田一少年の友人救済   作:スターゲイザー

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続きました。

副題:もしも金田一が電話をかけていたら




雪影村殺人事件

 

 

 

「嬉しい涙だったはずが許されない色だったなんて……」

 

 自室の机に向き直りながら葉多野春奈は涙ながらに文を書いていた。

 

「もうだめ、死ぬしかない」

 

 知られれば許されるはずがない。そう思うと便箋に涙がポツポツと落ちる。

 

「どうして、どうしてなのお父さん?」

 

 それ以上、何も書けなくて鉛筆を置く。

 これは遺書になるかもしれない。自分が死ねば家族や多くの人が見るだろうから詳しい思いを書けない。もしも全ての真実が明らかにされれば、自分だけではなく家族や島津の家にも迷惑をかけてしまうから。

 自分は生きていてはいけないのだ。誰にも知られずに子供を堕ろすことは、こんな小さな村で出来るはずもない。

 仮に他の場所に行くとしても未成年である以上、親の承諾なしに堕胎手術を受けられないだろう。大体、高校生の春奈にそんなお金は無い。

 どうしようもないのだ。全ての秘密を隠したままにするには春奈が死ぬしかない。

 

「春奈」

「!?」

 

 せめて誰の迷惑にならないように海岸で死ぬしかないと覚悟を決めていると、部屋の外から自分を呼ぶ母の声と共にドアが開かれて肩をビクリと震わせた。

 

「な、なに?」

 

 振り返って平静を装いながら、驚きと申し訳なさがない交ぜになって聞き返す声が震える。

 

「アンタに電話」

「こんな時間に?」

「そうよ」

 

 言われて部屋の時計を見ると、もう夜の九時を回っていた。

 こんな時間に春奈に電話するとしたら、一時間前に訪れた島津の家から勝手にいなくなったことを不審に思ったのだろうかと椅子から立ち上がった。

 

「誰から?」

 

 と言いつつも、匠と付き合い出してから冬美や綾花とは付き合いが遠のいている。ならば、都だろうかと考えたが彼女の性格ならば急ぎの用があるなら直接に家に来ているし、急ぎでないならば明日学校で言おうとするだろう。

 

「金田一君って覚えてる? ほら、五年前に村に二週間だけいた」

「え?」

 

 母のまさかの人物の名前に記憶野が刺激される。

 たった二週間だけしか村にいなかったけど、タイムカプセルを一緒に埋めるほどに仲良くなった男の子。

 

『――――こんな寂しいところで、君はなんで絵を書いてるんだい?』

 

 無口で回りから一歩離れていた自分にも声をかけてくれた金田一のことは容易に思い出せた。

 

「どうして……」

「さあ? 待っててもらってるから早く出なさいよ」

 

 春奈が窮していることに気付いた風も無く、言い捨てた母の姿がドアの向こうへと消えて行く。

 この五年間、年賀ハガキを送っても一度も返事が返ってくることはなかったのに、どうして今になって電話がかかってくるのか分からない。

 

「金田一君、か」

 

 分からないが、母のあの様子では自分が電話に出るしかないだろう。

 立ち上がって部屋から出て、電話が置かれている一階の廊下に下りる。

 

「どうしたんだろう」

 

 言いつつも、もう春奈は死を覚悟しているのだ。

 脇に置かれたままの受話器を手に取って耳に当て、保留音が鳴っているのを確認してボタンを押して止める。

 

「…………もしもし」

『おっ、春奈か』

 

 応答すると電話の向こうから、記憶にあるよりも少し低くなったような金田一の声が耳に届く。

 

『俺、金田一一。五年前に二週間だけ雪影村にいたんだけど、覚えてるか?』

 

 あれほど印象深い人を忘れるはずがない。

 

「うん、覚えてる。久しぶり、金田一君」

 

 殆ど村から出ることが無いので人見知りな方の春奈でも肩から力を抜いて話をすることが出来た。

 

『いやぁ、忘れられてなくて良かったよ』

「それはこっちもだよ。年賀ハガキを送っても返事を送ってくれないし、私達のことなんてもう忘れちゃってるって思ってた」

 

 少しの恨みを込めて電話の向こうで覚えててもらって安堵している様子の金田一に向かって言うと、「たはは」と笑って誤魔化す空気を感じ取る。

 

『悪い悪い。気にはしてたんだけど、究極の筆ブショーでさ』

「金田一君らしいね」

『だろう』

 

 真面目とは言い難いが人を和ませる空気を纏った金田一との付き合いはたった二週間と短いが、あの日々は春奈にとっても大切なものだった。

 

「それで急にどうしたの? こんな遅い時間に電話してきて」

 

 死を覚悟した日に何年も音沙汰が無かった友人から電話がかかってくるなんてタイミングが良すぎる。

 もしかしたら匠が金田一に連絡したのかもしれないなんて、そんなあるはずもない希望は抱かなかった。春奈はもう絶望しきっていたから。

 

『用件っていうほどじゃないな』

 

 やっぱりそうだ。希望なんて抱く方がより絶望が深くなる。

 

『ちょっと思うところがあってさ。知り合い全員に連絡してるんだ』

 

 そこで金田一は一度間を置く。

 

『で、春奈が送ってくれた年賀ハガキに電話番号が書いてあったから電話したってわけ』

「良く分からないんだけど」

『大した理由があるわけじゃなくて』

 

 言い淀む気配を電話口から感じる。

 

『ちょっと前に知り合いが怨恨で人を殺そうと計画してたことがあって』

「え!?」

 

 直接的に電話してきた理由とどう繋がるのかは分からないが、十分に大した理由に子機を持つ春奈の手がビクリと震えた。

 

『そいつは計画するだけで終わって実行に移すことはなかったけど、色々と思うところがあって知り合いみんなに連絡してるんだ』

「思うところって?」

『人はこれしかないと思い込むと一直線になっちまうってこと』

 

 ギクリと春奈は身を固くした。

 金田一が春奈が自殺するしかないと思い詰めていることを知らないはずである。

 

『天草財宝のことって知ってるか?』

「う、うん、一枚一億円もする天正菱大判が見つかったってニュースを見たから」

 

 話が変わったかとも思ったが関係することなのだろう。続きを待つ。

 

『あれを見つけたの俺達なんだよ』

 

 一瞬、春奈は自分の耳を疑った。

 

「え、あの、一億円もするやつを金田一君が?」

『ああ、まあ、それはどうでもいいんだけど』

「どうでもよくなんかないよ……」

 

 一億円なんて文字にすればたった三文字に過ぎなくとも一般的なサラリーマンが定年まで働いた収入の半分に値する金額である。

 金田一の言葉からするに一人で見つけたわけではないようなので、分け前を分担するにしても高校生が得るには大金には違いない。

 

『話の趣旨はそこじゃないからいいんだよ』

 

 金田一と話していると自殺を考えていた春奈の心は上へ行ったり下に行ったりして落ち着くことが無い。

 

『天草財宝探索のツアーを計画していた人の娘さんが重病でさ。渡米しないと治療が出来ないってんでツアーに参加していた人達の殺害計画を練ってたんだ』

「待って」

 

 これには春奈も思わず止めに入らずにはいられなかった。

 

『悪い悪い、ちょっと端折り過ぎたな。ツアーの参加者ってのは実は今は潰れた蔵元コンツェルンの社長の蔵元醍醐が出した養子で、ツアーを計画していた人の奥さんもそうだったんだって』

 

 上がって下がって、また上がる。乱高下は止まらない。

 

『蔵元醍醐は自分の実子以外には例え孫であっても財産を相続させないって遺言を残してて、蔵元醍醐の娘である奥さんは亡くなってたから他の子供を全員を殺せば遺産を手に入れることが出来て娘を助けられるって考えたんだと』

「で、でも、確か蔵元コンツェルンって……」

『多額の負債を抱えて倒産した。俺達がそれを知ったのは天正菱大判を見つけた後だったよ』

 

 仮に実子を皆殺しにしても遺産が転がり込むことはない。

 

『さっき言ってたのとは別の知り合いに紹介されてツアーを計画した人に会った時、その少し前に知り合いの件があったから何気なく聞いてみたんだよ。「何か切羽詰った困ったことはありませんか?」って』

 

 話がここに来て繋がってくる。

 

『最初はなんもないって話だったけど、その知り合いの件のことを出したらちょっと動揺したみたいだから突っついてみたら娘さんの治療費が必要なんだってゲロッた』

「ゲロったって……」

 

 電話口の向こうで、何時かのような金田一の忍び笑いが聞こえる。

 この様子からしてかなり積極的に、かつ強引にことを進めた感じがアリアリと伝わってくる。

 

「かなり無茶したんじゃないの?」

『いや、後で感謝されまくったぞ。ツアーの参加者達に彼らにとって姪に当たる子を助ける為に遺産を分けてほしいって頼んだら、話が呑み込めずに保留って人が大半だったけど即答でOKの返事をしてくれた人もいたし。まあ、お宝捜索中に蔵元コンツェルンが倒産したってニュースが流れた時は見ていられなかったけど、運良く天正菱大判が見つかって本当に良かった良かった』

 

 結果良ければ全て良しではないが、誰も傷つくことなく大団円を迎えられたのならばそれほど良い結末はない。

 

『で、だ。そんなことがあってから知り合いやら昔の知り合いに聞きまくってんだ――――春奈』

 

 本題に入る宣言するかのように金田一の声が静謐に春奈の名を呼ぶ。

 

『何か切羽詰ったことはないか?』

 

 その問いに春奈は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――で、どうなったんだ?」

 

 不動高校のミステリー研究会の部室にて千家貴司に事のあらましを説明していた金田一一は机に頬杖を付く。

 

「島津っていうタイムカプセルを埋めた仲間の一人と付き合ってて子供が出来たんだと」

「そいつらって俺達とタメだろ? 高校生にしちゃ早すぎないか」

「だよな」

 

 それに関しては金田一も思ったことである。というか、正直言えば羨ましいと思った。いや、子供を作ったことではなく作るための行為にだが。

 

「問題は、島津と春奈の父親が同じ名前だったんだよ。そしてそのことを島津のことが好きだった奴が冗談で同一人物だって嘘ついちゃったことにある」

「あ、ああ~」

 

 そこまで聞いて千家にも金田一がどうして疲れた顔をしたのかが分かった。

 

「自分達は兄妹だって勘違いしちゃったわけか」

 

 千家もその流れならば勘違いしても無理はないと思ったが腑に落ちないこともあった。

 

「でも、昔から付き合いがあったんなら父親が別人だって気づかないか?」

「それがさ」

 

 金田一は雪影村で聞いた話を思い出す。

 

「二人の家は時期は違うけど随分昔に両親が離婚してて母子家庭だったんだ。春奈は自分の父親には偶に会っていたけど、島津の父親に会ったことがあったとしてもガキの頃で顔も覚えてなかったんだろう。で、友達の冗談を真に受けて確認する為に島津のアルバムを見たら、近所付き合いしてた春奈の親父さんが赤ん坊の島津を抱えている写真があったのを見ちゃったんだと」

 

 金田一の説明を聞いた千家の顔が言葉よりも雄弁に、これはあかんと物語っていた。

 

「間の悪いことに、妊娠検査薬で妊娠の反応が出たところだったから、春奈は自分が実の兄の子供を孕んでしまったと追い詰められた」

 

 端的に言えば間が悪すぎた。その言葉に尽きる。

 

「島津曰く、母親は俺の映っている写真はなんでもって感じでアルバムに入れてたらしい。あの地方には今井って苗字は多いらしくて、島津の父親も隣町に住んでいて春奈の父親とは別人だったよ」

「なんつうか……」

 

 それ以上の言葉を発することも出来ず、千家は大きな溜息を漏らした。

 

「電話で春奈から涙ながらの事情を聞いて、これは直に会って話をしないとって思ったわけよ。でも、東京から秋田まで遠すぎるからお袋に金を貸してくれって頼んだんだ。春奈に自殺を強行しないようにお袋に電話を変わってもらってその間に電車でもタクシーでも使って行くつもりだったんだけど」

 

 仕事から帰って来た父親に風呂上がりの一杯を提供しようとしていた金田一母は話を聞くなり激昂した。

 春奈にではなく、金田一に。

 

「時間も時間だから電車を使うと遅すぎるから、親父と俺を車に押し込んで送り出した後は春奈の母親を電話口に呼び出したりしたらしい。雪影村に住んでいる親友にも連絡して春奈の家に行かせたりして、俺と親父が春奈の家に着いた頃には関係者同士が集まっての話し合いが殆ど終わってた」

「おばさん行動力ありすぎだろ」

 

 小学生の頃から金田一と付き合いがある千家も家に行った際に会ったことはあるが、まさかの決断力と行動力に脱帽するばかりである。

 

「終わってみれば春奈の独り相撲ってことで終わったんだけど、島津がそりゃあもう怒っててさ」

 

 翌朝近くになって雪影村に到着した金田一は遠い目をする。

 

「下手をすればその春奈ちゃんは自殺して、お腹の子も一緒に死んでたところだったからなぁ」

 

 貶める悪意はなかったとしても、まだ傷が完全に癒えていない千家からしても許し難いと思ってしまう気持ちがあるので怒ったという島津の気持ちに共感できる。

 

「嘘を言った二人にしても春奈が妊娠していることは知らなかったっていうのも大きいぞ。普通なら父親のことなんて母親にでも聞けば直ぐに分かることだから、まさか自殺を考えるなんて予想もしていなかったと」

 

 ほんの小さなすれ違いや勘違いで、取り返しのつかないことになるところであった。

 

「最後は島津が春奈にプロポーズして、春奈も受けてめでたしめでたし。俺も学校あるから埋めたタイムカプセルを掘り出して笑い合って、全部丸く収まってハッピーエンドだ」

 

 東京と秋田の往復は疲れたが、それだけの甲斐はあったと金田一は笑っていた。

 

「流石は金田一。名探偵の孫にして自身も名探偵と呼ばれていることはあるな」

「止めろよ」

「いいじゃないか。事件を始まる前に終わらせる探偵なんて金田一ぐらいだろうぜ」

 

 諸手を上げて褒められた金田一は苦笑のみを千家に返し、椅子に深く凭れる。

 

「千家のお蔭だよ」

「俺の?」

 

 自覚のない千家に金田一は淡く微笑む。

 

「千家が俺に言ったんだぞ。『俺みたいに抱え込んでいる奴がきっといるから突っ込んで聞いてみろ。俺のことを話しても構わないから』って」

「ああ、そういや言ったな」

「自覚なしか」

 

 本当に忘れていたらしい千家に呆れつつも、彼の言葉を受けた金田一は会う人・昔の知り合いなどに切羽詰った悩みはないかと聞くようになったのだ。

 

「天草財宝の和田さんとかもそうだったし、結構みんな自分じゃどうしようもない悩みを抱えている人は多い」

 

 中にはそこまでの悩みを抱えていなくて怒られたり嫌われたりすることも少なくはなかったけど、金田一は聞いたこと自体に後悔は全くしていなかった。

 

「追い詰められちゃうと、こうしかないっていう思い込んじまうからな。難解だと思ったら人に話してみたら簡単に答えが見つかることもある」

 

 実際に殺害計画に全霊を注いでた千家は苦い表情で彼らのその時の気持ちが理解できてしまう。

 

「他にも多くの人がそうなっていると思うとやるせないな」

「じゃあさ、俺が解決するよ」

 

 え、と千家が自分と同じ思いを抱いているであろう人達のことに想いを馳せていると金田一が言った。

 

「俺は名探偵なんて呼ばれたくないけどさ、犯罪を犯すのを事前に止めることが出来ればそう呼ばれてもいいかもしれないな」

 

 金田一が知る犯人の犯行動機は、殆どの場合が加害者に対する怨恨からくるパターンが多い。勿論、例外はあるが同情の余地が大いにあり、彼らの犯罪を暴いたことを褒められても嬉しくないから名探偵と呼ばれることを好まず、事件を解決しても警察には金田一のことを伏せてもらっていた。

 

「俺の経験上、殺人ってのはやり場のない苦悩に追い詰められた人間が悪魔の囁きに耳を傾けて行う大きな賭けだ。でも、殺人を犯しても報われることはない。殺人を犯していたことが判明しても生きて償えば人生はやり直せるけど、殺人を犯さずに解決できたならこれ以上のことはないだろ」

 

 多くの殺人事件に遭遇し、解決して来た金田一の信条であり、千家の事件に立ち向かって春奈の一件に関わったことで、誰も死なず傷つかずに事件を始まる前に解決できることを知った。

 

「いいな、それ」

 

 千家は金田一の言葉を聞いて嬉し気に笑った。

 

「事件を事件になる前に解決する探偵。そうなったら名探偵・金田一耕助も超えるんじゃないか」

「ジッチャンを超えるか、考えたこともないけど悪くない」

 

 新しい着眼点に金田一は目を丸くし、相好を崩すように微笑んだ。

 

「俺も手伝うからやってみろよ、金田一」

 

 ここから金田一耕助の孫としてではなく、金田一一としての旅が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、今度いつきさん結婚するんだってな」

 

 天草財宝の一件で再会した元カノの最上葉月とヨリを戻したが、瑞穂を養っていることを知られた際にトントン拍子で話が進んでしまったらしいことを千家はいつき本人から聞いていた。

 

「いつきさん許すまじぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 放課後の不動高校に金田一のシャウトが木霊する。

 

 

 

 





うん、ご都合主義だね。でも、こんなお話があってもいいと思うんだ。

きっと雪影村の彼らも、気まずくなったとしても何時かは昔のように話が出来るようになる(具体的には春奈の子供が生まれた頃ぐらい)。
だって、彼らは生きているんだから。
生きてさえいれば、何度だってやり直すことが出来るのだから。

そして金田一は新たな道を見つける。その傍らにはきっと千家がいることだろう。

次回、『狐火流し殺人事件』

始まるか分かりません。

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