美しい桃色の髪を風に靡かせ、寒気がするほどに穢れのない瞳を彼女は星々へと向けている。常人には見えない何かを映し出す瞳は、心なしか頼りなさげに揺れているようだ。
後に戦国の世を生き残り、天下泰平を築く者。徳川イエヤスである。
彼女は邪馬台国の姫であり、天照大神とも呼ばれる卑弥呼の生まれ変わりであり、星詠みに長けているのだが、その潜在能力の一端をも彼女はまだ引き出せてはいない。今の彼女に出来るのは、この先の時代の揺れ動きを見ることだけ。それでも十二分に驚異的な能力ではあるが、卑弥呼の能力が覚醒することが起こり得るならば、神をも凌駕する魔力を有するであろう。
「……やはり、もう時間はないのですね」
誰にともなく呟いて、彼女は星から一時も目を離さずに背後に傅(かしず)く者達へと、穏やかに声を掛ける。
「申し訳ありませんが、どなたか文を書くので手を貸しては頂けませんか?」
「はっ、恐れながらわたくしが」
「……えっと、その……あまり畏まらなくても」
神を崇め奉るかのような各々の態度に、彼女は困惑してしまう。なぜ彼女達がこんなにまで自分を崇拝するのか、まったく理由がわからなかった。
「いえ、わたくし達は徳川家の刀。イエヤス様の為ならば、この些末な命、いつでも捧げる覚悟が出来ております」
「と言われましても……」
面を上げてくださいとイエヤスが言っても、頑として面を上げてはくれない面々にため息を吐く。
仕方ないと彼女等の態度を変えることを諦め、早急に取り掛からなければならない事に集中することに。
「早く皆に伝えねばなりませんね……覇道を歩む者達が来訪すると」
なぜこの時代、この世界にそのような者達が現れるのか……昨日、突如としてイエヤスの手の内に現れた桜色の宝玉。それと関係があるのかもしれない。何より、宝玉が現れると時を同じくして現れた、もう一つの異変。関連がないとは思えなかった。
宝玉が現れてすぐの事、大広間に宝玉とは別の異変があった。
浅葱色の羽織を身に纏い、炯々たる光を双眸に宿した四人。その四人が静かに何もない空間から舞い降りてきたのだ。
彼女等はイエヤスを眼にすると、すぐさま膝をついて頭を垂れ、勝手な御前の拝借に謝罪したのだった。イエヤスとしては、どのような事態なのか知ることもないのに、切腹までしそうな彼女等……目下の悩みの種の一つである。なんとか切腹を止めると、今度は忠義を尽くさせて欲しいと申され、渋々ながらも彼女等を傍に置くことに。
だが、イエヤスは今宵の星詠みにより、傍に彼女等を置くことは間違いではなかったと確信する。
背後を振り向いて、傅く女性達に声を掛ける。
「では、近藤さん。早急に皆に文を届けますので、ついて来て下さい」
「はっ」
新選組局長、近藤勇は誇らしげに応え、イエヤスの命に覇気を宿した返事をする。
そんな彼女に苦笑して、彼女はもう一度星々へと目を向けた。
「それと、土方さん、沖田さん、斎藤さん……今より少し後に何者かの襲撃があります。それで、大変厚かましいのですが、現在私について来てくれる兵達だけでは、その……彼女達の命を無駄に散らせてしまうでしょう。それもこれも、不甲斐ない将である私の責任なのですが……」
「何をおっしゃります!イエヤス様に責などありはしません!貴方様の為なら兵達も喜んでその命を」
近藤の言葉を、イエヤスはその肩にそっと手を置くことで遮った。彼女の言葉は主としてとても誇らしいものではあるが、同時に心を切り裂く刃でもあった。
「散って喜べる命などどこにもありません。近藤さん、貴方の忠義は嬉しいですが、私は皆の命を無駄に散らせたくはないのです。この乱世で世迷言と笑われる事でしょう。ですが、命を粗末にするなど、ましてや私の為に散らすなどあってはならないのです」
一人の武将として、彼女の考えは甘えた考えだろう。だが、その慈しみに溢れた言葉に近藤は反論など出来はしなかった。なぜなら、それが本心からの言葉であると理解出来てしまったから。もし叶うならば、生きている間に彼女に仕えたかったと、目頭が熱くなる思いだった。
「申し訳、ありません」
「いえ、それでですね、貴方達の手を貸して欲しいのです。私を信じてくれる民の為、どうかそのお力で民をお守り頂けませんか?あ、命令ではないので断って」
「我ら新選組、喜んで徳川イエヤス様の刀となりましょう!」
「早いです!?」
悩む時間すら惜しいというような返答に、イエヤスは二度目の溜息。
この先に待つ戦と、彼女達の意味不明な厚い忠義、その二つの板挟みの中小さく彼女は『助けて下さい、お姉さま』と、今は近くにいない今川ヨシモトへと救いを求める。
これが、この世界への最初の来訪者、近藤勇、土方歳三、沖田総司、斎藤一と、徳川イエヤスとの邂逅であった。
「え?なにこれ?ちょっと思考回路ショート寸前とか歌っちゃいそうなんだけど」
銀髪の天然パーマは寝癖かどうかの判断が出来ず、死んだ魚の目は寝起きの所為かも判断に困る、その風貌からしてやる気を根こそぎ落としたような男が、一振りの刀を手に呆然と立ち尽くしていた。
目の前には数千の兵が声を高らかに上げて目の前の敵に斬りかかり、飛び交う砲弾と弓矢に苦悶の声を上げ、ドミノのように倒れていく。それは正に合戦の真っただ中であり、それ故に男の存在は場違いの雰囲気をこれでもかと醸し出していた。端的に言えば目立ってしょうがない。
この世界名物、武田シンゲンと上杉ケンシンの犬も食わぬ喧嘩である。事ある毎に喧嘩をするため、あ~はいはい、いつものいつものと、他の武将達からは放置されているほどに、毎度行われる合戦だ。
男は起き抜けのような顔でなぜこうなったかの経緯を順繰り思い出す。
(あ~、なんか起きたらいきなりどっかの陣内にいたんだよな確か)
無一文で見ず知らずの世界に放り出された彼は、運良く気前の良い大将の世話になった。確か名前は武田シンゲンと言ったような気もすると、全く信じていない情報。なぜなら、彼の知る武田信玄は男であって女では決してないのだから、信じないのも仕方ない。
戦の最中、彼を世話してくれた彼女のなんと豪気な事か。見も知らぬ他人を多少警戒するに留めて、貴重な兵糧を与えてくれるなど、普通の武将なら有り得ない。
(そんで、なんだっけ?しこたま酒を呑まされて……ああ?なんか言ってたような気もするな。飲み比べに負けたらなんとかかんとか。あれだ、俺の為に酒池肉林を味合わせてやるとか、ハーレム王に君はなれとか、そんなイチゴ牛乳を和三盆で固めたような事を言っていたな。うん。そんな気がする)
などと妄想の類は置いておいて、真実は異なる。彼女は彼が負けたら、明日の戦に手を貸せと言っただけである。その段階ですでに記憶もあやふやなほどに酔っていた彼に、女子(おなご)に負けるのが怖い臆病者か?と挑発されてその誘いに乗り、彼はそのまま夢の中。彼女はその様子を満足気に見下ろして笑っていたのだ。そもそもシンゲンは彼を一目見た段階で、歴戦の猛者であることは察しがついており、尚且つ異世界からの訪問者が多数現れているという情報も得ていた。そして、数多くの勢力が彼らの能力を欲して動いていることも。それは一重に卑弥呼の生まれ変わりである徳川イエヤスの星詠みで、異世界から来た彼等の存在の重要性が語られた為だ。彼女の星詠みが的を射ないことなど今までなかったのだ。ならばこそ、彼女が口にした『覇道を歩む者達』という言葉は無視出来るものではない。
各武将はその彼女の言に重きを置いて、我先にと異世界からの来訪者を探していたのだ。全ては民が苦しむ事のない国を自分の手で勝ち取る為に。
そんな彼女の意思を汲み取ろうともせず、鼻を穿って股を掻くこの男を人は、戦わない天パはただの高木〇ーと呼ぶ。
そうしてしばらく戦場を眺めていると、合戦の中心で一際派手に兵が飛んでいる。いや、物理的に放物線を描いて飛ばされている。その原因は言わずもがな、彼が営む万事屋の看板クラッシャー、鼻くそ姫、ゲロくそ姫、他にも多数のヒロインらしからぬ二つ名を恥じることなく持つ女の子。神楽というエセチャイナ娘だ。
「おら、おめぇら!姉御の道に転がってんじゃねぇぞごらぁ!げははは!」
嬉々として媚び諂う声が戦場に響く。権力に従順な少女は、少女らしくない価値観と振る舞いと暴力で、シンゲンの進む道にいる石ころを蹴飛ばしていく。
あまりに順応力が高過ぎる神楽を、公園の砂場で遊ぶ我が子を見るような目で眺めながら、彼は隣の存在に声をかける。
「おいおい、ぱっつぁん。誰もこんなファンタジーに飛び込みたいなんて頼んでねぇんだけど。どちらかといえば、いちご百パーとか?とらぶりたいんだけど。つうかもうこういうの飽きてんだよ民衆はよ!延々と人に愛される伝統芸能と違って、俺達は吹けば飛ぶような紙芝居なんだよ。もう絶滅した紙芝居おじさんなんだよ。こういうのは俺等に求められてねぇって気づこうぜマジで。こんなファンタジーはワンピとかに任せときゃ良いじゃねぇか!そうだろ、ぱっつぁん?」
「いえ、あの……それよりもっと他に言う事ないですか?」
「ねえよ、俺の中にはもう何も残ってねぇよ。最近のマスコミみてぇに、大したことでもねぇ細かいことを、面倒臭ぇメンヘラみてぇに捏ね繰り回さねぇっつうの。特にあれな、すも」
「はいアウトーーーーッ!今言おうとしたやつ、今現在一番口にしたら危ないやつッ!あんたはプロローグから退場する気ですか!?」
「あん?ぱっつぁん、まだわかってねぇのかよ。映画はな、始まってすぐの予告がクライマックスなんだよ。本編より面白く見せるあの本気度合いに大人は感動して、あとは全てエピローグだ。本編なんて初めから存在してねぇんだよ。予告に喰われて、そんなでもなかったわぁとか言われるわけだ」
「起承転結を勉強し直して来て下さい!実写化されたばかりなのに、確実に映画業界を敵に回してどう……じゃない。そうじゃありません銀さん。あるでしょ、他にほら」
隣でやたら何かをアピールする眼鏡こと志村新八は、雇い主の坂田銀時に早く気づけと催促をする。
「…………ああ、そういえばぱっつぁん」
「そうです、やっと気づいて」「フレーム曲がってんじゃねぇか、お前の息子みたいにアウトロー一直線なレベルで」「なんでだぁーーーーーーーーーーー!!!!」
あまりの仕打ちに彼は身悶え……いや、レンズ悶えする。
「そうじゃなくて、僕これだけなんですけど!僕の息子どこにもいないどころか、親すらいないでしょうがッ!」
そう、傍から見れば銀時と宙に浮く眼鏡が会話をしているという、世界不思議探検でも探検出来ない不思議がそこにはあった。
「何言ってんだ新八。お前の息子ならここにちゃんといるじゃねぇか。これが息子達の家で、こいつが息子達が渡る天橋立だろ」
「それ鼻当てとフレームッ!!全世界の眼鏡男子に謝罪会見しろおおぉぉぉッ!!」
「うるせぇな。もう良いじゃねぇかお前はそれで。世界的に需要あるよその姿。シャープな線が大人の色気漂わしてるもん」
「んなわけあるかッ!これで喜ぶのは仕事量が減る僕等の神のあのゴリラだけ!」
そんな二人のやり取りにすぐ隣から息を吐く何者かがいた。黒の隊服に帯刀、帯マヨをしているその人物は、煙草に火を点けて深く息を吐いていた。
「お前等、本当にこの状況分かってんのか?」
「それこそ俺はおたくに言いたいね。大丈夫なのトッシー?この時代にマヨネーズなんてねぇけど、禁断症状で死ぬんじゃねぇの」
「うるせぇ、なければ作りゃあいいんだよ。クック先生舐めんなよ」
「すでに予習済みなんですか」
「それよりもだ、こんなとこで足止め食らってる余裕ねぇだろ。一刻も早く元の世界に戻る方法を探すべきじゃねぇか」
元の世界か……と、今は遠い故郷の風景を思い出していく。
ダークマター製造機に、ドМストーカーに、酒癖クソ太夫……その他の害を多大に及ぼすアホ共全てが走馬灯のように流れていき……
「いや、探さなくていいだろ。つうかむしろこっちのが平和だわ、うん」
「ちょっと!何を血迷ってるんですか!」
「いや、だってよぉ、お前だって道場の再建とか設定なくなってるようなもんだし?戻ったところでお通ちゃんにナニを通せるわけでもねぇ。ならいっそこっちでナニを通せる相手を見つけた方が幸せじゃねぇか」
「通すモノが残ってないんですよッ!このままじゃあ、志村家が途絶えますから!」
「まあ、そうなる可能性が高いかもなぁ……お妙の唯一の希望のゴリラがあの様子じゃあな」
二人が戦場にもう一度目を向けると、土方は口元を引くつかせて煙草を踏み潰す。
二人の視線の先では、槍を自由自在に操るセクシーな女性の隣で、彼女を守るように刀を振るう猿人ことゴリラがいた。
「お前等ぁーーーー!ケンシン様には指一本触れさせんぞぉッ!!」
なぜだろうか、いつもの職務中よりも真剣な模様。まるで志村妙をストーカーしている最中の本気モードのようだ。
「なに、どうしたのあれ?ていうか、この世界には徳川だっていんだろおい。お前等真選組じゃねぇの?なのになんで上杉の下にいんだよ。将ちゃんへの裏切りだよなぁこれ」
「そういえばそうですよね。歴史上、新選組は尊皇派ですから、徳川の刀となって戦に加わっていたはずですし」
正確には会津藩平容保公の部下という位置づけであり、その会津中将様がいかなる事があろうと、徳川幕府に忠義を尽くすという方針であったためという事情もある。
「なるほどなるほど~、へぇ~、ほぉ~。なに君達?徳川家康様がいらっしゃるのにぃ、上杉ケンシンの下についたのぉ?士道不覚語じゃねぇの?」
にやけ顔で下から覗き込む銀時を、危うく土方は刀で斬りつけそうになり、渾身の忍耐でなんとかその殺意を抑え込む。
「うるせぇッ!んなことは俺だって近藤さんに忠告してんだよッ!だが、近藤さんがな……」
土方がこちらの世界へ来た経緯について説明を始めると、銀時はへ~、ああうん、それな、あるある、マジないわぁ~と適当な相槌で聞き流し始め、新八に至っては表情がまるで読めないまま。それでも業火の中を我慢するジャンヌダルクのような気持ちで、土方はめげずに話を進めていく。
どうやら、近藤がこの世界で目覚めた時、彼は全裸で道端に立ち尽くしていたらしく、それにぎょっとした浪人が近藤を切り捨てようとしたのだ。さすがの近藤も着る物も着ずの状況では何も出来ず、最後の瞬間お妙のドS笑顔とダークマターを瞼の裏に浮かべていたのだが、そんな絶体絶命を通りすがりの上杉ケンシンが助けたらしい。
「へぇ~、それで近藤さんは恩を感じて彼女の下に?」
「いや、そうじゃなくてな」
助けられた近藤だが、彼は女性に見せるような恰好ではなく、普通なら女性は彼に近づこうとさえしないだろう。だが彼女は何を気に留めるでもなく、近藤の手を取り立たせ、「ふむ、怪我はないようだな」と一番に彼の心配をしたのだ。それだけでも近藤の心を揺さぶるには充分だったが、なぜ不埒を働いたかもしれない自分を助けたかを尋ねると……
『我が命のある間、国家を裏切る者を平らげ、諸国を一つに帰して、貧困に陥った人々を安住ならしめる他に希望はない。もし謙信の運が弱く、この志が空しいものならば、速やかに病死を賜るべし……これが私の志なの。だから、あなたを救う事に大層な理由なんてないわ』
と答えたのだそうだ。
「え、何それ?めちゃくちゃかっこいいじゃないですか」
「ああ、それを聞いたら俺も強くは言えなくてな」
「まさに理想の上司ですよ!……そこの給料未払いの大人にも見習ってもらいたいですね」
上杉ケンシンのカリスマ性に感動する二人をよそに、銀時はげんなりした顔で口を開いた。
「何が理想の上司だ。どうせあれだろ?武士は食わねど高楊枝っつうか、部下も巻き込んで精進料理ばっか食わされてんじゃねぇの?いるんだよなぁ、そういう上司。自分の理想を押し付けて勝手に納得してよぉ。部下の言い分なんざ聞きもしねぇ。俺はやだね。三食イチゴオレ出さねぇとか、とんだブラック企業だ」
「あんたのブラック企業の基準おかしいよ」
「ああ、テメェみてぇな糖尿神にゃあわからんだろうな。脳がいちごで、血はおしるこじゃあ、まともな思考を求めるのは酷ってもんだ」
「純度百パーマヨネーズに言われたくねぇんだよ。テメェの食ってるもんなんざ、精進料理じゃねぇ。成人料理だろうが。成人病を撒き散らさねぇように、マントルに埋まって二度と出て来んな」
「マヨネーズはヘルシー調味料の最先端だごら」
「デザートは完全栄養食ですぅ!」
「だあッ!二人共こんな所で場違いなケンカは止めてくださいよ!とにかく今はお互い協力して、この世界から抜け出す方法を探しましょうよ!」
このままではマヨネーズ騎士団と糖分ゲリラの戦争に発展しそうだったため、二人に協力を促すメガネ。
「まったく……そういえば、沖田さんはどこ……に?」
真選組きっての天才剣士の姿が見えないことに疑問を抱き、戦場に目を移すと異様なドSが降臨していた。
「ケンシン様~、このメスぶ……倒れて弱っている敵兵を俺の奴れ……側仕えに連れ帰っても良いですかい?」
敵兵を首輪で繋いで四つん這いにさせながら、その内の一人の背中に腰かけて主君に許しを貰おうとしている男、沖田総悟がそこにいた。心なしか活き活きしているようにさえ見える。
「そうね、無用な殺生をせずに済むのならいいわ。その漢気、あなた見どころがあるじゃない」
「へぇ、お褒めに授かり光栄でさぁ。さあ、テメェ等ついてきな」
「はい、総悟様」
既に調教済みであった。
「おいおい、そうじゃねぇだろ。豚はなんて鳴くんだ?」
「ぶ、ぶひぃ」
その戦場とは思えない光景に眼鏡は無言になり、銀時は彼の上司をジト~っと見つめ、土方は全力で顔を背けた。
「……あの、土方さん」
「何も言うな」
「いや、ていうかおかしいでしょ今の!上杉さんどんだけ純粋なんですか!どこをどう見たら側仕えへの態度に見えるんですかあれが!」
上杉謙信、僧侶として修業をした彼は戦国武将の中で最も純粋な武将……故に、人に騙されることも度々あったのかもしれなかった。
こうして奇しくも眉目秀麗で忠義に厚い美女集団である新選組と、歩くネタの宝物庫である真選組が同じ世界に降り立ったのだった。
「今この国の武将達は異世界人を探すのに躍起になっておる。その筆頭がワシだがな」
「異世界人……つまり、僕の世界だけじゃなく、他の世界の人間もこの世界に来訪していると解釈しても?」
「そういうことじゃ」
町中を衛兵もつけずに威風堂々と闊歩する彼女の隣を歩きながら、今のこの世界の現状についての説明を受ける。彼女の守るべき領民が皆気さくに彼女に挨拶をし、色々な物を手渡したりしている。普段から城下町を散策しているのか、随分と慕われているのがわかる。
なぜ城下町を二人で歩いているのか、それは彼女が僕に是非紹介したい人物がいると、笑いを噛み殺して誘ってきたのだ。
世界全てのご婦人を幸福にすることが僕の務めなれば、彼女の誘いを断る理由等考えるまでもない。喜んで彼女の手を取り、僕はデートのついでにこの世界についての情報を聞いていた。
この世界の武将は天下を取る為に争っていたのだが、近頃鬼面を被った勢力が各方面で武将達を何度も襲撃し始めた。その矢先に、彼女達の下にある物が光と共に手の中に落ちてきたらしい、それが彼女が無作法に腰にぶら下げている……
「この宝玉じゃ。これが何を成す代物かはわかっておらんが、呪術関連に詳しいイエヤスによると、これが何らかの重要な儀式で必要な物らしいのじゃが……それがどのような物か、とんとわかっておらん」
彼女の手の中で遊ばれている、鮮血のような宝玉。僕の世界には関係のないであろうそれに、僕はどこか薄ら寒い感じを受けた。
科学的に根拠のないものを信じはしないけれど、今の僕には解き明かせそうにない何かがあるような気がしてならない。
「試しに刀で斬りつけてみたのじゃが、傷一つつかん」
「それなら、桐のようなもので穴を空けてみたり、高温で溶かしてみたりはどうでしょうか?」
まずはこの宝玉の物質を調べてみたい。いったい何で出来ているのか……宝石ではこうも綺麗な球体には中々ならないだろうし、微量の塵も見受けられない。科学者としてこれは是非とも解明したい代物だ。
「ほお、確かにそこまではしておらなんだ。では城に戻った後に試してみるかの。じゃがまあ、それよりもおんしに会わせたい者が……」
ノブナガさんの言葉が、そこに近付いた瞬間に遠くへと消えていった。
もうまともに動かないはずの左脚が疼いて、あの日の灼熱が足から上半身、内臓の隅々にまで移っていく。
人々が円状に集まり、中心では数人が激しく交差している。そんな彼等に観衆が熱狂的な歓声を上げた。いや、彼等にではない……その中心で演舞をしているかのように舞う一人に、その場の人々が称賛を捧げている。
「ソローク?」
どれだけ時が経とうと、眼を潰され、耳を壊され、鼻を削ぎ落され、腕も脚も切り落とされ、徹底的に五感を閉ざされようとわかる。こんなにもわかってしまう。だって、僕達はいつだって一緒にいた。片時も離れず、僕と彼女は融け合って二人は一人になって……だから……どうしようもなくわかってしまう。
ノブナガさんが歩き出すと、観客が道を作るために二つに割れて中心が露わになる。数人の体格の良い男が五人が、世界で一番の宝石の足元で気を失っている。
片手にマンゴーシュ、片手にサーベルを携え、彼女は息一つ乱さず演舞を終えたかのような静寂の中にいた。
思うな、考えるな、それだけは裏切ってはいけない。そう自分に言い聞かせても、僕の心は言うことを聞いてくれない。人の心の動きを制御する術を編み出せるほど、化学は心を解明出来ていない。どうしようもなく願ってしまう。
――どうか、この夢を永遠に……――
なんて馬鹿なことを。僕には果たさなければいけない誓いがある。彼女が最後に僕に願った……シャミーユを幸せにしてあげて。その願いをこの命全てで叶えると……その願いだけは裏切るわけにはいかない。
「…………ッ!!」
わかっている、血迷っている、気が狂っている。
もう、夢でも良い。こんなに、だって僕はこんなに……
「ヤト……」
呼んではいけないという気持ちと、ありったけの慈しみを込めてその名を呼びたい衝動が鬩ぎ合う。
混然とした心が僕の身体を金縛りさせ、一歩も動けずにいると、視線の先にいる世界で最も尊い真紅の宝石が、あの頃と同じように……いや、何一つ変わらない笑みを浮かべた。
なんて単純なのだろうかと、自嘲してしまう。たったそれだけの事で僕自身が掛けた拘束が、真綿のように軽くなり空気に溶けて消えていった。
僕は知っている。彼女は偽物でも何でもないと、体も心も認めてしまっている。つまり、それが僕達にとっての科学的根拠となってしまう。
軽くなった脚が前へ、彼女の下へと自然に歩き出す。
「やあ、久しぶりだね。ところで大変な報せがあるんだ。もう知ってるかもだけど……今の君、すごく……すごく……」
唇が震えて、言葉がそれ以上出てきてはくれない。あの日、人を斬って赤に染まった彼女に掛けた言葉を口にしようとしたはずだったのに。なんて情けない。こんな再会を僕は夢想していたわけじゃないのに。僕等はもっと僕等らしい、なんでもない日常の延長線上の再会を夢見ていたのに……なのに、僕は……
「そうね、こうなってしまうと、私もなんて声を掛ければいいのか迷ってしまうわ。でももう一度あんたに会えたなら言いたい事があったのよ」
マンゴーシュとサーベルを鞘に納め、空いた道をゆっくりと歩いてくる。僕から一時も目を逸らさないまま。
「ありがとうイクタ。私はヤトリ……あんたに救われたヤトリシノよ」
僕だけに向けた祝福の言葉。
「う、ああ……そ、んな……ちが、僕は……」
たったそれだけの事で、僕の心を縛る全てが空へと散っていった。
「ヤ、トリ……ヤトリッ!!」
左脚がまともに動かない事まで忘れて、足がもつれて倒れる僕を彼女がその身体で受け止めてくれた。その身体に僕は腕を回して、彼女の炎髪へと顔を埋める。
その日、僕とヤトリは初めて子供の様に……いや、子供の頃に戻って泣きじゃくりながら抱き締め合った。この幸福な夢に心から感謝をしながら……
そんな僕達を、ノブナガさんはただ黙して見守ってくれていた。
「それで、お前は僕の無様な姿を腹を抱えてみていたわけだ」
「ち、違うよイッくん!僕はただ二人の邪魔になるかなって」
ヤトリと憚ることなくお互いの体温を確かめ合っていると、僕達よりもずっと酷い泣き顔をしながら笑っているトルウェイが観衆に混じっているのを見つけた。
「邪魔も何もあるか。騎士団は僕とヤトリの家族なんだ、それを遠目で笑うなんてどういう性根をしているんだ?」
「そういうあんたの性根は治ったのかしら?」
「治すような性根なんて僕にはないよ」
「だそうよトルウェイ?」
「えっと……あはは」
僕の言葉を素直に受け止められないらしいヤトリがトルウェイへと返答を求めると、困ったように笑われる。
「ほらみなさい。あんたの悪い癖が治る事なんて天地がひっくり返っても無理なのよ」
「それは天地如きでは僕の決意は揺らがないという称賛だと受け取っておくよ」
「ええそうね。あんたの信じる科学ですら投げ出すような悪癖だものね」
遠慮のない心許す言葉の応酬。そんな僕達二人を傍らにいるトルウェイは、今にも泣きだしてしまうのを堪えた笑顔で眺めていた。
ああ、もしここに騎士団が全員いたのなら、僕はこの幸福の沼の奥底まで自分から嵌って、二度と這い出ようなどと思う事はなかったかもしれない。
そう、この場所にハロ、マシュー、シャミーユ、僕の家族が全員いたのならば、だ。
「やはりソロークの仲間であったか」
「ノブナガさん」
騎士団の面々の所在を確かめようとしたのだが、それまで遠くで僕等を眺めているだけだったノブナガさんの言葉に遮られてしまう。
煙管を吹かしながら、僕達三人を満足気に一人一人と目を合わせると、彼女はその途方もない野心を隠せない瞳を細め、豪快に不遜に傲岸にかっかっかっと…高らかに笑い、天に宣言というよりも吠えると例えた方がしっくりくる声でその言葉を放つ。
――では、主らを率いて天を我が手にしようかのぉッ――
お久しぶりの更新となります。
願い雨の方が一章終結となりましたので、少しこちらを進めていこうと思います。
一つ一つの話が短いですが、こちらは刻むように更新していくスタイルとなります。
実はこちら、まだプロローグが終わっていない状況なのです(汗
そもそもこの小説を書こうと思ったのは、とある革新PK動画に物凄く影響を受けたためです。
皆さん知っている方も多いかもしれませんが、ひなやぼと呼ばれる動画です。
物凄く面白いのですが、途中で止まってしまった動画でして、是非とも続きをと僕は願ってやみません。
その動画に影響を受けたわけですが、実のところ僕は戦国時代に特別詳しいわけではなく、どうしようかと考えた結果、戦国乙女の世界を借りてみようと思いついたのです。
お城などの情報や地理等はその都度調べて書いているので、とても苦労していますがその分楽しく書かせてもらっています。
沢山の作品が今後も参戦していく予定ですので、今後も楽しんで頂ければ幸いです。
……なんてあとがきで説明している間に書けやって話ですがww
あ、あと少しでプロローグを書き終えられるよう頑張ります。すみません。