「お主程の強者が任務をしくじるとは…体調でも損ねたか?」
「ララバイの件は正直に謝るさ。だけど、デリオラは違うだろ?氷を溶かした時点で朽ち果ててたんだよ」
「ほぉ。お主が素直に非を認めるとはな。明日は血の雨でも降るのか…」
「ハデスは怒ってんの?それともバカにしてる?」
「さて、どうだろうな…?」
ベイルはアルファとボスコから帰還して早々に、ハデスに頭を下げる羽目となった。
というのも、ボスコ滞在中にナーキュとロガーから連絡が入ったのだ。
また何か問題を起こしたのかと不安を抱えたが、彼らの報告はベイルの不安を軽く飛び越えるものだった。
ハデス直々の任務失敗。それも両方。
別にベイルは海外旅行を楽しんでいた訳では無い。
しかし国を超えてなお、ギルドメンバーが問題を起こしたと聞かされるとは思わなかった。
今までもハデスには色々と迷惑をかけてきたが…今回はその規模が違う。
…流石に怒られると思ったし、責任も感じた。
だからこうして今、恥も捨てて頭を下げている訳なのだが…。
「中々に面白いものが見れた。この情景は忘れぬようにせんとな」
「…やっぱ楽しんでるだろ、あんた」
「今し方“面白い”と述べたではないか。もう下がって構わんぞ」
「くぅっ…もう二度と頭なんか下げないからな!」
まるで遊ばれているように感じたベイルは急に恥ずかしくなり、早足で大広間を後にした。
ベイルとハデスだけでも広すぎる空間ではあったが、彼が出ていくとより一層だだっ広く感じる。
「…お主は真の強者よ。誰かを思い、自尊心をも捨て去ることが出来るのだからな」
この独り言もベイルに伝わることはない。
…もっとも、ハデスは端から伝えるつもりなど無いのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱ謝罪なんかするんじゃなかったか…」
ベイルはハデスとのやり取りから五分と経たずに、己の行動を悔い始めていた。
あいつらのマスターとして、責任をとることは当然だとは思っている。
しかし一方で、簡単に頭を下げるべきではない、とも思うのだ。
メリハリが必要ということだろうか。
人を導く立場にあることを改めて実感したベイルは頭を無造作にガシガシと掻いた。
「難しいもんだなぁ、マスターというのも…」
「お帰りなさい、ベイル。ハデスに叱られちゃった?」
「むしろ遊ばれたよ。まだまだだって、遠回しに言われた気がする」
「あらあら、気のせいじゃないの?」
「い~や、絶対バカにしてた」
「ふふっ、拗ねちゃって…」
「お前もそうやって…もういいや」
湯気立つコーヒーを飲んでいるだけだったが…相変わらずどの様も絵になる悪魔である。
「他の皆はどうした?」
「ライドウとアルファはもうすぐ戻ってくるわ。残りの二人は…ほら、あそこ」
「外か?うわ…」
ベイルの反応は想定通りだったようで、ナーキュは特に聞き返すこともなくコーヒーを一杯啜った。
…ベイルはよほど思索に耽っていたらしい。
まさか、森が荒れ地に変貌していたことにすら気づかなかったとは。
『はっ!また暴れてっと、大好きなマスターに怒られちゃいますよ~ってかぁ!?』
『黙れ消えろ吹き飛べ死ねぇ!!』
『だからお前の魔法じゃ俺っちにゃ勝てねえって!』
黒い炎が四方八方に飛び散り、緑の大地を焦がしていく。焼け切れた木の幹がドミノ倒しになり、それが新たな火花を舞い散らせていた。
そして火中には、炎のそれとは明らかに異なる煌めきが見える。
チカチカと、断続的で視界に刻まれるような光。
…言わずもがな、メロとザンクロウの大喧嘩だ。
「全くあいつらは…今度は何が原因だ?いつもの喧嘩にしては随分と派手にやってるじゃないか」
あの二人はどちらも変に正直者だ。本音を包み隠さず、嘘をつけない。
だから売り言葉に買い言葉…全ての発言を真に受けて、本気で怒ってしまう。
だが、今回は態々野外に出ての大喧嘩(殺し合い?)だ。
見る限り暴れているのはメロのようだが…一体どんな逆鱗に触れたというのか。
「原因はあなたよ、ベイル」
「はぁ?何で俺だ。全くもって身に覚えがないぞ」
「…あの子ね。さっきまで、あなたに謝る練習をしていたのよ」
「…謝る練習?俺に?あいつが?」
ナーキュは柔らかな笑みを浮かべて、窓の向こうへと視線を向けた。
その先には、少女がしてはいけない顔で暴れ回るメロの姿がある。
ベイルが疑問を抱いているのは、“何に対しての謝罪なのか”ということではない。
それについては、十中八九ララバイの件だと理解できる。
では、何故そんなにも驚いているのか?
…初めてなのだ。
メロが誰かに対して、謝るという行為自体が。
「…何て顔しているの。そんなに信じられない?」
「いや…だって、あいつに反省とか謝罪とか…ねぇ?」
「酷いわねぇ。あの子だって人間だもの、人情だってあるわ」
「メロが…」
ーーー来るな!もう嘘つきは嫌なんだよ!!
メロと初めて会ったとき、その言葉で拒絶されたことを思い出す。
…彼女の辛く苦しい記憶を聞いた後では、彼女の歪んだ性格も仕方が無いと受け入れていた。
今の彼女を作り上げたのは、彼女自身ではない。
その記憶と、環境だ。
だけど、そんなメロが態々練習までして…。
そんなことされちゃったら…。
「…えっ!?まさかベイル、泣いてるの!?」
「だって…、成長したなぁ…メロォ…うっ、うう~…」
「いくら何でも大袈裟じゃ…でも、それがあなたよね。本当に子供には優しいんだから」
妬けちゃうぐらいに、とナーキュは付け足したが、今のベイルには聞こえていないようだ。
それにナーキュは知っている。
メロは誰にでも謝る訳ではない。相手がベイルだからこそ、反省も謝罪も出来るのだ。
そもそも、メロが何故このギルドに所属し続けているのかを考えて欲しいものだ。
しかし一頻り泣いた後、ベイルは不思議そうに顔を上げた。
「…待て。じゃあザンクロウは何だ?何でメロはあんなにも怒ってる?」
「ああ。彼には練習の過程を見られちゃってね?それを茶化されたものだから、メロも恥ずかしくなっちゃって…」
「よし。ザンクロウ血だらけにしてくる」
「…程々にね。あなただと殺しかねないから」
「大切な成長の機会を邪魔したんだ。それ相応の罰を受けてもらう」
泣いたり怒ったり走り出したり…。
子供のこととなると、ベイルはその子供以上に子供っぽくなることがある。
もちろん、自覚など無いだろうが…
「全く、偶には大人に優しくしてくれてもいいんじゃないかしら…?」
ナーキュはすっかり冷めたコーヒーをいじいじと掻き回す。
いじけた今の彼女も相当に幼く見えるが…きっと気付いていないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「~♪」
「随分と上機嫌だな、ベイル…。ギルド狩に興奮が冷め止まないのか?」
「俺はそこまで戦闘狂じゃないよ…」
「マスターの幸福値、八十%を超過。出発前に何か心躍ることでも?」
「幸福値なんて測れたのか…そうそう、聞いてくれよ!メロが“ごめんなさい”してくれたんだ~!本当に良い子だよも~!」
「…そうか、それは良かったな」
ベイルが喜びの感情をここまで面に出すことは珍しい。
子供のこととなると枷が外れることも多々あったが、それは大抵怒りの感情だ。
事実、ライドウたちが出発前最後に彼を見たときは少し本気で怒っていた。
血液の鞭でザンクロウを叩く叩く。しかも逃げられないよう、ご丁寧に血液で手足を縛って。
近くにいたメロも最初は意気揚々と見ていたが、十分もそれが続くと、流石に仲裁に入った。
元々はメロとザンクロウの喧嘩だったはずなのに、喧嘩を始めた張本人が止めに入るとは…。
因みに“少し本気で”という表現は間違いではない。
彼が本気になれば、ザンクロウも生きていないだろう。
「ザンクロウが血まみれの姿を見たときは、
「まさか。あれは俺の血だよ。宣言通り血まみれにしてやっただけさ」
「それにしてもメロが止めに入るとは意外でした。いくら犬猿の仲だと言っても、情はあるのですね」
「いや、あいつら結構仲良いぞ?性格も似た所があるし…」
「き、貴様ら…」
「ん?」
何処からともなく聞こえた呻き声がベイルたちを振り向かせた。
…実は、ベイルたちが何気なしに談笑していたこの場所は、世間一般でいう普通の場所ではない。
何十人、あるいは百を超える魔導士が倒れ伏した中心に立っているのだ。
この場が普通だと言える者など、極少数だろう。
「何だ、まだ意識があったのか」
「あれだけ大雑把な攻撃をしたんだ。射ち漏らしがいてもおかしくない…」
「射ち漏らしって何だ。命まで取るつもりはないよ」
「くそっ…俺たちが
「はいはい知ってるよ。ライドウの案内で来たんだから」
知名度までは知らないけど。
彼らにとっては侮辱なその言葉も、意識の途絶えた無名の魔導士には聞こえなかった。
彼を殴打した血の鞭は、スルスルとベイルの背中から体内に戻っていく。
今度こそ起き上がる者はいない。
無駄に数いて辟易していた彼らだが、やっと本来の作業を進められそうだ。
「すまんな。量も多いし、お前には一番に伝えた方が良いと思った」
「その心遣いはありがたいけど…こいつらは事前に片づけたって言ってなかった?何でこんなに残ってたの」
「後から来た増援か何かだろう…それにもう終わったことだ。目的の品を運び込むぞ」
ベイルは先程気絶させた男を見下ろす。
身体の所々に包帯や薬布を貼り付けている。
その男だけではない。倒れ伏している者全てが、ベイルたちと遭遇する前に傷を負っていたようだ。
クエストで負傷していたのか?しかし全員が負傷となると、クエストは適解でない気もする。
なら、ギルド間抗争でもあったのか…。
「でも確か禁止されてたっけ…?まあ、どうでもいいか」
「ベイル、ボサッとしてないで手を貸してくれ…お前の魔法ならすぐに終わるのだがな」
「血液触手を出しながら町中を歩ける訳ないだろ」
ライドウも冗談のつもりだったのだろう。
それが不可能なら早く手伝えと、壊さぬように細心の注意を払ったギルドから出てきたライドウが催促した。
ライドウは両手一杯に書物を抱えている。
がたいの良い彼が持ち切れないとは…ベイルにとっても大変嬉しいことだ。
情報はいくらあっても困らない。
「よし、アルファも手伝って…アルファ?」
「…」
ギルド内に入りかけたベイルがアルファに声をかけた。
しかし彼女はあらぬ方向を見るばかりで、ベイルに反応を示さない。
「どうかした…?」
「…誰かがこちらに来ています」
「…誰だ?幽鬼の支配者のメンバーか?」
「魔力値に圧倒的な差を感知。実力のある魔導士と推測されます」
ベイルにはその人物が坂から上がってきて、要約視認できた。
…相変わらず、アルファの感知範囲は大したものだ。
「何にせよ、俺たちの邪魔をするなら叩き潰さなきゃならない」
「私一人で充分です。お二人は作業を続行して下さい」
さっき、相手は実力のある魔導士とか言ってなかったか…?
もしかしたら、幽鬼の支配者メンバー殲滅に参加出来なかったことを根に持っているのかもしれない。
…彼女の魔法はほぼ確実に人を殺してしまうため、仕方のない事なのだが。
「待ちなさい。これ以上の進行は認められません。元来た道を戻りなさい」
アルファの意外な一面を感慨深げに思っている間に、その人物は数歩先にまで迫っていた。
マスクとフードを深く被っており、性別すら判断出来ない。
背中に背負っている数本の杖は魔導具だろうか。
…得体が知れないな。
警戒はしておくべきだと、ベイルは気を引き締める。
「…」
「…何か話したらどうだ?申し訳ないが、俺たちの邪魔をするようなら…」
「…お久しぶりですね。こんなところでお会い出来るとは」
「…はぁ?」
いきなりの発言に、ベイルは顔をしかめた。
久しぶりも何も、顔が分からないのでは思い出しようがない。
アルファたちにも思い当たる節はないようだ。
その人物はフードを外し、マスクを首元まで下げる。
微風にふかれた青髪が揺れ、目元に走った赤い刺繍が露わとなった。
「驚きました。全くお変わりがないとは…」
「…そうだ。お前…!」
彼に会ったのは一度きり。そして一瞬だった。
「ウェンディはお元気ですか?」
赤の他人のベイルに小さな女の子を預けた青年、ミストガンと再会した。