スーパーロボット大戦//サイコドライバーズ   作:かぜのこ

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番外編「アーマラ日記」

 

 新西暦188年 1月9日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 イングが似合わぬことに日記などを書いているらしいで、私も始めてみることにした。

 

 “イージス事件”から幾ばくかの時間がたった。

 未来世界の者たちは、メイガス――ソフィア・ネートが最後の力を振り絞り、送還された。無論、ゼンガー・ゾンボルトもである。

 プリベンターは目的を果たし、解散。詳細は知らないが、それぞれあるべき場所へと帰ったのだろう。

 そして、ティターンズが崩壊して拠り所をなくした私は、現在月のマオ・インダストリー社で世話になっている。

 主にパーソナルトルーパーのテストパイロット紛いのことをして、日々を過ごしている。

 

 正直戦犯としてを裁かれることを覚悟していたのだが、いささか拍子抜けした。

 フォウ・ムラサメやエルピー・プル、プルツーなどの前例があるとはいえ、プリベンター――ロンド・ベルとはなんとも甘い組織だ。

 ……私としては不本意なことに、イングが同行している。肩書きと名目は「国際警察機構からの監視員」らしい。なんでだ。

 まあ確かに、そうでもなければ私は戦犯として連邦軍に拘束されてしまうのは間違いないだろうが……イングはいつ国際警察機構に渡りを付けたのだろう。あるいは、バルマー戦役の時点でコネクションを確保していたのかもしれない。

 

 現在、私たちがこのマオ・インダストリー社に留まっている理由は《エクスバイン・アッシュ》のオーバーホールと、これからの乗機を受領するためだ。

 未来世界から持ち込んだ《ガリルナガン》は調査の後、解体され、厳重に封印されることが決定している。これはSRX計画が凍結されたRシリーズにも同じことが言える。なぜか《アッシュ》はそのまま運用されるらしいがな。

 

 それで、「とりあえず乗っとけ」とばかりに《量産型ゲシュペンストMkーII》を与えられた。

 《ガリルナガン》は元より《ヒュッケバインEX》にも劣る機体だが、バルマー戦役以前から扱っていたので違和感はそれほどでもない。難点を言えば、SRX計画凍結のあおりを受けてTーLINKシステムが搭載されていないことか。

 ……《アッシュ》がオーバーホール中なことを幸いに、奴と同じ機体で模擬戦を挑んだが、あっさり返り討ちにされた。わかってはいたが、奴の技量は本物だ。

 

 あと、イングが「イング・ウィンチェスター」と改名した。自称だが。

 なんでも「いつまでもイーグレット呼ばわりされるのは我慢ならん」のだとか。

 しかし、未来世界から帰還し、戦場ではなく日常の中で接してわかったことだが、戦士としてのイングは真面目で勇ましく頼もしい限りなのだが、プライベートのイングは一言で言って……アホだ。ミーハーで、軽薄で、言動が一般人となんら変わりない。マシンナリー・チルドレン、人造人間という重い宿命を背負った人間だとはとても思えない男だ。

 先日もマオ社の女社長、リン・マオをナンパしてあっさりあしらわれていたし。

 あんな奴に対抗心を燃やし、あげく敗北した自分が情けない。なんというか、完全に毒気が抜かれた気分だな。

 

 

 

 新西暦188年 1月12日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 トレーニングルームで流した汗をシャワーで流し、食堂へ赴いた際「バルマー戦役のとき、お前は何してたんだ?」とイングに問われた。私の経歴を調べていて興味を覚えたようだ。

 この時代に帰還して後、国際警察機構の事情聴取で粗方のことは話したが、彼はもう少し込み入った経緯が知りたいらしく、あんまりしつこいのでしぶしぶ語ってやることにした。

 

 8年前の「一年戦争」で両親を失って孤児になった私は、念動力の素養に目をつけた特殊脳医学研究所に引き取られた。そのため、ケンゾウ・コバヤシ博士はもちろん、その娘でSRXチームのアヤ・コバヤシ大尉とも面識がある。イングラム・プリスケンとは直接の面識はないが、存在は知っていた。

 特脳研での日々は過酷で思い出したくもないものだが、さておき。彼らの最終目的である汎超能力者(サイコドライバー)たり得ないと判断された私は、連邦軍に半ば入隊させられることになる。およそ3年前、私が14歳の頃だ。

 それからは《量産型ゲシュペンストMkーII》を駆り、連邦軍の兵士として生きてきた。特脳研では連邦軍のパイロット養成機関「スクール」と同程度の訓練を受けていたし、失敗作扱いするものたちを見返すためにあらゆる努力は惜しまなかった。

 まあ、あの頃の私は相当荒れていたから上司にはだいぶ迷惑をかけたと今では思う。キタムラ少佐は、今も元気にしてらっしゃるだろうか。

 

 バルマー戦役当時、私が乗っていたネルガル重工の試作型戦艦《ナデシコ》は、ジュピトリアンの一派「木連派」と呼ばれる連中と主に戦っていた。

 ネルガル重工が独自に推進していた火星探査計画「スキャバレリプロジェクト」に、連邦軍からの監視役の一人として参加した私は紆余曲折あり、最終的にはメガノイドの反乱以来破棄されていた火星の極冠に隠されていたプロトカルチャー、先史文明の遺産を巡って雌雄を決した。時期的にはちょうど、ロンド・ベルが雷王星でSTMC駆逐作戦を敢行していたあたりだろうか。

 彼らは新西暦が始まって間もない頃、当時の連邦政府の不当な棄民政策により木星へと追われた者たちであり、後にやってきた木星の者たち、ジュピトリアンと結託して地球圏に侵攻してきた。

 木星の衛星に残されていた先史文明の遺産(これは《ナデシコ》の相転移エンジン等にも言えることだが)を解析して生み出した無人兵器(戦役当初はエアロゲイターと誤認されていた)や特機タイプの有人人型機動兵器、そして“ボソンジャンプ”と呼ばれる時空間転移の一種が彼らの武器だった。おそらく、エアロゲイター系のEOTも組み込まれていると思われる。

 戦争に敗北した現在は、一部が改心して連邦政府に組み込まれているものの、大多数は未だ姿を眩ましたままだ。新たな戦乱の芽になることは明白だろう。

 連邦政府はボソンジャンプについてあまり重要視していないらしく(フォールド技術の方が遙かに安全性、汎用性の高い技術だからだろう)、《ナデシコ》の連中が「演算ユニット」――ボソンジャンプの根幹を司る先史文明の遺産だ――を外宇宙に破棄したことについて罪に問うていない。これは、こちらに帰還してから私自身が調べてわかったことだ。

 

 イングは特に《ナデシコ》艦長のミスマル・ユリカと、コックから《エステバリス》パイロットに転身した変な奴、テンカワ・アキトの動向について聞きたがっていた。私は二人が軍を抜けたことしか知らなかったが、彼はどこか納得して様子だった。

 そういえば、バルマー戦役終戦までともに戦い抜いた《エステバリス》パイロット、ヤマダについて話したときに驚かれたっけ。フラグがどうのとしきりに感心されたが、あれはいったい何だったんだ……?

 

 

 

 新西暦188年 1月17日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 ここ数日、イングの姿を見かけていない。

 なんというか、訓練に張り合いがない。余りに気が抜けすぎて、《ゲシュペンスト》を使った実機試験のスコアを落としてしまった。

 ……我ながら、不甲斐ない。

 

 

 

 新西暦188年 1月22日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 イングが帰ってきた。

 彼は、元SRXチーム隊長ヴィレッタ・バディム大尉と見知らぬ男女四人を連れて、ふらりと現れた。

 私が事情を尋ねると、イングは笑って彼らを紹介した。

 クスハ・ミズハ――、汎超能力者サイコドライバーと目される少女。《龍王機》の操者。

 ブルックリン・ラックフィールド――、クスハ・ミズハの恋人であり、イングラム・プリスケンに見出された被検体の一人。《虎王機》の操者。

 リョウト・ヒカワ――、クスハ・ミズハと同等の強念を持つサイコドライバー候補。《ヒュッケバインMkーIII》のパイロット。

 リオ・メイロン――、リョウト・ヒカワのパートナーであり、実践レベルの念動力を持つ能力者。《AMガンナー》のパイロット。

 

 彼らは旧SDF艦隊ロンド・ベル隊の主要メンバーであり、イングの戦友たちだった。

 どうやらイングはヴィレッタ大尉に協力して、拘留されていた彼らを秘密裏に救い出していたらしい。曰わく「国際警察機構のエキスパートになるなら、これくらいできなきゃな」とのこと。

 

 4人の今後についてだが、リョウト・ヒカワ、リオ・メイロンがここマオ社で、クスハ・ミズハ、ブルックリン・ラックフィールドが日本地区で隠遁する予定だ。

 とはいえ、彼らの解放は軍上層部の穏健派、あるいは良識派と呼べる勢力の意向が絡んでおり、連邦政府からの本格的な追っ手というのはないものと思われる。

 あと、イングからは「クスハやリョウトを紹介したら問答無用で勝負を挑むと思って警戒してたんだが、お前案外冷静なのな」などと感心された。

 奴め、私をなんだと思っている。私が勝ちたかったのは“最強の念動力者”であり、他の者などどうでもいいのだ。

 

 

 

 新西暦188年 1月24日

 地球圏、月 コペルニクス

 

 休日というわけではないが、外出が許可された私たちは自由都市コペルニクスに訪れた。

 短い間とはいえ軟禁されていたクスハらも、羽を伸ばしていたようだった。だがイング、「トリプルデートだな」じゃないぞ。

 

 私の銀行口座は凍結されてしまっていたため、マオ社の方から与えられたお金(テストパイロットの給金らしい)で私服や細々とした小物類、生活必需品を買い求めた。

 イングは月限定カラーの《ヒュッケバインEX》のプラスチックモデルを買い、ことさら喜んでいた。

 期限のすこぶるいい奴からお裾分けだと同じものを渡されたのだが、これどうしよう? ……捨てるのももったいないし、作ってみるかな。

 

 

 

 新西暦188年 1月27日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 今日は一日医務室の世話になった。クスハが持ってきた自作の健康ドリンク(とは言いたくないが)が原因だ。

 「案外悪くない」というイングの言葉を信じた私が馬鹿だった。

 奴の味覚、特に甘味に対する感覚はどこかおかしいからな。いや、私もスイーツは好きだぞ?

 

 

 

 新西暦188年 1月31日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 今日、クスハとブルックリンが日本に旅立つ。

 リョウトとリオ、イングは別れを惜しんでいた。……もちろん、私も。

 戦いは私たちに任せ、平和に暮らしてほしいと思う。

 少ししんみりとしてしまったな。我ながら似合わない。

 

 

 

 新西暦188年 3月5日

 地球圏、月 マオ・インダストリー社

 

 この日記を書くのもずいぶん久しぶりだ。サボっていたわけではない、日記帳が手元になかっただけだ。

 

 試作兵器の試験のために降りた地上にて、《量産型ゲシュペンストMkーII》と《量産型ヒュッケバインMkーII》で模擬戦をしていたときのことだ。

 不可思議な光に包まれた次の瞬間、広がっていたのは見知らぬ光景……。

 地底世界ラ・ギアスに召喚された私とイングは、運良く遭遇することができたマサキ・アンドーら現地の人間と協力して、ラングランシュテドニアス間の動乱――“春秋戦争”を鎮めるために尽力した。

 私たち以外にも、現ロンド・ベル隊のメンバーや兜甲児ら極東地区の特機乗り、さらにはラ・ギアスと同じ地球のインナーワールドであるバイストン・ウェルからショウ・ザマらが呼び寄せられている。

 また、同じくラングランの一員として別の場所で戦っていたリューネ・ゾルダークや、経緯は省略するが蘇ったシュウ・シラカワにも地上人が協力していたようだ。

 

 余談だが、イングはイージス事件の時点でセニア・グラニア・ビルセイアに、ガンダムもといヒュッケバイン顔の超魔装機《デュラクシール》開発の協力を約束しており、代償に「ラプラスデモンタイプコンピュータ」を《アッシュ》に搭載することを求めていたらしいが、肝心の《アッシュ》を持ってきていないために泣く泣く諦めている。いい気味だ。

 代わりにマサキからエーテル通信機なるものを預けられている。「妙なことで呼び出すなよ」と釘を差されてもいた。

 しかし、私にはこれが厄介事の種にしか思えないんだが。

 

 

 

 新西暦188年 3月10日

 極東地区、上海 梁山泊

 

《アッシュ》のオーバーホールが終了したことを受け、私たちは再び地上に降りた。

 テストパイロットをした礼だろうか、私はマオ社から「ゲシュペンスト強化改造計画ハロウィン・プラン」により先行量産された《量産型ゲシュペンストMkーII改》を与えられた。カラーリングは《EX》と同じにしてもらった。

 現場からの意見で強化された機体とあって悪くない性能だ。もっとも、ハードポイントによる換装機能はタイプN以外使わないだろうがな

 

 無茶が祟ったからだろう、《アッシュ》のオーバーホールは予定の期間を大幅に越えてしまった。制作を担当したマーク・ハミルとロバート・H・オオミヤの両氏によれば、現状のままの《アッシュ》では早晩追随性の性能限界に達するそうだ。

 すでにイングの念は通常のTーLINKシステムでは受け止めきれず、イージス事件後半での《アッシュ》は常時リミッターのないウラヌス・システムで機動していた有様だ。

 だが、念動力の権威であり、特脳研出身の私とも浅からぬ縁のあるケンゾウ・コバヤシ博士は現在、SRX計画凍結とイングラム・プリスケンのスパイ活動の影響で連邦軍に危険視され、軟禁されてしまっている。故に、TーLINKシステムの根本的な改良は難しい。

 暴走の危険性のあるウラヌス・システムに頼らざるを得ないイングはしかし、「とりあえず、だましだましやるさ」とあっけらかんと言い放った。恐れというものを知らないのか。

 

 さておき、今後私はイングとともに国際警察機構のエキスパートとして、平和維持活動に従事することになっている。

 侵攻が下火になったとは言え、地下勢力の大多数は健在であり、さらにはジオンの残党やBF団を始めとした人類勢力も蠢動している。ビアン・ゾルダーク博士が残した言葉、「人類に逃げ場無し」という状況は未だ続いているわけだ。

 私とて、この星の平和のためにバルマー戦役を戦い抜いた連邦軍の兵士だ。地球人として、命をかけるのもやぶさかではない。イングとコンビを組まなければならないというのは不本意だが、な。

 

 

 

 新西暦188年 3月13日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 エキスパートになるための試験を受けた。

 諜報活動についての基本的な訓練は受けていたから、知識実技ともに問題ない。純粋な戦闘能力にしても、シングルアクションの大型拳銃、いわゆるデザートイーグルを二挺を使った生身でのCQCを披露して認めさせた。

 「デザートイーグルでガン=カタとか、ハリウッド映画みたいだな」とイングが感想をこぼしていた。まったく失礼な言いぐさだ。念で銃弾の軌道を曲げられるアニメーションのようなお前にだけは言われたくない。

 ともなく、これで晴れて私もエキスパートというわけだ。

 

 

 

 新西暦188年 3月17日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 同僚となる草間大作と銀鈴と挨拶した。

 確かに銀鈴は同性の私から見ても美人だが……鼻の下を伸ばすな、馬鹿者。

 

 

 

 新西暦188年 3月20日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 風の噂で耳にはしていたが、国際警察機構の特A級エキスパート、九大天王の身体能力は異常だ。そのライバルたる十傑集が、生身でMSやPTを破壊するというのもあながちホラというわけでもなさそうだ。

 だが、その特A級エキスパートと同等に動けるイングはさらにおかしい。「オレって、マシンナリー・チルドレンだから」じゃないぞ。

 訓練施設で、廃棄寸前の《ジムII》をビームサーベルらしきものでバラバラにしていて絶句した。どうなってるんだ、アイツは……。

 

 

 

 新西暦188年 4月20日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 全ての訓練課程を終えた私とイングは、明日国際警察機構のエキスパートとして初の任務に出る。

 すでにA級エキスパートとされたイングに与えられた識別コードは「101(ワンゼロワン)」。国際警察機構の長官、黄帝・ライセが決めたのだという。

 特別扱いに思うところがないではないが、奴の超能力は反則的であることは間違いない事実だ。ただし、デスクワークや本格的な諜報活動は得意ではないようだから、私がフォローしてやらねばならないだろう。

 まったく、手の掛かる奴だ。

 

 

 

 新西暦188年 5月16日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 久々に梁山泊に帰ってきた。かれこれ約1ヶ月ぶりか。

 私とイングに課せられた最初の任務は、「旧SDF艦隊ロンド・ベル隊メンバーの追跡調査」である。

 ロンド・ベル自体はブライト・ノア中佐とアムロ・レイ大尉を中心に再編されたが、軍を抜けた者たちも少なからずいる。解散したリガ・ミリティアのメンバーなどが代表例だな。

 今回我々が動向を調査・特定した中でも特筆すべきなのは《ガンダムF91》のパイロット、シーブック・アノーとそのガールフレンド、ベラ・ロナことセシリー・フォアチャイルドだ。

 二人はなんと、壊滅したクロスボーン・バンガードの残党と結託して「宇宙海賊クロスボーン・バンガード」なる組織の首魁に納まっていた。なんでもジュピトリアンの背後にあった存在、「木星帝国」について独自に調査、抵抗しているのだという。

 木星帝国――、ジュピトリアンの残党というだけではなさそうだな。あるいは木連派の連中を取り込んでいるやもしれん。

 世間がようやく落ち着いたと思ったらこれか。まさに「人類に逃げ場なし」、だな。

 

 

 

 新西暦188年 5月20日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 月のマオ社からロブ(本人からそう呼べと言われた)がやってきた。

 《アッシュ》の改良の目処が立ったという。内容は秘密だと勿体ぶってはぐらかされたが、アナハイム・インダストリーの協力が必要だとももらしていた。

 改良にはイングの意見も取り入れたいとのことで、いろいろと話し合っていた。

 国際警察機構の科学部門主任、ヤン・ロンリーに《アッシュ》の資料などを渡し、ロブは去っていった。今度は北米のテスラ研に寄るのだという。慌ただしいことだ。

 

 

 

 新西暦188年 6月3日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 SRXチームのヴィレッタ大尉と面会した。

 彼女、というか拘留されていたSRXチームはすでに保釈され、独自に任務に就いているらしい。詳細は機密に抵触するためだろう、教えてくれなかった。

 先日ロブの言った「《アッシュ》改良の目処」というのは、あるいは解放されたであろうコバヤシ博士の協力に寄るものかもしれないな。

 

 しかし、未来世界でプリベンターに合流してから感じていたことだが、どうもヴィレッタ大尉は私に気を使ってくれているようだ。

 「ここで仕事には慣れた?」とか、「困ったことがあったら相談しなさい。力になるわ」とか。……悪い気はしないが、理由がわからないのはちょっと不安だな。

 

 

   †  †  †

 

 

 地球。とある地区、とある都市。

 ありふれた繁華街。ビルとビルの合間に広がる深い社会の闇に、邪悪な意志が蠢く。

 ――それを打ち砕くことができるのは、同じく闇に住まう正義の使者たちだけである。

 

 

 奇妙な覆面を被った黒服の男たちが、二人の男女を包囲している。どちらも端正な目鼻立ちだが、未だ幼いと言って差し支えない年齢の少年少女だ。

 ゆったりとした黒いクロークを身につけた銀色の髪の少年は、不敵な笑みを浮かべて右手に不可思議な翠緑の刀身の剣を持つ。

 肢体のラインが浮き出た黒いスーツを身に着けた桃色の髪の少女は、両手に可憐な容姿に不釣り合いなほど無骨な拳銃を携えている。

 閃く剣光、響く銃声。

 少年と少女は、怪人たちを軽々と叩きのめしてしまう。

 

「ったく、雑魚が群がってウザったいな」

「真面目に戦え、イング」

「わかってるって、アーマラ」

 

 両手の大型拳銃を交互に繰り出し、淡々と怪人たちを無力化する少女に窘められて、光子剣で弾丸を切り落としていた少年は肩をすくめる。

 そして、唐突な衝撃波が辺りに巻き起きた。

 

「行け疾風(かぜ)の如く、宿命(さだめ)の戦士よー、ってね」

 

 少年はおどけた言葉を残し、恐るべき素早さで駆け抜けて怪人でバッタバッタとなぎ倒していく。

 総勢数十人いた黒服の男たちは、瞬く間にその数を減らしていた。

 

「さっさと帰って、積んでるプラモの山を崩したいぜ」

「だから真面目にやれと……まあ、同意だがな」

 

 リーダー格らしき男が青ざめた顔で呻く。

 

「クソッ、おのれワンゼロワン! またしても我らBF団の野望を邪魔するか!」

「そんなありきたりなセリフしか吐けねーから、お前らはいつまでたっても三流なんだよ」

「私を軽視するその態度、気に入らないな」

「くっ、こうなれば!」

 

 二人に言い返されたリーダー格の男が懐から取り出したスイッチを入れると、蛇型のロボットが轟音とともに都市部に現れる。

 

「おお? 怪ロボか? お約束のパターンだな」

「イング、コイツらは私が片付けておく。あれはお前が処理しろ」

「合点!」

 

 少女の提案を受け入れ、少年は一歩前に進み出る。

 

「コール・ヒュッケバイン!」

 

 腕時計型通信端末が彼の音声と念を関知し、指令を発する。少年の強大な念に感応して、騎士の姿をしたパーソナルトルーパー――《エクスバイン・アッシュ》が国際警察機構の格納庫から念動転移した。

 着地により巻き上がる土煙。少なくない振動が大地を揺るがす。

 テレポーテーションにより《アッシュ》のコクピットに収まった少年は、対峙する怪ロボとBF団のエージェントたちに向けて高らかに名乗りを上げる。

 

『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せとオレを呼ぶ! 悪党ども、聞くがいい! オレは正義の戦士、エクスバイン・アッシュ!!』

「はぁ……言ったそばからこれだ。仕方のない奴だな――ん?」

 

 残った数名の怪人が包囲を狭めていることに気づき、少女は怪訝な顔をする。

 いやらしい視線と不快な思念を感じ、わずかに眉をしかめられる。

 

「なんだ、貴様ら。まだ抵抗する気か?」

「馬鹿め、ワンゼロワンが居なければこっちのものだ。お前を捕らえて、奴諸共一網打尽にしてくれる」

「フゥ……馬鹿はどっちだ、戯け」

 

 鋭い銃声が夜闇を切り裂き、四人の怪人が一瞬のうちに倒れた。

 恐るべき早撃ちであり、また正確無比な射撃だった。

 

「嘗めるなよ。私とて国際警察機構のA級エキスパート、貴様らB級C級の雑魚どもなどものの数ではない」

 

 シニカルな冷笑を浮かべ、少女は冷徹に言い放つ。

 

「さあ、私に出会った不幸を呪え!」

 

 

 

   †  †  †

 

 

 新西暦188年 8月25日

 極東地区、上海 梁山泊

 

 イージス事件から、半年以上の時間が経過した。

 思い返せばいろいろあったけれど、私の国際警察機構のエキスパートとしての活動は順調だと言えるだろう。

 

 因縁のBF団とはもちろん、ティターンズ及びジオンの残党やテロリスト、未だ全容の見えない「ゼーレ」、世界経済を影から牛耳る「ドクーガ」、最新兵器を紛争地域にばらまく国際犯罪組織「バイオネット」、暗躍するジュピトリアン木連派の残党「北辰集」と「火星の後継者」など、数々の秘密結社や犯罪組織との暗闘を繰り広げてきた。

 そういえば、イングが過剰に反応していた敵対組織があったな。たしか、「鉄甲龍(ハウ・ドラゴン)」という名前だったか。

 

 その鉄甲龍の下っ端と交戦した後、イングは頭を抱えて唸っていた。

 さらに熱心に調べ物をしていたようなので、こっそりイングの部屋の端末を調べてみた。「西園寺実」「宇宙科学研究所」「クライン・サンドマン」「フィッツジェラルド」「コスモクラッシャー隊」「ムルタ・アズラエル」「陣代高校」「竹尾ゼネラルカンパニー」などの検索履歴が残っていた。

 政財界の大物だったり、日本お馴染みの研究施設だったり、連邦軍の一部隊であったり、しまいにはハイスクールに零細企業まで。脈絡がないとはこのことか。

 また、国際警察機構のIDで連邦政府の戸籍を調べた形跡もあった。「神勝平」「相羽タカヤ」「真道トモル」「早瀬孝一」「飛鷹葵」「ツワブキダイヤ」ほか多数。こちらもやけに具体的である。

 ヒットしたものもあれば、そうでないものもあったが、この意味不明なラインナップに何の意味があるのだろう。

 

 

 約半年間の活動で起きたいくつかの事項を、まとめる意味も込めて特筆する。

 テンカワ・アキトとミスマル・ユリカを保護した。 

 自在にボソンジャンプを可能とする「A級ジャンパー」の二人は、木星帝国の一派と思われる「火星の後継者」にシャトル事故に偽装して誘拐され、惨い人体実験を受けていたようだ。

 イングは以前から二人の動向に注視していたようだが、一足違いで攫われてしまったことを酷く後悔していた。私も少なからず世話になったものたちだ、

 

 大量のナノマシンを全身に注入されたテンカワ・アキトは、互換の大半を失った。回復の目処は今のところ立っておらず、機械で身体機能を補っている。

 また、ミスマル・ユリカは密かに回収されていた演算ユニットの人間翻訳機として組み込まれかけるも、敵拠点にイングのテレポーテーションによる奇襲をかけて奪還されている。もっとも、演算ユニット自体は回収も破壊もできなかったがな。

 現在二人は友人らにも連絡を絶ち、国際警察機構に所属してネルガル重工の協力の下で火星の後継者を追っている。リハビリもそこそこにこの処置を希望したテンカワは、危うい様子で「夢を奪われた復讐だ」と漏らしていたが、ミスマル艦長が側にいるのだから無茶はしないだろう。

 ちなみに二人、まだ籍は入れていなかったようだ。

 

 

 イングが一時、行方不明になった。

 オリハルコンとラプラスコンピュータを譲り受けるためにラ・ギアスに向かった後、1ヶ月ほど行方知れずとなった。

 

 ラ・ギアスには連絡もできず、短いが濃いつき合いで奴がそう簡単に死ぬことはないとわかっていても、だいぶ気を揉んだ。認めたくないが、私はイングの安否がとても心配だったのだ。

 だから、何事もなかったかのようにひょっこり戻ってきて「ようアーマラ、今帰ったぜ」といつもの調子で挨拶されたとき、思わず全力で殴ってしまってもバチは当たらないだろう。むしろ正当な権利だ。

 行方不明の間のことを本人に聞いても「ちょっとテレポートミスって無限の楽園に」と要領を得ない返答しか帰ってこない。さんざん心配したこちらの身にもなってほしいものである。

 

 

 国際警察機構とBF団との決戦が勃発した。

 詳しい経緯は割愛するが、それによりパリは甚大は被害を受け(その際、現地の対特殊犯罪対策組織「シャッセール」と共同した)、さらには国際警察機構、BF団双方ともに人員の大半に命を失った。九大天王及び十傑集にも少なくない犠牲者を出している。

 向こうはともかく、こちらはお陰で人手不足に拍車がかかり、他の犯罪組織への対応には苦慮している。私たちは、お前たちだけの相手をしてやるほど暇なわけではないのだぞ。グチりたくもなる。

 

 幸い、草間大作と銀鈴は無事であり、今も地球のどこかで平和維持活動に従事しているだろう。

 

 

 さておき、私たちは新たに建造された実験艦《ナデシコB》に同乗して久々にソラへ上がり、月のマオ社に向かう。

 目的はようやく形になった《アッシュ》の改修と、それに併せて与えられる私の新しい機体の受領だ。さらには、不穏な動きをする月の過激派将校たちに対する牽制の意味もある。

 《ゲシュペンストMkーII改》も悪い機体ではないが、やはりいろいろ物足りなさは感じていたので楽しみだったりする。

 

 宇宙では、イージス事件以来姿を眩ましていたクワトロ・バジーナ……いや、シャア・アズナブルが「ネオジオン」の総帥として決起したという。

 地上も、地底勢力の侵攻が激しくなってきた。海底遺跡「オルファン」を根城とする「リクレイマー」もオーガニック・マシン、アンチボディで地上に混乱を起こしている。

 また地球圏が騒がしくなってきた……遠からず、大規模な戦争が勃発するだろう。今度のそれは、バルマー戦役と同じかそれ以上に激しいものになる……そんな予感がする。私の微弱な念動力でも予知できるほどの混乱だ。

 だが、何者が相手だろうと私のやるべきことは大して変わらない。

 未来世界でイングに救われ、朽ちることなく生きながらえたこの命を、地球の、私たちの故郷のために使おう。

 イング流に言うなら、邪念を撃ち抜く一発の銃弾として――


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