夕焼けのオレンジ色に染まる町にけたたましいサイレンが鳴り響く。それを聞いた人々は地区ごとに決められた避難所へと慌てることなく淡々と移動していく。
最後の住人が避難所のシェルターに入ったところでサイレンは鳴り止み、町の各部に設置された高角砲や機銃が姿を見せ夕陽を背にした巨大な影を狙う。
「こちらスカウト、飛来したネオ・リビングを確認。数は11、これより作戦行動を開始する」
住宅地を見下ろす丘の頂上に立った青年が挙げた手をおろし、生存競争の火蓋が切っておとされた。
「本日からお世話になる紫晶 あやめです。よろしくお願いします」
白いワンピースを着た女性が深くお辞儀する。
「いやぁ本当に来てくれるとは。かなり無理を言ったつもりだったのに」
白髪の男性が笑いながらそう言う。
彼女、紫晶あやめは当初大学の夏休みの旅行でこの町を訪れていたのだがこの男性と偶然出会い、その後様々な出来事があって独立支援寮"夕凪"でカウンセラーとして働くことになったのだった。
「大学の方は大丈夫なの?」
「はい。通信制の大学ですしここは交通の便がいいですから」
心配そうに聞いてきた青年にあやめは笑顔で答える。青年はそうなんだ、と返すとキャスター付きの椅子に反対向きに座り串団子を1つ頬張った。
「かなた、あやめ君にこの町を案内してあげなさい」
白髪の男性は椅子に座り事務仕事に取りかかり始める。かなたと呼ばれた黒髪の青年は頷くと串に残った2つの団子を一気に口にいれてしばらく噛み、ペットボトル入りの水で流し込むとすっと立ち上がる。
「さ、いこっか」
あやめは笑顔を見せるかなたに多少驚きながらも口元についたアンコには突っ込まないでおこうと思った。
「さ、ここが僕たちの町、海鳴町。そして……」
「日本最後の安全圏、沖ノ鳥島メガフロート。人口約18万4000人、財源の殆どが観光産業で名産は……」
かなたの言葉を遮りあやめが言葉を続ける。横でむっとしているかなたに気づき、咄嗟に口を手で覆うがもう遅い。
「一度来てたんだった……まあいいや。でも1つ訂正させてもらうね」
かなたは一息つくとあやめをすっと見つめる。案内していたときとは違う真剣な表情を向けられたあやめの喉がごくりと鳴る。
「ここは、決して安全圏なんかじゃないから。じゃあ、次いこうか!」
かなたの視線と声にあやめは突き刺されたような感覚を覚え、かなたが屈託のない笑顔を向けてあやめの手を引くまで動くことが出来なかった。
あやめが夕凪で働き始めてから半月が経ち仕事に慣れ顔見知りも増えた頃、彼女はふと初日の出来事を思い出した。
―ここは、決して安全圏なんかじゃないから。
夕焼けを背景にした青年、虎目かなたの射殺すような眼とその言葉は半月経った今でも時々彼女の脳裏に浮かんでいた。特に、人々の平穏な生活を見たときには。
あやめはカウンセリング室の扉につけてある小さな猫を型どった看板の
openと書いてある面をひっくり返し
closeの面を表にする。この看板はカウンセリング室に親しみを持ってもらおうとしてあやめが不器用ながらも製作した物で、少し不細工な感じがいいと好評価を受けている。
「んっ…。」
窓から射し込む柔らかい夕陽と風を受けながらあやめは大きく伸びをする。ここに布団があるものならすぐにでも寝てしまいそうな雰囲気となり、つい欠伸が出てしまう。
欠伸を抑え仕事に取り組もうと椅子に座った瞬間、けたたましいサイレンが穏やかな空間を襲った。
「何…なんなの…?」
あやめは咄嗟に机の下に潜り頭を抑えて屈む。その刹那、彼女の目の前の壁が崩壊。2つの赤い目があやめをぎろりと睨み付けた。
「ネオ・リビング……」
ネオ・リビング。
あやめが震える声で呟いたその名は、今彼女の目の前にいる西洋の竜を連想させる姿をした生物の総称で、発生から瞬く間に生活圏を拡大し食物連鎖の頂点に立った人類を脅かす敵である。
カウンセリング室に飛来したネオ・リビング"エアライダー"は体を振るい瓦礫を払い落とすとあやめの様子を窺うかのようにじっと彼女を見つめると顎を横に開きジリジリと追い詰めるように接近する。あやめがぎゅっと目をつぶった瞬間、瞼越しに激しい光が数度輝き、彼女がゆっくり目を開けるとそこには息絶えたネオ・リビングと見知った顔の青年の屈託のない笑顔とVサインがあった。
「"スカウト"より報告、夕凪に飛来したネオ・リビングを撃破。要救助者も保護したとのことです」
白い髪の少女がひそりと横にいる黒髪の少女に報告する。団地のアパートの壁に沿って、2人の少女が罠として仕掛けてあるエサに食らいついているエアライダーの群れに接近していく。
「数は5。挟撃による殲滅を提案します」
白髪の少女は機械的に言う。
「そうね。私は右、あんたは左から。せーの!」
黒髪の少女の掛け声で少女達は罠の仕掛けてある広場を挟み込むように隠れていた建物から飛び出す。エアライダーの群れは慌てふためいたようにエサから離れ飛び立とうとするが既に遅く、少女達の得物をその身に受けていた。
「はあぁぁぁっ!」
白髪の少女はその小柄な身体に不釣り合いなポールアックスを袈裟懸けに叩きつける。鈍く銀色に輝く斧刃がエアライダーの甲殻を切り裂き、酸化して黒くなった体液を吹き出させる。
「せいっ!」
黒髪の少女は腰に下げている2本の鉈を鞘から抜き跳躍すると飛び立とうとするエアライダーの羽の付け根に叩きつける。4枚ある羽のうち前の2枚に損傷をうけたエアライダーはバランスを崩し墜落。その隙に黒髪の少女は腰の後ろに保持していた小太刀を抜刀、漸く立ち上がったエアライダーの喉元に体重をかけて突き込む。
残った3体のエアライダーは2人を排除すべき脅威と思ったのか1箇所に集まり顎を開いて、彼らを挟んで武器を構える2人を威嚇する。
「厄介ね……」
「ええ。群れをつくるタイプのネオ・リビングとはいえここまでの知能があったとは驚きです」
互いの背中を守り、円陣を組んだようになったエアライダー達を少女達が攻めあぐねいていると、黒髪の少女の耳に連絡用の無線が入ってきた。
「こちら"シューター"。援護射撃の用意が出来た。タイミングはそちらに任せる」
「流石我が弟、いいタイミングで来てくれたじゃない。射撃のタイミングは"ビタークッキー"でよろしく」
「了解姉貴、もとい"スラッシャー"」
黒髪の少女は指示をだすとエアライダーを挟んで対面にいる白髪の少女に向けて空いている左手を高くあげる。白髪の少女もそれに呼応してぐっと腰を低く落としてポールアックスを構える。
風が止む。
黒髪の少女が手を降ろす。
3度響く乾いた銃声。
縦横無尽に繰り出される斧刃。
吹き上がる血飛沫。
吠える白髪の少女。
惨劇のような時が過ぎ去り、黒い血溜まりの中の3つの骸の中心に白髪の少女は停止した兵器のように静かに佇む。自身の白い髪が黒く染まる程返り血を浴びた彼女に顔立ちの似た男女が駆け寄っていく。
「"スレイヤー"の名は伊達じゃないわね……」
黒髪の少女は若干引き気味にそう言った。
「はい。今はこれしか用意できなかったけど」
かなたは座っているあやめに紙コップに入ったコーヒーを渡す。
「ありがとう。頂くね」
あやめは礼を言うと目の前にいる青年を見上げる。長袖のシャツやジーンズ、過剰な程にポケットのあるベストなど全体的に黒を基調としたカジュアルな印象のする格好だが、関節部のプロテクターやポケットから姿を見せる無線機器の数々と一際目を引く肩にかけた銃から戦闘用の装いであることが素人目にもわかった。
「かなた君の言った通り、ここは安全圏なんかじゃなかったね……」
あやめはコーヒーを一口飲むと呟くように言う。
「そう……そうだよ。ここは決して安全圏なんかじゃない。安全圏とは真反対の最前線さ。ここが作られたのもネオ・リビングから本土を守るため。僕たち"イージス"をその名前の通り盾としてね」
「"イージス"?」
初めて聞く言葉に、あやめはコーヒーを飲む手を止める。
「端的に言えばヒトのネオ・リビングさ。遺伝子レベルでヒトとネオ・リビングを混ぜ合わせたヒトに似たモノ。人類を守る"盾"として造られた存在。
まあ、僕は少し事情がちがうけどね」
あやめに背を向け、かなたは淡々と話す。その頬に涙が伝っているのをあやめは見過ごすことはできなかった。
「かなた君!」
あやめはかなたの背中に抱きつく。飲みかけのコーヒーを振り捨て、何かに突き動かされるように。
「な! なに!? どうしたの!?」
かなたは突然訪れた温もりと柔らかさに驚き赤面する。
「あなた達イージスが人類の盾なら、あなた達を誰が守るの!?
だって……あなた達はまだ……」
あやめの叫びとも言える言葉が時折涙声になり、止まる。
「……あやめさんって優しいんだね」
かなたはふぅ、と一息つくと、そっと目を閉じた。
「えっーと……壁紅玉さんが"スラッシャー"でその弟蒼玉くんが"シューター"、式島翡翠さんが"スレイヤー"で……」
「そした僕が"スカウト"」
エアライダー来襲から二週間経ち、修復されたカウンセリング室兼自室であやめはキーボードを叩く。デスクワーク中の彼女の横にはかなたがデスクトップPCの画面を興味津々に見ていた。
「一度帰ったから二度と来ないかと思ったよ」
「ちょっと色々な手続きがあってね。少し戻ってたの。それに……」
「それに?」
「あなた達イージスを守る盾になるって、報告できたから」
あやめはどこか遠くを見つめるように天井に手を伸ばした。