F&R   作:夜泣マクーラ

5 / 5
鬼面強襲

 彼女は生まれながらに強者だった。試練など紙のように軽く脆く、立ち塞がる敵は赤子よりも小さい。故に彼女の生まれてからこれまでの人生は苦痛でしかなかった。

 多少の努力で手に入る最上にどれほどの価値があるというのか。

 夢というのは困難であればあるほど、手にした時の充足感は何物にも代え難い歓びとなる。例えその過程でどれだけの苦痛、苦難、苦悩を抱えようと、手人した瞬間にその過程は愛しい記憶として残る。

 子供の頃鈍足だった者が、必死に努力し、決死の覚悟を持ち、挫折を跳ね返して世界へと挑戦出来るまでの実力を手に入れる。そんな人物を彼女は恨めしく思う。

 自分の持つ強者の才にどれほどの価値があるのか、誰にも理解は出来ない。自分の苦悩を誰が共感出来る?出来やしない。それどころか羨望の眼差しを向けるばかりだろう。

 自分でわかってはいるのだ。自分の悩みは贅沢に過ぎる代物であり、他人には悩みですらないという事は。

 そう、常人にとっては悩みですらない。だからこそ彼女はいかなる時も抱えてしまう感情が離れてはくれない。

 この世界の中で自分はあまりに孤独だからこそ感じる感情。ただ、寂しいと。

 唯一無二の強者故の孤独は彼女を苦しませ続けた。解放出来ない全身全霊。自分の欲望を抑えなければ壊してしまう仲間との時間。孤独に耐え抜かなければならない未来。

 誰にも理解されない孤独と苦悩に発狂してしまいそうだった彼女に、しかし救いは訪れた。

 

 

 ――その呪い、妾(わらわ)が解いてみせよう――

 

 

 呪いという名の祝福が彼女、川神百代の苦悩に入り込んだ瞬間だった。

 

 

 

 空はどこまでも青く、太陽は燦々と地上を照らす穏やかな日……だからこそ、あまりにも唐突な光に皆が戸惑い、混乱と同様が兵の心を搔き乱す。

 大分県の丹生島城(にゅうじまじょう)、島を丸ごと要塞化したその城は城内に礼拝堂を有していることで有名で、城主である大友ソウリン自身もキリシタンとして有名である。

 城下にはキリスト教の施設もあり、民はそこで祈りを捧げる事も多い。

 聖域とも呼べるその場所……それを凌辱する者達が神を、祈りを血と炎へと塗り潰していく。

「ドウセツ!避難は終わったの!?」

「はい、滞りなく。負傷兵は城内に運び終えました」

 カソックに身を包む小さな少女。いや、少女のような女性が側近である長身の女性、立花ドウセツへと確認の言葉を投げつける。

 小さな女性、彼女こそ城主である大友ソウリンその人であり、確認が済んですぐに思考を切り替える。

 突如の襲撃に狼狽える暇などなく、即座に指揮を取り迎撃に赴いた彼女は、襲撃してきた勢力の正体を予想していた。

 まず最初に頭に浮かんだのは島津家だが、それにしては攻め方が行儀が良すぎる。島津ならばおそろしく統率の取れた修羅の如き蹂躙をせしめるはず。それに、島津家の家紋が見当たらない。島津家の可能性は否定は出来ないが、この者達は違うと本能が告げる。

 なにより、島津家の兵は鬼面等で己を隠すようなこと、その矜持が許さないだろう。

 他家についても考えるが、鬼面を被る家などありはしない。となると、西の勢力とは別であると考えた方が正しいだろう。

「ドウセツ、合図を!あそこの兵を下がらせて!」

 港へと目を向けると、鬼面の軍勢が数えるのも馬鹿らしくなるほど上陸しようとしているのが見えた。

「はい」

 ドウセツの傍にいる兵が軍旗を振ると、それを目にした港の兵が一斉に下がり始める。

 早く、もっと速く!

 ソウリンの額の汗が目に入るか否かの瞬間、兵が安全圏へと撤退したのを確認。

 よしと頷き、ソウリンはその小さな身体で扱えるとは思えない、彼女には不釣り合いな巨大な大筒を港へと向ける。

「神の裁きを受けなさい!弩・佛狼機砲(ドン・フランキーほう)!」

 天を劈(つんざ)く怒号と衝撃に大地が震える。

 港に上陸する鬼面の集団へとその裁きが降され、圧倒的な破壊に鬼面が悉く弾け飛ぶ。

「ドウセツ、港は私が守ります!あなたは城下へ向かって!」

「承知しました」

 指揮を執る者が二人同じ場所にいてもこの襲撃を退ける事は出来ないため、即座にドウセツは城下へと駆ける。

 ソウリンが港を守るならば心配するだけ野暮というものである。港の問題は何もない。となるとあと一つの懸念をどうにかしなければ。

 どうか間に合えと自分を叱咤し、彼女は駆ける。城下を守る彼等の下へと。

 

 

 

 闘神の御使い。目の前の女性がそうだと言われても俺は疑えない。疑う要素が欠片も見当たらない。

「ははは、あはははははははッ!!面白い、面白い面白い面白いッ!面白いなぁ、お前!ここまで私の拳に耐えた奴なんていなかったぞ!あの揚羽さんでさえここまで耐えられなかった!」

 愉悦に顔を歪ませる彼女の笑顔に全身が震えそうになる。

 耐える?ああ、確かに耐えられてはいる。けど、耐える事しか出来ていない。

 自分の弱さに歯噛みし、彼女の才能に嫉妬すら覚えてしまいそうだ。

 俺が欲した圧倒的な力を彼女は持っている事が羨ましくてたまらない。

 肋骨を砕かれ、左腕を無力化され、左の視界も怪しい。骨折と打撲を数えるだけでうんざりする。それでも立っていられるのは自分が戦鬼としての修業をしてきたお陰以外の何物でもない。

 紅真九郎(くれないしんくろう)としての全てで闘わなければ命すら危うい。

 夕乃さんには城門を守ってもらっているけれど、こんな姿を見せたら何を言われるか分かったものじゃない。

 崩月(ほうづき)流に敗北と言う名の泥を塗る事だけは……

「良いな、良いぞお前。名を聞いておこうか?」

 この敵に手加減は不要。殺す気で闘わなければ守る事も出来やしない。

 夕乃さんには後で怒られるだろうけれど、俺の未熟が原因だ。いくらでも叱責されよう……目の前の女性より危ないけれど。

 一つ息を吐き、右腕へと神経を集中させる。

「くぅ、おお……おおおおおおおッ!!」

 右腕の肘から皮膚を突き破り、ソレが姿を見せる。鬼の角を連想させる凶悪を形にしたソレを。

 角を目にした瞬間、女性が目を見張り、先程の笑みをより凶悪にした恍惚を形作る。

「なるほど、それがお前の本気というわけだ。道理で体の作りに違和感があったわけだ。急所を突いても手応えがなく、しかも耐久力が異常だ。その身体のわりに力はお粗末だったわけだが……そういうことか。つまり、その角に耐えるための土台だったわけだ」

 血管を熱が駆け巡り沸騰しそうだ。

 早く解放しろと急かす熱を落ち着かせ、頭は冷静を保ちつつ相手を見据える。

「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎」

「川神流川神百代」

 互いに名乗りを交わし、刹那拳が交わる。

「おおおおおおぉぉぉッ――!!」

「川神流無双正拳付き――!!」

 拳と拳がぶつかり合い、衝撃で地面が沈み込む。

 間違いなく俺は全身全霊を放ったはずだ。手加減なんて入り込む余地もない。なのになんで?

「良い、良いなぁ!楽しいなぁ!」

 なんでこんなに拮抗するんだよッ!

 俺の全力に拳を引くどころか、徐々に俺の拳が押し込まれていく。

 噛みつきたくて仕方ない無邪気な顔をくっつきそうなほどに近付け、彼女は余裕を崩さない。いや、余裕ではなく遊んでいるのだ。俺の全力をジェットコースターでも楽しんでいるかのように受け止め、もっと、もっととせがむ。

「あの呪術師の誘いに乗って正解だった!諦めかけていた私の夢をあいつなら叶えてくれる!こんなに心躍る瞬間があるなんてなッ!!」

 こんなものの何が楽しいんだ?強者と戦いたいのなら他所で好きなだけ探せばいい。傍迷惑以外の何物でもないんだよ、あなたの存在はッ!

「川神さん、あなたの夢が何かは俺にはわからない。理解したいとも思わない。だけど……」

 このままでは押し負けると自覚し、拳を引いてその流れを殺さないまま後ろ回し蹴りを、相手の命の保証を度外視に叩き込む。

「誰かを傷つけなければ叶わないような夢なら滅んでしまえッ!!」

 まともに、いやわざとか?俺の蹴りを受けて後方へと吹き飛ぶ。いくらでも避けようはあったはずなのに。

 裏の世界でもああいう壊れた人間は稀に現れる。自分の限界がどこまでかを試したくて、自分の命をチップの代わりにベッドする狂人。自分の限界を知りたいだけの憐れな人間。その末路はいつだって下らない結末になるっていうのに。

 もう立ち上がる事はないだろうと、鬼面の軍勢が押し寄せているだろう城門へと向かおうとした。背後の異様な気配に気づくまでは。

「はは、今のは少し危なかった。試しにと受けてみたが、とんでもない化け物がいたものだ。世界は広いな。見限るには早過ぎるというわけか……」

 立てるはずがない。少なくとも、俺と同等の土台を作っていなければ今ので全身の骨が無事なわけがないんだ。あの星噛絶奈でさえ耐える事は出来なかった一撃。それを何事もなかったかのように無傷で立ち上がるなんて……

「化け物……」

「角を生やす化け物に言われる筋合いはないだろう?それよりほら」

 構えを取り、玩具を強請る子供の様な無邪気さで俺を誘ってくる。

「お姉さんともっと、あ~そ~ぼ?」

 

 

 

 

 ――同時刻徳川領――

 

 

 

 鬼面の軍勢を率いて一人の女とも男とも見える、酷く整った顔立ちの人物が散歩でもするかの如く歩を進める。

 身長は成人男性の平均よりも低く、黒のスラックスとワイシャツ、その上に真紅の着物を羽織るという独特な格好。だが、そのミスマッチな合わせ方が、その者の美麗さ故にこれ以上ない程にその者の美しさを飾っている。

 柔和な笑みを湛えながらその者は鼻歌交じりに闊歩する。血が滴る刀をその手に携えて。

「いやぁ~、時化てるよなぁ~、実際さ。そうは思わねぇ?」

 その美しい顔立ちからは想像出来ない粗野な言葉遣い。その言葉を追随する鬼面は無言で返す。

「ああ、お前等マグロなんだっけ?んだよ、こいつらも時化てんじゃねぇか。つっかえねぇ~」

 言葉とは裏腹な笑み。その笑みにどれだけの者が心を奪われ騙されただろうか。この者が人の手に負える代物ではない、正に抜身の刀だというのに。

「撃てぇッ!!」

 遠間から発せられた声。その声と共に、到底回避出来ない数の弓が敵目掛けて降ってゆく。

「そうそう、頑張ってねぇ~」

 弓矢の的であるその者は、自分は蚊帳の外にでもいるかのように気楽に適当に言葉を投げかけ……

「てなわけで、ゴミガードってな」

 すぐ後ろにいる鬼面の二人を引っ張って足を掛けて体勢を崩し、自らを覆うように味方を盾と変貌させた。

 弓矢の雨が降り終わるまで、こいつ等クソみてぇに重いじゃねぇかと毒吐く。

 そんな人の命をヘリウムガスのように扱う相手に、徳川軍の兵達は憤りを覚える。

 同じ主君に忠を尽くす仲間をゴミと扱う。その所業を許せる者などこの場に一人としていなかった。

 一斉射が止み、数多の鬼面の屍が築かれるのを確認した後、怒号と共に刀を振り上げてただ一人を目掛けて兵が襲い掛かる。

「喚くなよ、やかましい」

 のらりくらりと刀を構え、上段からの斬り込みを紙一重で躱しながら、流れるように逆袈裟で相手の頸動脈へと刀を滑らせ、背後から迫る兵を、滑らせた刀の流れのままに斬り伏せた。

 一連の流れは殺傷とは程遠い舞のような美しさを連想させる。雅やかとはこの者を指す言葉なのではないだろうか。

 刀に愛され、刀に狂気を宿し、刀として生きる。その存在が刀そのもののような人物。

 憤怒に捕らわれた兵と共に優美な演舞が続く。狂気に満ちた瞳が煌々としていた。

 まだだ、この程度じゃ満足出来ない。もっと、もっと……

 この程度の相手じゃ刃毀れすらかなわないと嘆く彼の演舞はしかし、一人の狼により邪魔をされてしまった。

「――はあああああッ!!」

 気当たりと共に放たれる強者の一刀。踏み込みの異常な速さと斬撃の重さ、下手な受け方をすれば刀が折れるであろう初撃。

 その太刀を折れぬよう、上手く受け流す為に真紅の着物を翻して、そっと放たれた刀の軌道を逸らしながら後方へと自ら飛んだ。そうしなければ刀どころか、命までをも斬られていたのだから。

「皆さん、この者はわたくしが引き受けます。皆さんはまだ息のある者、負傷者を連れて城へ!まだ戦える者は、イエヤス様の刀となってわたくしとここを死守しますわよ!」

 浅葱色の羽織を靡かせ、牙を剥いて敵を威圧する。

「ってぇ~。くっそ、上手く受けたつもりだったのに腕が痺れやがる。コンティニューすんなら金払えよパツキン」

「パツキン?何のことかしら?」

「けどまあ、少しは殺りがいのある奴が出てきたわけだし、結果オーライかぁ」

 目の前の狼の威圧に動揺するどころか、愉悦に顔を歪ませる。

 これでまともな斬り合いが出来ると嗤う。

「ご公儀へ兇刃を向けるなど、わたくしが斬って捨ててくれましょう」

「そんじゃ俺は、てめぇの無駄にでかいその胸を斬ってどっかに飾ってやるよ」

「品の無い阿呆のようですわね。良いでしょう……」

 左の肩を引き右足を前に半身に開いた平青眼の構えを取ると、修羅道を歩んで来た者特有の空気が彼女の身体を覆い、その瞳は得物に牙を突き立てんとする狼へと変貌する。

「会津中将様、家臣!新撰組局長、近藤勇!推して参るッ!」

 幕末、最強の人斬り集団と恐れられた壬生の狼が今、時代を超えて野へと放たれたのだった。




いつもよりもさらに短いですが、刻んで更新していくスタイルをお許しください。
それとですね、百代以外の敵に関してですが、徳川へと進行している敵はあえて名前は出さないでいこうかと思います。
完璧にキャラはつかめていないのですが、ああ!こいつは!みたいに楽しんでくれたらいいかなと。マイナーなキャラ多いですが。
基本的に、鬼面を有する勢力は歪んでいるキャラが集まっています。戦国乙女が好きな方には、そりゃそうだって思われるでしょうけどww
ではでは、次の更新をお待ち下さいませ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。